特殊な一般性ということ

五十年前の世界といまの世界の主な違いは、いまの世界が英語と共通語によって広汎な数のひとびとが意見を交換し知恵をだしあうことが可能になった点であると思う。
ここでいう「英語」とは、連合王国のセブンオークスというような町の食卓で、家族の全員が何代もイングランドに住んでいた一家が王室に新しく生まれた赤ん坊の話をしているとか、あるいはニュージーランドのクライストチャーチでオタゴにルーツをもつ家族がラウンジでくつろぎならがクリケットの話をしているというようなときに使っている英語ではなくて、破裂音がおおきくて聴き取りづらい中国系人の英語であるとか、母音の区別が少なくてRとLが不思議にいれかわる日本系人の英語、というような「外国語としての英語」をさしている。

技術者や科学者にとっては外国語としての英語がたいへんな苦しみになることは少なくて、それはなぜかと言えば、会話者全員のあいだに古典物理なら古典物理、あるいは、SQLの一般的な構成というような「共通テキスト」がすでに頭にあって、英語語彙の簡単な開発刺激によってお互いの「内なるデータベース」を照応して話を理解していくことができるからである。
同じようにギタリストはギタリスト同士、ベーシストはベーシスト同士、オペラ歌手はオペラ歌手同士で話が通じやすい。

そうこうしているうちに、たとえば遺伝子工学の研究者も英語人の町に何年か住んでいればDNAやt-RNAの話、というような遺伝工学者同士にとっては簡単な英会話から始まって、学校の外で、コーヒーを注文する、というような難事業も英語で出来るようになる。

くだらないことを言うと、技術や学問を離れて、カフェでコーヒーを注文する、ということになると、英語といえども地方語としての役割をはたす機会なので、たとえばオーストラリア人やニュージーランド人は、牛乳がはいったコーヒーを「flat white」というが、これは無論アメリカでは通じない。(注:この記事を書いた2年後、2015年にスターバックスが「flat white」を新メニューとして売り出したせいで、いまではアメリカ人も「flat white」がコーヒーの種類だと理解するようになっている)
「はっ?」という顔をされるか。ひどければ、なんらかのくだらない人種的な冗談を口にしたのだと思われて店を追い出されるということはありうる。

前に、英語圏に長い間住んでいる日本のひとたちとツイッタで、「コーヒーの呼称」の話をしていたときに、flat whiteと言ったらアメリカの国内線のアテンダントに怖い顔で聞き返された話をしたら、「short blackが好きでなくてよかった」と言う人がいた。
まことにそうで、short black や、ましてlong blackと述べた場合、高度9000メートルの非常口から放棄されていたのではないかと思う。

より普遍的な「with milk」「without milk」という表現を使わなければダメで、「外国語としての英語」は普遍的な英語表現だけで出来ているから、おおげさにいうと英語人よりも非英語人のほうが意思が伝達されやすい。

大陸欧州人の創造性は欧州人が自分が生まれ育ったごく狭い範囲の地方を天地として一生を暮らす伝統と密接な関係がある。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、無論、「ヴィンチ村のレオナルド」という意味だが、レオナルドがコスモポリタンだというひとをアメリカや日本では見かけたことがあるが、そうかなあ、と聞いていて考えた。
イタリア人というものを多少でも知っていれば、コスモポリタンどころか、レオナルドにとっては意識の上ではヴィンチ村だけが世界だったのではないか、と思う方が普通であると思う。

小さな田舎町のバールでイタリア人たちと話していて強く思うのは、「このひとたちは自分達をイタリア人だと思ってはいないのではないか」ということだった。
それどころかコモ県の人もコモの人だとすら思っていなくて、トレメッツオの村で生まれた人のアイデンティティは「トレメッツオ人」であるらしい。
英語人だけが特殊で、イングランド、ケントのハーンベイに生まれて育った人がハーンベイの村を誇りにしていることはありうるだろうが、自分を「ハーンベイ人」と感じることがあるかどうかは極めて疑わしい。
イタリアでは、ロンバルディアのコモ県のトレメッツオに生まれて育った場合、帰属意識があるのが、トレメッツオまでで、そこから先になると、なんだか「架空な取り決め」のように感じられているようである。

イタリア人たちのあいだに知り合いが増えるに従って、ぶっくらこいてしまうのは、夫婦がほとんど幼なじみ同士であることで、ローマやミラノのような都会はどうか知らないが、田舎では、顕著であると思う。
ホテルの経営をしているといって、そのホテルは実は両親の家をドイツ人が買っていたのを娘夫婦が兄弟と力をあわせて買い戻した土地に立っていて、自分の家は夫の両親の家である。
姉妹の夫同士は同じ小学校の同級生で、スピード違反で切符を切りにくる若い警官は友達の甥である。

第一、イタリア語、といっても気が付いてみれば、チョーおおげさに述べると、かつての欧州のラテン語のようなもので、実際にエミリオ=ロマーニャならエミリオ=ロマーニャで話されているのは、エミリオ語か、イタリア語であっても、ぜんぜんアクセントも表現まで異なる方言バージョンのイタリア語が話される。

ルネッサンスの発明を並べて眺めていると、広汎な世界の共通法則を求めて、それを現実に応用したものではなくて、狭いスタジオで、テーブルを前に、あーでもない、こーでもないといじくりまわしたような発明が多いのは、一に、この「地方主義」というか、自分にとっての「世界」が人口にして3万人を越えるのが稀な感性によっているのではないか。

ウンブリアはトスカナよりも食べ物がおいしく、トスカナはエミリオ=ロマーニャよりも食べ物がうまい。エミリオ=ロマーニャはロンバルディアに較べると桁違いに食べ物がおいしいので、エミリオ=ロマーニャだけは、「いや、プロシュートやアチェトをみてみい、エミリオ=ロマーニャのほうがぜんぜんおいしいじゃん」という人がいるだろうが、ここでは定食屋を念頭においているので、こういう順番なのです(^^)

ところで、この「食べ物がおいしい」順番は「普遍性を求める気持ちが強い地域の順番」とちょうど逆になっている。
言い換えると、地方的なこだわりがなくなるにつれて気持ちが拠って立つ地域が広くなってゆくことがみてとれる。
再び言い換えると、それは結局、人間が帰属意識をもつ世界がおおきくなるにつれて人間の世界への認識が観念化してゆくことを意味する。
鈴廣のかまぼこもまるうのかまぼこもなくなって紀文のかまぼこが「かまぼこ」になってゆく。

まだ駅弁のお茶が土瓶であったころは3駅も行くと食べ物がまるで違ったのだ、と義理叔父は主張している。
言葉もクルマで百キロも走って茨城県の田舎に到達すると同じ日本語といえどお互いに言っていることが通じなかった、と言い張っている。
言われてみれば、いまでも当時の名残がなくはなくて、ヘンな例だが、長野の山の家の近くで「かつ丼」を頼んだら、なんだか真っ黒なソースに浸かったかつが出てきてびっくりしたことがあった。
東京や鎌倉では「かつ丼」と言えば卵で閉じたポークカツレツがご飯の上に載っているものだったからです。

ニュージーランドはアメリカの半分の歴史もない若い国で、まだ「国」であるというよりはニュージーランドという国土の形をもった剥きだしの概念にしかすぎないので、よく考えてみると異常なことだが、北のノースランドから南のインバーカーギルまでスーパーマーケットに並んでいる食べ物が同じである。
イルカの切り身がパックされて並べられていたり、かぶらとぶりの寿司がデリにおかれていたりしない。

アメリカはもともとはテックスメックス、ケイジャン、というような日本でもよく知られた郷土料理でわかるとおり、地方色が豊かな国だったが、流通の発達と巨人企業の成長によって最近になって返って地方色は薄れてきた。

ニュージーランドもアメリカも自国内の「地方色」よりも、地域に住みつく移民グループの違いによる「エスニック色」の違いのほうが目立つ国になった。

そうやってだんだん考えていて気が付くのは、日本は、予選決勝、というか、世界のほうは絶縁したまま「国内だけの標準化」をはたしてしまったことで、鎮守の森を切り倒し社をこぼって、「洋化」の名のもとにすすめてきたことは、あとからふりかえると「観念としての日本の全国化」だった。

神道ひとつとっても、それまでの神道とは似ても似つかない「国家神道」が全国を制圧したし、国家が検閲した教科書をつかって、国家中央によって細かいところまで規定された授業がいまでも初等中等教育の現場では行われている。

「全国標準教科書」というだけでも不気味なのに、そのうえにその「教科書」は国家によって検閲されて、「こんな記述はダメだ」と削除や変更を求められる、という話を聞いたあとで「日本は民主主義の国です」と言われても、おもしろい民主主義だな、という程度の感想しか浮かばない。

テレビから流れてくるのは「標準語」という隔靴掻痒をとおりこして、「軍隊語なのかな?」と思いたくなるような、固い、強ばった言葉で、なにからなにまで、まだ現実になりきれていない観念に満ちた社会であるように感じられた。

日本はいかにも日本的な「西洋」をつくってしまったのであって、それがいまでは日本が高速に変化する世界についていくことの足枷になっている。
外国に移住しているひとのなかでは「東京出身者」が最も苦労するのも、同じ理由でしょう。

やっと、ここで本題にはいれる。
これほど長い前置きを必要とした本題は、なにかというと、日本が長い歴史の結果もっていた豊穣な地方性を棄却して「標準化」して得たものは、実は極めて特殊で観念的な一般化だったのではないか、ということで、言い方としてちょっとひどいが、明治以来の日本政府が強権でつくったものは「失敗した普遍社会」なのではないだろうか。
日本語には「欧米」という、ものすごい、チョー杜撰な言葉があるが、この表現が実際にも日本で起きることを説明するのに便利なのは、つまり、幻影としての「欧米」が現代日本のお手本だったという現実の反映なのだろう。

日本で起きていることを見渡してみると、「借り物」の部分から腐ってきている。
路上での「職質」をはじめ、確信犯的に違法な行為を繰り返している警察や、日本ではほぼ機能を停止してしまったかに見える「議論」の習慣などは、その典型であるように思えます。
日本という国では作家が議論するのにお互いに弁護士を傍に用意して内容証明郵便を交代にだしながらやるのさ、と述べて義理叔父がパーティでアメリカ人たちにうけまくっていたが、横でみていて、義理叔父の「おれの生まれた国は、ここまで落ちぶれたのか」という(やけくそな)気持ちがひしひしと伝わってきて、気の毒な感じがした。

日本が真の普遍性を獲得しようとおもえば、もういちどかつての地方性を取り戻すのがいちばんの近道だが、明治維新とほぼ同程度の自国の歴史的文明の破壊を行った中国の文化大革命後をみても、そういうことが現実に可能かどうかは、判らない。

仮に不可能であるとすれば、端折って言うと、日本は結局、英語世界にのみこまれて、支配層は公人として英語を話して仕事をこなし、英語が話せない大多数の日本人は現実的には「2級市民」として生活する未来が待っている。

どのようなグローバリズムも、方言の訛りや表現にこめられた歴史的な人間の情緒や、このテキスチャでなければブッファーロのモッツアレーラとはいわねーだよ、というこだわり、あるいは優にひとりの人間の一生を支えるに足る故郷の小川の土堤の美しさ、というようなものを消し去って商業的な普遍性を獲得することはできないが、自分で自分の地方性を扼殺した文明が、どの程度グローバリズムと、それを支える巨人企業のパワーに耐えられるかについては、歴史の側からは悲観的な示唆しかない。

奇蹟を待つ、しかないのかもしれません。

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