水田と満員電車

dance (2)

オークランドはエスニック料理がおいしい町だと思う。
午飯時にインド料理屋に行けば、10ドル出すと、大皿に新鮮なスパイスをふんだんに使ったチキンティカマサラと日本語で「もちもちしている」と表現するテクスチャのナンと香りの高いバスマティライスが載ってでてくる。
NZ$10は€6でUS$8、日本円だと¥770なので、この10年でニュージーランドの物価が暴騰したといっても、記憶をたどれば、同じ程度の調度の店の同じくらいのスパイスを使ったインド料理はカリフォルニアならば8$+チップ$2で$10、パリの近郊なら€10、東京ならば¥1600くらいなので、まだまだインド料理に関しては「安くておいしい」町なのだと言えそうです。

マレーシア料理やニョニャ料理(日本の人が「シンガポール料理」と呼んでいるのはだいたいこれです)、中華料理の店もたくさんある。
だいたいNZ$10で、完全に根にもっているので何度も書くが、マンハッタンのMPDにあるスパイスマーケットのように一杯のラクサでUS$23もとるようなアコギなことはしない。
http://spicemarketnewyork.com/file/2040/Spice_NYC_Dinner_05.24.13.pdf

中華料理屋では炒飯をたのむと、どうかすると日本ならば5人前くらいの量が出てくる。
身体の小さな中国人の女の学生が、あっというまに、その膨大な量の(塩漬けの魚とチキンの)炒飯を平らげて、一緒に注文した香港式カセロールを食べている。

タイ料理屋も当然たくさんあるが、わしガキの昔には「タダ・お代わり自由」と決まっていたジャスミンライスにオカネをとるようになった。

この先に話をすすめるための下心があるので、つけくわえると、ついでにブリヤニ・レストランもあるが、サンドリンガムというようなインド人たちがたくさん住む町へ出かけてブリヤニを買うと、これでもかこれでもかこれでもか、というような量のブリヤニを渡される。

米からパンにグラディエーションがかかって皿のうえのものが変化して、中華料理からタイランド、マレーシア、インド、中東、イタリアと料理を渡り歩いていると気が付くのは、米 → 米+パン → パンと皿の上のものが変わってゆくのにつれて穀物の価格が高くなるらしいことで、皿の上のパンを眺めて「つくづく小麦は効率が悪い食べ物だのお」と思う。

小麦を食べる国で育った民主主義が米を食べる国で機能することは可能だろうか。
世界地図を広げて眺めているとすぐに気が付くのは米作の国は昔から文字通り「桁違い」に人口が多いことで、米作の二大本家である中国とインドは言うまでもないが、日本というこれといった資源がない国も、あの粘り気のある米をつくる米作には適していて、西洋なら、どうやっても2千万人には届かなさそうな国土の地勢と大きさであるのに、むかしから1億人という信じがたい数の人間が住んでいるのは、要するにもともとが米作の国だからでしょう。
米作は小麦に較べて作付け面積あたりの収量が圧倒的におおきいので、同じ土地の広さで養える人間の数がまったく異なる。
アジアと言えば、ほぼどこに出かけても人間が蝟集しているのは、米という大人口を支える作物のせいである。

中国人たちは、人口が少ない社会の制度である民主制が自分達の巨大な人口の国で機能するとは考えなかった。
一般に独立運動として、どこの国でも教える孫文に始まる近代中国の自立闘争は実際には「滅満興漢」、すなわち「満州族を滅ぼし、漢民族の国を再興する」漢民族の民族闘争で、そのせいで中国人たちには本土において国家分立を考える余地がなかった。
漢民族でひとつにまとまった大国をつくりたかった。

天安門事件で学生たちが殺されたことに憤ったCNNだかの記者が鄧小平に「人間の生命をなんだとおもっているのか」とくいさがったとき、この背の低い、猪首の、長征を生き延びた指導者が、軽蔑を露わにした顔で、「中国という国は、あなたがたの国とは違うのだ」なにが民主主義だ、笑わせるな、そんな綺麗事で中国という大国がまとまっていけると思っているのか、という意味のことを述べたのは有名な故事であると思う。

その瞬間まで中国が自分達の繁栄を見習って全体主義からゆるやかに資本主義に舵をきろうとしているのだという手前勝手な甘い夢にひたっていた西洋人たちは、そこで初めて中国人たちが自分たちには思いもよらない独自の政治哲学、まったく西洋文明とは別個の信念に立った文明を建設しようとしていることを発見して凍り付いたような気持ちになったものだった。

朝鮮戦争のChosin Reservoirの戦い
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Chosin_Reservoir
は、アメリカ軍が戦った戦闘のなかでも最も困難で悲惨な戦いであったせいで、たくさんのインタビューやフィルム記録が残っているが、
印象的なのはほぼ証言する兵士たちに共通する攻めてくる夥しい中国軍兵の描写で、夜更け、丘の斜面をびっしりと埋めて攻め寄せてくる中国軍の半分は、よく見ると武器を持っていない。
武器をもった兵士が倒れると、後ろからきた兵士が、その兵士の武器を拾い、倒れた兵士の身体を遮蔽物にして射撃を始める。
そのままアメリカ軍の塹壕に雪崩れ込んで、数で圧倒し、アメリカ兵の屍体から武器をとりあげて、その武器でアメリカ軍の塹壕を制圧しはじめる。
「撃った弾丸が全部命中しても、突撃してくる中国兵の数はまったく減らなかった」と朝鮮戦争のベテランたちは述べている。
「弾丸の数より、中国兵たちの数のほうが多いのさ」

あるいは80年代に中国を訪れたドイツ人ビジネスマンたちは、中国人たちがどうやってジャンボジェットを洗機するか目撃してびっくりしてしまう。
「人間が機体に群がっているんです。みな、ひとりづつが布をもってね。
そうすると一機洗うたびに何人か滑落して死者が出るのだが、その見舞金を出しても、機械を導入するコストよりも安上がりだということでした」

欧州のテレビに映し出される、痴漢と疑われないために両腕を高く掲げて、押しくらまんじゅうというのか、四方八方の男や女からびったりと身体を押しつけられて汗ばんでいる中年サラリーマンの姿は、悲惨で滑稽だが、同時に深刻な事実を示唆してもいる。
西洋的な個人主義と、それに立脚した民主主義は、そもそも日本のように人口が過剰な社会でも可能なのだろうか?

民主主義は大陸欧州から来たことが強調されるが、「大陸欧州の民主主義」というときにイメージされるフランスや古代ギリシャと異なって、英語圏の民主主義は北欧文化の影響を強くうけている。
これも地図をみればわかるとおり、イギリスという国が実は北海に面した国で、日本の人に最もわかりやすい例を挙げればヴァイキングの、あの夜の闇のなかの暴力と「仲間意識」を強い特色とする北海文明で自分達の文明の骨格をつくった国だからです。

その北欧人の行列のつくりかたは、他の文明から来たひとが見れば、なんだかふきだしてしまいそうになる並び方で、ときには並んでいるひとひととのあいだが3メートルくらいある。
連合王国の習慣をそのまま2万キロ離れた南半球にもってきてしまったニュージーランド人も同じことで、ATMで現金を引き出している人の後ろに、というよりも通路を隔てた反対の壁にくっつくようにして、しかもなんだかあさってのほうを向いて女びとが立っている。

ニュージーランド人同士でも「並んでるんですか?」と聞かねばならないことがたびたびある(^^;)

違う方向から述べると、日本人である義理叔父に言わせると英語圏の生活の最大のストレスは「バカな人間が堂々とバカなことを言うこと」だそーだが、それは日本のような何か言うときに回りをひとわたり見渡してから、このひとはこう思ってるな、あのひとはああ思ってるだろうな、では、とひといきいれてから集団全体に与える効果を計算して発言する社会に較べれば、晴晴朗朗とくもりのない大声でオオバカを述べる人が大勢いる。
そもそも学校で「よく考えてからものごとを言いなさい」「ちゃんと考えられないのならものを言う資格はない」というようなことを言われたことがない人間の集まりなので、バカなひとはちゃんと50歳になっても天晴れなバカタレぶりが保存されている。

だが日本のように個体数が多い社会でバカなひとが自分のおもいつきにしかすぎない信念にしたがって自由にものを言い出すとどうなるかは、特に想像しなくても、インターネットのある種の匿名コミュニティをみれば明らかであると思う。

山手線や地下鉄のラッシュアワーの満員電車の、ほんとうは足が床から浮いてる人もいるんちゃうか、というあの圧縮された人間の群れは、日本の社会の個々のひとの魂がおかれている状況をあらわしている。
身動きもならず、人間らしく息をつくことも出来ない空間のなかで、日本のひとたちは日本の歴史上はじめて自由人となった自分の魂を持て余しているように見える。

過密社会を統制する政府は常に民主主義を生産性の敵だと心得ている。
実務を管掌してこなしていく人間たちにとっては個々に自由な魂など非効率をうむ癌細胞以外のなにものでもないからです。
一方で日本人、特に若い世代は、しだいに西洋的な個人の自由の信念を、信頼する観念であることを越えて、自分の生まれついてもった血肉のように感じ始めている。

その、ふたつの、近い未来におおきな齟齬をうみだすに違いない相反する力の軋みを、日本のひとがどうやって乗り越えていくか、(自分には自分なりの切実な理由があって)興味をもって眺めているところなのだと考えました。

(画像はArezzoの骨董屋で売っていた、ベニト・ムッソリーニの言葉を印した装飾板。「イタリアは平和を望むが戦争を怖れはしない」と書いてある。
もうすぐ日本の政治家の口から同じ意味の言葉を聞くようになるのかもしれません)

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s