青瓦台で、お茶を

london88

民主党に政権を追われるまでの自民党は面白い政党で、簡単に言えば、一個のマネーバッグにすぎなかった。
政治的立場に関わらず「立候補して当選するまでにたいへんなオカネがかかる」という、考えてみれば民主主義にとっては致命的な欠陥である「オカネがジャブジャブ必要な選挙」という宿痾を抱える日本の政治世界だから起きる珍現象とも言えるが、宇都宮徳馬のような、本心は日本共産党の1000倍くらい過激な世界革命信奉者から、国家社会主義の信念に燃える純正極右岸信介(安倍晋三が尊敬してやまない祖父ですね)まで、ひとつの「自民党」という看板の下で、「政党」を名乗っていた。

もっとも宇都宮徳馬などは尖鋭な観念と現実主義がひとりの人物に同居していた宇都宮徳馬らしく、「ミノファーゲン」という肝臓のクスリの売り上げだけでも政治活動をやろうと思えばやれたので、自民党にもぐりこんでいることには他の理由があったが、ここでは書かない。

マネーバッグのなかには、いくつか「政治バッグ」があって、これを「派閥」と言った。特によく考えてみなくても、この「派閥」が他の国で言う「政党」だったわけで、「自民党の一党支配」と言いながら、日本の政局が常に多政党分立の国であるような様相を示して日本の政治を専門とする当時の外国人研究者を悩ませたのは、なんのことはない、実際に多政党分立政治そのものだったからです。

この自民党が「マネーバッグ」にしかすぎない、ということを見破って、いわば原理主義的にマネーバッグによる政策政党とのすりかえを行ったのが田中角栄で、学歴がなくて、ガハハおっちゃんだったので、印象は「今太閤」という盛時の仇名でわかるとおり「庶民派」だが、実際には頭角をあらわしたときから、このひとは官僚政治のチャンピオンだった。
官僚が最も心服して全面的に自分たちの利害を預けたのが田中角栄です。

人気が暫くは票にかわる、もともと便利な安上がり候補者にしかすぎないタレント候補を除いては国政候補者は、まして候補者を複数抱える派閥の領袖は、常に莫大なカネを必要とした。
ちょっと考えると、その姿の異様さに息を呑んでしまうが、田中角栄がロッキードからの5億円を受け取ったことで有罪になった田中角栄と周囲が「みなやっていることなのに、田中先生だけ問題にされるのは卑怯なやりかただ」と慷慨したのは、「みんなやっていることだから、おれも悪いことをしたっていいだろう」という橋下徹式の駄々であるよりは、もっと切実な実感だったでしょう。
その当時のひとびとの証言をみると、後藤田正晴のようなひとまで「敵」たちの卑怯を本気で怒っている。

マネーバッグであることそのものが政治理念であるかのように変質していく田中角栄の「院政」以後、自民党は変質していく。
政党内政党のなかでの一派閥であった田中派が巨大化することによって、実際の政党としての機能を担っていた「派閥」が政党機能を失ってゆきます。

話を急ぐためにあいだを端折ると、政治家たちは政治そのものはテクノクラート集団にまるごとぶん投げるようになり、テクノクラートは自信をつけるのを通り越して、傲慢になっていった。
政治家なんて、どーでもいいや、というテクノクラート支配の構図ができてゆく。

民主党が政権につけたのは、皮肉にもこのテクノクラートの慢心があったからで、だから、鳩山首相が、受け狙いではなしに、ほんとうに「官僚政治をつぶします」と述べだしたときには、(官僚側からみた)鳩山由起夫というひとのおぼっちゃんらしいキチガイっぷりにパニクっただろうと思われる。

鳩山由紀夫の現実感覚のなさを手がかりにマスメディアと官僚はほとんど「総攻撃」というに値する全力で徹底的な反撃を企画して完勝する。
戦いのあとでは、鳩山由紀夫は「頭のいかれたおっちゃん」であり、一方の雄小沢一郎は薄汚い金権策士の姿で磔になって敗残の姿をさらすことになる。

一方で民主党が政権についていたあいだ、何が起きていたかというと、自民党は、その最も重要な機能である「マネーバッグ」という機能を失いかけて危篤状態になっていた。
銀行に借金を返せと脅迫的に督促されるまでにおちぶれていた。
実際、当時の自民党で党首になることは、野党にいつまでも甘んじれば巨大な借金を金貸しに握られた旧家の跡取りになるのと同じことだったので、逃げ回って党総裁になることを避けるひともいた。

簡単な事実だけを並べていくと、安倍晋三が乾坤一擲のバクチである「アベノミクス」を提唱して、民主党の実務能力のなさに「ものもいえない」ほど打ちのめされていた日本人たちがうなだれている政治の世界に帰って、大勝を収めるのは、要するに上のような経過で崩壊した自民党が、左右の広がりのない、情緒的にも国家社会主義の流れのみをくむ、「ネオ自民党」(というのは、ぼくが勝手に呼んでいるだけだけど)として復活する、それだけの経過があった。

いまの日本の政治状況を考える上では「自民党」と「ネオ自民党」を厳正に区別して考える事は重要であると思う。

この記事は日本語で書いていて、日本語で書いている以上、同意するひとが極端に少ないのは承知しているが、日本のいまの政権が「極右政権」なのは少なくとも日本の外では常識であると思う。
アメリカの日本への視線を要約すると「やっとやってくれたアベノミクスには期待するが、政治的には滅茶苦茶あぶない奴」ということになると思う。
アベノミクス自体については、前にも書いた
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/23/アベノミクスが開いたドアの向こう側/

が、個人に即していえば、とりあえず国民ひとりひとりから(インフレの形で)冨を国家に供出してもらって、それを資金に全体の調子をとりもどしてから再配分するからね、という策です。

とんでもなくおおきなリスクがある政策だが、公平に言って、失敗して政策に対する手当が手遅れになりすぎた日本という国では、状況を改善するためには、これ以外にない。
為政者側からみると、アベノミクス的政策に手をつけなければ、経済よか先に財務が破綻してしまうので、リスクもなにも、やらないと即死ですがな、ということでもある。

10年生存率は3割だが、ここで乾坤一擲手術をしなければ死ぬに決まっているガン患者と同じで、その意味では安倍晋三の「決心」は妥当と思う。
実際、ダメでも個々の国民のふところがチャラになってビンボ人の大群が発生するだけで、政府のほうは「他人のふところ」なので、「リスクが高い」とは言っても、国民1人1人におおきく転化されたリスクなので、ダメでも、まあいいか、という利点がある。

安倍晋三は一度目の任期の初めに「美しい日本」という極めて情緒的な言葉を使って「ジャパン・ウォッチャー」たちの顔をしかめさせた。
特に日本では為政者が情緒的な言葉を使い出すと、必ずというほど対外的に攻撃的姿勢をとるからです。

アベノミクスで大博打に出る一方で、安倍政権は「栄光」「毅然」「品性」というような危ない情緒で酔っ払い始めている。

中国という国はおもしろい外交的な癖がある国で、反中国的な旗幟が鮮明な政権があらわれて、おもいきり頬をひっぱたかれると、慎重なもの言いをするようになる。
その実、彼我の力を念入りに比較しだすので、そう見えるだけのことを考えると、危険な徴候だが、しばらくは、なんだか返っておとなしくなったように見える時期があります。
それから、しつこくしつこく相手の領土領海を侵犯する、というような気が遠くなるような「しつこさ」を発揮しはじめる。

最もオモロイ例では、ウスリー川を焦点に当時のソビエトロシアと国境問題でにらみあっていた頃、対岸のソビエト兵が、夜、監視塔から覗いていると闇のなかで、なんだか蠢いているようにみえる。
なんだ、あれは、ということになって国境線を探索してみたら、中国兵が国境の杭を抜いて毎日数インチづつソ連側に動かしていた(^^;)

尖閣諸島問題もいずれそうなるでしょうが、この国境紛争でも双方死者数十人という程度の地域限定戦闘を経て、問題そのものは「先延ばし」になった。

中国としては、韓国と並んで「激昂型」である日本の世論のお尻(表現が悪くてごみん)をじりじりとあぶって、日本が我を忘れて怒る瞬間に発生する「落ち度」を待っているのだと思われる。
もちろん、アメリカの軍事力がこわいからです。
一方では日本の各界に浸透しているので知られているフルタイムやパートタイムのスパイを通じての活動も積極的になっていくと思われる。

朴槿恵は本来は日本と韓国の関係を正常化するための「最後の期待の星」だった。
このあと、奇蹟が起こればともかく、朴槿恵がほとんどゆいいつの日本理解者であって、しかも、その日本への洞察力を発揮する機会が永遠に失われたいまになっては、タメイキをつくしかない、というか、どうしてこうなるかなあー、と思ってふさぎこむくらいしか方法はない。

朴槿恵が、これほど日本への警告的態度に終始して一貫して距離を保つのは、韓国国民が熟知している「朴槿恵こそ日本の理解者である」ということ一点によっている。
日本の立場を理解して、日本人をよく知っている、ということこそが朴槿恵の政治家としてのアキレス腱で、ここをつかれると朴槿恵の政治生命はいきなり終わってしまう。

ここでは詳しく述べないが、ツイッタとかでときどき述べているように朴槿恵は、日本の政治家たちが当然理解できるサインを送り続けてきたのに、日本側はそれをすべて無視した。
追い詰められた朴槿恵は、結局、中国とアメリカのあいだに渡るか細い梁に拠り所を求めることによって韓国を支えようとしている。
日本の安倍政権には韓国に敵対する意思しかなく、しかも新大久保のデモに象徴されるような日本人の国民レベルでの自国への憎悪を感じているからでしょう。
朴槿恵は、黙ってはいるが多分相当程度に理解できる日本語のほかに中国語と英語に堪能である。
くだらないことをいうと、このひとは三国志演義が好きだが、三国志の英雄のなかで好きなのは(日本人と同じ)趙雲子龍であるそーです。
日本のひとであれば、中国人が大好きな関羽ではなく「趙雲が好きだ」という朴槿恵の気持ちが判るはずだが、そーゆーこともすでにすべて虚しくなってしまった。

かつて中国はたとえば宇都宮徳馬を通じて「自民党」に、腹蔵ない話をすることができた。
同様に台湾も、韓国も、考えたことをそのまま伝えても大丈夫だという自信とともに、特定の政治家を通して「自民党」に話をした。

その結果、日本は、自分達の国の複雑な国情や、現実にあんたの言う事は判っているが、国内のこういうひとびとがこうだから、いまは公的には、ああしか言えないのさ、と自己を解説することも出来た。

ネオ自民党は理念政党なので、そういうことがいっさい出来ない。
いわば政党として「西洋化」したのだとも言えるでしょう。

もっかは、ついに中国韓国日本の三国が政府・国民の両方のレベルで罵りあう、というアメリカにとっては最も頭が痛い事態になっている。
アメリカという国は移民の国なので、おおぜいの韓国系市民や中国系市民を抱えている。
数はずっと少ないが日系市民もいて、と続けたいところだが、日本の政府の「他国のパスポートを所持させない」という政策もあって、常に日本という国に忠誠を誓う健気な日本のひとびとは日本旅券のままなことが殆どなので、日系人ではなくて日本人です。
あたりまえだが、日本人ならば、アメリカ社会からみれば、いわばアメリカの福祉や教育を盗みに来ているだけの存在で、そういう外国人たちの意見を考慮しなければならないようには「移民の国」、つまり「アメリカに忠誠を誓う人間の国」であるアメリカ合衆国はできていない。
時間が経てば経つほどアメリカ政府は韓国系人や中国系人の内側からのつきあげで「対日本政策」に苦慮することになると思われる。

日本やドイツに対しては「同盟を大事にしない」「同盟関係ということをただの口約束だと思っている」という芳しくない歴史的な偏見がある。
同盟、ということの重大さを理解していなくて、ただの綺麗事だと思っているのではないか、ということです。
第一次湾岸戦争のときクウェートが公表した戦争支援への長大な国名リストに莫大な戦費をほぼ全額調達した日本の名前は入っていなかった。
日本のひとは当時、クウェートの恩知らずぶりをずいぶん憤ったようにみえるが、なんにもわかっちゃいない、というか、なぜクウェートに感謝されると考えたのか、読んでいて不思議な気がする。

日中韓が罵りあいをしている東アジアでは、日本が韓国と対立することの意味はアメリカの軍事同盟にはいったおおきなヒビというだけである。
日本は韓国を中国側に足で押しておいやってしまいつつあるが、朴槿恵はいまはただの演技でも、いわゆる「親日政治家」であるという嫌疑がたたって、行動が「ブラフから出たマコト」になる可能性がある。
それは、むろん、韓国人自身がのぞまない事態の出袋でもある。

一方で、アメリカでは安倍政権という「アメリカ的価値観」に真っ向から対立する政権を、ただ経済資本家たちが喜ぶというだけの理由でいつまで好き勝手にさせておくのか、という議論が、少しづつおおきくなっている。
日本のひとは共和党のなかで大統領選のときに「日本との軍事同盟の解消」をうたった候補が初めて目に見える支持をとりつけたことにもっと関心を持ったほうがいいのではないか、とおもうことがある。

もう長くなったので、ここでは書かないが、ただの夢見がちなお題目どころか、歴史の神様が息のをのむようなやりかたで、世界中の国の、すさまじい日本への憎悪で始まった戦後68年を、実質的に日本を守り通す役をはたした憲法9条が改正されるころになれば、またおおきな動きがあるだろう。

前に述べたアメリカが日本がぼんやりしているあいだに、さっさと後退防衛線をひいてしまったことも含めて、なんだかなあー、日本はダイジョブだっぺかなあー、と思う午後があるのです。

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One Response to 青瓦台で、お茶を

  1. You know it says:

    俺は一日本国民として安倍晋三を断固支持しているし、非常に期待している。というのは、アベちゃんが頑張れば頑張るほど将来的に中国様の核弾頭で民族浄化してもらう可能性が高くなるからなw

    この俺を幸福にすることに失敗した社会、つーか、鼻から幸福にする気など欠片もなかったようなボットン便所同然のクソ肥溜め社会などは21世紀最初の四半世紀中に世界から退場すべきだ。日本のカネに頼っているような他国の甘っちょろいゴミ連中もまとめて道連れになればよい。

    地政学的のみならず地質学的にも東南海地震や富士山噴火など2025年まで日本はイベント盛りだくさんだが、トドメは2020年夏季オリンピック開催中に東京を襲う大地震だろう、と希望的観測を述べておきたい。

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