Daily Archives: September 13, 2013

科学的方法と人間

科学人にとっては「正当な手続きによって検証された事実」があって「それ以外の現実は存在しない」というのは有効な態度である。 科学的態度、と言ってもよい。 この文脈からいうと「ばらまかれた放射性物質によって誰も死んでいないから放射性物質の健康への害については考える必要が無い」ということになる。 誰かが死んでから考えれば良い。 科学人はロボットなのかというとなかには意外に思う人もいるかも知れないが人間です。 人間なので同時代の人間に対しても人間としての債務、というとオーバーだが、人間として「こう振る舞うべきだ」という約束事のなかで生きている。 福島第一がぶっとんだときにたとえばオダキン(わしの友達の科学人です)のなかの「内なる物理学者」は何もいいたくなかったに違いない。 想像するのが難しいことではなくて、科学人からみると、とんでもない理屈をこねて放射能が危なくないという言説ならなんでもかんでもかみつき反対し、悪魔め、死ね、と攻撃されている「御用学者」は、攻撃しているひとびとにとっては「御用学者」にすぎないがオダキンにとっては自分のまわりでうろうろしている同僚であり、同僚まではいかなくても、「顔を知っている人」であり、「よく見かける人」でもある。 第一、オダキンには「いま結果として確認できる被害がないのだから科学人として、それを議論の仮定にするのはおかしいだろう」と言う意見が科学的に整合性がある意見であることはすぐに見て取れたはずである。 わしは物理研究者ではないが、わしなら、困ったと思う。 「じゃ、なんできみは将来被害がでるとおもうのか」と言われた場合、「チェルノブルで起きたことにこういう評価がある」とか「こういう論文がある」あるいは、「判らないのだから恐れるべきだ」としか言いようがない。 「判らないのだから恐れるべきだ」というのはチョー非科学的な態度だが、人間が知識の蓄積としてどうなるかが判っていない現実の事態が起きてしまった場合、人間であろうとすれば非科学的判断に踏み込んでいかなければならない時があるのは歴史的にもあきらかで、たとえば放射性物質で言えば「仮に放射性物質が有害であったと10年後に判った場合」、そこで炙り出される自分の姿は、科学的手続き主義に身を隠した人間としては極めて卑劣な自分の姿であり、「科学的手続きに固執したい」というよく考えてみれば単なる科学人の職業人としての自己満足に過ぎない「こだわり」でみすみす子供を殺してしまったという後悔である。 わしはオダキンが「この事態は危険なのだ」と言い出したとき、オダキンは「人間として後悔しない生き方をしよう」と強い決意をもったのだと思う。 人間は科学的にふるまうことによって危機に対処してきたわけではない。 水爆という最終破壊神のような兵器について考えてみると、広島と長崎での「成功した」爆弾投下のあとでは、それをつくることが悪魔的な作業であることを知らない科学者はいなかった。 科学者のなかに「核を廃絶しなければいつか地球は滅びるだろう」という確信が生まれて、バートランド・ラッセルとアルベルト・アインシュタインがラッセル・アインシュタイン宣言を発表したのは1955年のことだった。 宣言に署名した科学者を見ると、 ライナス・ポーリング、アルベルト・アインシュタイン、マックス・ボルン、レオポルト・インフェルト、フレデリック・ジョリオキュリー、パーシー・ブリッジマン、セシル・パウエル、ジョセフ・ロートブラット、ハーマン・マラー、湯川秀樹、バートランド・ラッセルという当時の超一流科学者の名前が並んでいる。 この宣言によって実際に水爆と原爆の製造が止まると思っていたかというと、口には出さないが、11人全員が「多分、無理だろう」と考えていたと思います。 実際、この宣言の3カ月後にこの世を去ることになるアインシュタインは、 「理性が禁止を命じても、それでも科学者の手は動くだろう」と述べたという。 人間の科学的知性は「そこに面白いことがあればやってしまう」という、豚が死の罠だと知っていても食べ物に手をだしてしまうのとまるで変わらない、理性よりも強い好奇心によって支配されているので、人間としての理性が「やってはダメだ」と述べていても、科学人としての魂は、手を動かしてしまう。 手が理性をひきずって、全人類が破滅に導かれるような兵器ですらつくってしまう。 リチャード・ファインマンは、いかに危険なことか知っていながら、どうしても誘惑に勝てずにデーモンコア(6kg超のプルトニウムの塊です)に触わってしまう。 たくさんの人が、ファインマンの死因になった件の奇妙な癌は、この時の結果だと思っているが、デーモンコアに触れたあと40年以上を生きたファインマンは、たとえその死がデーモンコアに触れた結果であると知っていても後悔などしなかったに違いない。 振り返ってみると、福島第一の事故のあと、放射能がばらまかれて、福島県を中心に日本のおおきな部分が極めて危険な状態におかれたあと、日本の人が「科学の家」のなかだけで議論を始めたのは不思議な現象だった。 科学人がこれほどおおきなプレゼンスをもった社会、というのを、わしは他に見たことがない。 科学人という生き物はおよそ社会的な事柄について判断するのに不向きな職業を持った生き物であり、科学は、特にそのなかでも物理学は、その「社会の常識では正しいはずがないことを物理学の世界で認められた確からしい手続きによって真理として発見して検証する」という「反常識主義」とでも言うべきやりかたによって地動説、重力の諸性質、量子、時間の相対性、という直感にすら反した「現実」を見いだしてきた哲学思想としての長い歴史をもっている。 福島第一のように、初めから結果が時間的にずっと先にいかなければどうなるかわからない事態が起きてしまうと、論理的に言って科学は反社会的な振る舞いしかしえないのは自明と言ってもよいと思う。 案の定、おおくの日本の科学人は「まず結果をくれ。そしたら考えるから」というおそるべき自己満足の遊びに身をまかせはじめる。 結果、というのは簡単に言えば福島の子供が死ぬことです。 ある科学者は「また、そのころ、政府から意見を求められる機会もあったので、最悪の事態として汚染が広がったときに、政治家が腹をくくって「動くな」と言えるかどうか、ということをかなり議論した記憶があります。」 と述べている。 わしは、このコピーライターが科学者にインタビューした記事を何回も読み直してしまった。 「政治家が腹をくくって「逃げろ」と言えるかどうか」の間違いなのではないかと考えたからです。 何回か読み返してから、この人はちょうど科学者が科学の手続きに立って考えるように、この場では、日本社会の保全という立場から「政治的思考の手続きに立って」考えたのだと思い当たったのは、3,4回読み直したあとだった。 長くなってしまうと面倒くさいので簡単に書いてしまうと、日本の人達が科学の手続きに沿って考え、あるいは政治家の眼で事態を眺めたのは、要するに「自分の生活」という社会においては最も基本的な観点であるはずのものを持っていなかったからだろうと思う。 実の所、日本の人に必要な考えは「わたしは怖いから逃げる」という希望だけでよかった。逃げなくていいと思った人は、そこにとどまればよく、逃げたい人は逃げる、というだけでよかった。社会の役割はその両方をやれるだけ支援することで、個人の思考を支配しようとすることではなかったはずです。 正しいか正しくないか、というようなことは別にして、西洋人の最も基本的な思想は「部分は全体の一部ではない」ということである。 人間は社会のなかの個人として存在するが、個人は社会の一部ではない。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 1 Comment