神の火、人間の火

SI

英語世界の側で、ぼんやり話を聞いていると、原発業界人が日本の業界人たちの行き方について「これは拙(まず)い」と思い始めたのは2012年の夏くらいからであるように見える。
原子力発電が始まった経緯のうち最も重要なことは「原子力発電所が爆発のような重大事故を起こすことは可能性としてゼロである」という確信に到達した、ということがある。最も重要、というよりは人間組織とハードウエアとを何重にも組み合わせて、発電業界と利害をもたないサードパーティに依頼してリスク計算をしてみて「これで数千年というような期間内に事故が起きる可能性はない」という結論が得られたことが原子力発電に踏み切った前提だった。

チェルノブルで、起きるはずのない原子炉の大爆発が起きると、当然、原子力発電業界人は原因を検討した。
当時のソビエト連邦の原子力発電所は見慣れないデザイン、というか、西側では採用される可能性がないRBMK
http://en.wikipedia.org/wiki/RBMK
であったうえに事実上フェイルセーフ機能の「穴」になる操作がいくつか存在する原子炉デザイン(この場合、デザインには操作手続きも含まれる)だったので、原子力業界人は安堵した、と言ってもよい気持ちになった。
実際、事故が起きる前、という仮定でリスク計算をしてみても当時のソ連の体制では、立派に数十年に一回という範囲で事故が起きる可能性があったようです。

チェルノブルは例外だ、ということになった。
チェルノブルは「事故発生可能性ゼロ」という原子力発電所デザインの大前提を無視した設計だった。
西側の原子力発電所とそもそも安全への思想が異なる。
あれを原子力発電所の安全性についての思考に含める必要はない。

以前にこのブログにも書いたように、ゴルバチョフの回想によると当事者のソビエト連邦政府は主に財政の面から国民の救済を取るか国家と共産主義の崩壊を取るかという選択を迫られて国家の崩壊もやむをえないという決断をして、自らの破滅を甘受する、という国家の歴史でも未曾有の決断をすることになる。

西側諸国の原子力発電の安全性への自信は揺るがなかった。
RBMK自体が軍事ベースの安全性の低いデザインであり、運用も言わば軍事ベース的で、リスクを逓減させて最終的にはゼロにするところまで危険性を押さえ込む、という思想がそもそもソビエト連邦の技術者には欠けている。
そういう話をするときに、原子力技術者の脳裏にあったのは艦内で原子炉が事故を起こして死者を出したというソビエト原子力潜水艦の噂であり、万事「荒っぽい」ので有名なロシア的な技術思想だった。

福島第一発電所は海抜35メートルの崖の上につくるはずだったのだ、と菅直人が最近の、ニューヨークで行われた講演で述べている。
それを東京電力が冷却水を35mまで揚げるのではカネがかかりすぎる、というので勝手に崖を崩して、海抜10mの台地を造成して低地に原子力発電所をつくってしまった。
崖の途中に無理に造成してしまったので崖のある丘から浸みだして伏流水となる地下水が常に発電所内を水びたしにしようとする、という副次的問題が起きて、それが結局現在の「汚染水」という問題を引き起こすことになった。

福島第一原子力発電所の事故が世界じゅうの原子力発電業界の人間のあいだに引き起こしたショックはたいへんなものだった。
日本の政府と業界人は「事故は起きるものだ。大騒ぎするほどの量の放射性物質がばらまかれたわけではない」と述べて、奇妙なくらい、まったく衝撃を受けた様子はなかったが、それは日本ただ一国の反応で、欧州やアメリカの原子力業界にとっては福島で「起きる可能性がゼロのはずの事故が起きてしまった」のは深甚な打撃だった。

2012年夏にアメリカ人達が福島の事故地を訪ねてみると、彼等が見たフクシマの状況は、それまで彼等が日本人たちに聞かされていた説明よりも遙かに酷かった。
そのあたりからアメリカ人や欧州人たちの日本の日本政府と原発業界人および電力会社人たちへの不信が始まったように見えます。

オリンピックの東京への誘致を経済回復の起爆剤にしよう、という方針で安倍政権が一致すると、招致の最大の障害である福島第一発電所を報道人に公開せざるをえなくなった。
有名なMycle Schneiderも、そのときに現地入りしたひとりだった。
BBCのMatt McGrathがMycle Schneiderにインタビューして書いた記事が2年間言語のカーテンの向こうで行われていたことについて英語記事が報道したはじめで、

「water is leaking out all over the site and there are no accurate figures for radiation levels」
で始まる証言は少なくない数の英語人に「えっ?」という気持ちを起こさせた。

日本でもずいぶん引用された「It is much worse than we have been led to believe, much worse」という、Mycle Schneiderらしからぬ強い怒りの表現は、
彼がみたものの事態の深刻さをうかがわせた。

それまで英語人も欧州語人も福島第一事故には「まったく無関心だった」と言ってもよい。
ときどき祖国から逃げてきた日本の人が「私の国では、ばらまかれたといっても、いま程度の放射性物質の量ならば心配しなくてよい、という人がたくさんいるのです」と述べても、なんだか間が抜けた、応対に困ったような顔で、「へえええー」と言うだけで、なにしろ興味がまったくわかない話題なので、次の瞬間、CBDに出来た日本食レストランはおいしいよね、という話題に転じる、というふうだった。
英語人から言うと、「日本人というひとびとは、常識では考えられない奇妙なことをするところは面白いが、なんだかよく判らないひとたちだ」という気持ちもあるのです。

日本人が放射能が安全だと思おうと、危険だと感じようと、それは日本人の問題で、おれには関係が無い、というのが正直な気持ちだったが、汚染水となると、まったく別だった。
特にアメリカ人は北太平洋を共有しているからです。
他人事でなくなってしまった。
いま試しにSNSやブログを検索すると、「日本人のせいで世界は破滅に向かっている」「寿司を食うと死ぬぞ」「フクシマを爆撃して綺麗に破壊すればどうか」「東北全体を国連の直轄地にしろ」というような、日本と同じで、無責任なヒマな人が考えそうなことがずらずらずらと並んでいる。
なかにはAlex Jonesのような陰謀説大好きジャーナリストの「大物」もいて、もうしばらくすると日本にとっては「風評被害」どころではない厄介な妄説が広がりそうなので、日本で母親達を「非科学的」「無知」「バカ」と罵って溜飲をさげて遊んでいるひとたちは(日本語で書いても意味がないので)ここからは英語で書かないと、これまでの他人の無知を嗤う努力が、ほんとうはただの自分の報いられない人生の代償をインターネット上で他人を嗤うことによって歪んだ自足を得るためだけの行為にしかすぎないのではないかと疑われてしまう。

福島第一事故が、突然自分達の問題として目の前に立ち現れたので、英語人や欧州人たちも2013年9月になって初めて福島第一発電所の状態に関心をもちだした。
そうしてあらためて自分の生活に関わりのある問題として世界のひとびとが見いだしたのは、日本政府と東京電力が2年間まったく何もしていなかった、という驚くべき、というよりは理解不能な事実だった。
次第に事情がわかってくると、2011年の時点でアメリカ政府から汚染水の漏出の危険について指摘を受けていたのにコストの観点から対策をしないことにしていたり、殆どの問題を日本語の壁のなかに閉じ込めていたりして、日本以外の原子力業界人がはっきりと悟ったのは「日本という社会に原子力発電を続けさせることの絶対的な危険」だった。

気が付いている人もいるだろうが、オバマ大統領があれほど力をいれていた小型の「次世代原子炉」をアメリカ中に大量につくって稼働させるというエネルギー案を以前のようには口にしなくなったのは、あきらかに福島第一事故によって「原子力発電所は事故を起こす可能性があるのだ」ということを悟ったためである。

アメリカでは最近、洪水によるシャットダウンが二件、地震によるシャットダウンが一件あったが、専門家たちを考え込ませたのは、それほどおおきな洪水や地震でなかったとはいえ、そこで起きた洪水も地震も記録に残っているものよりも大きくて「上限として想定された災害よりもおおきかった」という厳粛な事実だった。

Gregory Jaczkoは福島第一が証明した「原子力発電所の事故は起こりうる」という事実に戦慄しているひとりだった。
原発を続けるためにはどうしても必要と思われる、たとえば定期監査の体制の変更などをめぐって原発利権を代表する委員達と戦って破れたJaczkoは委員長の辞任を余儀なくされてゆく。
“Greg has led a Sisyphean fight against some of the nuclear industry’s most entrenched opponents of strong, lasting safety regulations, often serving as the lone vote in support of much-needed safety upgrades recommended by the commission’s safety staff,”
とMarkey上院議員(マサチューセッツ選出)が証言しています。
辞任後、福島を実地に訪問して避難を余儀なくされたひとびとと個別に面談した前NRC議長Gregory Jaczkoは、帰米後、業界人としては極めて非常識な提案をした。
「原発は事故を起こさないという大前提は崩れた。われわれは原発をやめるべきだ。少なくとも数年停止して、いまの前提とは異なる原発の監査体制、基準を設けるまで、原発を稼働させるわけにはいかない」
あたりまえだが、このGregory Jaczkoの姿勢は、原子力業界からおおきな反撥を呼び起こす。
これでJaczkoのキャリアも完全に終わりだ、と考える人がおおぜいいた。
前NRC議長というより反原発の闘士みたいなことを言い出したのだから当たり前です。

Gregory Jaczkoは、「それがどんなに困難でも、原発なしでエネルギー需要をまかなうための新技術を開発しなければならない。われわれには、それが出来るはずである。
アメリカは暗い夜をしのぐランプの代わりに電灯を生み出した国だ、
われわれに、このチャレンジを乗り越える力がないわけはない。」と訴えている。
「チェルノブル事故のとき、われわれはそれが特殊な原子炉だからだ、と自分たちに言い聞かせた。反対派が抗議にくるたびに、われわれはこういう安全のためのハードウエアを何重にももち、ソフトウエアの面でも危機が起こる前に未然に防ぐためにこういう工夫をしていると説明してきた。自然の脅威に対して、極めて複雑で精巧な安全策を講じて絶対に大丈夫だと信じていたが、それに対する神の簡明な解答がフクシマだった」と言う。
NRC辞任後、体制のなかでの良心として生きてゆく方法を模索していたGregory Jaczkoに、文字通り、自分の職業的人生を投げ捨てる決意をさせたものは、訪れたフクシマ被災者の仮住宅で見た、壁に飾られた一枚の「家系図」だった。
Jaczkoが面会を求めて会ったその一被災者の老人は、壁の系図を指さして、「私の家は、ああやって、何代もの長い間、あの町に住んでいたのです。私は、そのことに強い誇りをもっていました」と述べた。
その瞬間、Gregory Jaczkoは、こんなことを再び起こして良いはずはない、と決心したもののようでした。

残念ながら日本政府や電力業界の稚拙な技術もさることながら、その「やる気のなさ」「尊大なだけの、なげやりな事故への態度」が明らかになるにつれて、特にアメリカ人たちのあいだには、原発業界人のあいだにさえ日本の原子力人への怒りがたかまっている。
原子力業界からは遠いところにいるぼくのところにさえ、「あれほど恥知らずな無責任はみたことがない」「彼等の人間の生命や生活への無関心ぶりは想像を超えている」という声が聞こえてくる。
こんなに遠くまで聞こえてくるのだから、やがて、日本の業界の人の耳にも届くだろうと思う。

日本の社会でこの2年間に起きたことは、いまちょうど検討の最中、ということになるが、たとえば学者たちが果たした役割についても名前付きで詳細に調べたもののようです。ツイッタでも述べたが、自分の国でないのだから当たり前だとは言っても、職業人としての強い責任感と勇気をみせたGregory Jaczkoですら、「日本はもう、ああなってしまっては手の施しようがない、方法もないが、アメリカで日本で起きたことが起きるのを許すわけには絶対にいかない」とことあるごとに述べてしまう。
テレビのパネルディスカッションや講演その他を聴いた日本のひとは気が付いたはずだし、複雑な思いだと思うが、Jaczkoに限らず、このくらいの放射能はたいした弊害はない、と述べあって、なんの対策も打たず、行動も起こさず、ただ黙って「何かが起きてから考えればよい」と考えている日本の社会は「もうダメだろう」と見ているのが一般であると思う。
日本の政府が再稼働を望んでいるときいて、失礼にも失笑した原子力業界人(このひとはスリーマイル島事故経験者です)もいたが、2年間なにもしないでいまの致命的な事態を招いておいて、しかもその上汚染水は垂れ流しになっているのに、どうして再稼働が考えられるのか、と日本以外の国の原子力業界人は訝しく思っている。
ツイッタでいくつか記事を紹介したように、最近は、日本が再稼働や、あろうことか原発の輸出まで考えているとしって、アメリカの原子力業界人を中心に「日本の原子力発電所運営体制とアメリカの運営体制の違いを明確にしてアメリカの原発は日本人の杜撰で無能力なそれとは明然と異なる」のだと主張する光景をよく目にするようになった。
原子力村全体が、まだまだ日本に原子炉を売りつけたい人もたくさんいるので、足並みは揃っているとは言い難いが、次第に、「日本社会には原発運営能力はない」として、自分達との差異を明確にしよう、切り離そう、とする勢力の擡頭がはっきりするようになってきた。

Gregory Jaczkoたちの発言を注意して聴いていれば判るが、エネルギー政策の前線に立っている人間たちは豊富で詳細な情報を手にしているので、現在原発反対のひとたちが熱心に唱えている方策、風力発電や太陽光発電、シェールガス、天然ガス、というようなものが原子力の代替になりうるとはまったく思っていない。
かえって、たとえば風力発電建設がどの国でも密接に政治利権と結びついていて、一基建設すればそのたびに政治家のポケットにカネがはいる構造が出来上がっていること(風力発電施設の建設には意外なくらい簡単に認可が出るのはそのせいだと南欧州では信じられている)などを捉えて、正義心から、はっきりと憎悪しているひとも多い。

しかもビジネスの世界は相も変わらずビジネスの世界であって、福島第一事故が起きた瞬間から日本が自国のために調達するエネルギー、たとえば天然ガスには高額の「ジャパンプレミアム」が付くようになった。
そんな、汚い、というのが通常の人間の感覚でなければならないが、ビジネスのなかでも特に資源ビジネスは「ひとの足下をみる」のが商業常識のうちなので、弱味があればかならずそこにつけこまれる。
書いていてもやりきれない感じがするが、日本人の反原発運動が成功に近付けば近付くほど、ジャパンプレミアムは高騰して、日本の国内の産業が産業として成り立たない高額へ駆け上ってゆく構図がそこには存在する。

福島第一事故は原子力をあつかうほど人間には原子の力を理解できていないのだ、ということを教えてくれた。
あの旧弊で、まるで誤魔化しに誤魔化しを重ねたような異様なほど巨大で白痴的なほど複雑な制御システムは、この40年間、本質的にはなにも変わっていない。
いわゆる「次世代原子炉」はデザイン上いまの世代の原子炉よりも安全性において遙かにすぐれていて、原子炉なんていらん、と正当な主張を繰り返すひとたちが漠然と考えるよりも遙かに安全だが、チェルノブルのRBMKの大爆発のあと、まったく同じことを言って、福島第一で(被害の表出が爆発的でなくゆっくりであるというだけで)チェルノブルよりも数倍酷い被害をもたらす事故が起きるまで、愚かにも絶対安全と信じ込んで原子炉を運営してきた。

広島と長崎で人間を焼き尽くしたあと、いったんは人間の生活を照らすものとして手懐けることに成功したかに見えた神の火は、結局は、人間を焼き尽くすものでしかないことが福島事故で証明されてしまった。

人間には人間の火しか使えないのだと思う。
自然世界にあまねく存在して、人間が五官によって直覚できるもの以外は人間にはまだ使いこなすことができないのだ、ということがチェルノブル、スリーマイル島、東海JCO、福島第一を通して人間が学習したことだった。
考えてみれば放射能が視覚によって直截みることが出来ず、嗅覚や聴覚にも訴えず、放射線が人体を貫いているときでさえ、それがどの程度後年の癌や病気を起因するのかさえ判らないことが、そのまま、人間がまだ原子の力に手をだす段階に至っていない事実を雄弁に告げていた。

奇妙に聞こえるかもしれないが核融合発電における技術上の困難を勉強すると核分裂技術を使う発電の問題はより明瞭にわかってくる。
核融合では原子炉に使える素材すらみつかっていない。
磁場をつくってみたり、いろいろ努力をしてみても、誰に訊いても「どこか見当外れの努力という気がしてしようがなくなってくるんだよなー」という答えが返ってくる。

神に100の角度から事象を見つめる能力があるとすれば人間のもちあわせの角度はふたつか、せいぜい、みっつというところだろう。

それまでは、神の火は、神のてのひらのうえだけにおいてゆくのが良いように思えるのです。

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