普段着の放射能

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福島第一事故から3年弱経った日本の様子を見ていて、放射能を浴びることに
「狎れて」しまったのだなあー、と思う。
事故直後から「この程度の放射性物質の流出で大騒ぎするのは愚か者で社会にとって有害である」と述べていた日本の科学者たちが意図していたことか、そうでないかは判らないが、福島第一事故以降の日本社会の対応が「放射性物質とともに暮らす社会」という不思議な社会を現出したのは、なんだか悪い夢のなかの物語のようだが、紛れもない事実である。
初期の頃に放射能の害を喫煙の害や飲酒の害と比較するひとがたくさんいて、わしは、これを面白いと考えた。

非常と日常、といえばいいだろうか。
統計的に言えばクルマを運転するというのはたいへんなリスクを伴う行為である。
事故で死ぬ確率もやや異常なくらい高い。
クルマを毎日運転して生活していて「もう少しで死ぬところだった」という経験をしたことがないという人は稀だろう。

もっと言えば「シャワーを浴びる・風呂にはいる」という行為、あるいは階段を上り下りする行為もたいへん危険で家庭内で足を滑らせて死ぬ人の数は毎年膨大なものである。

「それに較べて、フクシマではひとりも死んでいないではないか」と肩をそびやかせてオオマジメに述べる人がたくさんいて、こちらは人間がよろしくないので、くっくっくっと声を押し殺して笑って苦しい思いをするが、勉強した人の頭の悪さというものは、ああいうものだろう。
こういう人達と議論するのは昔からムダと決まっているので、性格が温順な人達が間違って、この手の言葉の真の意味の軽薄才子たちについていかないことを祈るだけだった。

放射能による生命への危険を日常のなかに環境としてある、たとえば、喫煙の害と同じ地平にあるものと「放射能を正しく怖がる運動」を通じて再定義した結果、日本社会全体が「核」の扱いについて、気楽でぞんざいになっていったのは、日本社会の外に立って日本を観察する者にとっては明瞭な変化だった。
その「ぞんざいさ」「ざっかけなさ」は時を経るとともにだんだん酷くなって、燃料棒取り出しでは(東電が公表したPDF資料を見る限りでは)事前に十分なリスクの検討も行われず、ダミーを使った訓練もせず、どんな安全対策や失敗した場合の対策が講じられるかのプロシージャも公開されないまま、唐突に作業がはじまることになった。
作業自体に対する東電の感覚は例えばイギリス陸軍が弾薬集積所内で有効期限が切れた弾薬を移動して撤去するときの感覚に酷似している。
「おっことしたらたいへんなので注意して作業します」
懸架ケーブルは二重にしました、把手はロック機構があります、荷重に急激な変化が起きた場合は自動的に停止します。

この程度の安全装置で核物質を移動するシーンが出てくるSF映画を見せられたら設定のあまりのいいかげんさに切なくなってSFファンは泣くだろう。

日本の政府が福島第一処理において行っていることは西洋人、たとえば英語人の目には極めて無謀、信じがたい無責任に見えるが、当の日本政府と東電はオオマジメに「私達は危険性があると思っていません」と堂々とテレビインタビューに対して答えている。
「なんという無責任だろう」とPが憤慨している。
「いや、でも、あれは本人たちが安全だと信じているのさ」と、わし。
「なんで?」
なんで?って、自分達の頭でひととおり考えてみて、まあ、大丈夫だろう、と思ったからだろう。

むかしニューギニアのポートモレスビーにオーストラリア軍が強力な拠点を作ってしまったことに業を煮やして、日本陸軍が陸上からの強襲を計画したことがある。
簡単に言えばブナ付近に上陸してニューギニアを横断してポートモレスビーを占領する、という計画だった。
初めはおもいつきにすぎなかったが辻政信というどこにでも顔を出しては部隊を連隊単位で壊滅させたり華僑をまとめてぶち殺したりするのが得意であった中堅参謀があらわれて、地図にしゅっと直線を引いて、「この通り最短距離を行けばいいだけではないか。いまや作戦は研究にあらずして実行である、というこの人らしい粗雑な理屈で、とにかく実行あるのみ、と言い出したので作戦として実行することになった。

わし家にはおおきなブーゲンビリアの花棚があるが、ブーゲンビリアは典雅な花を咲かせるが蔓は獰猛というか、熱帯の植物の悪意をおもわせる強靱さで、ナイフなどでは到底切れない。鋸でもダメで、いちどJという若い庭師がブーゲンビリアの蔓を切ろうとしたら、まるで逆襲するように跳ね返った大きく鋭い棘のある蔓に打ち据えられて大怪我をした。

ブーゲンビリア自体は、たしか南米が原産の植物だが、熱帯のジャングルの蔓性植物はいわば人間が飼い慣らしてきた花ですらあの凶悪さなので、辻政信が考えたように銃剣でさっさと切り開いて進軍すれば数日で島を横断できる、というわけにいかなかったのは容易な想像であると思う。

地図上の島に直線をさっと鉛筆でひかれて(実際、この当時の日本軍参謀たちはスタンレー山脈の向こう側はなだらかなくだりだと虫の良い想定をしていた)「たった220キロだ、たいしたことない」と言われたほうの、現実感覚が欠落した人間が頭で考えたことと現実のギャップのあいだにほうりこまれた哀れな日本の歩兵達になにが起きたかという生き地獄の日記とでもいうべき一連の出来事は
「ゆきゆきて、神軍」という、日本のドキュメンタリー作家、原一男の映画に記録されている。
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id150194/

2011年3月11日の「大津波が襲った日」には、わしはオークランドの家にいたが、アメリカ人の友達から「あそこには安全性が極端に低い原子力発電所がふたつかみっつあったはずだ」というemailを読んで、どんなことが起きてゆくかモニタしていた。
ツイッタ上で「あれ?福島って、原子力発電所があるんじゃなかったっけ、ダイジョブかな」と何の気なしに述べる人がいて、それに向かっていっせい攻撃のように、「日本の科学技術の水準を知らないのか。地震や津波で壊れるような発電所じゃない。知識もないくせに、デマを流すな」と、それこそ一斉射撃のような激しい言葉の反応があったのは、そのときは気が付かなかったが、いま考えてみると、SNSを監視して、「危ない」という人間を沈黙させろ、という業務命令をうけた人達だったのかもしれない。

基本的には、「原発がぶっとぶなんて、なにゆってんの? おれたちは、プロだぜ。素人がガタガタいってんじゃねーよ。
ありっ? ぶっとんじったな、やべー。こんなこと、あんだ」という「ノリ」の、技術者や科学者のコミュニティにはおおぜいいる「無責任なかるみをかっこいいと考える」子供じみたひとびとで、科学の世界にいたひとなら、自分のまわりを考えて、二三人はすぐに名前をあげられるだろうほどありふれた類型である。
だいたい「SFが好きで、SFのなかででくわしたマッドサイエンティストに憧れがある」「自分と他人とを隔てる『特権』としての科学知識や技量にやや異様な誇りをもっている」「科学的方法をまっとうするためなら、人間くらい死んでも仕方がないという『科学的手続き至上主義』である」「社会との関わりにおいては自分の自己満足としての科学から社会へのアプローチ以外にはまったく興味がない」というような属性がある。
こういうひとびとは、本来、現実社会に野放しにすると大変なことになるので「大学」という名前の精神病院類似施設に「教授」「准教授」「講師」というふうな命名をして閉じ込めてあるが、「おらが村の秀才」を仰ぎ見る気持ちがあるような、純朴な気持ちが残って居る未開社会では、直截社会の成員と口を利くことによって社会におおきな悲劇をまきおこすことがある。

日本は先進社会であって未開社会ではないが、不思議なことに「学者」や「マスメディア」「オカミ」に対しては、まるで未開人であるかのような反応を示した。
その結果、放射能というものが「日常の環境の一部」になりおおせてしまって、どうも見ていると大気の成分として窒素酸素とならんで、ちょっと毒物が混入した、とか、そういう感覚であるように見える。
70年代に有吉佐和子が書いた「複合汚染」で環境汚染が問題になったほども放射性物質を特別に危険なものだとは思っていないようだ。

世界中の人間のいまの時点での正直な気持ちは、汚染水をとめて、燃料棒を撤去して、なんとか核汚染を日本のなかだけに閉じ込めてくれ、ということだと思う。
日本の人がこの程度の放射性物質の汚染はなんともない、と率先して言ってくれているので好都合なのでもある。

重大な原子力事故を複数回起こしたのは日本だけで他には類例がないのは、「メルトダウンが起きたら終わりだ」という原子力発電従事者の強い緊張感があったからである。
作業者の緊張もだが、だからこそ多重に組み合わされた安全装置とくどすぎるほどの運用システムのプロシージャがあって、それによって原子力の安全性は保障されてきた。

英語人が今回の福島燃料棒撤去に見ているものは「狎れてはいけない危険に狎れてしまったひとびとのだらしなさ」だと思う。
酔っ払い運転をする人は、通常は飲酒運転を絶対に自分に禁じる時期が最も長くて、初めは酒気帯びから始まって、飲酒運転にすすみ、なんだ、ぜんぜん大丈夫じゃないか、ということになって、大事故を起こすまで「ダイジョブダイジョブ」と繰り返しながら、飲酒運転を常習する。
立木に衝突して折れたハンドルが肺臓に突き刺さって死んだFさんが、いま上に書いた、そのとおりのひとだった。

特にドイツ人や北欧人が「誰も事故の責任をとらない国で燃料棒のとりだしにいままかかるなんて理解できない」と言う。
怒っているのではなくて、ほんとうに理解できなくて困惑しているようにみえる。

すべての失敗を「たいしたことはない」ことにして、たかをくくる文化を持つ社会が、これからどういうふうに社会に事故処理の範を示していくつもりなのか、次の東京オリンピックまでには完全に解決する、と世界に向けて公約した、その最大のハイライトである燃料棒のとりだしが、のっけから始まったので、これから1年で、日本にどのくらい「ツキ」が残っているか、わかることになってしまった。
ひとことだけ、正直な気持ちをいうと、あんなやりかたでうまくいったら奇蹟だわいね、と考えて、タメイキしかでない感じがするのです。

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