食物図鑑その11オークランド篇

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ニュージーランドに本拠をもつのがいい、と言い出したのはモニさんだった。
でも、遠いですよ、ニュージーランド、どこの国からもすごく遠いけど、と述べてみると、「遠いからいいのだと思う」というお答えだったので、子供のとき連合王国から長駆やってきては、さんざん遊んで暮らした国でもあり、土地勘ももともとないとは言えないので、なにしろモニさんが側にいればそれでなんでもどうでもよくなるわしとしては特に異議を述べる必要も感じなかった。

このブログ記事をむかしから読んでつきあっている人は知っているが、わしの家はおもわぬことでニュージーランドやオーストラリアの「New World」とつながりが深い家で、連合王国のクソ冬には、ニュージーランドまでおりてきて遊んでいることが多かった。
だいたい、その頃はクライストチャーチ、メルボルン、シドニー、オークランドくらいの順番で馴染みがあったのではないだろーか。
クライストチャーチには、「牧場の家」と「町の家」があって、牧場はクライストチャーチから30分くらいの所にあり、「町の家」はフェンダルトンという地区にあった。
牧場にいるときは馬(うま)さんと一緒だったので、妹もわしも、いるあいだじゅう欣喜雀躍、わしは朝飛び起きると一目散に馬のもとへ走って行って一緒に散歩することからはじめる、というくらい馬さんが好きだった。

窓際のカウチに寝転がって本を読んでいたら、空には雲ひとつ無いのに影が射してくる、ありいー、と思って上半身を起こして窓をみるとフェンスの下からパドックを脱出した牛さんが窓にでっかい頭をいっぱいにくっつけてこっちを覗き込んでいてぶっくらこいて心臓が止まりそうになったりした。

夏の夕暮れ、午後8時くらい、親子でデッキに寝椅子をだして、空を眺めた。
連合王国の空と違って、ニュージーランドの空にはひっきりなしに流星が流れ、人工衛星がちょうど定期バスかなにかであるかのように、ぶぶぶぶ、と低い軌道上を移動してゆき、やがて暗くなってくると、天の川がどどどどどおおおおーんと空を横切ってあらわれる。

道を歩いていたら近所の牧場から脱走した牡牛が向こうから文字通り「血相を変えて」疾走してきて、妹とふたりでぎゃあぎゃあ叫びながら必死に駈けて逃げまわったり(その一ヶ月後に、この気の荒い牡牛は実際に牧場主のTさんの奥さんを角で突き殺した)、ちょうど日本で言えば「隠里」になっている滝壺で裸で泳いだりした。

町の家は、裏庭をおりてゆくと、小さな桟橋があって、そこから手漕ぎのボートが出せるようになっていた。おとなはそんなことはしないが、ガキどもは、小川をボートで「探検」して、いくつも橋をくぐって、町の中心にあるハグレーパークまでボートででかけたりした。
お互いを訪問するのも小川をボートで漕いで訪問する。
どの家にも「トゥリーハウス」と呼ぶ、木の枝にかけた小屋があったので、そこでガキどもは集合して世界征服計画を立てたりした。
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クライストチャーチには楽しい思い出がたくさんあって友達も多いのでモニが「ニュージーランドにしよう」と言い出したときに、クライストチャーチを真っ先に考えたが、念のために、というので、わしがもともとはあまり好きでないオークランドの、パーネルという町にある家に連れて行ってしばらく滞在したら、モニはクライストチャーチよりも、こっちのほうがいいと思う、というので、オークランドに住むことになった。
パーネルの家は6ベッドルームの、あまりおおきくない家なので、パーネルの隣にあって大きな家がたくさんあるので有名なラミュエラにいまの家を買い求めた。
北(日当たりでいうと日本で言えば南にあたります)側はハウラキガルフが見えていて、ホブソンズベイの向こうには、ランギトトという肩の線がおだやかな、姿の良い島がみえる。

パーネルはオークランド大学をぬけてCBD(都心のことです)に歩いて行けるが、ラミュエラからだとクルマで10分くらい。
便宜を表現するためにCBDを持ち出しているが、実際にはプーで仕事のないわしとモニはCBDにでかけるということはなくて、先週で言えば、日本語インターネットで遊んでいたら突然「豚まん」が食べたくなったので、クルマで豚まんを買いに行ったくらい。
いまこうやって考えてみると、モダン・アートギャラリーに行くのでなければ、アジアのもの、たとえば青山アンデルセンのコピーのような店があって、そこには日本の「シュークリーム」そのままの味のお菓子があるが、そういうものを買いに行く。

豚まんで思い出したが、食べ物について、オークランドの良いところは、さまざまな出身の移民が大量にいることを反映して、たとえばインド料理は、インド人の友達に訊いても、ヨハネスブルグ、ロンドンについでおいしいと述べる。
インドの人は日本の人と同じで、自国の食べ物にチョーうるさいので、その通りなのであると思われるが、近所の南アフリカ人に訊くと、最近はついに「里帰りするときは空港で拳銃をうけとってからでかける」という所に立ち至ったヨハネスブルグは行かないにしても、ロンドンのアマヤや、この頃不味くなったそーだがシナモンクラブに較べるとやや劣るかもしれない味のオークランドのインド料理は、しかし、値段でいうと半分以下なので、インド料理が好きなわしにとっては、極楽です。

食わず嫌いであんまり食べなかった中華料理屋も、嫌がらずに食べてみれば、実はたいへんおいしいのが判明して、家常豆腐とライス、というようなものを注文して、「ライスなんて、うちのメニューにはないんだけど」と店の主人に言われて、えええええ、そーなのか?と東アジアは米じゃないの?の無知に翻弄されていたのは過去のことで、油条なんちゃらの、油で揚げたパンを、卵をうすうううくのばして焼いたオムライスの外皮のごときものにくるんだパンを片手でにぎりしめて食べてみると、なんだか、無茶苦茶においしい。
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ニュージーランドの町のなかでもオークランドは中国系人がたくさん住んでいるので、だんだん知識が増加してくると、四川料理、広東料理、湖南、福建、香港、北京… どのレストランも、相も変わらずアジアのことになるとパーな白人向けのテイクアウェイメニュー用ごく一部の品目を除いて、「中華料理」と呼ぶような漠としたものではなくて、その地方地方の特色のある料理を出しているのが判ってきて、自分が何を食べたいかによってクルマを巡らす知恵がついてくる。

包子屋に行くと、わしは「フェネルとポークの包子」を頼むことが多いが、これはすごおおおくおいしい食べ物です。
見かけはミニ豚まんだが、味は井村屋の豚まんを軽く凌駕しておる、といってから慌ててつけくわえると、いまのは表現の勢いというもので、わしは中村屋の豚まんは食べたことがあるが井村屋の豚まんは食べた事がないので、ここに慎んで訂正いたしまする。

餃子なら、豚肉と白菜の蒸し餃子が好きである。
ちゃんとした中華料理屋に行くと、小籠包と同じで、口のなかでぶちゅっとスープが出てきます。
(相当に待ってから食べても口のなかを火傷する。誰か、安全な食べ方を教えてくれないかしら。いつかツイッタで訪ねたらレンゲの上で「ふたくち」で食べろといわれたが、そしたら唇を火傷してしまった)

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それから無数の韓国料理屋があって、ドサの店(インドのチェーン店「ドサプラザ」の支店がオークランドにもあります)があって、中東料理屋があって、日本ではあたりまえで、日本ではふつーにあると教えてやると当のドイツ人が「ウソをつけ」と述べるドイツ料理屋やオーストリア料理、チェコ料理、… 要するに移民のエスニックグループの数だけある。
むかしから、なんでだ?と思うが、フランス料理屋やスペイン料理屋は少なくて、しかもフランス料理ならガレット屋、スペイン料理はタパス、イタリア料理はピザが中心で、大陸欧州の料理屋は常に不振である。
ニュージーランド人がもともと外食の習慣をもたず、ドケチであるのと関係があるのかも知れません。
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モニさんは住んでいた期間でいうとマンハッタンが最も長いが、もともとはフランスの人です。
結婚して本拠地を選定するときに、だからマンハッタンかロンドンかパリか、という選択肢になって話しあうのだと思っていたら、南半球にしよう、というので驚いてしまった。
ふたりでデートして遊んでいた頃、金曜日のメトロポリタンミュージアムで、シャンパンを飲みながら室内楽の演奏を聴いて、ほろ酔い気分で美術館のなかを散歩するのは楽しい習慣だった。
あるいは、サザビーズのオークションの前晩に出品される作品を観に行って遊ぶ。
https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/05/03/値札の付いた絵を見にゆく/

そういうことが出来なくなってしまうのに、なんでまたニュージーランドなのだろう、と考えて、いつか理由を訊いたら「嫌な予感がするの」と言う。
ガメとわたしが手をひいているうちはいいが、子供達の代になって、北半球だけしか判らないのでは未来においては生きていけないかもしれない、と意外なことを言います。
「原子力発電所だって、ガメたちがいうほど安全だとは到底わたしにはおもえない」
とはっきり述べていたのもおぼえている。
そのころ、わしは口では「日本のもんじゅは要するにフェニックス型で、いつぶっとんでも不思議でない」とか「GEなんてブレッドメーカーやエアコンひとつまともにつくれないのに、原子炉だけまともだなんてあるわけねー」などと悪態をついては、けけけけ、と笑って喜んでいたわりには、半可通の技術的知識や科学知識が災いして現実に原子炉が爆発する光景を想像することはできなかった。
心のどこかで「ありえないこと」だと思っていたのだと思います。

オークランドのパーネルの家からラミュエラの家に移った次の年に福島第一発電所が爆発して、モニとわしは、非現実の光景を見るような気持ちで日本から伝えられてくる映像を観ていた。
フランスの田舎道を走れば、そこここに、といいたくなるほどある、巨大な徳利がお燗されて湯気を立てているようなマヌケな形の原子力発電所を思い浮かべた。

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よく「女の勘」というが、モニさんの場合は「予感」と控えめに言っているだけで、いつも理詰めの予測で、勘に頼ってテキトーなことばかりやっているのはわしのほうである。

モニさんは、おかあさんになると決めて、そのためには凡そ不向きなバカだんちゃんを持ってしまったのは情熱の勢いだからやむを得ないとして、その不利な条件下で子供を幸せにするためには、どうすればいいか懸命に考えて、オークランドにしよう、という結論に達したようでした。

賢い妻は良い、と思う。
賢い奥さんを持つと、たとえば、わしが午後の夕闇のなかで真剣にもの思いに耽っていると、「ガメ、冷蔵庫のなかのチョコレートは明日のおやつだから、いま食べちゃダメだぞ」と言われて、げげげ、なぜ判ったのだ、と狼狽したりすることはある。
あるいは、家のわしの部屋とは反対河岸にあるモニさんのスタジオを訪ねて、床に落とした鉛筆を拾うモニさんを眺めていたら、「ダメっ」という顔をされて、いったいこの人はいかにして夫が自分を押し倒していちゃいちゃもんもんに及ぼうとしたことを察知したのであるか、と神秘的な恐怖心にとらわれることはあるが、ただ畏れて、清い心を持ってかしこみたてまつって生きている分には、自分で考えなくても難しいことはモニさんが考えてくれるので楽ちんである。

オークランドにいつまでいるか判らないが、そーゆーことはモニさんにまかせればいいのよね、と思って、おおきくノビをして午寝に向かうわしなのであります。

(画像は上から順に、1 ふつーのイタリアの田舎の風景、2 わし家製ベーコンとほうれん草のキッシュ 3 文中に登場する揚げパンの卵巻き 4 ポークとフェネルの包子 5 ジャージャン麵 6 NZでは最もありふれた、ローストラム+自家製ハム+野菜 7 わし家製ステーキパイ・ギネス入り 8 ファーマーズマーケットで買ったカップケーキ)

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