Credimi se puoi

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ニュージーランドは「国」というものへの帰属意識が薄いひとが多い。
紙幣にエリザベス女王の肖像がつかわれる国の歴史のせいもあるが、最近はイギリス以外からの移民が多いので、インド人なのかインド系ニュージーランド人なのかニュージーランド人なのかは同じインドから移民してきた人でも本人の意識のみに拠っている。

もっと愛国心をもたなければ、というひとたちももちろんいて、「ニュージーランドファースト」という政党は何代も前かにスコットランドやウエールズ、イングランドから移民してきたひとびとと、さらにそれ以前からポリネシアの島から移住してきたマオリ人をくいものにして成長した。
年齢層でいえば「年寄り」にあたるひとたちに支持された。
アジア人を目の敵にすることによって一時は40%という支持を獲得したが、ジャーナリストたちが党首のウインストン・ピータースが、そのときどきにポピュリストの勘に従って「敵」をつくって攻撃してみせているだけで、主張に実質が乏しいことを暴いてみせて、その上に連合王国のジャーナリズムが加勢にでて「ニュージーランド人はアジア人差別に熱中しているのではないか」と報道しはじめたりして、急速に支持を失っていった。

若い世代のほうには「愛国心」=「排外主義」=「老人の退嬰」=「だせー」という図式が頭のなかにほぼ出来上がって、愛国心がない、というより、「愛国心」という概念そのものが問題にされることはほぼなくなってしまった。

ニュージーランド人は国民の15%内外が常に外国に住んでいる。
中国や韓国、日本からの移民のひとたちはオーストラリアとニュージーランドと較べてオーストラリアのほうが「国の格が高い」という、なんだか意味がよくわからない理由でオーストラリアに移住するひとがいるそうだが、当のニュージーランド人はタスマン条約その他によってほぼ二国が経済上はオーストラリア=ニュージランド連邦化している上に、普通の人は何らかの理由でオーストラリアのパスポートに切り換えたければ簡単に切り換えられるので、アジア人移民の国籍に対する屈折した気持ちがよく判らないところがある。

オーストラリアに移住したりパスポートをオーストラリアのものに切り換えたりするのは、最も多い理由が「オーストラリアのほうが天気が良いから」で、年をとると寒さが身体にこたえるのでオーストラリアに家を買って引っ越す人は多い。
天候が理由でオーストラリアに越す人は、だいたい退職した老夫婦で、一年中気候温暖なクイーンズランド州に引っ越すもののよーである。

次が「オーストラリアのほうが仕事のチャンスが多い」。
ニュージーランドは仕事口が少ないのでオーストラリアに移る人が多いが、
たとえばわしの知り合いの自動車の整備工の人は、それまで働いていたカーヤードをやめて独立したら商売に失敗したので、また自動車の整備工になって働くことにしたが、求人広告をみたら、いまはオーストラリアもニュージーランドも一緒くたの求人で、ここは条件が良いなと思って選んだ会社がオーストラリアのブリスベンの会社だったと笑っていた。
いまはブリスベンに住んでいます。

英語世界の内部で起きていることは「グローバリズム」というようなおおげさなものでなくて、もっとだらだらとええかげんな、なし崩しと呼べば呼べなくもない、国と国が混淆してゆく動きであると思う。
生物の細胞のイメージで言えば、それまでは細胞膜の内側だけで原形質が流動していたのが、細胞膜を越えて他の細胞と原形質を交換して流動しだした、というか、群体から多細胞生物への変化の過渡期にあるというか、そういうイメージがいちばんしっくりくるもののようです。

この「多国間原形質流動」の動きは普通の人間にとっては高校生くらいのときから感じられて、たとえば南島の小さな町であるティマルには質が高く「良い家」の子供が集まるので有名な寄宿制の女子校があるが、ここでたとえばローイングをやって成績がおもいがけず良いと、あっというまに手元にニューヨーク州のコーネル大学から奨学金とアコモデーションのパッケージの申し出が届く。
1年も好調が維持されると、びっくりするほどの数のオファーが全米全英からくる。
オーストラリアのビクトリア州で、オレンジ色の夕陽がさしてくるメルボルンのヤラ川の艇庫にボートをしまう高校生の女の学生のもとにも同じようにオファーが来ている。

スポーツや数学、物理というようなことに特別な技能がなくて、地元のオークランド大学に入った都市工学の学生には二年目にはカリフォルニア州のバークレー校で学ぶおおきなチャンスがある。
交換学生がバークレーに行った場合、そこで払う学費は(高い)バークレーのものではなくオークランド大学のものなので、一年目からバークレーに入学するチャンスがあっても、わざと見逃して、交換制度をつかってバークレーに行く学生がいる。

ビジネスのほうは言うまでもない。
たとえばソフトウエア産業なら、有名なもので言えば「Bioshock」はオーストラリアの2Kが開発したソフトウエアで、おびただしい数のソフトウエアがオーストラリアでつくられているが、そういうこととは別に、たとえばアメリカのカリフォルニア州のレッドウッドにいけばアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、アイルランド…ありとあらゆる「英語圏の国」から人がやってきて働いている。
もちろん英語圏以外からもたくさん人はやってきていて、わしの友達であるjosicoはんも、ほんとうはおいしいたこ焼きが食べられなくなるので大阪で仕事をしていたかったようだが、いまは仕事上の必要に順ってロスアンジェルスのゲーム会社で仕事をしているが、英語圏のなかでの国境を越えての移動は、日本人であるjosicoはんの移動よりも、習慣と言語の共有のせいで、遙かに日常性の強いもので、いわば「ぶったるんだ」まま、ずるずると英語圏のなかを移動する。

MMOでいつも一緒にチームを組んでいたのがアメリカ人たちであったせいで、なんとなくアメリカに住むことになってしまったニュージーランド人20歳のDや、作文をほめられて夢中になって書いているうちにいつのまにかアメリカのマンハッタンに住んでライターをすることになった24歳のT、若い世代ほど英語圏のなかでの移動は国内の移動と変わらないものになって、クライストチャーチからオークランドに引っ越すのも、ロスアンジェスルに越すのも、あんまり変わらない、という実感を述べたKのような人もいた。

一見すると、グローバリズムの影響にみえるこうした動きは、しかし、よく目をこらしてみると、自分の魂が帰属する先が集団であるよりは自分自身そのものになってきた、という「動き」のほうにより多く理由があるように見える。

神にも国家にも帰属しない魂しかもちようがない現代の若い人間にとっては、「愛国」などと言われてもピンとくるわけがない。
熱烈な愛国者が目の前にあらわれたとして反射的に考えるのは「自分の国を愛するのは良いことに違いないけど、なぜあなたは自分の国のことにばかりそう熱中できるのか?」という不可解さにとらわれた気持ちであると思う。
まして愛国心が結局は、その発露である場合が多いゼノフォビアに囚われたひとに至っては、「どうしてこのひとは特定の外国人をこれほどまでに憎悪しうるのか?」という不思議な気持ちに打たれないわけにはいかない。

仕事上ことあるごとに自分の前にたちはだかろうとして、常に自分の仕事の達成を妨害しようとする同僚や、それほどおおげさなことでなくても、一向に庭の芝を刈ろうとしない隣人、フラットメイトのグループをつくって高級住宅地の一軒屋を借りたはいいが、毎夜パーティを開いて、家の前に散乱したビール瓶を拾おうともしない新しい隣人というようなものに憎悪をたぎらす、というのならまだ理解の範疇にあるが、たとえば自分に、きっかけさえあればドイツ人をそれほどまでに憎む能力があるかといえば、はなはだ怪しいと感じる。
過去に欧州やニュージーランドやオーストラリアでの激しいゼノフォビアを目撃したときも同じことを考えたが、「外国人たちが自分たちの職を奪っている」「外国人たちが自分達の税金で賄われた教育・福祉を盗みにくる」というもっともらしくすらない理屈を別にしても、外国人排斥運動は自分自身を憎悪しているとでもいうような不思議な印象を常に与えるものだった。

この頃、19歳から23歳くらいの若い衆に会う機会が多いが、若い世代は初めからそういう事情を見抜いているようで、「自分という一生の仲間」にしか興味をもっていないように見える。
あらゆる質問、あらゆる希望が「自分」をよりよいものすること、自分をより幸せにすることに集中したもので、インターネットのおかげか、同じ英語圏の国のあいだの違いを思いの外うまく把握していて、自分にはイングランドの大学町Oでしばらく過ごすのが良いと思うが、あなたはどうおもうか?
というふうに始まる質問も具体的である。

そうして、この「自分の2本の足で地球のうえにしっかり立つ」最近のワカモノのはっきりした傾向は、20年前の数百倍はある個人がアクセス可能な情報量に支えられた「新個人主義運動」とでも言うべきムーブメントで、人間が自分個人の生活の質を上げる、というのはとりもなおさず世界の質が向上するための、人間の文明のおおきな跳躍期にさしかかっているようにみえる。
いままで地に伏すようにして、おおきくもちいさくも、共同体を頼りに一生を組み上げるしかなかった個々の人間が、同一言語圏(とはつまり自分の意識と同じ思想デザインであるということです)というものを手がかりに、個人いっこで完結する小宇宙としての、ひとりの人間として地平の向こうまですたすたと歩いてゆける時代にやっと到達したのだ、と感じる。
人間が自分の魂の二本の足だけに頼って広い世界を統一的に見渡せる時代がようやっとやってきた、と考えると、ここまで長かったような、(多分インターネットの発達のせいで)意外とあっさりとたどりついてしまったような、なんだかくすぐったい、微妙な気持ちになるのです。

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