Mさん

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「歯をくいしばって」という言葉をみるとMさんのことを思い出す。
Mさん、と言っても見知っているわけではない。
インターネットで見かけたり、言葉を交わしたりすることがあるだけの人です。
わしからみると、とーちゃんの世代よりもう少し年が上のひとである。
じーちゃんの世代よりは下になる。
もっとも英語世界では十代で父親になる人間も多いので、その場合はじーちゃん世代と言えなくもない。

Mさんは日本語世界では有名な人なようだが、
わしは有名なひととは仲良くしないことにしている。
(書いてから気が付いたので書き足すと英語世界には「有名人のお友達」がたくさんいるが、あれは有名な人とお友達になったのではなくて、なぜか、むかしから、わしの友達には有名になってしまう人が多いので結果として「有名な友達」が常に増加しているだけである。)
第一の理由は有名な人は忙しいので、一緒に遊んでもつまらない。
わしのようなチョー不良な人間にとっては「忙しいひと」というのはいない人であって、電話をかけて、「ちょっと角のパブで会うべ」と述べて、10回に9回は出てこられる人間でなければ友達とするに値しない。
もうひとつは有名な人間のまわりには、有名な人間のまわりを’うろうろしていればなんとなく良いことがあるのではないかと妄想している退屈な人間が群れているものなので、こういう人と話をするのが、もうめんどくさい。
この手の人は言葉にも顔つきにも、「楽をしてオカネをもらって有名になりたい」という哀れな心根が明瞭に刻印されているが、自分だけがそれを知らないところが、いよいよ哀切であるというか、「亡者」というものは、こんなものか、と思わせられる。

ツイッタを見ていても、いま京都でこれから東京、羽田にいてこれから札幌、と「人間的生活」ということが永遠に理解できない呪いがかかった国民として有名なアメリカ人なみに多忙である。
いいとしこいて、家庭や自分の健康というものを省みないらしい。

ある種類のイギリス人には、若いときに既成社会を破壊する衝動をもたなかった人間をほんとうには人間として信用しない、いまに続く、長い、口にされない伝統がある。
逆に、40歳をすぎても体制(と本人が信ずるもの)のわるいところばかりをあげつらって、単純な勧善懲悪の古制を適用して、ほころびがある服をおまえはなぜ着る、ほころびがある服など捨てて、まるごと新調しないおまえは偽善者だ、というようなことばかり言う人間を、これはこれで、憎みはしないが、困ったおひとだ、と考える習慣がある。
不正義が横行する社会にあっても正義ばかりを連呼する人間は信用するに値しない、という、社会の伝統がある。

Mさんが大学時代に所属していた「中核派」は、ねころがってゴロゴロしながら本を読んだり、トーダイおじさんたちの話に耳を傾けていると、学生運動の諸団体のなかでも、もっとも暴力的で破壊的、理論なんか知るけ、おれはおまわりをぶん殴りたいだけなんじゃ、という人が多かった党派だったようで、「政治理論」などは寝言にしかすぎないという革命の現実の歴史を考えると、最も「革命」という言葉に近かった集団であるように見える。
70年代に最も盛んで、80年代になると、革マル派を相手にお互いの幹部を名指しで個人に向かって憎悪をたぎらせ、路上で、電車内で、大学構内で、集団で相手を襲って鉛管でなぐり殺す、という陰惨さがふつうの社会に嫌気されて、一瞬で彼等が生息していた小世界においてすら力を失ってゆく。

赤軍派や叛旗派、青年解放同盟、… いま外からやってきて眺めている無責任な傍観者には、政治運動が形成される手前で、お互いへの憎悪ばかりが増大して、社会から孤立し、政治団体であるよりは文学同人のような様相を呈して、やがては消滅する当時の「学生団体」は興味をひく日本の歴史だが、この記事はMさんについての記事なので、Mさんにとっての「大学生時代」が中核派とともにあった、ということを述べるにとどめる。

日立という会社は不思議な会社で、おおきなモーターのような重電を背景としているせいか、ちょっと常識では理解できないくらい退嬰的な会社であると思う。
日本という国を下から上までまるごと理解したかったわしは、むかし、しかるべき伝手を頼って、日本の社会の支配層の要とおもわれるひとたちにインタビューしてまわったことがある。
日立の人にも会ったことがあります。

日立という会社はね、ガメちゃん、とこのひとは堂々と述べた。
3つの消費者市場をもっているのですよ。
ひとつは国内市場。ふたつに輸出市場。みっつめは社内市場なんです。
外国の方には信じるのが難しいかも知れないが、日立は何万人という従業員を養っておりますのでね、このみっつめの大市場を確保する、ということも日立にとっては大切な企業努力なんです。

わしは、笑うのを懸命に我慢してひきつけを起こしそうになったのを憶えている。
この同じ人は会社の役員でありながら、「インターネット革命といっても、わたしはね、『後ろ向きのインターネット革命』というものがあってもいいと思う。eコマース、121と言ってとびつくだけがIT革命とは言えないのではないかと思うんです」とも述べていた。

Mさんが日立で何をしていて、どういう経緯でDECに出てゆくことになったか、わしは知らない。調べる、というほどでなくて、義理叔父に訊くだけで簡単にわかるが、あんまりそういうことをする気にならないのは、このブログ記事をずっと読んでいる人にはお馴染みの、いつものものぐさです。

義理叔父がむかしDECのS3グラフィックチップが載っているデスクトップコンピュータを持っていたのをおぼえている。
このS3というグラフィックチップはコンピュータの歴史のなかでは有名で、何で有名であるかというとGUIベース(つまりは当時でいうとWindows 3.1)におもいきって的を絞ったので有名で、当時はまだ現役だったDOSベースのソフトウエアを動かすと、悪ふざけでもしているように遅くなるのを義理叔父が実演してみせてくれたことがある。

VAXとPDPのミニコンシリーズで有名なミニコンの老舗DECが、この思い切ったマーケティングのPCを出したのは1990年か、そのあたりのことだと思うが、この1980年代後半から1990年初頭という時代は、コンピュータの混乱期にあたる。
コンピュータのようなものに「混乱期」が生じるのは技術的なブレークスルーがなかなか出来なくて、マーケティング過剰の状態になったときにほぼ限られる。

スカリーのアップルは、いまから振り返ればオンラインの時代への展望がまったくもてないOSを抱えて、OSを根本から変えなければならないときに、スタンドアロンコンピュータとしてのマーケティングに拘泥して傷を深めている時期だった。

1985年に書かれたビル・ゲイツの「アップルOSを共有できるOSにするなら協力を惜しまない」という、ビル・ゲイツの長期戦略を考えると不思議な感じがする手紙から始まった「共有OSとしてのアップルOS」という考えは、アップルのだんだんと深まる業績不振につれて、現実的な問題として考えられるようになる。
1990年になるとアップルOSを巡る市場はおおきな混乱におちいるが、義理叔父の友人であるSさんが、その頃、韓国系アメリカ人が創業した会社のアップル互換機のディストリビューションについて打診されたりしていた。
そのときに日本市場側から出てくるのは、なぜかアスキーというような名前で、しかも出身会社は日立関連の会社ばかりで、「誰それさんにはむかし世話になったから、多少高くても、あそこにハードディスクを頼まないわけにはいかない」というような日立系のひとびとの「むかしからのつんがりを大事にする」姿勢に嫌気がさしたSさんは、呆然とするひとびとを前にして、「いっさい、つきあいはできない」と述べたもののよーだった。

Mさんのようなキャリアの人は、だいたいこの頃に職歴が終わるのがふつうだが、Mさんは、そうならなかったようだ。

Mさんという人は面白いどころではない人で、わしがチョーしょぼいツイッタアカウントとブログ記事で、自分であとで読んでも半分くらい何が書いてあるか判らないというものすごい日本語で書いているときに、なんだか一生懸命話しかけてくる。
本人の顔写真がどうどうと剥き出しになっているアイコンなので顔も年齢もわかる。
ヘンなおやじだなあー、と思いながら相手をしていたが、なにしろ、わしはわしなので、あるとき、これは退屈であると思って、ブロックしてしまった。
Mさんの名誉のために述べると、Mさんのほうには何の非礼もあったわけではなくて、「有名なひとらしい」「マジメすぎる」という、酷い理由でブロックした。
乱暴ではないか、と思う人がいると思うが、ランボーですね。
しかし、カネモチのあまやかされたガキというものは、そーゆーものなので、その程度の非常識にむかっぱらを立てていると、乗っている飛行機がバカガキが私有する地対空ミサイルで撃墜されるかもしれない。
ウサマ・ビン・ラディンの例を見ればわかるとおりです。

他のひとの引用につられて、Mさんがやっていることを見ていたら、原発なしの発電体制をつくるために、ほとんど手弁当の野武士のようにして駆け回っているのがわかった。
イノシシがこわがって逃げそうなくらいの勢いで猪突猛進するのがMさんの癖なので、無原発でも電力体制をスマート化すればやっていけるではないかと、あの真四角な顔で熱弁をふるうMさんを前に苦り切る経産省の役人連(および、その付録のひとびと)の顔を思い浮かべて、笑いをこらえるのがたいへんだった。
トーダイおじさんたちのなかには、ちょうどMさんと反対の立場のひともいるので、具体性を極めた渋面は、ひとのなりが極端によろしくないわしにとっては想像するだけで可笑しくてたまらないものだった。

わしは「聴き取りにくい声を聴くのだ」と標榜している。
おおきな声で堂々と演説する人間が嫌いなので、なんだか情けない声でボソボソと、やっとのことで自分が考えていることを述べて、しかも最後まで言い切ることもできずに、うなだれて、踵を返してしまうような人間が、自分の「好み」だからであると思う。
ところがMさんのようにおおきな声がだせる人間にも「聴き取りにくい声」があるのだということを愚かにも気が付いていなかった。
いいわけをすると、ハリウッドやエンターテインメントの世界で仕事をする友人たちのなかには、年中テレビに出ているひとたちもいて、そういう人間が「聴き取りにくい声」でこそ自分のほんとうの気持ちを述べるのだとは知っていたが、Mさんのように堂々と正論を述べるのだ、という印象が先にたつと、心のどこかに、わしのともがらに非ず、という気持ちがあったたのだと思う。

42、という数字にはわしにはふたつの意味がある。
ひとつは言わずと知れた
The Hitchhiker’s Guide to the Galaxy
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Hitchhiker’s_Guide_to_the_Galaxy
の「究極の解答」で、もうひとつは、今年(2013)に伝記映画
http://en.wikipedia.org/wiki/42_(film)
がでた
Jackie Robinsonの背番号です。

MLB初めてのアフリカン・アメリカンプレーヤとなったJackie Robinsonは、球場で私生活で、チームメイトからも観客からも、いまの時代では想像もかなわない酷い人種差別的な侮辱をうける。
ところが、このひとの自分に向けられた言葉の刃への返答は「沈黙」だった。
チームメイトにつばをはきかけられたあとでも、頬のつばをぬぐって、1947年から1956年退団までの19年間、(人種差別がことさらおおっぴらだった)ブルックリン・ドジャースで投手がなげる白球をひっぱたき続けた。
新人王
MVP一回
首位打者一回、
盗塁王二回
オールスターゲームには6回選出されて、1991年には野球殿堂入りします。

それとMさんと何の関係があるのだ、と言われると困るが、なんとなく、Mさんの、福島第一事故以来の「物言わぬ切歯扼腕ぶり」を発見したあとでは、「42」という数字をみると、Mさんのことを考える。

この社会には、有名・無名の、何万人という「Mさん」がいて、結局は社会というものは、世界中のどこであっても、なにも言わず、唇をかみしめて、歯を食いしばって奮闘した自分の過去を思い出しながら、「ま、こんなものだろう」とつぶやいて死んでゆくひとたちがつくっているのであるに違いない。
インターネットやマスメディアのあちこちで「正しさ」を述べる事に夢中になっているオラトリカルなひとびとは、この世界にとっては、要するに、「髪飾り」のようなものにしかすぎない。

ブロックを解除して、しばらく経ったあと、わしはMさんが、ずっとどんなことを言ってきたのだろう、と思って、Islayのウイスキーで酔っ払って、過去の発言を遡ってみたことがある。
ちょうど、ブロックする前後のツイートに、それまで気が付かなかった
「ガメちゃん、ぼくのことフォローしてよ」というツイートが出てきて、
Mさんらしいなあ、と考えて、理由などなにもないが、なにがなし、涙が出てきてしまった。
なんというジジイだろう、と考えた。

Mさん。
村上憲郎という人です。
とてもいいやつなので、わしはダチのリストに加えてある。
ワーカホリックなので、きっとそのうち病院に入院して、家族に嫌がられるだろう。
そしたら、そっと病室に忍び込んで、わしが敬意を持てる友達にあげようと思って大切にしている亀仙人の人形をおいていこうと思っている。

(それにしても、もうちょっと「仕事」とかは蹴飛ばして、休めばいいのに。アホなやつ)

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