Monthly Archives: December 2013

2013-2

見ようによっては2014年という年は無事に済んだら、そっちのほうが不思議だわい、に見える年なので「行く年、来ない年」という題名で、このブログを書こうと思ったが、それはいかになんでも悪趣味なのでやめた。 もっかの日本が直面している問題など解決は簡単といえば簡単で日本自体に(いつか謎の怪人ナゾーを学習したときに発見した件の)「マブチ水中モーター」を切り取った日本の底にペタと貼り付けて、ぷるぷるぷるとアメリカ大陸の方向に太平洋を移動させればよいだけである。 頭の地図のなかで、平行移動を完成させてみると日本が近い将来において抱えそうな問題は核汚染以外はすべて解決されてしまう。 ほんで「核汚染」などは日本では「なんでもない」ことになっているので、ようするに問題はなにもなくて、みなハッピー、なのだと思われる。 だが問題はマブチの水中モーターは発売中止になってしまったことで、仮に復刻されても最近の、よく話題になる、日本の工業製品の質の低下ぶりでは日本を移動させるだけの出力はでなさそうである。 日本が調子がよいときにはつきまくっている博奕打ちのようにテーブルに黒や白のチップがどんどん積み上がる手が付けられない好調さなのに、どこかに挫折がはいると、今度はまた面白いように没落するのは、要するに失敗を失敗と認める装置が日本というマイクロ文明の内部には内蔵されていないからである。 いつもは日本などおおきな国のなかでは音沙汰が聞こえない国の典型で、アニメを別にすれば、普通の西洋人にとっては、そういえばそういう国あったな、という程度なのに、2013年という年は日本がよくニューズに登場する年で、伝えられるたびに福島第一の事故処理というが実は2年間なにもやってなかった、(え?)やらなかった理由は「事故処理をするとオカネがかかるから」という膝カックンな理由だった(えええ?)、とか、日本の人は案に相違して2年経ったいまも福島第一の近傍から逃走していなくて、放射能をこわがらないのはなぜかというと、名の有る科学者がこぞって、「危ないからそこにいなさい」と科学的ご託宣を述べたという一回読んだだけではそもそも頭にはいってこない不思議な理屈によってとどまったと解説されたりしていて、「日本のひとびとは変わっておるのだな」と唸らされるようなことが多かった。 昨日も書いたが、来年か10年後か、どのくらい時間がたてば実現するのかということは別にして、日本と中国が戦火を交えるほかにないコースが定まった年でもあって、アメリカはさまざまな可能性のひとつとして、ずっと前からこの事態を予期していたのは「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」の頃から明らかだが、安倍晋三がモーニング姿も颯爽と、早足で靖国神社に参拝してしまったので、「ば、ばか、そんなことやったら準備が終わらないうちに戦争になっちゃうじゃないか」と慌てふためいたので、父親が息子を叱責するようなナマな感情がこもったままの外交史上でも珍しい非難ステートメントをだすことになったりした。 アメリカやイギリスと日本に共通した社会の特徴は「自分の幸福よりも社会の幸福を優先して考えよ」という考えがいきわたっていることで、この3国のどれかに生まれると実際に小さな頃からうんざりするほどこの考えをふきこまれる。 膝蓋腱反射みたいというかなんというか、こういう話をすると日本のひとは、すぐ 「Max Weberがあー」と壊れたカラスのおもちゃみたいに繰り返すが、そういう問題とは別に、通りにでてみるだけですぐに判る、誰がみても日本はプロテスタント社会に極めて似た社会で、ポリネシア文明があるはずのところに忽然と欧州文明が存在するオーストラリアやニュージーランドと同じ眩暈というか、儒教あたまがならんでいるはずの場所にプロテスタント倫理が鎮座しているので、初めて訪れた観察者は「なんで、こんなところに」と面食らう。 しかも、それにしても極端にピューリタンなやつらだな、と考えて、ふと戒壇に目をやると、そこにはお馴染みの「神に裏切られた男」はいなくて、今出来のできのわるい玉座(しかも誰も座っていない)が「民主主義」の風に吹かれて揺れているだけである。 神がいなければ、その教会の内部で交わされる言葉には絶対の真理もあるはずはなくて、だから、この教会のなかでは現実もそのときどきの参加者によって自由に書き換えられる。 「絶対」によらず人間と人間の相対的な「あいだがら」から真理がうまれる社会では、自分たちのともがらが南京でおこなった虐殺も広大な中国の各地でおこなった集団強姦と殺戮も、簡単に消しゴムで消せる。 ひとつの「史実」があれば、歴史には、それとまったく相反する「史実」が必ずある、というのは赤毛の歴史の教師が第一時間目に述べて、15歳のガキどもを混乱させたひとことだったが、「歴史に対する解釈ということでしょうか?」と反問した最後列の生徒に向かって、「ミスター・オベール、そうではなくて、相反する歴史的現実が必ず存在するという意味である」と彼は述べたが、15歳だったわしらには、ひっぱってみせる顎髭がその頃はまだなかった。 日本人の失敗を失敗と決して認めない性癖の裏には「厳しすぎる罰」という問題があるのではないか、と考える。 いちど、東京でストローラーのなかの泣き止まない子供を叱りつける母親を観察していたことがあったが、その叱責の厳しさは常軌を逸したもので、声をあげて、たたきつけるような声で絶叫しているので、一緒にいたアメリカ人が、もじもじした様子で「警察を呼ばなくていいものだろうか?」と言い出すほどだった。 この国じゃ、普通なんだよ、と述べると、 それは怖いな、というようなことをむにゃむにゃと口のなかで呟きながら、それでもアメリカ人はまだ落ち着かない気持ちのようだった。 そのあと、しばらく彼を相手にむかしの日本ではたかが上司の奥さんとエッチをしたくらいでもハラキリだったのだと解説して、ひと頃「カチョーさんの奥さん」の長くて細い華奢な指へのあからさまに性的な羨望を述べたりして、しかももっと世間体の悪い事には、そのあと突然「カチョーさんの奥さん」についてはまったく何も言わない時期が生じて、おもいあたることがなくもなかったはずのアメリカ人の顔を蒼白にしたりした。 もしかすると待遇がよかった日本企業を唐突にやめてアメリカに帰ってしまったのは、あの日の会話が原因だったか、とあたたかい気持ちで、なつかしくおもいだす。 日本語インターネットの最大の問題は「集団サディズム」であるのは明らかである。 「集団サディズム、ってなんですか?」と思う人は、ツイッタでよいから社会学者の内藤朝雄のように「ひとりで社会に対して抗議する人」の後ろをついて歩けば直ぐにわかる。 集団サディストたちの特徴は「自分は絶対に正しい」と思い込んだ狂人がまんなかに座っていて、たいていは屁理屈屋でもあるマヌケな皮肉屋たちがまわりを囲んでいて、いれかわりたちかわり、しかも内藤朝雄から見れば視界のすみっこにあたるところで、さまざまな、しかし芸として独立させてみれば感心するくらい巧妙な中傷を行って内藤朝雄という存在の信ぴょう性そのものを低下させようとする。 社会的な信用度を低下させて発言を無力化させようと試みる。 日本のような社会では、なぜかこの退屈で凡庸な方法が極めて有効で、わしが日本語インターネットを見始めた6年前からでも、この「集団サディズム」によって、日本語インターネットの世界から排除された(そういう事件が起こされなければ日本語言論にたくさんの貢献をしたはずの)人間をいったい何人目撃したかしれない。 さらに問題を深刻にしているのは、この「集団サディズム」が最も猖獗しているのは、日本社会においては他の社会なら「リベラル」とラベルがついているはずの社会の部分であることで、言論のありかたとしては「反動者」のほうが遙かにまともなのは眺めていて面白いほどである。 この「集団サディスト」たちの実名や職業を調べてみると、人間の一生の悲惨というようなことを思いおこさせる面白いことがいろいろわかるよーだが、そんなことをここで述べても仕方がないので割愛する。 たとえばニュージーランドでは「インターネット中傷法案」とでもいうべきものがすでに工程に載っていて、来年くらいには法律化されそうだが、いままでの日本のインターネット関連の法案の作り方をみていると、安倍政権風の国家社会主義的な味付けを伴って、やがて日本でも法案化されるだろう。 そうなれば中傷者も場合によっては被害者も一網打尽でおよそ匿名性に依存するような発言を繰り返していた人間は少なくとも社会的には「国家の制裁」をうけることになる。 実質的には5年ほどは遡って「中傷者」の実名が公開され、インターネット上での発言は実名でしか行えなくなるのかもしれないが、いまの「集団サディズム」の不品行の実績をみると、インターネットの匿名発言者の側に抵抗する力が社会の側から与えられるとは到底おもえない。 「自業自得」という言葉をおもいだす。 日本は68年間の国民的努力を宙に放り投げて、西洋社会が向かっているのとは反対の方向にすたすたと歩きだしてしまった。 アメリカが残していった借り着じゃ、やっぱり身体にあわなかったな、あいつらの貧弱な身体じゃだぶだぶだもの、と悪態をつく人がいる。 「日本のアジア化だろう」という人もいれば、なに、ずっとおさえつけていた本性が出ただけさ、という人もいる。 一般には「やっぱり」という反応が多いように見受けられる。 しかし、「日本人」というのっぺらぼーな呼び名の皮の下に、憂鬱なサラリーマンのネナガラや、感情に不思議で爽快なスピードがあるゲームデザイナーのjosicoはん、社会の理不尽に怒っているおかーさんのナス、書くイタリア語を見てもほぼイタリア人化しているのにあーだこーだと述べて未だに日本のパスポートを持っているすべりひゆ、息をのむほど健全な知性のじゅら、自分のやさしい気持ちのせいで苦しみながらなんとか生きていこうとする優さん、高すぎる知能で自爆寸前のとらちゃん、ふてくされたまま生活者として精神の健康を保つ方法を探すラザロ、… ひとりひとり(あたりまえだが)異なる顔があって、ひとつひとつ別々の宇宙を造営して現代日本という知的な精神にとっては苛酷な荒れ地に最も似た土地に定住しているともだちをもつわしとしては、「日本人」とひとくくりにされたものの個々の実質を少しは知っているので、安倍晋三たちの、最近では意図を隠そうともしない日本の国家社会主義への回帰を耐えがたい動きと感じる。 東アジアのそのまた辺境の田舎に奇蹟のように咲き誇っていた自由社会がいま死のうとしているのである。 他の自由社会の人間がぼんやりと手を差し伸べないでいて良いわけがない。 振り返って、2013年という、もうすぐ過ぎていってしまう年を眺め渡してみると、見事なくらい「希望」というようなものは払拭されていて、どこにもありはしないが、それでも「なんとか、もってくれ」と危篤の病床の友達のために祈るような気持ちになるのです。 … Continue reading

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2013

2013年は新しい凍死(←照れている)手法と外国語習得の年だった。 神様なんて信じていないのに神に感謝するのはイギリス人の奇妙な習慣だが、今年も平和と繁栄の年だったことを神様に感謝しないわけにはいかない。 この2、3年は(主に小さな人びとのせいで)ニュージーランドにいることが多いが、2013年もそうで、イタリアに3ヶ月弱、あんまりここで書きたくない、それぞれ1ヶ月には満たない旅行に3回出ただけで、あとはずっとニュージーランドにいた。 「ニュージーランドにいる」ということの意味は、ほとんどをオークランドのリミュエラにある家とハウラキガルフのどこかに浮かんでいるボートのなかで過ごしている、という意味で、このごろは以前に較べてクライストチャーチにいることは少なくなった。 一時的で、是正されるべき問題と思うが、クライストチャーチとオークランドのインフラにいまは少し差が出来ていて、現時点では「オーストラリアに週末でかける」というようなことを含めて、生活の便利さにおいてオークランドがクライストチャーチを遙かに上回っている、ということもあると思います。 もうひとつはオークランドは「ざっかけない」町で、わしは自分にとっては外国語であるいろいろな言葉で文章を書いたり、太陽の光を浴びながらモニとふたりで中庭で紅茶(アフガン付き)を飲んだり、PCゲームに熱狂したりするのに飽きると、裸足で午後の人気(ひとけ)のない町をぺたぺたと歩いて、遅い昼食、あるいは「おやつ」を食べに行く。 裸足なのだから、無論Tシャツとショーツで、耳からは件の白いオーディオケーブルが垂れていて、どんな音楽を聴いているかというと、ほとんどの場合は、「Lounge Music」と名前が付いている音楽 か、Stromaeのようなヒップホップ、あるいはDaft Punkのようなバカタレミュージックで、どんな曲が多いかはツイッタの言葉の流れのなかを一緒に移動している友達たちはみな知っている。 いま書いていて気が付いたが、Daft Punk は今年のおおきな発見で、バンド自体は多分15年くらい昔から知っていたはずだが、こんなに良いバンドだと思ったことはなかった。 なぜだろう? というようなことを考える必要はなくて、このふたりはもともと演奏中の事故によって死んだミュージシャンがサイボーグとして蘇ったという来歴で、つまりは、最新テクノロジーで音楽的才能をヴァージョンアップしたのが奏功したのだと思われる。 2011年にはオーストラリア/ニュージーランドのローカルな人気があるに過ぎなかった、Gotyeたち https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/11/15/out-of-tune/ が、その後あっというまに英語圏全体のワカモノの魂に訴えるミュージシャンになってから、KimbraやGin Wigmoreの歌声がアメリカのハリウッド映画やTVコマーシャルで流れるのはごく普通のことになったが、Gotye以来プロデューサーたちがオーストラリアとニュージーランドで音楽的才能を懸命に探すようになったせいもあって、タカプナ・ベイズウォーターの高校生、Lorde が太平洋を何回も往復することになったのは日本でもたくさんの人が知っていることだと思う。 今年読んだ本のなかでいろいろな意味で印象に残ったのは、 The Ode Less Travelled The Chronicles Moab Is My Washpoint (何れもStephen Fry) Coming Apart (Charles Murray) Strong in the … Continue reading

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友達、5分前

インターネット上で出会った友達と、たとえば外でボートの舷側から桟橋に飛び降りた弾みで水の中に突き飛ばしたのがきっかけで仲良くなった友達とを区別したことはない。 わしにとっては、現実世界もインターネット世界も同じことで、結婚してからは、ますますどうでもよくなってきた気がする。 ひとつにはインターネットの外で出来た友達はヨーロッパとアメリカに多くて、自然、スカイプで話したりemailでやりとりしたりすることが多いので、たとえば日本語ネットで知り合った友達と付き合いかたが結局は似てしまっている、ということがあるに違いない。 子供の頃から友達が多すぎるのが悩みのタネだった、というとヘンな人みたいだが、社交的外向的であるのにひとりでいるのが好きだ、という奇妙な性格のせいで、皆で興奮してクリケットをやっているときは楽しいが、マッチが終わると、もう一刻もはやく家に帰って読みかけの本を読むとか、やりかけのコンピュータ・ゲームをやりたかった。 最近はやっと治ったが、長いあいだひどい活字中毒で一日に4冊は本を読まないと眠りにつけない、というような時間を大量に浪費する悪い生活習慣のせいもあったと思う。 友達とは奇妙なものだと思う。 義理叔父の最も仲の良い友達は中学の1年から大学を卒業するまでヒマさえあれば、ほぼまる一日べったりくっついて生活していたという新聞記者の友達だが、このひとがニューヨークにいた義理叔父に手紙を送ってきたことがあった。 「こんな会社では新聞記者などやっていられないのでおれは会社をやめて蕎麦屋をやることにした」と書いてある。 義理叔父は、まだインターネットがなかった頃なので「ヤメルナ」と電報(!)を打つと、もう何年も会っていない友達に会いにいちばん早い便のユナイテッドで日本にでかけた。 待ち合わせた神戸で、ホテルに隣りあった部屋をとって、交代で煙草をふかしながら、吸い殻でたちまち山盛りになった灰皿が載ったテーブルをはさんで、ほとんど黙って向かい合っていた。 ときどきどちらからともなく「腹減ったな」と述べて外に出て食事に行くだけなので、なんとも手持ち無沙汰で、仕方がないのでレンタカーを借りて、中年のおっさんがふたりで、奈良まで出かけたそうである(^^;) 4日間、そうやって、無言を無言で塗り込めたような毎日を過ごして、帰り際に 「会社、やめるの、やめたよ」 「あたりまえだ」という会話を交わして、おぼえている会話はたったそれだけだった。 「日本まで行く必要なかったんじゃないの?」と、わしが訊くと、 「バカだな、ガメ、あいつがおれに手紙だすなんて異常な事態に行かないわけにはいかないじゃないか」という。 「第一、あいつがおれのニューヨークの住所を後生大事に5年間もおぼえていたのを知ったときには心臓がとまるかとおもったぜ。そういう奴じゃないんだよ。よっぽど会社でくやしいことがあったんだろう」 と述べる義理叔父の目には涙が浮かんでいたのをおぼえている。 念のために訊ねてみると、それからまた10年近く会っていないそうで、どこまでもヘンな人たちであると思う。 あるいは義理叔父が財産を成す元になった事業で仲のよかった人は、なぜか秋の庭を歩いて横切って義理叔父の家の窓から部屋にはいってきた。 仕事上の考えの違いから大喧嘩して、絶交して3年になる友達の突然の来訪に義理叔父はびっくりしてしまった。 秋霜烈日、という。 仕事人として、若いひとびとの上司としても「秋霜烈日」という言葉がぴったりのこの義理叔父の仕事友達は、滅多に微笑むことのないひとなのに、この午後はなぜか、なんだか見ているだけで心が和らぐような柔和な笑みを浮かべていた。 「散歩にいきませんか」という言葉に頷いて一緒にでかけると、普段は口が極端に重い人であるのに、びっくりするほど多弁で、義理叔父がミーティングで妙に反対して頑張ってしまうときの滑稽な様子や、ほら、旦那(義理叔父のことです)がカリフォルニアから4年ぶりに日本に戻ってきたときに一緒に赤坂を歩いたじゃないですか、という。 そうだっけ? と聞き返すと、 そうですよ。 ものすごく暑い日なのに、旦那は、歩くのをやめなくて、豊川稲荷からふたりで汗みずくになりながら歩いて、到頭渋谷まで歩いてしまった。 明治通りで「グランドファーザーズ」の看板を見つけたら、ああ、この店、まだあるんだ、とつぶやいて勝手にすたすたと地下に階段を歩いて下りていってしまった。 タイムマシンをもらって、興奮で目を輝かせている未来の子供のようだった。 ところが気が付いてみると、もうふたりは青山のブルーノートの前を歩いていて、渋谷の話をしていたときは麻布十番の町を歩いていたはずなのに、そこから青山までどうやって歩いてきたのかどうしても思い出せないので、初めて、「あれ、これは夢かな?」と考え始めた。 でも構わずに一緒に歩き続けて、結局、水天宮や日本橋や丸の内の、ふたりで昔仕事を一緒にやっていた頃いっしょにでかけたすべての町を歩いて、しかもそれは長い長い夢で、半日以上歩き回って、そこがそもそも一緒の仕事を始める約束をした初めの池袋の焼き鳥屋を出たところで、それも以前にはついぞそんなことはしたことがない手を差し伸べて握手をすると、 「また、会いましょう。旦那は気が短いが良い奴だった。それが言いたかった」と言うなり、くるりと背を向けて池袋の曖昧な雑踏のなかに消えていったのだそうだった。 義理叔父は長い夢を見ていたカウチから起き上がると、電話を取り上げて義理叔父が絶交したあともその人と親交があるはずの業界紙の記者に電話した。 癌で入院してはいたものの、恢復したあとの予後の検査入院だったそうで、ああ、それじゃ構わない、しかし、癌になっても連絡しないなんて、あいつも頑固だな、と電話を切ったそうだった。 そのうちに会いたいから、きみ、あいつに伝えておいてくれないか。 業界紙の記者が、電話をかけてきたのは次の日で、今日の朝、亡くなったという。 予後だとばかり信じ込まされていたのが実は癌の再発後の危篤で、義理叔父が電話をかけた数時間前から意識不明の境をさまよっていたのだそうです。 私も、驚きました。 ああ、だから、あいつは、あんなにやさしい笑いかたをして、最後の最後に会いに来てくれたのか、と義理叔父は、不思議でもなんでもなく、普通に「友達」の友情を受け取って、ありがとう、と心のなかで呟いたのだそーでした。 … Continue reading

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His Old Dream

習近平は困っているだろう。 防空識別圏の設定は外交上手の中国にしては珍しいほどの大失敗だったが、中国政府から見れば、「これだけ強烈な強硬態度をみせれば日本もアメリカも中国の不退転の決意を感じて譲歩するはずだ」という決意に立った、いわば「最後通告」の役割を担う意図的な「晴天の霹靂」だった。 本人たちからすれば「柔弱な民主主義の子」たちの上にくだした「雷神の一撃」というべきつもりのもので、まさか次の瞬間にアメリカが選りに選ってスパイ電子機器満載のB52をくりだして平然と防空識別圏を横切ってゆくとは思わなかった。 しかも今度は中国政府にとっては最も神経に堪える「靖国神社参拝」を安倍首相は実行した。 ほぼ絶体絶命の窮地に立った中国首脳の苦悩を思わないわけにはいかない。 英語ではmanoeuvreという。 どういう言葉かというとF15や零式戦闘機はそれぞれの世代においてmanoeuvreの良い戦闘機だ、という言い方をする。 あるいは50フィート級のボートが狭いマリーナにはいってきて、バウスラスターが付いているかなにかで綺麗な方向転換を決めてberthにはいると、あのボートはmanoeuvreが良いと褒めそやされる。 ちょっと身を交わしたり、するりと身を翻したり、というような身動きの総称です。 日本での評価とは異なって英語世界では終始一貫極東の極右政治家という定評の安倍晋三の靖国参拝で、もちろん、英語世界は安倍晋三に対する「やっぱりやったのか」という非難一色に塗りつぶされたが、もういちまい洞察の皮膚が下の、というのは報道記事ではなく公開されている「オピニオン」「論評」からはじまって、(非公開の)政治フォーラムというような場所にいくと習近平には、すでにmanoeuvreの余地がないのではないか、という意見がたくさん出ている。 強引な防空識別圏の設定という強烈な措置を予防的に先にとってしまったので、これより厳しい態度をとろうとおもえば、なにをするにしろ宣戦布告に限りなく近い政治行動になるのではないか。 実際には27日にはもう、韓国が「東アジア諸国は団結して日本を非難すべき」という一見復讐心に燃えた呼びかけにみえるが、現実には中国の暴発を避けるため、というか、簡単に言えば中国の苦境を救うための「外交的に差しのばした手」である声明を出しているので、中国には「東アジア諸国とともに日本に対して怒りの包囲網をつくる」という(中国の政治においては極めて重要な)「メンツ」も立てばmanoeuvreの余地をうみだす時間も稼げることになった。 中国の外交は韓国の外交にひとつ借りが出来た事になる。 しかし、それで作った「時間」も、そう潤沢にあるわけではないようにみえる。 28日に日付が変わった日本語の新聞サイトには「安倍晋三のオウンゴール」というような表現で安倍晋三の外交上の大失敗を非難する記事が並んでいる。 日本の新聞特有のお互いの顔色をうかがう「様子見」の段階が終わって、いっせいに「これは安倍晋三が悪い。アメリカの出方をまちがえた大失策である」という論調に染まりつつあるが、翻って英語のほうをみると、「安倍晋三の個人的信念があらわれはじめた」という見方が多い。 安倍晋三の第二次政権の特徴は、もともと本人にまったく興味がなく、やる気もないせいで第一次政権ではどうにもならなかった経済政策はテクノクラートに完全に委任して自分では口を出さず、自己の政治エネルギーは自分の政治信条の実現に全力をつくす、というもので、安倍晋三の政治的信条はなににあるかというと、かつては「美しい国」であった日本を取り戻すことにある。 質素な生活をしながら額に汗して勤勉に働いて、日本人同士一致団結して国をもりたてる健気で懸命な国民のいる「美しい国」が安倍晋三の政治目標だった。 いまの、規律に従わず、労働を軽蔑して、にやにやした口調で体制に向かって皮肉を述べることを娯楽にするような「醜い日本人」への憤りが安倍晋三を駆り立てている。 処方箋はクラシックなもので、社会に緊張をつくりだし、敵を明瞭な形で描き出して、自分たちの社会を愛することに目ざめさせて、民族的な優秀さを取り戻す、ということだと思う。 日本はもともと戦争による国民的な団結によって近代をつくった国だった。 まず台湾、それから対清、そしてあくまで戦争を避けようとする明治政府の弱腰を「学者としての立場から」弾劾した東大の「七博士」たちの、いま読むと腰を抜かしそうなほど好戦的な提言に見られるように、国民として戦争依存症になったあとは、ロシアと戦争をするという破天荒な無謀さまでみせた。 勝つはずのなかった対ロシア戦争に勝ってからは、日本では「戦争」と「国威の発揚」が同義になっていった。 卑近な例をもちだすと、大学のときに、あの大学に入ったうれしさのあまり狂躁的な状態に陥ってしまった同級生がいた。 持ち物にはすべて大学のロゴが入っている上に。言葉のアクセントまで無理矢理に大学特有のものにしようとするので、笑うよりも、なんだか不気味で怖い感じがした。 酷い事をいうと日露戦争に勝ったあとの日本社会は、ちょっと、その誇らしさのあまり狂気に似た自分でも抑制しがたい感情にとらわれていたらしい同級生に似ているような感じがする。 日本にいたときの感想は小学校から企業まで「集団」が存在する社会のありとあらゆる場所が「軍隊」のアナロジーに満ちていたということで、うららかさの象徴である「park」スポーツである野球まで「巨人軍、春の大進撃」などというので、ぶっくらこいてしまったのをおぼえている。 「このアベという人は、実際に戦争をしたいのではないか」と友達に訊ねられたので、このブログ記事を書いている。 政治行動を観察するときに最も決定的な間違いを犯しやすい人間のタイプは「穿った見方」をするタイプで日本の政治史上の人物では松岡洋右が典型として知られる。 9年間をアメリカで勉学して過ごした日本きっての「アメリカ通」と目されていた、この人の「アメリカ人は、まずイッパツおもいきりぶんなぐってから手を差しのばすのがアメリカと仲良くなる唯一の方法である」という意見に従って真珠湾でいっぱつおもいきりぶんなぐってみたら、案に相違してアメリカ人はそのまま顔を真っ赤にして怒りだしてしまい、怒った勢いで太平洋を大股で駈けわたってきて、それまで営々と築いてきた日本の近代文明をただの石ころの堆積に変えてしまった。 「兆し」や「サイン」を正しく読み取ることは外交を理解するためには必須だが、自分が頭が良いつもりになってさまざまなことを読み過ぎると、とんでもないことになるのは、この松岡洋右という誰にも口がはさめないほどの西洋外交事情の権威だった日本の外務大臣が妄想した「西洋」のバカバカしさを見ればよく判る。 安倍晋三は靖国神社に参拝したかったからしたのだ、というのは空疎な修辞ふうの判ったような判らないような言い草に聞こえるが、失策というより、あるがまま、見たままの、ただそれだけの行動なのではないかと思うことがある。 あまりに幼稚すぎて「そんなバカなことがあるわけないよな」という気持ちをいったん拭って横において考えると、「オリンピック誘致」「特定秘密保護法の制定」「集団自衛権の恢復」という安倍政権の素晴らしいスピードで策定された一連の国策は、「戦争をやりたいのだ」という、普通の常識に照らせばありえない仮定に立てば最もまっすぐに見通すことができる。 第一回目の東京オリンピックという1964年の五輪は実は二度目の開催決定に拠ったもので、ほんとうの第一回オリンピックは1940年に予定して開催権を獲得したものだった。国威の発揚と日本民族の団結の象徴として予定されていた第一回東京オリンピックは戦争という、より深刻な団結のためのゲームによってかき消されてしまった。 1936年のベルリンオリンピックや2008年の北京オリンピックが典型だが全体主義者の政権の発想においてはオリンピックの開催と戦争の開始は常に「民族の一致団結と優秀さの誇示」という同じ地平にある。 と、こうやって、とつおいつ考えていると、安倍晋三が現実に戦争を望んでいるのではないか、という、普段はそれほどアジアの問題に関心があるとは言えない幼なじみの友人の問いかけは、ある暗い深刻さをもって目の前に立ち現れる。 安倍晋三がここまで周到に描いてきたシナリオは、ほんとうは「日本を戦争にひきずりこむ」ための精巧に出来た筋書きなのではないか。 やりきれない疑問、といってもよい。 安倍晋三は、そもそも自分が靖国神社を参拝することによってアメリカが示した極めて強い反撥も精確に予期していたのではないか? 彼と彼のスタッフの計算は、まったく別のところにあって、防空識別圏の設定で平和へ向けての身動きがとれなくなった習近平の中国政府を確実に戦争の側に突き飛ばすことにあるのではないか? … Continue reading

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流砂の上に立つひと

島田雅彦という1961年に生まれた作家について1924年生まれの吉行淳之介が、この人には珍しく嫌悪感を剥き出しにした調子で、「この作家はどこに立ってものを言っているのか皆目わからない。無責任であると思う」と述べている。 日本語をうぬぼれでは日本人なみになったと思う程度に学習してからは、ときどき吉行淳之介の「どこに立って意見を言っているのか」という言葉の意味を考える。 吉行淳之介という作家は鋭敏な日本語への感受性を持っていたので、現実には島田雅彦という人の「優しいサヨクのための嬉遊曲」という小説の題名に対してカタカナで「サヨク」とは、どういうつもりだ、と気色ばむ気持ちがあったのかも知れません。 想像力を働かせると、いまで言えば50代くらい以上の日本のひとびとのなかに「w」に対する嫌悪を表明する人が多いのと似た事情なのではないだろーか。 たとえば日本の新聞社が自社を説明したものを読むと「公正中立・不偏不党の立場から社会に警鐘を鳴らす」というようなことが書いてあって、ピンと来ないので英語に訳してみて、そのあまりの幼稚さに気持ちがつんのめってしまうことがある。 人間の語彙がとどくかぎりの世界で「公正中立」でありうるためには「なにが公正か」を認識できる必要があり、それが認識できるのは神様以外にはない、というのが英語世界で育った者が馴染んだ教えで、それゆえに神は傍観者であり、神が傍観者であることの意味は、神のみが傍観者として存在することを許されていることによって保障されている。 ところが日本の新聞社の立場は「私は神である」と宣言しているのと等価で、その知的傲慢さに、へろへろとした気持ちになってしまう。 なぜ「自分が傍観者である」と述べるようなあからさまな傲慢が日本では大手を振ってまかりとおるのか、ということを考えると、もともと西洋社会にもひとつだけ「仮定として中立公正であるふりをする」役割が是認されている職業があることに気が付く。 学校の教師がそれで、英語の世界で(多分、日本語世界でも同じなのではないかと想像するが)よく教師が独善的で自画自賛ばかりしている権威主義的な「裸の王様」にたとえられるのは、生身の人間が公正中立であると思い込めるマヌケさ、と言ってひどければ知的能力の低さにおかしみを感じるからだと思われる。 40代くらいから上の日本の人は、就職面接のときに「普段講読している新聞はなんですか?」と質問されたほどだというので、「言論が中立でなければならない」という、言論においては常識においてまったく無効なスタンスを、これほど広汎な日本人が、床屋政談から知識人の文章まで、信奉しているということには、「新聞の影響」ということがあるのでしょう。 嫌ないいかたをすると、神のみが公正でありうる以上、公正な意見を求めることには「自分が神になった気持ちになりたい」という自己満足以外にありえないが、福島第一発電所事故以来、特に東京オリンピック誘致を契機に、少しずつ洩れ伝わってくる「日本人がなぜ放射能を怖がる能力をもたないか」ということへの理由がわかってくると、英語人の目には、一個の「巨大自己満足社会」とでもいうべき日本社会の印象が出来てきたのだと思う。 「えー、わたしたちは燃料棒の移動を危ないとは思っておりません」と、さしたる根拠もなく「ダイジョブ・ロボット」のような無表情で述べるTEPCOのエンジニアや、インターネットで発言の中心をなしているらしい人たち、テレビで盛んに発言している人達、どの人も「傍観者」としての発言が多いように見えて、傍観者として座る外野席には「科学者」「知識人」「タレント」「インターネット賢人」というペンキの塗り分けがあるだけで、みなが実際の作業に携わる作業員や子供を守る為に投げつけられる罵倒や冷笑を腕をかざして避けている母親たちを眺め、いまのよけ方は案外よかった、 作業員の給料はいくらなんだ?というようなことを「評価」している。 誰もゲームに参加したがらないので、ゲームに参加するのは権力の側にある人間だけである。 傍観者であることが返って賢げに見える、という社会を畸形である、と思うのは、かつて60年代には散々に世界中で論じられたことだが、また元の黙阿弥に戻ってしまった。 高校の時の英語(つまり国語)の教師が、公正中立は右と左のまんなかにあるわけではない、と述べたことがある。 公正中立な観点は天上にしかありえない。 だから、きみたちは自分が公正な立場をめざしている人間であるとか、知的な傍観者であるというような傲慢なことを述べてはならない、と述べた事があって、そりゃまあそうだろう、と考えたが、いま考えてみるとあの教師は研究者として外国人のための英語を勉強したこともあるひとで、英語世界以外の国では「公正な視点」を持っている人間が存在することにショックをうけたことがあるのかもしれない(^^;) 日本語ならば「吉本隆明」というような作家の書いたものを読めばわかるが、真理にたどりつくためには行動と結びついた思想において「過激」の極みに赴く以外にはない。 吉本隆明が街頭に立って投石することすらなく「政治」や「思想」を述べる人間を不必要なほど軽蔑し毛嫌いしたのは、宗教への感覚をもっていた作家が、人間が神の役割を演ずることのインチキさを強く憎んだからだろう。 「訳知りの傍観者」が大量に発生した結果、日本の社会、とりわけ言論社会というようなものは、はてしなく痴愚の群れに似てきてしまったが、なにしろ人間にとって最も尊敬しやすいのは「なにもしないナマケモノ」なので、こういうことをいうと嫌がられるが、もう取り返しがつかなくなってしまった。 言論の自由など行政の胸先三寸で簡単に剥ぎ取ってしまえる社会になっても、「無知なあなたの杞憂にすぎない。法案をよく読め」と言い、吉松育美と言う人が信じがたい勇気をもって、日本の金融から道路上の屋台に至るまで、文字通り「あますところなく」支配しているやくざという巨大な力(やくざは政治の世界にも力があるのですか?という質問に答えて、「中曽根までは首相がやくざを呼びつけたが中曽根以降は首相のほうからやくざの親分のほうに行くようになった」と述べた元警察官僚のおっちゃんがいた)に立ち向かおうとしたひとりの若い女びとに対して、「(余計な世話を焼く)ガイジン対やくざ」のゲームになった、と観客席で述べる国では、ただのひとうけのする知的意匠こそが「叡知」なのである。 遠くから見ていると、たとえば、「右と左のまんなか」にあるはずのものが、「あいだがら」という相対座標のせいで、最も左側のはしっこでもイギリスでは右のまんなかにしか見えない程度にずれてしまっていて、極右的思考の仕草がどんどん社会の中心に堆積しだしているのが手に取るように見える。 「賢い傍観者」という立場をクールな知的スタンスと誤解した社会が堕ちていってしまった先を見て、「なぜ日本の『インテリ』は何度も何度も何度も同じ謬りを無反省に繰り返すのか」と考えてみるが、もういまさら考えても仕方がない、というふてくされた気持ちもあるのか、そんなこと考えても意味ないわい、と午後のあいだじゅう考えていたのでした。

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鏡よ、鏡

「中韓以外、みーんな親日〜クールジャパンが世界を席巻中〜」酒井亨 「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」竹田恒泰 「イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか」宮田律 「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」池間哲郎 「住んでみたドイツ8勝2敗で日本の勝ち」川口マーン恵美 「日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争」井上和彦 「日本の文化 本当は何がすごいのか」田中英道 「呆韓論」室谷克実 「そして日本経済が世界の希望になる」ポール・クルーグマン 「日本は世界1位の政府資産大国」高橋洋一 「愛される国 日本」日本戦略研究フォーラム ……キリがないので、この辺で止すが、アマゾンの読者レビューで見る限り、読んだ人の評判もよくて、こうやって題名を見ていても、あるいは「なぜ中国はもうダメか」「韓国がすでにダメである10の理由」というタイプの題名が並ぶ、一方の中国や韓国についての本の題名を見ても、日本の未来は安泰で、韓国も中国もいずれは自爆するので、日本が東アジアに再び君臨する日は近いのであると思われる。 試みに「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」という本のトップのカスタマーレビューを見ると、 「『日本は世界中で嫌われて孤立している』と聞いたことはありませんか。 私は今までに何度も聞きました。特にテレビから。 それは悪い『呪い』です。 Facebookに登録して、世界中に知り合いができました。 外国人である彼らによって、私が当たり前に思って意識していなかった「日本」が、 どれほど海外で素晴らしいと称賛されているかを、思い知らされました」 と書いてある。 祝着至極、という表現は、こういうときのためにあるのだ、と考える。 ヴィルヘルム・グリムとヤーコブ・グリムが書いて、ルードヴィッヒ・グリムが挿絵を描いた「白雪姫」の王妃は、白雪姫が7歳になった朝、鏡に「世界で一番美しい女性は誰か?」と訊ねて、いつもの「王妃様に決まっていますとも」の代わりに「それは白雪姫です」という答えを聞いた瞬間に発狂したのだという説がある。 物語の筋を忘れてしまった人のために付け加えると、王妃は、物語の最後、白雪姫と王子の結婚祝いの席で、真っ赤に焼けた鉄の靴を履いて、死ぬまで踊り狂う。 英語世界でも、あまりに面白いのでひとしきり話題になったASEAN会議での秋本康と安倍晋三の蜜月関係の象徴であるお座敷芸について、バジルさん(@basilsauce)がツイッタでこんなふうに述べている。 「友人の英国人女性に見せたら「これはポルノ。アベは伊のベルルスコーニとお友達になれそうね」と言われました。@dztp これは喜び組…国辱…マジ勘弁 @kengo_man ASEANの首脳の前で披露された安倍晋三が誇る自慢のAKBショー。pic.twitter.com/54d1yjFpGM」 それに対して「京都大学大学院生」にして「オックスフォード大学学生」の「ただやす!」さん (@yasu_l) が、 「オクスフォードの友人達(院生ね)に見せたら、「日本の伝統芸能はあまりに有名すぎるし、ポップカルチャーは新しい世代に訴えるのに有効だから、戦略としては正しいんちゃうか?日本はソフト強いんだからいいだろ。見る側も機会ないだろうから面白いだろ」と返ってきた。なかなか」 と日本の人らしい間接的な反論を試みている。 どこの学寮なのか、関西弁の英語を話すオックスフォード大学の学生は珍しいと思うが、「でっちあげ」というわけではないのでしょう。 それは、この「ただやす!」という人が「確かに自分の耳で聞いたこと」なのである。 英語人としての自分の頭に聞いてみると、自分と同じ英語人がこの写真を見せられて、このニュアンスで「いい考えなんじゃない?」と反応するというのは考えるのが途方もなく難しいが、ま、ひとの言う事はまず信じてかかるべきで、そうでなければ(ただでさえ困難な)人間の言葉を使っての意思の伝達など、困難を極めることになるので、ほー、そーですか、と言って聞いておくのがよいと思う。 日本人は、いま、自分たちが置かれている現実とは思われないほどの状況に泣いているのだと思う。 泣いて、という言葉が軽みにすぎるなら、打ちひしがれ、呻いているのだと言っても良い。 そもそも自分達の社会がなぜここに至ったかも判らず、なぜ、これほど辱めをうけるのか理解できず、自分達ひとりひとりに向けられた韓国人と北朝鮮人たちの激しい憎悪や、もっと悪い事には実質的な復讐心を含む中国人たちの日本人への激しい敵愾心にとまどっているのだと思う。 「ブレードランナー」の原作の「電気羊はアンドロイドの夢を見るか?」という一種偉大な小説には、そこまで無垢な魂の持ち主であるアンドロイドの女びとが、テーブルを横切る蜘蛛を摘み上げて、「なぜ蜘蛛は足が8本あるのかしら?」と訝しむところが出てくる。 「昆虫は、みな6本足なのに」と呟いて、足を2本むしりとってみる。 … Continue reading

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これから初めて逮捕される人のための初級特定秘密保護法案講座

何を対象にしているか曖昧な漠然とした法律をつくって、必要に応じて運用を厳しくして締め上げてゆく、というのは日本政府の歴史を通じての常套手段だった。 仕事に通暁した公務員には、どこをどう締めれば対象の民間が息もできなくなるか、無碍に判断できる能力が求められる。 運用の実際は考える必要はなくて最も身近なもので言えば自動車の速度違反を考えればいい。制限時速80キロの道を、どのクルマもどのクルマも120キロで走っていて、「流れに乗って」走っていると、突然、自分だけが路脇に停止させられて、「40キロオーバーですよー。はい、これが違反切符」と罰金を書いた紙が渡される。 なんでおれだけ、と運転手はふくれるが、交通警察のほうでは「止めやすかった」「ちょうど違反者をつかまえる頃合いだった」「助手席に美人が乗っているのが不愉快だった」、いろいろな理由があるのだと思われる。 特定秘密保護法案は、まず間違いなくアメリカの要求によって出来た法案だと思う。 目的は簡単に言えば「アフガニスタンでともに戦う日への準備」で、いままでのアメリカが一方的に日本を守る約束の片務軍事同盟の双務化(アメリカ市民もしくはアメリカ軍が攻撃されたときに日本側にもアメリカを助ける義務が生じる)への布石でしょう。 キッシンジャーと周恩来の会見で、日本の政治家の「おしゃべりぶり」が話題になって、ふたりで苦笑しあっているところが出てくるのは前にも書いたが、日本の政治家、それも首相周辺の「口の軽さ」は日本の政府の伝統と呼びたいほどのもので、官房に秘密を教えるのは、役人のあいだで、なるべくならやりたくないことのひとつになっている。 「溜池」には個々の情報の重要性が判別できない役人や政治家がたくさん屯していて、見聞きしたことを「ポロッ」とマスメディアに洩らす、ということが何度もあったからです。 軍事同盟を結んで共同作戦をすすめる具体的なプロセスを考えると、関与するひとびとには日米の制服組がいて、防衛省、外務省、警視庁を初めとする省庁から派遣された担当官がいる。アメリカ側からも対応する担当官が出席する。 その上に両国の政治家たちが加わって作戦が認証・決定される。 当然、秘密保護法案にも予想出席者の「嘴」がさまざまな形で突っ込まれている。 ハニー・トラップとずいぶん騒がれた時期があって、その頃、ちょうど日本に滞在中だったので調べてみたことがあったが、ハニー・トラップで漏洩した情報にはたいしたものはないようだった。 どちらかと言えば入手ずみの、例えばイージス艦の艦内の写真を見て、「ありいー? このヘンなスリットのあるボックスはなんだ? 何に使うのか見当がつかんな、ちょっと、あのXXさんんにイージス艦の将校とイッパツやって、これが何か聞き出すように言ってくれんかなあー」と注文を出して、報告を待ち、「ああ、コンドームの自動販売機なのか、なあんだ」と納得する、というようなことが多かったようです。 軍事的なスパイ情報は大半がアメリカのご本尊内部から洩れていて、その次、といっても遙かに少ない量がオーストラリアから洩れて、日本は、そこからまた桁がひとつさがって、その次、というような程度だと思う。 中国の日本での「スパイ活動」は積極的具体的に個々の情報をとってゆくよりは、「世論操作」というほうに力がこめられていて、むかしむかし、このブログ記事でうっかりリストのことを書いて、えらい怒られたことがあったが、書くほうが悪い、もうしません(^^ しかし、ずいぶん有名な名前も混じっている「既知のスパイのひとびと」も政府側はほとんど把握しているもののよーである。 自分のお縄を自分で用意するのは、マヌケな感じがするが、アメリカ側としては、ひとつには「口が軽すぎる日本の政治家」を緊張させて黙らせる、という考えがあるでしょう。 その次には政府の公務員のなかを「セグメント化」して、自由主義社会を信奉する公務員を中枢から遠ざける働きを法案に期待している。 日本の役人たちは、ただでさえ自分達のなかで「特権クラブ」をつくるのが好きで、なかなか淫靡な形で実行されているのでもあって、「上級役人の集まり」の招待を文官にだけ出す、というようなことをいまでもやる。 野口悠紀夫のようなひとたちが政府を早くからおん出てしまうことには、多少は、こういう些細だがダメージがおおきい「文系人」のやり口に嫌気がさす、という理由があるよーです。 予測できることには「東京大学法学部出身者」だけのクラブがある。 見ていて笑ってしまうのは例えば「麻布学園・東京大学法学部出身者」だけのクラブも存在することで、それならいっそ、「とーちゃんもじーちゃんもひーじーちゃんも東京大学法学部出身者である役人だけのクラブ」もありそーだが、歴史性を重視しない日本社会では、そういうイギリス式の嫌らしさは稀薄なよーです。 ほんとうは、麻生太郎や安倍晋三の「お孫ちゃんお気楽文化」を見ていると、そんなにながいあいだ賢い人間が続く家というものが存在しないのかもしれないが。 たださえクラブをつくりたがる役人に、「危ない人と付き合って秘密をうっかりもらした場合にはタイホだかんね」という石をひとつ放り込んでやると、波紋が立つどころではなくて、「危ない同僚」や「危ないOB」に対して口実を設けて会わないことにするのは公務員の習性からして明かで、これから政府内では中核的な役割から外された自由主義的な公務員の辞職が続くでしょう。 日本の政府らしい公務員「粛清」の仕方であると思う。 「特定秘密」を共有すべき立場にある職掌のうち、警察の「公安」にあたるひとびとが悪のりしだしたのにはアメリカも、ちょっとびっくりしたに違いない。 尻馬に乗って「自由主義者壊滅法案化」にのりだした。 さすがは日本が祖国のひとびと、というか、素晴らしい勘で、「この法案は危ない」と直感したひとたちが述べる事を注意して聴いていると、「特定秘密保護」を目的とした法案そのものよりも、よく訳がわからないうちに法案の目的にくっついてきてしまった「えらそーにガタガタぬかすとタイホする」のほうに感応したようで、その危惧は当たっている。 株式相場ですらそうだが、現代は実は「情報共有の時代」で、たとえば株式相場の世界では、ほんのひとにぎりの人間にだけ情報が握られていて、残りの大多数に情報が伝わっていないと、恐慌が起こりやすいことが理解されて、企業の側も株式市場へ伝えられるだけの情報を伝える努力をすることが当たり前になっている。 政治の世界でももちろんそうで1960年代の米ソ「ホットライン」に始まって、いまではアメリカ軍は、たとえば中国が尖閣問題でここまでやれば自国の海軍はこう即応して、その後、海軍をこういう海域に展開して、しかじかの攻撃をすることになる、というところまで懇切を極めた解説を中国人民解放軍に対して行う。 人民解放軍が威勢はいいのに、なかなか日本の領土にせめてこないのは、アメリカが示した予想棋譜を何度ためつすがめつ眺めても、チェックメイトされるのは自分のほうで、到底勝ち目がなさそうにみえているからで他に理由はない。 中国政府が「わたしは平和主義者ですから」と繰り返し述べるのを聴いて、ほんとですなあ、とうなづくおめでたい人は現代世界には存在しないだろうと思われる。 だから「チョー重大な特定秘密」というのは、たいていは既に公開されている戦略上の主題というようなものではなくて、ほんとうは、日本のあちこちに核弾頭が隠してある、とか、在日本駐留軍の将軍が酔っ払って日本人を強姦してしまったが内緒にしている、とか、そーゆー「自分達にとって都合が悪い秘密」が大部分になるはずで、もっと簡単に言えば、いまでも四捨五入すると存在しない日本語ジャーナリズムにとどめのひと刺しを与える、という目的があるでしょう。 記者クラブは、いまにもまして幇間倶楽部になりさがるのが決定されてしまった。 今回の一連の事象で最も興味深いのは、ついにアメリカ合衆国が日本を、たとえば「イギリス並み」の「仲間同盟国」とみなさないと決心したことが明瞭になったことで、いまの日本に対するアメリカの「同盟国」としての態度を見ていて、ホメイニ以降のイランに対するイラクのフセイン政権に対する態度や、かつての南ベトナム政府との「同盟」を思い出さないひとはいないと思う。 同じ「自由をめざす国民同士の会盟」から、日本をいちだん格下げして、「自国の世界戦略の駒」としての同盟へ切り換える決心をしたのは明かで、しつこいようだが、これは軍事的には例のヒラリー・クリントンが行った「奇妙な提案」と密接な関係がある。 ここに来てアメリカが「日本を教育するため」に片務軍事同盟に限定していた枠を取り去って双務同盟を希望しているらしいのも、同じ理由によるのでしょう。 ついでに言えば、「駒との同盟」においては相手が自由国家であるよりは形式だけは民主制でも、実質は独裁支配国家か国家社会主義国家であるほうが都合がよいのは言うまでもない。 日章旗が星条旗と肩を並べてカイバーパスに翻るのを誇らしいと思う人もいるのかもしれないが、アホらしい、というか、いまのところ確かなのは、「特定秘密保護」という名目で、まがりなりにも70年近くつみあげてきた日本人の自由への努力が、ついに日本語インターネット人の長年の宿望もかなって、所詮はアメリカの権益を守るための、しょもない戦争を共に戦うためにパーなってしまった、ということで、やるせない、というか、日本に「自由」が全体主義を国民性の足に踏みつけられたままの虫の息にしても、存在したのは短い期間だったなあー、とタメイキが出てきますのい。

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