よろめく隣人

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習近平が期待を遙かに下回る能力の持ち主であったことは日本にとって厄災であるとおもう。
ツイッタでも書いたがいかにも異様な防空識別圏(ADIZ)の設定は、中華民国時代以来、外交に巧みなことで知られてきた中国としては信じがたいほどの愚かな外交政策/国家戦略だった。
直截のターゲットである日本の驚愕は言うまでもないが、中国にとっては「日本の向こう側にいる真の敵」であって、日本の同盟者であるアメリカにとっても、あるいは中国との苦しい、綱渡りに似た協調外交をスタートしたばかりの韓国にとっても「晴天の霹靂」であるのが見てとれる。
結局、唐突な防空識別圏の設定で利益がある国は中国自身を含めてひとつもなく、関係諸国のすべてにとって不利益しかない決定を世界の注視のなかで大きな身振りで行う、という国際政治上の大恥をかいて、しかもひっこみがつかなくなる、という、外交上、これ以上ない大失敗を中国は演じることになった。

通常、ひとつの国が外交上の計算を忘れて、あるいはおおきく計算を誤って、周囲を唖然とさせるような対外政策を打ち出すのは後ろに国際政治に関しては観念的で幼児的な理解しかもたない軍部の圧力が存在するからで、中国の決定も人民解放軍に対して習近平が指導力を失っているからだと推測される。
中国の政治的特徴は共産党の一党独裁によって経済と軍事力のふたつのおおきな対外影響力を完全にコントロールする体制であることだが、習近平は経済についても軍事力についてもコントロールに失敗している。
胡錦濤と比較して「際立って」という言葉を使いたくなるくらい能力の低い独裁者であることが誰の目にも明かになってしまっている。

もう何度も記事に書いて読み飽きていると思うが、朴槿恵も習近平も、悩みの種は主にインターネットの普及によって急激に圧力を増す自国民の「自由への希求」である。
あたりまえと言えばあたりまえだが社会のさまざまな自由を封殺することによって成り立っている社会では国民が自由を求める強い気持ちそのものが社会保障にとって脅威なので、政治的な姿勢として「内向き」になるしかなくなってゆく。
国民的アイデンティティの拠り所が「反日」である韓国や、日本の侵略が国民党を台湾に放逐するおおきな力となって以来「排日・抗日」が国家的原動力となっている中国においては「内向き」になることと日本への国家的憎悪を強めてゆくことは等号で結んでもよいくらい等価であるのは、ほぼ自明のことにしかすぎない。
経済で協力しあうために右手で握手しながら左手では相手の頬をはたき足で相手の脛をけりあげる中国と日本の関係は、中国人のひとりひとりが自由を手にするまでは変化することはない。
歴史的に国家に対して従順で個人の自由が制限されることをさほど気にしない日本人と前漢の時代からわがまま勝手で万力でしめあげなければ独裁者の顔におしっこをかけて手をうってはやしかねない「野放図」という表現がぴったりきそうな中国人とでは個人が自由を求める気持ちの強さがまるで異なる。
政府が政治的集中力のすべてを集めて国民の自由への希求を圧殺するのは中国政府にとっては常に焦眉の急である。
日本への憎悪を失えば国家がなくなってしまうのです。

鎌倉時代以来、日本という国のアイデンティティは「中国ではないこと」だった。
半島人が率先して「中国人よりも優秀な儒教の民」であろうとしているときに日本人は(儒教ではタブーの)諸肌を脱いで、その後、東アジア全域で日本人の暴力性の象徴となる日本刀を陽光に燦めかせながら中国の海岸を荒らし回った。
中国人が厭う「胡服」を着なければ不可能な乗馬の技術が支配層の必須技術だったとこにも日本人が中国とはまったく異なる文明を築こうとした意地のようなものを感じる。
同じように中国文明と異なる文明を築いて対峙しようとした民族にベトナム人があるが、こちらは文明的に近すぎて、うまくいかなかった。
ベトナム人の友達が胸をそらせて「これを見ろ、ベトナム人がいかに中国人と異なるかわかるだろう」とみせてくれるものは、ことごとく、残念ながら中国の地方文化のようにみえてしまう。
半島にいまでも命脈をたもっている儒教的な両班人倫理のような剛直かつ垂直な個人としての行動規範を日本人がもたないのは集団主義の伝統によるよりは儒教の否定に立つ、文化的な防衛姿勢であるようにみえる。

清帝国までの中国は、それほど真剣に膨張政策を考えることがなかった。
長いあいだ西洋的な「国境」という概念すらもたない、自分の国一国をそのまま全宇宙であると考える中国人の政治的思考の癖は、「中国」を言語と文化を共有する地域という緩いまとまりをもって定義する習慣を育てた。
現代に至って中国が歴史上初めて異なる文明圏へ積極的に膨張政策を採り始めたのは、ずっと遠くの未来まで考えて自分の安全を図っておこうとする中国人のもうひとつの思考の癖によっている。
「未来」というときの具体的な時間的長さにおいて中国人は欧州人や日本人に較べてずばぬけて遠い未来を考える。
欧州人が30年先を考えて行動するのに較べて中国人は100年先を見越すだけの違いがある。
そうして30年先を見ている人と100年先を心配する人の頭のなかの未来図でおおきく存在感が異なるのは「資源」なのであるのは、割合簡単に理解できる。

タイランドの「タクシン派」がほぼ中国政府の代理勢力であるのはタイ人の友達がいる人は皆聞かされて知っていることである。
ここに中国の代理勢力をつくっておくことにはメコン川の支配という大事な意味がある。
この地域最大の大国であるベトナムが官僚主義に足を引っ張られて思ったほど成長しないいまが中国にとってはおおきなチャンスである。

日本の人は「台湾は親日で、」という話が大好きだが、台湾に長く住んで、その情緒を共有する人は余程おめでたい人で、前にも何度か書いたように、日本の人は台湾人と中国人が同じ言語・文化を共有しているということの深刻な意味を軽視しすぎている。
中国本土人や台湾人と話してみると、日本の人が考えたがっているよりは、台湾人と本土人の愛憎に似たお互いへの感情は、もっと、ずっと深いところで絡まり合って、当人同士には不可視な様相をもっている。

2010年の尖閣諸島をめぐる反日デモの直前に中国に行った日本の人が「日本で言われるような『日本人憎悪』みたいな雰囲気はなくて、特に電車のなかでは、子供が可愛いらしくて、子供を立たせているなんてとんでもない、わたしのこの席に座りなさい、で争って親切にしてもらってびっくりした」と話していたが、一方では、尖閣諸島は中国のものだというビデオが街中のそこここに流れているので驚いた、と感想を述べていた。

尖閣諸島は中国のものだ、というビデオは、実際、ニュージーランドでも中国料理屋の大画面TVや、そこここで流れている。
中国人たちの店が軒を並べている通りに行けば、一軒か二軒は動画を流していて、日本と中国の空軍戦力の比較や、アメリカ極東軍との勝敗予想まであって、なんだか、もう戦争がとっくの昔に始まっているような雰囲気を醸し出している。
どうやら世界中の中華街で流れているようで、中国政府は最近、アメリカを始めとする英語圏のメディアにダミー会社を通じて大量の投資を行っているのでもある。

そうやって、すでに日本との戦争が始まっているかのように雰囲気を盛り上げているところに、無茶な防空識別圏の設定という致命的な失敗を犯したので、戦前の日本と同じというか、日本との開戦の可能性は、そもそも自分が言い出しっぺの人民解放軍自体がアメリカに抗して、戦闘を短時間で勝利のうちに収める自信がないために躊躇しているだけで、かつてないほど開戦の危機は増加していると思う。

いっぽうで安倍政権という日本から一歩でれば「極右政権」が通り相場の政権が日中戦争の抑止力として働いていることは、疑いがない。
こういう戦争の危機が切迫した問題にあるときは宥和的な政権のもとにあるほうが偶発的な戦争は起こりやすい。
安倍政権のように「危ない」政権が相手のほうが開戦の決断はしにくいのが現実の政治のおもしろさであると思う。

胡耀邦の時代に、日本の中曽根政権は胡耀邦の面子をつぶして、結果として反日をアイデンティティの軸とする勢力に中国を委ねることに手を貸すことになった。
今回は経済派の窓口となりうる人物が存在しないので戦争に巻き込まれるのも巻き込まれずにすむのもアメリカ次第というはなはだしく自主性のない構図をつくってしまっているが、安倍政権の好戦的な姿勢は、単純に言えば虚仮威しで、日本が自力で戦争を遂行するだけの力がないので仕方がない、ということなのだろう。
特定秘密法案をつくり、教育を変え、マスメディアを脅しあげて、いまごろになってアメリカから貸衣装として与えられた「民主主義」の衣をかなぐり捨てようとしているのは、だいたい25年くらいの先を見ているように見える。

ついでに述べておくと、おとなたち、たとえば50代の日本人が特定秘密法案なんて案外ダイジョブなんでないの?とのほほんとしているのは、あたりまえで、どんな国の歴史を見渡しても、この手の社会保障法案が暗黒面をみせて国民を恫喝しはじめるのは、常識として最短でも20年後で、
いま50代の人間にとっては「関係がない」。
悪い言い方をすれば、いま50代の日本人は、自分が乗っているデザインが悪い社会の船が自分が生きているあいだは沈まないことを熟知している。
団塊世代と名前が付いた全共闘世代の直後に生まれ、目の前に猪突猛進世代がつみあげた冨を積み上げられて育った世代は、ただ文化的経済的に貯えられた社会の冨を蕩尽しながら、好きなことをテキトーに述べていれば、死ぬまでそれですむ世代なのである。
運がいいというか傍迷惑というか、悪く言えばいい気なものだが、どの国の歴史にもそういうタイミングが良い世代はいて、目くじらを立てるほどのことはない、ただ、そういう「お気楽世代」の一見もっともらしいが現実にはまるで無効な意見を聞かなければいいだけのように思える。

だからこの記事も30代以下の日本の人に話しかけていることになるが、中国と韓国が内政上の圧力を日本にぶつけてくるいまの政治状況が短期のうちに解消するとは到底考えられない。
これまでも述べてきたように、中国や韓国が個人の自由をもつ自由社会として成熟するまでは日本への圧力は増大するだけだと思われる。

いまの世界に生きている人間の誰でもが知っているように中国の全体主義は人間の貪欲をエネルギーに繁栄してきたし、これからも人間の金銭的欲望や物質的繁栄を願う気持ちがある限り持続してゆく可能性が高い。
その過程が破滅をもたらすか、なんとか決定的な事態を避けて、東アジア全体が自由社会を形成するに至るかは、例のナマケモノ然とした神様だけが結果を知っている。

福島第一燃料棒UFOキャッチャーは毎日、「おっとっと、あぶねーあぶねー」を繰り返すだろうし、安倍政権はなんとか自前の全体社会を創生したくて懸命に働いているし、地震のねぐらではオオナマズさんが、ときどき自分の鼾に驚いて目をさましかけるしで、その上、図体のおおきな隣人が、ときどき倒れてきそうになったりで、日本の人はストレスたまるよなあー、と同情しているところです。

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