His Old Dream

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習近平は困っているだろう。
防空識別圏の設定は外交上手の中国にしては珍しいほどの大失敗だったが、中国政府から見れば、「これだけ強烈な強硬態度をみせれば日本もアメリカも中国の不退転の決意を感じて譲歩するはずだ」という決意に立った、いわば「最後通告」の役割を担う意図的な「晴天の霹靂」だった。
本人たちからすれば「柔弱な民主主義の子」たちの上にくだした「雷神の一撃」というべきつもりのもので、まさか次の瞬間にアメリカが選りに選ってスパイ電子機器満載のB52をくりだして平然と防空識別圏を横切ってゆくとは思わなかった。
しかも今度は中国政府にとっては最も神経に堪える「靖国神社参拝」を安倍首相は実行した。
ほぼ絶体絶命の窮地に立った中国首脳の苦悩を思わないわけにはいかない。

英語ではmanoeuvreという。
どういう言葉かというとF15や零式戦闘機はそれぞれの世代においてmanoeuvreの良い戦闘機だ、という言い方をする。
あるいは50フィート級のボートが狭いマリーナにはいってきて、バウスラスターが付いているかなにかで綺麗な方向転換を決めてberthにはいると、あのボートはmanoeuvreが良いと褒めそやされる。
ちょっと身を交わしたり、するりと身を翻したり、というような身動きの総称です。

日本での評価とは異なって英語世界では終始一貫極東の極右政治家という定評の安倍晋三の靖国参拝で、もちろん、英語世界は安倍晋三に対する「やっぱりやったのか」という非難一色に塗りつぶされたが、もういちまい洞察の皮膚が下の、というのは報道記事ではなく公開されている「オピニオン」「論評」からはじまって、(非公開の)政治フォーラムというような場所にいくと習近平には、すでにmanoeuvreの余地がないのではないか、という意見がたくさん出ている。
強引な防空識別圏の設定という強烈な措置を予防的に先にとってしまったので、これより厳しい態度をとろうとおもえば、なにをするにしろ宣戦布告に限りなく近い政治行動になるのではないか。

実際には27日にはもう、韓国が「東アジア諸国は団結して日本を非難すべき」という一見復讐心に燃えた呼びかけにみえるが、現実には中国の暴発を避けるため、というか、簡単に言えば中国の苦境を救うための「外交的に差しのばした手」である声明を出しているので、中国には「東アジア諸国とともに日本に対して怒りの包囲網をつくる」という(中国の政治においては極めて重要な)「メンツ」も立てばmanoeuvreの余地をうみだす時間も稼げることになった。
中国の外交は韓国の外交にひとつ借りが出来た事になる。
しかし、それで作った「時間」も、そう潤沢にあるわけではないようにみえる。

28日に日付が変わった日本語の新聞サイトには「安倍晋三のオウンゴール」というような表現で安倍晋三の外交上の大失敗を非難する記事が並んでいる。
日本の新聞特有のお互いの顔色をうかがう「様子見」の段階が終わって、いっせいに「これは安倍晋三が悪い。アメリカの出方をまちがえた大失策である」という論調に染まりつつあるが、翻って英語のほうをみると、「安倍晋三の個人的信念があらわれはじめた」という見方が多い。

安倍晋三の第二次政権の特徴は、もともと本人にまったく興味がなく、やる気もないせいで第一次政権ではどうにもならなかった経済政策はテクノクラートに完全に委任して自分では口を出さず、自己の政治エネルギーは自分の政治信条の実現に全力をつくす、というもので、安倍晋三の政治的信条はなににあるかというと、かつては「美しい国」であった日本を取り戻すことにある。
質素な生活をしながら額に汗して勤勉に働いて、日本人同士一致団結して国をもりたてる健気で懸命な国民のいる「美しい国」が安倍晋三の政治目標だった。
いまの、規律に従わず、労働を軽蔑して、にやにやした口調で体制に向かって皮肉を述べることを娯楽にするような「醜い日本人」への憤りが安倍晋三を駆り立てている。

処方箋はクラシックなもので、社会に緊張をつくりだし、敵を明瞭な形で描き出して、自分たちの社会を愛することに目ざめさせて、民族的な優秀さを取り戻す、ということだと思う。

日本はもともと戦争による国民的な団結によって近代をつくった国だった。
まず台湾、それから対清、そしてあくまで戦争を避けようとする明治政府の弱腰を「学者としての立場から」弾劾した東大の「七博士」たちの、いま読むと腰を抜かしそうなほど好戦的な提言に見られるように、国民として戦争依存症になったあとは、ロシアと戦争をするという破天荒な無謀さまでみせた。

勝つはずのなかった対ロシア戦争に勝ってからは、日本では「戦争」と「国威の発揚」が同義になっていった。

卑近な例をもちだすと、大学のときに、あの大学に入ったうれしさのあまり狂躁的な状態に陥ってしまった同級生がいた。
持ち物にはすべて大学のロゴが入っている上に。言葉のアクセントまで無理矢理に大学特有のものにしようとするので、笑うよりも、なんだか不気味で怖い感じがした。
酷い事をいうと日露戦争に勝ったあとの日本社会は、ちょっと、その誇らしさのあまり狂気に似た自分でも抑制しがたい感情にとらわれていたらしい同級生に似ているような感じがする。

日本にいたときの感想は小学校から企業まで「集団」が存在する社会のありとあらゆる場所が「軍隊」のアナロジーに満ちていたということで、うららかさの象徴である「park」スポーツである野球まで「巨人軍、春の大進撃」などというので、ぶっくらこいてしまったのをおぼえている。

「このアベという人は、実際に戦争をしたいのではないか」と友達に訊ねられたので、このブログ記事を書いている。

政治行動を観察するときに最も決定的な間違いを犯しやすい人間のタイプは「穿った見方」をするタイプで日本の政治史上の人物では松岡洋右が典型として知られる。
9年間をアメリカで勉学して過ごした日本きっての「アメリカ通」と目されていた、この人の「アメリカ人は、まずイッパツおもいきりぶんなぐってから手を差しのばすのがアメリカと仲良くなる唯一の方法である」という意見に従って真珠湾でいっぱつおもいきりぶんなぐってみたら、案に相違してアメリカ人はそのまま顔を真っ赤にして怒りだしてしまい、怒った勢いで太平洋を大股で駈けわたってきて、それまで営々と築いてきた日本の近代文明をただの石ころの堆積に変えてしまった。

「兆し」や「サイン」を正しく読み取ることは外交を理解するためには必須だが、自分が頭が良いつもりになってさまざまなことを読み過ぎると、とんでもないことになるのは、この松岡洋右という誰にも口がはさめないほどの西洋外交事情の権威だった日本の外務大臣が妄想した「西洋」のバカバカしさを見ればよく判る。

安倍晋三は靖国神社に参拝したかったからしたのだ、というのは空疎な修辞ふうの判ったような判らないような言い草に聞こえるが、失策というより、あるがまま、見たままの、ただそれだけの行動なのではないかと思うことがある。
あまりに幼稚すぎて「そんなバカなことがあるわけないよな」という気持ちをいったん拭って横において考えると、「オリンピック誘致」「特定秘密保護法の制定」「集団自衛権の恢復」という安倍政権の素晴らしいスピードで策定された一連の国策は、「戦争をやりたいのだ」という、普通の常識に照らせばありえない仮定に立てば最もまっすぐに見通すことができる。

第一回目の東京オリンピックという1964年の五輪は実は二度目の開催決定に拠ったもので、ほんとうの第一回オリンピックは1940年に予定して開催権を獲得したものだった。国威の発揚と日本民族の団結の象徴として予定されていた第一回東京オリンピックは戦争という、より深刻な団結のためのゲームによってかき消されてしまった。
1936年のベルリンオリンピックや2008年の北京オリンピックが典型だが全体主義者の政権の発想においてはオリンピックの開催と戦争の開始は常に「民族の一致団結と優秀さの誇示」という同じ地平にある。

と、こうやって、とつおいつ考えていると、安倍晋三が現実に戦争を望んでいるのではないか、という、普段はそれほどアジアの問題に関心があるとは言えない幼なじみの友人の問いかけは、ある暗い深刻さをもって目の前に立ち現れる。
安倍晋三がここまで周到に描いてきたシナリオは、ほんとうは「日本を戦争にひきずりこむ」ための精巧に出来た筋書きなのではないか。

やりきれない疑問、といってもよい。
安倍晋三は、そもそも自分が靖国神社を参拝することによってアメリカが示した極めて強い反撥も精確に予期していたのではないか?
彼と彼のスタッフの計算は、まったく別のところにあって、防空識別圏の設定で平和へ向けての身動きがとれなくなった習近平の中国政府を確実に戦争の側に突き飛ばすことにあるのではないか?
ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が肩を並べて千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に詣でる姿の外交的異様さは、世界中でひとしきり話題になったが、安倍晋三が実際に戦争を望んでいるという文脈のなかにあっては、それだけ当時のアメリカ政府の危機感が強かったということで説明できそうであると思う。
安倍晋三たちは、アメリカが自国の安全保障のアイデンティティそのものである太平洋を部分的にでも中国に割譲できるわけがないのを見越してアメリカの日本への眉を顰めた視線についてはタカをくくっている。

ツイッタでもこのブログでも何度も述べたように国内で「親日派なのではないか」という疑いを向けられていることを政治上のアキレス腱として抱える朴槿恵には「対日包囲網をつくろう」という苦肉の提案をする以外には出来ることは殆どない。
習近平のほうは、日本企業への認可の取り消し、行きつく先には大使の召還のようなことを含めて、唐突な防空識別圏の設定という大失策を犯したあとでは、何をやっても戦争に直接結びつくような施策しか可能性がない。
習近平は言わば安倍晋三によって「戦争」に向かってジャンプするしかない断崖に追い詰められてしまった恰好で、アメリカの軍事力をおそれて戦争を避ければ、国内国外の両方にかなり明瞭な形で敗北的な挫折を表明することになる方策しかないように見える。
そうして中国国内政治の文法に従えば、ここで膝を屈することは政治的自殺以外の何ものでもない。

「こうなったら日本人としては金正恩に正月早々、韓国に向かって重砲をぶっぱなしてもらうしかないね」と件の友人は言って笑っていたが、発言自体はシャンパンを飲み過ぎた悪い冗談に過ぎなくても、歴史の神様の目に余る皮肉な行状を思えば、案外、そういうことにしか生き延びる道はないのか、と思う。

従来ずっと言われてきた2015年よりも1年早く戦後最大のピンチを迎えそうな「戦後民主主義の日本」を考えると、なんとも言えない暗い気持ちになります。

(タイトル「His Old Dream」の「彼」は岸信介という人のことです)

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