2013

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2013年は新しい凍死(←照れている)手法と外国語習得の年だった。
神様なんて信じていないのに神に感謝するのはイギリス人の奇妙な習慣だが、今年も平和と繁栄の年だったことを神様に感謝しないわけにはいかない。

この2、3年は(主に小さな人びとのせいで)ニュージーランドにいることが多いが、2013年もそうで、イタリアに3ヶ月弱、あんまりここで書きたくない、それぞれ1ヶ月には満たない旅行に3回出ただけで、あとはずっとニュージーランドにいた。

「ニュージーランドにいる」ということの意味は、ほとんどをオークランドのリミュエラにある家とハウラキガルフのどこかに浮かんでいるボートのなかで過ごしている、という意味で、このごろは以前に較べてクライストチャーチにいることは少なくなった。
一時的で、是正されるべき問題と思うが、クライストチャーチとオークランドのインフラにいまは少し差が出来ていて、現時点では「オーストラリアに週末でかける」というようなことを含めて、生活の便利さにおいてオークランドがクライストチャーチを遙かに上回っている、ということもあると思います。

もうひとつはオークランドは「ざっかけない」町で、わしは自分にとっては外国語であるいろいろな言葉で文章を書いたり、太陽の光を浴びながらモニとふたりで中庭で紅茶(アフガン付き)を飲んだり、PCゲームに熱狂したりするのに飽きると、裸足で午後の人気(ひとけ)のない町をぺたぺたと歩いて、遅い昼食、あるいは「おやつ」を食べに行く。

裸足なのだから、無論Tシャツとショーツで、耳からは件の白いオーディオケーブルが垂れていて、どんな音楽を聴いているかというと、ほとんどの場合は、「Lounge Music」と名前が付いている音楽

か、Stromaeのようなヒップホップ、あるいはDaft Punkのようなバカタレミュージックで、どんな曲が多いかはツイッタの言葉の流れのなかを一緒に移動している友達たちはみな知っている。

いま書いていて気が付いたが、Daft Punk


は今年のおおきな発見で、バンド自体は多分15年くらい昔から知っていたはずだが、こんなに良いバンドだと思ったことはなかった。
なぜだろう?
というようなことを考える必要はなくて、このふたりはもともと演奏中の事故によって死んだミュージシャンがサイボーグとして蘇ったという来歴で、つまりは、最新テクノロジーで音楽的才能をヴァージョンアップしたのが奏功したのだと思われる。

2011年にはオーストラリア/ニュージーランドのローカルな人気があるに過ぎなかった、Gotyeたち
https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/11/15/out-of-tune/
が、その後あっというまに英語圏全体のワカモノの魂に訴えるミュージシャンになってから、KimbraやGin Wigmoreの歌声がアメリカのハリウッド映画やTVコマーシャルで流れるのはごく普通のことになったが、Gotye以来プロデューサーたちがオーストラリアとニュージーランドで音楽的才能を懸命に探すようになったせいもあって、タカプナ・ベイズウォーターの高校生、Lorde

が太平洋を何回も往復することになったのは日本でもたくさんの人が知っていることだと思う。

今年読んだ本のなかでいろいろな意味で印象に残ったのは、
The Ode Less Travelled
The Chronicles
Moab Is My Washpoint
(何れもStephen Fry)

Coming Apart (Charles Murray)
Strong in the Rain (Lucy Birmingham, David McNeill)
などだったが、特にフクシマが題材の「Strong in the Rain」は日本の人が読んでも興味が持てるのではないだろうか。

本のほうは、前から日本人の友達と約束していた「外国語として英語を勉強している人のための英語本書評」を書くとおもうので、この記事では感想は割愛する。

面白かった映画やドラマは(チョーテキトーなわしのことなので、やんないかもしれんないが)明日にするとして、2013年は政治・社会的には日本の運命が定まってしまった年だった。
以下、書くことはすべて日本(という洞窟、と日本語フォーラムの友達は書いていたが)に住んでいる人には信じて貰えないことには違いないが、むかしからたくさんの人が理解してくれるとおもってこのブログを書いているわけではないので、一応、書いておく。

「信じたくないことはなかったことにする」
「認めたくないことは相手がウソをついていることにする」
「致命的なことが起きてしまった場合には、たいしたことではない、といいつのる」
というような特徴は、このほんの数年で(少なくとも日本に関心がある)外国人たちには遍(あまね)く知れ渡るようになった日本の人ほとんどすべてに共通した「癖」である。
もちろん、どの国のどんな文化に育った人間にも同じ傾向はあるが、日本の人の場合には誰が考えても否定できないほど異常に強い傾向として、殆ど「国民性」と認識されるようになったのは今年のはっきりした現象であると思う。

福島第一事故の後始末や放射性物質の危険について科学研究者を含めた日本社会が、どんな反応を示したか、安倍晋三の政府が東京にオリンピックを誘致するために渋々承認したサイト公開を皮切りにして、それこそ汚染水の洪水のように世界に広がっていった「現実」は世界のひとびとを呆然とさせてしまった、と言ってもよい。
普通の文明世界に育った人間は日本の人のように相手の落ち度を見つけて嬉々として非難の合唱をするという習慣をもっていないので、「フクシマのせいで日本人は憎まれるのではないか」「海外に出ると腐ったトマトをぶつけられるのではないか」というような心配をしなくても良いが、およそまともな知性のある人間の内心にあった「日本文明」への尊敬心は失われてしまった。
言葉がかっこわるいが「知的コア」にあたる層の印象が、だんだん、普通の層に広がっていくには通常およそ20年かかるので、フクシマ処理で見せた日本人社会全体の非人間性に対するツケを支払うのは、いま生まれてきたばかりの子供たちなので、いまこれを読んでいるオトナの年齢のひとびとは心配しなくてもよいのだと思う。
自分の無責任の代価をこれからやってくるひとびとが払ってくれるのだから楽なものであってうらやましいが、歴史のあちこちにはそういう「ラッキー世代」がいるもので、
日本で言えば1950年前後から1965年前後までに生まれたひとたちは、「日本の戦後の繁栄」に酔っ払って、あるときには泥酔して、酩酊した状態で、しかも自分たちより若い世代に対して「勉強が足りない」「ゆとり世代め」と酔いでもつれる舌で説教をする愉しみにすら耽りながら、さんざんデタラメを繰り返してきた自分たちの人生のツケを、いま40代以下の人が全部文字通り自分の一生を賭けて支払ってくれるのだから、これほどラッキーな一生はない。
うらやましいことであると思う。

そうしてその「ツケ」がどんどんたまる状態から「支払い」のほうへ転換する第一歩を劃す年が2013年という年だった。

外交でいえば、80年代初頭からアメリカ人や欧州人が口やかましく警告して、日本のひとびとが「経済的負け犬の遠吠え」と冷笑していた「地政学的危険」は決定的に現実のものになった。
自主講座で、東アジア通の若い教師が、全面に広げた東アジアの地図を広げて、
「このアメリカに向かって、せいいっぱい胸を反らしたようなかっこうの島国を見てみたまえ。北には相手が弱いと判断すれば外交的正義を必要とせず問答無用でとびかかって領土をもぎとるロシアがあり、西には経験のない指導者に交代すれば、あっというまに戦乱を引き起こす可能性がある北朝鮮がある。そして、その後ろには、広大な日本の支配が自国の安全保障上の最終解決であると知っている中国がある。この小さな島国にとってのゆいいつの友人は、自分より遙かに脆弱な大韓民国だけなのだ」
と述べた午後の教室をおぼえている。

Japan is a valued ally and friend. Nevertheless, the United States is disappointed that Japan’s leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan’s neighbors.
The United States hopes that both Japan and its neighbors will find constructive ways to deal with sensitive issues from the past, to improve their relations, and to promote cooperation in advancing our shared goals of regional peace and stability.
We take note of the Prime Minister’s expression of remorse for the past and his reaffirmation of Japan’s commitment to peace.

という簡潔で明瞭なアメリカ大使館のステートメントに対して、日本では「disappointed」はたいした強さの単語ではないということを含めた英語学の権威が俄に乱立して、「アメリカはあんまり怒ってるわけではないのよ」ということになって、南京虐殺は存在せず、慰安婦は自分の肉体を使った韓国の女びとたちの「スモールビジネス」であったことにして、フクシマの放射性物質を怖がるのは非科学的な迷妄にしか過ぎないことにしたのとまったく同じなりゆきで、東アジアの平和は永遠に他人まかせで恒久であることにしてしまったが、もう少し、常識はずれの定義をもたせた防空識別圏設定という大失敗以来、公式な場での日本の中国への侮りを隠さない行動で、中国の政治家にとっては生命であるメンツを潰され続けて、その上にダメ押しのように靖国神社参拝を強行までされた習近平が北京の奥の執務室で、いま何を考えているか想像してみるが良い。
この時点での靖国参拝という日本が泥靴で中国の顔を踏みつけるようにしてあてこすった侮りは、いまですらまったく言う事を聴かない地方政権へのコントロールをますます失わせ、人民解放軍には「こいつではダメだ」という軽侮の気持ちと不安を与え、もともと日本の国家としての覆滅を謳う北京大学を中心に擡頭する「新・毛沢東派」を呼び起こしている。
太平洋の航行と飛行の自由を自国の最重要な権益とみなすアメリカ合衆国は将来の最悪の事態に備えて日本が遙か西に外れる、1941年と相似のANZAC-AMERICA防衛線をひきなおして、より機動戦略の足が長い戦略を採用した。
ところで、この万が一であっても「沖縄が失われる」という戦後想定されたことのない前提に立った戦略によれば日本は繰り返し最前線としての戦場になるはずなのである。
安倍晋三と同じように靖国参拝を強行して中国の最後の「対日協調派」であった胡耀邦を、そこまでの中南海の右から左までの一致した承認を一挙に反故にして政治的死に追いやった中曽根康弘がレーガン大統領に「日本を不沈空母にしてアメリカを防衛する」と請けあったのは政治史上の笑い話としても有名だが、日本という「不沈空母」の飛行甲板は戦時中に主計将校にしかすぎなかった中曽根康弘が考えたようにたとえ核ミサイルに対してでも持ちこたえても、その「飛行甲板」には、1億人を越える、ひとりひとりが明日の幸福を願い、さまざまな意見をもち、ひとつひとつを別々の宇宙と呼んでもよい魂をもった個々の日本人たちが生活しているのを忘れてしまっている。
….しかし、10年先になるのか来年なのかは知らないが、針路が決定してしまったものは仕方がない。
ここにひとつだけ、「外の世界のひと」としての意見を述べておくと、むかし北海に面した連合王国という、その頃はすでに落ち目の、文化全体がなんとなくけちくさい見栄っ張りの国がドイツという国に起こった全体主義の嵐におよそ5分の1の戦力で立ち向かわねばならなくなったとき、
良識の人であった政治家をすべて罷免して、ウインストン・チャーチルという当時の常識で言えば時代遅れの老・極右政治家を、埃まみれの骨董品を納屋から出してきて居間に置き直すようにして、首相に採用して国の破滅の危機を乗り切ろうとしたことがあった。
「戦争はたとえ誤った戦争でも始めれば必ず勝たなければ自分たちの文明は死ぬ」という人類の歴史を通じての普遍の真理を日本の人が思い起こすことにならなければ良いとおもう。

Happy New Year!

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One Response to 2013

  1. tetsujin says:

    ガメ・オベール様

    年の終りのご挨拶。

    ガメさんのブログを知ったのは、2013年の大きな出来事のひとつです。大庭亀夫の日本語を読むのはまったく得難い体験で、その得難さの所以を感謝の気持ちとともに、お伝えします。

    理解も同意もできる範囲にありながら、発想の基本的な土台が私と大きく異なっている日本語、というものに出会ったのは初めてではないかしら。とにかく、感想はこれに尽きます。

    ガメさんは、「究極のところを問題にするかぎり、真理はひとつ、善もひとつ、美もひとつである。これは当たり前だ。」と考えているように私には感じられます。こういう考え方を、自分の生活の土台にある感覚として日本語で無理なくあっさり書いた、という人を私は他に知らない。

    何かお手本になるモノをかざして「これこそ真理だ」と叫ぶ人は、日本語の世界にたくさんいます。しかし、「真善美は、究極のところではひとつだ。そんなの当たり前だろ」と深く思っている書き手は、日本語の世界(特に、現代の日本語の世界)では、まず思いつかない。

    そういう得難い「当たり前」の感覚に、日本語を通じて接することができる、という体験が途方もなく新鮮だったので、ずっと途切れなく楽しみにして読んでいるのだと思います。

    同じような考え方でも、西洋語で接すると、私にとっては間接的な体験になってしまうので、一拍おいて「ふ~ん、そう思ってるんだ。なるほどね。」という感想になる。この人はこう考えているわけね、とどこかにメモして終わり。

    普通の日本語であっさり書かれると――概念語で捏ねくり回して書くのではなくて、すっきりした姿の良い日本語で書かれていると――俄然、思想の切っ先が身に迫る感じがする。

    日本の「リベラルな人」は、「答えはひとつではない」とよく言います。この言葉は、「教科書の答えが真理であるわけではない」という意味なら、まあこれでよいわけですが、大抵の場合、「結局、どんなことだってみんなが真理として通用させようと思えば、真理として通用するのさ」という相対主義的な生活感の表明になっていることが多い。

    私は、現代の日本語人のひとりとして、相対主義的な生活感に浸かっているので(芯まで冒されてはいないと思うが、わからぬ)、ガメさんのブログを読むと、ああそうだった、「真善美はひとつ、そんなの当たり前だ」という感覚がごく自然にありうるのだった、と気づかされるのです。

    ガメさんの表現によって、日本語を通じて体験できる世界が広がった、と思います。そのことにとても感謝しています。

    それでは、どうぞよいお年を。

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