横顔

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英語人が書いたか日本語人が書いた文章だったかも忘れてしまったがベトナム旅行記でホーチミン市の映画館でベトナム人たちに混じって映画を観た感想を書いたものがあった。
ヒーローがロケットランチャーで追いすがる敵のジープを粉砕して、腕や足が吹き飛ぶところになると、映画館のなかは歓声に満ちて、大歓呼の声があがる。
ベトナム人たちは、どちらかと言えば、静粛に努めて映画を「鑑賞」(映画鑑賞、とは生真面目な日本人らしい、面白い表現だといつも思う)する日本人型であるよりもアメリカ人型の観客であるようで、興奮のあまり、「もっと、いけ」「そこだ、ぶっ殺せ!」というような声もあがる。
映画館全体がたいへんな興奮に包まれる。

ところで、この人がその日に観た映画は「ランボー」で、殺している側は昨日までの仇敵アメリカ人であり、あまつさえ、殺されているのは自分たちと同じベトナム人なのだった。
書いている人は、その事態の奇妙さに打たれてしまう。
これは、いったい、どういうことなのか?
と考えることになる。

1945年に戦争が終わったときにアメリカ軍が恐れられたゲリラ戦に遭遇するどころか笑顔と歓呼の声に迎えられて、あっけにとられるような楽ちんな占領になったのは、もともと日本人はアメリカ人とその文化が好きだったからだ、という根強い説がある。
ほんの先週までマスメディアが躍起になって刷り込もうとしていた「鬼畜米英」、アメリカ人やイギリス人は鬼にも劣る畜生のたぐいなのだ、というのは前半の「八紘一宇」につづく日本人全員が信じるに至った国家的なキャッチフレーズだったが、しかし、戦争の前に人気があったのはチャップリンでありバスターキートンで、益田喜頓という戦前には国民的な人気があった浅草「あきれたぼういず」出身の有名なコメディアンの名前が「バスターキートン」から来ていることは、説明されなくても、どんな下町のおかみさんでもすぐに了解された。

アメリカ文化の日本への影響は、今日、日本で意識されているよりも深いもので、たとえば小津安二郎の映画は「日本的なもの」の代表と当時から言われて、当時の映画評論家やマスメディアはもちろん、松竹の経営陣さえも「小津の映画は日本国内でだけ通用する映画で外国の人間に通じるわけはないから」という理由で外国映画祭への出品を拒否したりさえしていた。
いまのように「尖鋭に日本的なものならば返ってアメリカで受けるのではないか」というような知恵がなかった時代の話です。

ところが小津映画を見慣れた英語人がすぐ気が付くのはビリー・ワイルダーと小津映画の近縁性で、「模倣」というような稚拙なレベルではまったくなくて、映画というもの自体への認識と思想がうりふたつである。
小津安二郎自身はそのことを強く自覚していて、日本軍の宣伝映画をつくるために滞在していたシンガポールで、小津安二郎は、「なかなか出来なくて申し訳ない」と軍部に対しては殊勝に言い訳をこしらえながら、実際には、ハリウッド映画三昧の毎日を送っていたのは有名だが、その後、シンガポールで出来た習慣にしたがって見続けたハリウッド映画のなかでもビリー・ワイルダーの作品に熱狂して、「これこそ映画だ」ということを常とした。
ついでに余計なことを書いておくと戦前においても小津安二郎がかなりの量のハリウッド映画を観ていたのは初期の映画の文法を見れば明かである。

鎌倉ばーちゃんは、むかし、「コンバット」というアメリカ歩兵たちが主人公の番組をよく観ていたそーだったが、背後からこっそり忍び寄るドイツ兵の姿に、「気が付いて、気が付いて、はやく!撃たれてしまう!」と願いながら、ふと我に返ると、ドイツ兵こそは自分達日本人の味方で、アメリカ兵は敵であったことを思い出して、なんとなく気が咎めたりしたそーである。

現代の社会に住んでいるので韓国系や中国系はもちろん、韓国人や中国人の友達もたくさんどころではない数でいるが、いままで彼等と話していて、日本の話が出て、日本人に対する「生な敵意」を感じたことはない。
例外はあって、中国人達のなかでもエリート中のエリートである若い人間たちは、政治的信念によって、日本人は皆殺しにすべきだ、あるいは日本という国は(共産主義妄想に怯え出す前のアメリカがそう考えていたように)解体・無力化されるべきだと明瞭に言う。
日本は無力化され解体されるべきだと述べる若い中国人グループのひとりは、いまではわしのたいへん仲の良い友達のひとりだが、話を聞いてみると、「日本という国が存在していては中国の安全保障が根本のところで保障されえないのは歴史が教えている」ということらしいが、しかし、このひとにしても、いいとしこいて、「ドラゴンボール」が好きなのである。

特に韓国人たちを眺めていると、これほど日本由来、あるいは日本的な文化に馴染んでいて、「日本人を憎む」ということがほんとうに出来るだろうか?と思う事がある。
やや誇張した言い方をすれば、いまの若い韓国人たちは、あとで述べるかつて日本人たちが自分達をアメリカ人だと自然とみなしていたというのと同じ意味において、自分達を日本人だと(日本、という言葉が意識にのぼらないまま)自然に感じておとなになったのだとも言える。
そこで、「ほうら見たことか、おまえらの文化なんて日本のものじゃないか」と言い出す下品を下品で塗りつぶしたような低劣な日本人が雲霞のように存在するから、そう思いたくないだけのことで、50年代60年代になにをやってもアメリカ人のなかの同種類の人間に「サルマネ」と言われて、ポップスの世界ならば、弘田三枝子を頂点とするような、驚倒的な質の高い面白い文化をもっていたのにやがて捨て去ってしまって、(弘田三枝子がジャスへの情熱を失ってしまったのは頭のわるいアメリカ人に「英語が出来ないのに、なぜジャズの心が判るのか?」と揶揄されたからだった)、歴史をたどってゆく人間に、バカタレなアメリカ人に退屈な悪態をつかれたくらいで途方もなくもったいないことをしたものだ、という感想を抱かせる、日本の「自分達をアメリカ人とみなしておとなになった」団塊の少し上の世代ともちょっと似ている。

「鬼畜米英」というような政治上観念上の社会的な思い込みは、瘧というか、一時の急性の熱病のようなもので、人間の精神の芯の部分には影響しないことを傍証する逸話は、他にもたくさんあって、たとえば60年代ですら南部のKKK(クー・クルックス・クラン)のパーティには、たいていアフリカン・アメリカンのブルースバンドが招かれ、(B.B.Kingもインタビューで「自分も雇われて演奏したことがある。ちゃんと払ってくれたよ」と笑っていた)アフリカ人たちがつくった曲に酔いしれたそうだが、より深刻には、かーちゃんたちの家作に入っていたマレーシア人大学教授の夫婦が、「自分達を人間扱いしないイギリス人たちが憎くて仕方がなかったが、自分達も、いつかはああいうふうに暮らしたいと抗いがたく感じていた」と静かに述べていたのをおぼえている。

昨日まで全身全霊でアメリカ人を憎み殺そうと考えていた人が、今日は戦争に負けたのをきっかけに、アメリカ人に手をふり、アメリカ人たちに似た服で着飾り、ジャズに身体を揺らせたのは、「アメリカ人の暮らしはかっこいい」と感じるほうの自分は人間対人間としてアメリカ人を見ていて、昨日までの大和民族としてアメリカ人を見ていた自分の退屈さと軽薄にうんざりしたからだと思われる。

韓国人憎悪にたぎりたつような人びととツイッタで何回か話してみたことがあるが、このひとたちに共通なのは、その憎悪の退屈さと凡庸さで、まるでりかちゃん電話に電話して、りかちゃんとお話をしているようなもので、なんなら、これからきみがいうことをぼくがかわって言ってあげようか、と相手の発言を請け負いたくなるくらい退屈な憎悪の繰り返しに終始する。

一方で、韓国人は嫌いだ、なんであんなに日本を貶めたがるのか、と嫌韓人に同調しながら「ヨンさまは別だ」と述べるおばちゃんにも、会った事があって、この日本では上流層にあたるおばちゃんの、軽井沢にあるチョーでかい別荘の客間でおばちゃんの話に耳を傾けると、おばちゃんはどうやら「いまの日本社会からは失われた」ひたむきさや、ストレートな恋愛感情、男のやさしさ、女の一途さ、というようなものを韓国ドラマのなかに発見して陶然となるらしかった。

ここでもおばちゃんにとってはヨンさまの姿が見えれば、「韓国人」である相手の姿がポロリと落ちて、中身の人間だけが見えてしまっているのであるらしい。

いまの日本の中国や韓国の対立との対立を見ていると、日本の人びとはやがて、自ら望むように韓国人と永遠に袂をわかって、中国とは限定した戦争を始めるだろう。
ほんとうに限定できるかどうかと言えば、戦争が(アメリカの睨み据える視線の怖さに打ち勝ってどちらかが戦端を開く確率が9割かた、それが限定されたもので終わるのが五分五分、限定するつもりの戦火が中国の巡航ミサイル一斉射撃のような(机上の論理においてはアメリカの介入のヒマを与えないで日本の主要都市に壊滅的な被害を与えうる)戦争を全面化することによって短期終結をめざす「短期決戦」になる確率が開戦後に3割、3番目のこれは最も考えにくいがベトナムのように中国人民解放軍にとっては悪夢の泥沼戦争になる確率が1%内外、というような感じだろうか。
泥沼戦争もゼロと言えないのは軍隊組織は究極の「お役所」で「お役所」のなかで純粋培養された人間は途方もなく体面だけを信奉して、体面のためなら自国の人間が全滅しても構わないとまで思い詰めるからである。

確率という言葉に引きずられて言えば、ひとつだけ絶対に確実なことは中国人も韓国人も日本人も戦端を開けば、同時代で戦争に関わった世代は一生の終わりには必ず後悔するに違いないことで、なぜなら、民族的な憎悪は魂の奥まではいってゆくことは稀で、人間は、お互いを国籍も人種もないただの素の人間としか見ない本性が組み込まれている。
人間は結局人間を人間としてしか見られない場所にもどってゆく。
民族対立の結果戦争の当事者になってしまった世代が悲惨なのは、魂に届かないはずの「憎しみの乗り物」に乗り込んだだけで乗り物は発車して戦争は始まるのに、戦争のなかの殺戮や強姦、友の死、家族の死、というものに遭遇して、当事者だけは観念的な熱病としての憎悪ではなく、全霊をことごとく憎悪で埋め込まれてしまうことがあるからであると思う。
日本の若い世代が、そうならないことを願っている。

(心から願っています)

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