幸福を購入する

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「P」というのは覚醒剤のことで、メタンフェタミンのことを指している。
いま日本語で「メタンフェタミン」を検索してみると、日本では「シャブ、エス、スピード、ヒロポンという名前で呼ばれる」と書いてある。

いちど日本語で犯罪としての麻薬使用についての本を読んだことがあったが、その本には「麻薬には社会のありかたからくる国別の嗜好があって勤勉な日本人は疲労感をなくす覚醒剤を好み社会的な抑圧の少ない西洋人はマリファナを好む」と書いてあって、へえええー、そーなのかあああー、と感心したことがあったが、よく考えてみると、あんまり根拠が堅牢でない上に国民を挙げてナマケモノのニュージーランドで他の麻薬に勝ってメタンフェタミンが蔓延していることの説明がつかない。
しかもメタンフェタミンと並んで、というか、あんまり「麻薬」だという意識がないのでふつうに常用されているマリファナもニュージーランド人は常用するので、「ほんとじゃないんちゃう?」と疑う気持ちになる。

現実はニュージーランドでは「Pは安いから」というのがほんとうの理由だろう。
マリファナも煙草より安いがPはもっと安いので、手軽に手にはいって週末女の子と「イッパツ決める」のに手頃なのだと思われる。
メタンフェタミンには性的な羞恥心がなくなる、という有名な作用がある。

マリファナが、一回吸引量以下の所持は単なる罰金なのに較べてニュージーランドでも「P」の使用は依然として深刻な犯罪と見なされるのは無論、「P」には攻撃性があり、しかも悪化すると容易に非社会的な行動に中毒者を駆り立てるからである。
マリファナはもう長いあいだ合法化するかどうか議会で議論されてきたが、もうめんどくさいからいっぺん合法化して税金の歳入を増やそうという下品な思惑によってニュージーランドでももうすぐ合法化される見通しになっている。

覚醒剤のほうは日本製や北朝鮮製が多い他国の事情と異なってニュージーランドでは地産地消で、ときどき警察の手入れがあって「Pファクトリー」が暴かれ、検挙される。
一斉検挙のニューズを見ていると、最近は覚醒剤産業のほうでも賢くなってきて、たいてい高級住宅地のまんなかに大きな家を借りて、近所のひとたちにも愛想よくしながら、夜陰に乗じて覚醒剤を粛々と生産する、というスタイルをとっているらしい。
二年前だったかには首相のジョン・キーの家と同じ通りの、ほんの数ブロックしか離れていない家が実は高級住宅に偽装された覚醒剤製造工場で、近所中の人間の格好の自虐ネタ笑い話になった。

連合王国にしてもオカネモチや上流階級人のあいだにはヘロインが蔓延しているが、ヘロインは中毒すると上質なものが一日分で数十万円もする上に、いざ中毒してヘロヘロになり、目の下に隈をつくって麻薬中毒が覆いがたくなった場合、リハビリにものすごいオカネがかかるので、ビンボ人にはあまり縁がない。
アメリカの高級住宅地、たとえばロングアイランドはヘロイン中毒が蔓延しているので有名だが、ロングアイランドのヘロインビジネスの対象は高校生たちで、名門高校を中心に、親のカネをくすねることから始まって、男(アメリカでは育ちが良い家の若い男は売春市場では最も高価な商品です)も女も売春、家出、と定食的なコースをすすんで、最後は死に至ることが多いようである。
皮肉ないいかたをすると昔からずっと上流階級においてLSDコカインヘロインが蔓延していたイギリス社会と最近になって麻薬問題が爆発的に増加ちゅうのアメリカ社会の「歴史と伝統の力の差」が事態の収拾の差に顕著に表れているのだと思われる。

高校のときの同級生でもヘロイン中毒になった人間がいたが、マヨルカ島にとばす、スイスにとばす、という必殺技を親が発揮して、帰ってきたときは、なんだか普通な顔をして暮らしていたのをおぼえている。

よく知られていることだと思うが、所謂「麻薬」は、西洋社会では広く深く浸透している。
深刻な麻薬のほうでいうとイギリス、アメリカではヘロイン、オーストラリア、ニュージーランドではメタンフェタミンが最も蔓延している。
マリファナは日本では懲役2年という怖さだが、ニュージーランド、オーストラリアでは、さっき述べたように微量なら罰金で、それ以上でも10トントラックにマリファナを満載して警察署に突入でもしない限りは実際に刑務所に送られると思うひとはいないだろう。

夏の砂浜でごろごろしていると、ニュージーランドやオーストラリアの夏の浜辺にはたくさんいるノルウェー人やスウェーデン人のような北欧人がすたすたすたと歩いて来て、
「ねえ、このへんて、どこでウィード買うの?」
と訊かれる、というようなことは極くふつーの日常の光景である。
「ウィード」は、世界中どこでも通じるマリファナの言い換えです。

わしなどは、いかにもいかれたにーちゃん風の風体が原因であるのか、夏、人でにぎわう砂浜、ごろごろ一時間、というような一定の条件を満たしてやると、ほぼ必ずどこに行けばマリファナが買えるか訊かれる。
友達に「なぜ、あのひとびとは必ずわしを選ぶのかわからん」と述べたら、笑い出して、
そりゃガメみたいに、いかにも不品行でええかげんそうな若い奴がモニさんみたいな絶世の美人を脇においてヘラヘラして座ってれば、「こいつが売人に違いない、と思うのさ」と言われた。
わしの目には鱗などもともとついていないので目から鱗がとれるようなマヌケなことは起こらないが、そーか、あれは売人の在所を訊いているのではなくて、マリファナを売ってくれと遠回しに尋ねていたのか、と理解してカンドーしたりした。

マリファナは「害がない」「依存症も少ない」「はやく合法化すべ」ということになっているが、余計なことを書くと、マリファナに害がないかどうかは、ほんとうはまだよく判っていない。あんまり真剣にマリファナの害を研究した人がいないからで、もしかするとこの世の中にはチョー真剣な研究がどこかに転がっているのかも知れないが、そんなもんいくらマジメに研究しても、(コカインなら南米の麻薬王から奨励助成金が出るかもしれないが)どこからも助成金が出ないので、やっても本人はビンボになるだけで、多分、ないのではなかろうか。
少なくとも、わしが知っている範囲ではまともな論文はないように見える。

日本でも、おっちゃんたちの話によると、表面とは異なって特に覚醒剤は主婦のあいだに蔓延しているという。
主婦がパチンコ賭博のカネに困って売春するパチンコ売春の話を聞いたことがあるが、そのときに取り締まり側の人が現実には主婦の売春は覚醒剤を買うオカネ欲しさがパチンコ売春の数倍あるのだと述べていたのをおぼえている。
記者の人でも、(ほんとうかどうかわからないが)、あれって、あんまり報道すると怒られるんだよね、という話だった。
どうやって入手するかがあまり広まると困る、という理屈のようでした。

じっと眺めていると、現代社会を覆う麻薬の蔓延には「自分が必要とされていない」という意識が関係しているようにみえることがある。
まだ日本には到達していないが効率と生産性の獲得を求めて、国家間の競争に始まって個人間の競争にまで浸透してきたいまの激しい競争社会は、競争の当事者であるトップ層のストレスもものすごいが、そもそも競争に参加することをことの初めから求められなかった99%の「その他」の社会の構成員には「あんたたちは別にいらないから」と言われ続けているような、自分は社会の荷物でしかない、自分には格段もとめられているものはない、という「無用の人」意識を植え付けてきた。
生活保障というような社会主義以来の考えがなくなってくると、生産性に応じて直接に収入が決まって、たとえば大手航空会社のパイロットや大企業の役員秘書でも乗客の残飯をあさる、という社会が到来した。
その場合、強烈な不幸の感覚を補うのに最も強烈な麻薬は多幸感が最も強いヘロインだが、これはなにしろ高いので、ヘロインには遙かに劣るが、安価にそれなりの幸福感を与えてくれるマリファナを購い、メタンフェタミンで高揚感を得る。
社会が決して与えてくれないものを、現代人は麻薬によって得ようとする。

小泉純一郎首相がアメリカ式の競争社会を導入して国家全体の生産性をアメリカ並みにしようと企てたときに当然のことながら日本人はこぞって反対した。
弱者を切り捨てるのか、強者だけが富裕になればいいのか、それでもおまえは人間か、というのが論調で、そのときに日本は社会の生産性を回復するチャンスとアメリカ式の強者だけが人間の生活を許される非人間的な社会に向かって暴走する契機とを同時に見送った。

日本は旧ソビエトロシア型の非生産性の増大に苦しみながら、なんとか「みんなでハッピー」型の社会モデルにしがみついているが、このままどこまでもいけると思っている人はもういないだろう。
安倍晋三首相とネオ自民党のような国家社会主義者たちが国民の圧倒的な支持を得ているのは、そういう事情への反応なのである。
日本人の「本音」に聞けば、「自由?自由もいいけどさあ、あんた、自由だけじゃおれと家族は食えないんだよ。おれの給料、たった20万円なんだぜ? 食えるようになるのが先さ、食えるためならファシズムだってなんだっていいんだよ。それとも、きみは『自由』を三度の食事にして生きていけるっていうのかい?」というところだろう。

だが資源の絶対的不足に向かって死の行進というべき直線的な行進を続けているいまの世界で日本だけが政府が弱者の肩を抱くようにして庇って、保護して、嵐から守ってゆく、言い方を経済の方向に変えれば、巨大なオーバーヘッドをもった社会が生き延びてゆける見込みはない。
やがて競争は導入され、それは個人間に及び、個々の人間の疎外は増大して、麻薬はその巨大な虚無感のなかに洪水のように満ちていくだろう。

グローバリズム、と言い、グローバライゼーションと言う、人間がまだよく正体を見極めていない怪物の、まだ日本の人には見えていない暗い一面は麻薬を通してみるとよくみえてくる。

深い深い闇、夜明けの太陽の光さえ呑み込んでしまうといいたくなる闇の深さに怯えて、もうこれ以上考えても仕方がない、という衝動に駆られる。

すべてが静かになってゆく錯覚に捉えられます。

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