ギリオージ2

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(この記事は「ギリオージ」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/05/02/ギリオージ/
の続きです)

義理叔父が日本を出てしまった遠因はバブル時代の日本人が嫌いだったからだった。
修士課程を終わる頃になると、でっかい段ボール箱ふたつにぎゅう詰めになるほど会社からのお誘いが来て、東芝や日立、その頃から「理系」の人間を採用し始めた銀行や商社に至るまで、いろいろな就職先が「うちに勤めてね」とやってきたそーです。
話を聞いていて、面白いな、と思うのは同じ大学の「先輩」たちがやってきて、高級鮨店や料亭にまでつれていってくれた、というところで、むかしの日本企業はそうやって「先輩・後輩」の情にからめて学生たちに自分が所属する会社への就職を迫ったものらしい。

義理叔父という人の風変わりなところは、自分の属している社会が嫌いだとなると、突然弊衣を捨て去るように自分の社会を捨ててしまおう、と考えたらしいところで、なんだかいきなり何もかも放擲してしまった。
大学の先生になかの良いおじちゃんたちがいて、「なんとかするから社会に出るくらいなら大学に残れば」と言われたようだが、つむじまがりというか、滅茶苦茶というか、なにも考えていない、というか、「いやです」の一点張りで、いきなりプーになってしまった。

「その頃はトーダイ出のプーて珍しいんじゃないの?」と合いの手をいれて聞くと、にやっと笑って、
いちど、アドミニストレーションの近くでキャッチボールをしていたらね、という。
疲れたので窓の下で地面に腰掛けて座ってたらさ、ひとの話し声が聞こえるんだよ。
片方のひとは固い声で「先生、いくら先生の頼みでも、学習塾のパートタイムを『就職先』に数えるわけにはいきませんよ」という。
年をとったひとのほうの声は、すっかり弱り切った調子で、「でもさあ、そうすると農学部全体でも就職率六割切っちゃうんだよ。参ったなあ。来年、学生がくるかなあ」
と言っているのだそーでした。

あるいは、宗教学科の友達に、おまえ、就職どうするんだ、と聞くと、ごくごくきっぱりした調子で、「ないですよ、そんなもの。あるわけないじゃないですか」という。

「宗教学科というものはですね、神主の娘をたぶらかして神主になるか、塾の講師くらいしか就職はないものと決まってるんです」と言われた話などをして、けっけっ、と喜んでいる。

話を聞いていると、特定の学科は人気があっても、欧州とおなじことで、「役に立たない学問」をやったひとには、就職もない、ということではあったよーだ。

もうどうなったっていいや、とふて腐れて、電気代が払えないので電気が止まった、まっくらな部屋でワンカップ大関を飲んでいると、人間って、いきおいつけて無茶しないと意外と破滅しないものだな、とか、わたしは失業者として暮らすことになりましたから、と母親である鎌倉ばーちゃんに挨拶に行ったら、ばあちゃんが「あら、まあ」と言ったきり、なんだか面白そうな顔をして、漁師、なんていうのも、あなたには案外向いているのではないかしら、腰越の漁師さんに知り合いがいるから、お話ししてみましょうか?
と言われて閉口したことなどが思い出されて、酔っぱらってぼんやりしてきた頭で、
「おれはなにをやってるのかなあー」と考えたりした。

ことの初めは、当時はエズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」の頃で、大学のなかでも外でも日本人と言えば肩で風を切る勢いで、札束で頬をはたく風潮よりも、大学に合格した人間の胴上げを見ただけで、唾を吐きかけてやりたくなるくらいコンジョまがりの義理叔父は、なにしろ驕りたかぶった人間の顔というものを見るのがただそれだけで嫌いで、こんな社会は滅びてしまえばいい、なぜ日本みたいな社会が繁栄するのだろう。この世に神も仏もあるものか、と、自分の社会が繁栄することを呪うという、生まれついて非国民なもの思いにひたって、わしなら「ラッキー」とつぶやいて、ここを先途と稼ぎまくるが、義理叔父というひとは意外なくらい繊細で、なんだかうちのめされた気持ちで、
おれは、こんな社会で成功なんかしたくない、と思い詰めたもののよーだった。

「成功したくなかった」という言葉を義理叔父は使ったが、ふだんの言動から考えると、こんな非人間的な社会で生きていたくない、と思い詰めていたのでしょう。

義理叔父は、自殺がおおいことの解説に「不景気な世相」というようなものがはいると、よく鼻で嗤っている。
「カネがなくなって自殺するのは、ジジイだけさ」という。
若い人間は社会に絶望して自殺する。
前の世代の無関心と無責任の結果として自殺するのさ。
他に理由なんて、ありゃしない。

「そのときは外国に行こう、とは思わなかったんでしょう?」と、かーちゃんシスター、つまりは義理叔父のお嫁さんになった人でわしからみれば叔母が述べていたことを思い出して聞いてみると、その頃は、たとえば、東芝やNECの研究所に就職してアメリカに留学させてもらう、役人になって省から直截だしてもらうか人事院留学で出してもらう、そのくらいしかなかった、という。
「でも、鎌倉ばーちゃんの家、カネモチじゃん。出してもらえばいけただろーに」と言ってみると、おまえはひどいやつだな、という顔になって、ほら、Sさんているだろ?
とトーダイおじさん友達の、そのまた友達の、ワセダを出てテレビ局に就職してチョー美人の奥さんをもらった人の例をもちだして、あのひとはほら、おかーさんの家を二世帯住宅にして、オカネを出してもらって自分はポルシェを二年にいちど買い換えて、優雅な暮らしをしているじゃない、という。
ふんふん、と言って聞いていると、
「ああいう奴は、だいっきらいなんだよ」と突然言うので驚いてしまう。
きみが社会を観察するとだな、親が残すオカネを自分の一生の収支に勘定するコンジョの腐った奴が必ずいるが、ぼくはそういう人間が嫌いなんだ。

そーですか、というと、びっくりしたような顔でこちらを見て、ガメは平気なのか?
という。
ヘーキですね、わしは。
親のカネでも社会のカネでも、なんでも同じじゃん、使っちゃえばいいだけですよ、
と述べると、まったくおまえは、という顔をして絶句している。

ともかく独立心が強いんだか正義なのが好きだったかなんだかで、当時はチョー高かった留学というようなことは、思いつかなかったもののよーでした。

義理叔父がこの世界には80年代のジュエリー・マキのコマーシャルに出てくる、いかにもバブルっぽい綺麗なガイジンねーちゃんたち以外にも「外国」というものが存在するのだ、と意識しはじめるには、かーちゃんシスターが日本に留学するという大冒険にのりだして、東京にやってきて、ウエイトレスのアルバイトをしていたコーヒー屋で義理叔父と会う、という安物のハリウッド映画みたいな邂逅を待たねばならなかった。
(余計なことを書くと、かーちゃんシスターには「日本」と「フランス」というふたつの留学先の選択肢があったが、両親(つまり、わしのじーちゃんとばーちゃん)が、かーちゃんシスターがフランスの男なんかとひっついてしまったら大変だという判断によって、行き先として日本をアドバイスしたのだった。かーちゃんシスターが「日本人のボーイフレンド」をつくって帰ってきたときには、とてもとてもとても暗い顔をしていたそーでした(^^;) 

そのあと、我にも非ず、ひとめぼれしてしまい、焼き肉屋につれていって、チョー強い「真露」をボトルで頼んで、ストレートで飲ませて、あんなことやこんなことをしてしまおうというヘンタイ強姦魔なみのデートの計画を立てて、逆に自分が酔っぱらって気絶してしまい、身体は細っこいがスポーツウーマンのかーちゃんシスターに肩に担がれて、アパートまで運ばれたのは、前の回で書いたとおりです。
(前回記事には「居酒屋で焼酎」と書いてあるが、真相は「焼き肉屋で真露」だそーです。どっちでもいいけど)

義理叔父と話していて気が付くのは、このひとがはっきりと「1980年代の日本よりも、いまの日本のほうがずっと良い」と感じていることで、その判断には揺らぎがないようだ。
さすがに昔はよかった、というような単純な話を述べるひとはあまり見ないが、「いまの日本はダメになった」という、ほんとうに言いたいことの対偶ぽい表現で昔の日本はいまよりすぐれていた、と暗示するひとはたくさんいる。

Uさんというドイツ人のばーちゃんがいて、わしは仲が良いが、このひとは60年代からずっと日本に住んでいる人で、日本に滞在を始めた頃、小津映画を思い浮かべて、わしがうっかり「昔の日本と違って、いまの日本の人は容儀がわるいし礼儀もダメになったようだ」となんの気はなしに述べたら、竹の鞭で手のひらを叩く先生の厳しさで
「ガメ、日本人が文明的だったことは、いちどもありませんよ。あなたのような軽薄な外国人が、そういうことを言うから、日本人が平気で過去を美化してしまうのです。
ちゃんと、自分がほんとうのことを言っているかどうか考えてから、ものを言いなさい」と叱責されてしまった。
当時の写真をみたり、週刊誌を眺めたり、映画を観たりすると、なるほどUばーちゃんが言ったことはほんとらしく見えるが、義理叔父はそれとは別に、「60年代の中進国的日本」と「21世紀になってからの若い世代が『ふつーの人間』になった日本のふたつを評価していて、自虐的と言うべきなのか、自分の世代を含めた、まんなかの世代がつくった時代は、「ただもう『もうけたい』一心の、下劣で粗野な時代」と感じているようだった。
義理叔父の意見によれば、そろいもそろって人間打算機で、大学を卒業してもなお偏差値が62だから文三は行ける。おれは70あるから文一にいける、Kは65でも文一行ったらしいぜ、と高校の教室で述べていた、そのままの下卑た口調で、誰それは部長で600万円しかとれないが、これそれは銀行なので外為課長くらいでも1000万円越えるらしいぜ、と述べて、今度は、恥も外聞もなく年金が自分の懐にはいるように政治家を選んで投票し、放射能の害は50歳をすぎた人間にはないらしいと踏むと、安心が生じて、放射能の害を心配する母親や若い人間を足蹴にするようにして嘲笑する、という「自分達の自画像」であるらしかった。

日本がやっと辿り着いて、指のさきだけで文明世界にひっかかっているところまで来たのが、いまの30代の人間なんだ、と義理叔父はよく言う。
その30代から下の人間を守れるかどうかが、ぼくたちの世代にも価値が少しはあったかどうかの別れ道なんだよ。

どうしよーかなー、と思ったが、本人は怒るだろうがばらしてしまうと、義理叔父はマンハッタンの家から東京まで、「官邸前」の群衆
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/07/04/官邸前の愚者の群/
のひとりになるべくでかけていって、かーちゃんシスターを呆れさせたことがある。
もっと、ばらしてしまうと、このひとは、韓国人憎悪に反対する人波に加わるためにも、東京に飛行機で出かけた。

ほんとうの目的は目黒の「とんき」や有楽町の交通会館地下の「あけぼの」で、とんかつを食べたり、「お多幸」で、おでんをたべることで、デモへの参加は単なる口実ではないかとわしは疑っているが、しかも、行きも帰りもファーストクラスで、お決まりというか、わしのように足が長すぎて椅子にすわりきれないという正当な理由もなしにグリーン車だけに乗車して、デモに参加するのに一泊12万円のホテルに泊まり込んででかけるという、すんごい偽善者ぶりだが、しかし偽善も偽悪よりは遙かにましで、まして、なんにもしないでグダグダ言うのを世代的傾向とする傍観者世代の日本人としては、官邸まででかけようと思っただけで、偉いと言えなくもない。

「日本のひと」ということを考える手がかりにするために、決して良い日本人とは言われないが、いいとしこいて、良い日本人であろうとムダにあがく義理叔父について、もうちょっと書いておこうと思います。

(まだ続く)

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2 Responses to ギリオージ2

  1. コマツナ says:

    義理叔父さまについてがめさんがなにか書いているのを読むたび、ああ私は義理叔父さまのファンかもしれないな、と思ったりします。(いっぽうで、私からすると、年齢はがめさんよりは叔父さまに近いながら、社会的経済的には義理叔父さまは殿上人のような位置にいるひととおもわれるし、ファンなどと申し上げるのはたいへん畏れ多いことでございます。) 

    義理叔父さまとその奥さま(がめさんのかーちゃんシスター)のなれ初めから成就までのエピソードを知った時は、叔父さまの人柄や誠実さがそこによく表れていて、すごいお人なのだと感動したものです。 もちろん、がめさんとモニさんの出会いのときのエピソードや、どこであったか、がめさんが、ひとり、ある岬で深く決断したときのことなど、私はそこにがめさんらしさをとても感じました。(誤読していたらごめんなさい。)

    エリート養成大学?ではないので、叔父さまほど優秀とはいえませんが、叔父さまと同じような志を持ったおのこたちがいた時代を私も過ごしました。今はちょっとだけなつかしい。

    T洋E和女学院に男子部があったことは知りませんでした。むしろ叔父さまは、近隣の男子校A布校に通っていらしたのではと思ったり。私は女子校でしたので、そのころの男子校のバンカラぶりはうわさに聴くだけでしたが・・・・・。

    また叔父さまシリーズ、続けてください。がめの生い立ちシリーズも期待しています。

    • ledbatteries says:

      先輩後輩の情に絡めて採用活動をするのは今の日本でも健在ですよ。
      目下就職活動中の大学生より。

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