天若不愛酒

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酔って水に映る美しい月をとろうとして溺れて死んだのだ、と李白の死は説明されている。
李白、(酒)一斗、詩百篇といわれた詩人を悼んで当時のひとびとが作り上げた伝説だと疑う人が多いだろうが、李白という人を知れば、なんとなく、そんなこともあるか、と考えてそっとしておきたいような気がしてくる。
李白がアルコールの力で魂を、ふわりと中空に浮かせて、その浮揚のなかで詩を書いた詩人の典型であることは誰でも知っていることだからです。

日本にいて驚いたことのひとつは、日本の人が泥酔に近いほど酔っぱらう人が多いのに、暴力的にはならなくて、なんだか観ていて面白い酔っ払いかたをする人が多いことだった。
前にも書いたが、いちどは神田だったか新橋だったかの裏町で素裸になってアスファルトに正座している若い会社員に出くわしたことがある。
まったく何も身につけていない「素っ裸」で、眼の前にはきちんと折りたたんで積み重ねた下着と白いワイシャツ、スーツの上下と、靴下、ネクタイがある。
そうして何度も深々と頭を下げて「まことに申し訳ありません、わたしは酔っぱらってしまいました」と、誰にいうともなく、神妙にお詫びを述べている。
観ていて日本の人が好きにならないでいるのが難しいような光景だった。

ニュージーランドでは、(こちらも前に書いたが)よくて「ゲロ風車」で、小さめの人間に死ぬほど酒をのませておいて、デカイ人の肩にのせて、いわゆる肩車にして、デカイ人がその場でくるくるまわると、肩の上の酔っ払いが猛然と嘔き狂いだして、あたり一面「ヘド」の洪水になる。
これは、やってみてもなかなか愉しい遊びではあるけれども、やや旧風に属して、最近はもうちょっと殺伐として、オックスフォードテラスの、川辺に駐まっている自動車を押していって川に突き落とす。価格が高そうな自動車を発見して火をつける。
民家の屋根にのぼって瓦を破壊する。
駆けつけた警官隊をぶちのめす。
だんだん60年代の殺伐に戻りつつあるように見えます。

暗闇と暴力と酒は北海・北欧の文明とは切っても切れないもので、そのなかから、機械文明や一方の民主主義は生まれてきた。
いわばグレンデルの長い腕のひとふりでへし折られる「勇者」たちの首の骨の音から生まれた文明なので、酒を飲むとほぼ自動的に暴力的になる。

スウェーデンの法律では、ガールフレンドと金曜日のデートにでかけて、ベッドに一緒にもぐりこみ、所定の手順を経て、いよいよ核心に達したあとに、もの足りない感じがして、もういっかい相手の女の子のからだのなかに入り込みたい、と考えたときに言葉に出して相手の承諾をえないで実行すると、そのまま強姦罪が成立する。
ジュリアン・アサンジの事件のときに、それを知ったアメリカ人の友達が「それじゃ、アメリカ人はみんな強姦魔になってしまうではないか!」と述べていたが、その通りで、北欧で「強姦犯罪が目立って多い」ことの背景には、妻が夫に強姦されたと申告したら警官に大笑いされた(←実話)という日本の社会とはそもそも性犯罪というものへの認識が異なるということがあるが、昼間はみなで温容ニコニコなのに、夜になるとビール瓶が投げつけられて割れる音や、酔っ払いの雄叫びが街の通りにひびきわたる、という「グレンデル的暗闇」ということもあるのかも知れません。

B某という有名なアパートは1920年代に出来た典雅なアパートメントだが、このアパートの住民の歴史を読んでいると、UKやNZの60年代の(富裕な)酔っぱらい達というものがどういうものか良く描かれていて、あとで有名なファッションモデルになる女の子が正面玄関の階段に腰掛けて、生のベーコンをハサミで切ってかじりながら、ボーイフレンドたちがロールスロイスやベントレーに火をつけてまわっているのをゲラゲラ笑いながら観ている。
警官隊と乱闘がはじまって、当時一流ボクサーだった男が警官をなぐりたおして勝ち鬨をあげている。
そのうちに5階のテラスから4人の男がいっせいに放尿した結果の「雨」が刑事たちの頭に降りかかってくる。

日本では、われわれ日本人は酒を飲むマナーがなっていない、西洋人は酒に呑まれない、といいますね、と言われたことが何度もあって、こちらはアルコールでいろいろな方向に迷走しつつある頭を、ぼんやりと稼働しながら、「そんな西洋て、あったっけ?」と懸命に「西洋」を思い出そうとする。
あれも考えてみると、明治時代に酔っぱらった西洋人のあまりの暴力動物ぶりに辟易した日本のひとびとが、まず相手の目がすわらないうちに「西洋人は酒を飲んでも呑まれないのが偉い」と釘をさすことによって、日本のひとの体格では10人くらいでとりかかっても取り押さえられない(実際、1990年代に丸の内で酔ってコンピュータをぶん投げて暴れていたニュージーランド人のセールスマンを取り押さえるのに制服警官30人を要したという記事が残っている)剣呑な異人たちを牽制する知恵だったのではないかと思量される。

ツイッタで「酒は緩慢な自殺」と書いている人がいて、この人は「ネット智者」なので、ふーむ、とおもったことがあった。
父親の家系も母親の家系も、ところどころに大酒飲みがいるので、そういう家系のなかで勇名をとどろかせた大酒飲みじーちゃんたちの寿命を思い出してみると、妙に長生きで、実感として頭の中でクリックしない。
早い話が、義理叔父と並んで家中のジジ友人である大叔父は、一日に2、3本はワインを開ける酒飲みだが、もう80歳をすぎている。
このひとの昔の商売は大学の学長で、小学生の学芸会みたいなマンガ的な(学長だけが着用を許される)大礼服を着て人格者風にほんの少しだけ頭を傾げて温和げに微笑んでいる自分の写真を寝室に飾ってあるが、真実はとんでもない不良ジジで、世界のことで興味があるのは物理学と酒だけで、奥さんにも娘にも息子にもずっと愛想をつかされてここまで来た。
内緒ということになっているが日本語なので構いやしないやと思ってばらしてしまうと、実は大叔母は、夫があまりに家事を省みずに研究ばかりしているのでいちどは離婚して、しばらくしてまた(同じ相手と)再婚したことになっている。

大叔父は遊びに行くと、おおガメよく来たと述べて、いそいそとガレージ奥のワインセラーに手をひいて連れてゆき、何本か選ばせて居間に戻ってさっそく飲み始める。
講釈つきです。
「ぼくは、ほら、他のアルコール飲料は身体にわるいから赤ワインしか飲まないことにしてるんだ。それも、あれはポリフェノールだけの功徳ではないらしい。フレンチパラドクスは、いまもほんとうには理由がわかっていないのさ」と述べながら、ピノ・ノアールを飲み始める。食事中は、なにしろ巨大ステーキが好きなジジなので本人が特に健康によいと信じているオーストラリアのシラズも含めて「色が濃い」ワインを一本のむ。
それで暖炉のまえに移動しても、もちろんまだずっと飲み続けているが、いつのまにか手にもっているのがスコットランドのシングルモルトに変わっている。

「赤ワインだけ飲むのではなかったのでしたっけ?」と訊くと、自分の手に目をやって、「おお! 言われてみれば、ずいぶん黄金色をした赤ワインであるな」などと言っている。

大叔父のような親類縁者は、たくさんいて、「大酒飲み=長命者」という印象だったので、「飲酒は緩慢な自殺」というのがピンとこなくて困った。

わし自身は、単純に両親から受け継いだ習慣で、目が覚めて良く晴れた気持ちの良い朝だとベーコンやポーチドエッグが並んだ朝食にシャンパンをつけてもらう。
昼ご飯がリブアイステーキなら、やはりシラズをつけてもらう。
夕方、家のバーのカウンタごしにモニと話して遊ぶときにはコクテルをつくって飲むし、夕飯のときはまた、たとえば日本料理ならば水のような味の日本酒を一緒に飲む。
マジメに酔っぱらいたいときは、ラウンジでモニとふたりで、腰をすえて飲んで、そういうときは「酔っぱらう」のが目的なのでこちらは生(き)のウイスキー、モニさんは冷凍庫から取りだしたウォッカで、どんどん飲んで遊ぶ。

友達と酒を飲むときに観察していると、なんといっても大酒を飲むのは北欧人で、今週ニュージーランドに遊びに来たスウェーデン人とスコットランド人の夫婦は、モニと4人ででかけたレストランでワインを4本飲んで、宿泊している部屋に移動して6本飲んで、そのあとなぜかスーツケースから出てくるわけのわからない蒸留酒を延々と飲んでいた。
モニとふたりでタクシーで家に帰ったが、タクシーをモニが呼んだところからあとの記憶がなくて、これは教科書に出てきたアルコール依存症の症状ではないか、と自分で感心した。
南欧州人は飲み方がマジメで、ゆっくり、すこおおしずつ、丁寧に飲む。
年配のオーストラリア人やニュージーランド人がふだんはワインでも2杯を限度とする人が多くて、お行儀がいいのは、クルマを運転して帰らなければならないからでしょう。

日本の人と話していると、気が付くことがあって、たとえばある年長の日本人の友達は「この一杯、ほんの一杯で世界が愛せるのだから安いものだ」という。この人が大学で教えているのは医学なのに文学的です。
どうも「普段は到底うけいれられない世界をアルコールがはいるとやさしい気持ちで受けいれられる」ということが酒を飲むおおきな理由になっている人が多いようだ。

翻って我が身を鑑みると、「ちょっとパーになって楽しくなりたいだけ」で、散文的を極めていて、日本人のような文化性がまったく感じられないのはどうしたことか、とがっかりする。

暴力や憂鬱、怒りの爆発や動物化に直截むすびつく西洋的飲酒作法と水に浮かぶ月に手をのばす東洋的飲酒作法では勝負にならなくて憮然とした気持ちになる。
あるいは、非常によく知られているようにイギリスで「庶民の酒」がジンからビールに変わったときに劇的に暴力犯罪が減って街の治安がよくなったように同じアルコール飲料でも種類が異なるので酔いかたが異なるのかしら、と思うこともあるが、むかし義理叔父に、銀座の料亭に初めてつれていかれたときに、日本ではお行儀として、自分で盃をみたしてはいけないこと、盃を傾けるペースを、相手を観察して調整するのは年長者の教養のうちと数えられていたことなどをエラソーに述べた義理叔父の言葉をおもいだしてみると、もともと文化のなかで「酒」が占める位置が、個人の欲求による飲酒と社会からの要請による飲酒と呼びたくなるくらい違うのかもしれなくて、飲酒に限っては、まるで社会が自分にお酌をしてくれるような酒の飲み方も、案外いいかもしれないよなー、と思う。

あれがうまくいった、これが成就した、と述べあって、年がら年中、お祝いのたびにシャンパンを傾けているので傍からみればアル中なのではないかと思われるが、ま、楽しいからいいか、というアルコールで脳細胞の数が大幅に減少したひと特有のええかげんさで考えながら、酒を発見したことによって、酒がなければ短命に終わってとっくのむかしに破滅していたに違いない人類全体の文明の歴史は、どのくらい延命したのだろうと思いをめぐらせる。
ついでに、あの折りたたんだ服の前でお辞儀をくりかえす日本の若いサラリーマンの「作法」を身につければ、もう一万年くらい人類の歴史は寿命が延びるのではないだろーか、と思うのです。
(タイトルは李白、天がもし酒を愛していなければ、という意味です)

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2 Responses to 天若不愛酒

  1. Hypocrite says:

    Reblogged this on Hypocrite and commented:
    46歳にして最近お酒を飲むようになったので、考察として感慨深い

  2. じゅら says:

    「文化の中で『酒』が占める位置」を見て、かなり以前に読んだ「木綿以前の事」という柳田国男の本を思い出しました。あんまり内容を覚えてないけど、お酒やお酌に関する章があったような気がします。

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