In Dire Straits

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すっかり投げやりな気持になって、赤い岩のうえに寝転んで、マヌケなくらい青い空を眺めながら葉巻をふかしていた午後のことをおもいだす。
ラスベガスからクルマで30分くらいのところにある丘で、ぼくは大学生の頃、奇妙なほどその場所が好きだった。

ラスベガスに行くのはブラックジャックのためだったが、わるいシューにあたって、あっというまに数千ドルがなくなると、なんだか足下をすうううっと風が吹き抜けるような気がする。
今日は、もうここで席をたって、同じテーブルのひとびとに夜の挨拶を述べて部屋にもどったほうがよい、と思うが、飲み過ぎたカクテルも手伝って、また次のシューを待ってしまう。
数千ドルが数万ドルになり、十万ドルを越えて負ける頃には、もうすっかり気持は倒錯して自分が持つ有り金が早くすっかりなくならないかな、そうすればもうここにいなくてもいいのに、と考え始める。

大西洋を越えて家に帰るオカネどころか、来週の部屋代が払えるかどうかも怪しくなって、最後の100ドルチップをディーラーにお礼として渡してテーブルから立ち上がる頃には、きっとぼくは途方もなく青い顔をしていたのに違いない。

カシノにおける賭博は、家では悪い遊びということにはなっていなくて、「堅物」を絵に描いたような父親ですら欧州のカシノにはときどき出かける。

アメリカには存在しないが、VIPクラブには鏡の裏に警察の隠し小部屋があって、足下にポテトチップのかけらが転がっている警察官たちの横でカメラがまわっている。
「ガメ、きみが昨日握手していた、あの皮ジャケットを着た男は、なんと言って自己紹介したか知れないがモブの大立て者だから気をつけたまえ」というような電話がかかってくることがよくあった。

いつも会うたびに趣味の良い石鹸の匂いをさせている若い美しい女のひとがいて、若い人間はカシノには少ないので、自然とお互いを認識するようになって、カシノのバーのテーブルをはさんで食事をしたりするようにもなったが、ある日、こちらは以前から顔見知りの、やはり盛大な美人の、聡明で愉快なおばちゃんである売春婦たちの親玉に会うと、あなた、このあいだ、うちの子と一緒に食事してたわね。驚きました。あなたはわたしに向かって売春のようなものは嫌いだ、と言っていたじゃないの、あの子は昼間も仕事をするから石鹸の良い匂いがするのでしょう? と言われて、年寄りたちが述べるように、(しかも日本語でなら語呂まで合って)若者はなるほどバカモノなので、カウチに身体をまるめて、頭のわるいガキそのままに泣いたりしていた。

こうやって考えていると、大学生の頃の自分はいつもいつもバカで、いつもどん詰まりで、明るい場所に向かって歩いているつもりで、現実は地獄から地獄へ渉っているだけの揺れるタイトロープの上を、暗闇の向こうにあるのもまた地獄だと気が付きもしないで、自分では慎重をきわめたつもりの足取りで歩いていただけだった。

人間の一生なのだから、これから転落の一途をたどって最後は破滅する、という可能性は常にあるが、そうして、20年後の自分はもしかするとモニさんの実家の作男として寂しい後生を送っているかもしれないが、ここまではなんとなくつじつまがあってしまっていて、それがなぜかと振り返ると、(いつものように木に触りながら言わねばならないが)ただ幸運だったからである。

ヘロインに中毒して家族に内緒で身体を売ってヘロインを買い求めるカネを稼ぐ週末の安ホテルの部屋で無惨に殺された高校生を自業自得だと嗤える人間は、よほど現実というものへの想像力を欠いている。
クラブで出会った見ばえのよい、笑い方が少年のような男の子についていって、両親に内緒の初めての性的な冒険を企てた夜に、部屋についてみれば、そこには男達が待っていて、一生をまるごと破壊される長い夜を朝まで過ごさねばならなくなった17歳の女の子と、その自業自得を指弾する「良識のあるおとな」の女とのあいだには何の違いもあるわけがない。
もしあるとすれば、「良識」が年齢とともに沈潜したオトナの側の冷血だけであると思う。

若い人間の失敗を「自分に隙があるからだ」と糾弾しうる人間は、自分もかつてはちょっとsillyで、楽しいことが大好きな若者であったことを忘れてしまっているに違いない。
そうでなければ人間としての感情をどこかで落っことしてきてしまったのだろう。

売春を繰り返して自己嫌悪に駆られる若い女や、飲酒と麻薬の繰り返しから他人を誤って殺してしまって悔恨に駆られる男は、いつでもきみでありうる。
殺人の罪を犯す可能性のない人間など存在しない。
自分で自分を踏みにじる機会をもたなかった人間など、この世界にはいるわけがない。

ぼくは人よりも早く高等教育を受けはじめて、いろいろな学問に手をだして、オベンキョーの魅力に取り憑かれた数年を送ったが、一方では同じ自分が週末に酔っぱらって自動車をひっくりかえして火をつける高校生たちや、移民達の暴動に便乗して商店のウインドーを破って、ただ週末のスリルのために商品を盗み出す無職の人間たちが群れる街頭を歩いていた姿を訝しく思い出す。

何においても優等生的な日本のひとびとが聴けば大阪府警に通報したくなるだろうが、危険な地区を避けるどころか、夜更けの広場ひとつ横切るのでも、暴力と遭遇するのをいつも心待ちにしていた。
どんなふうに説明しても、判らない人には判るわけはないが、多分この世の中で最も恵まれた境涯に生まれたのに、ぼくは世界が嫌いだった。
どうしても好きになれなかった。
この世界が滅びてしまえばいいと思っていた。
壮大な破壊が起きて、この世界がまるごと滅びてしまえばどれほどいいだろう、と願っていた。
ただ、それを口には出さなくて、他人に不快感を与えない、きちんとした身なりで、話しかけられれば機知をもって答えて、話す必要がないときには、それが取り柄だと他人にいつもからかわれる、穏やかな微笑みを浮かべていただけで、心のなかはまっすぐに破壊の王がすむ暗闇につながっていた。

世界を破壊したい気持と世界を変革したい気持とは若い人間の心のなかではまったく矛盾しないで同居している。
中毒した人のように好きだった数学や賭博、常軌を逸した量の読書の泥沼にはまりこみながら、ぼくは気が付くと「おとな」の浜辺に打ち上げられていた。
長い失神から覚めた、考えの足りない青年の、その呆けた顔を不思議そうにのぞきこんでいたのがモニだったのだと思う。

結婚して、ふたりの「小さな人」があらわれて、なんとなくずっとふつーの人だったような顔をして、庭のガゼボに座っている自分を自分自身で眺めると、とてもヘンな感じがする。
人間の意思の主体性などは、そもそも存在しないのではないか。
それ以前に、いったい現実というものはほんとうに実質を伴った現実なのか。
自分は(必要ならば神と呼んでもいいが)誰かの妄想のなかに生きているのではないか。

人間が人間である理由は「終わりの無い議論」や「決して解答されることのない疑問」をもつ能力があるからだと思う。
なにを訊いてもただちに整然とした解答をもって応える人間などは、要するになにも自分の考えなどなくて、どこかのうさんくさい教室の片隅で教科書をあわてて暗記してきただけの人間なのだろう。

だから、ぼくは疎まれながらでも、ここにいつまでも立っている。
くぐもった声で、つっかえながら、しぼりだされるようなきみの吃音が聞こえるようになるまで。
「聴き取りにくい声」が聞こえる日まで。
きみとぼくが友達として出会える、その日まで。

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2 Responses to In Dire Straits

  1. コマツナ says:

    この記事は若い友人への手紙をそのまま記事にしたものとのことでしたが、若くはないわたしにも、なにかがまっすぐ響いてきました。 

    退職、母の他界、そのほかいろんなことが起きて、私は、たぶん今少し心が病気だとかんじています、が、これは自分でなおせるだろう、あるいは自然に治っていくだろう、ともかんじています。数少ない友人からのメール、便り、電話等々が、なんらかのかたちで私の力になり、そして時もまた味方となり、治っていくのだと思われます。そして、このようながめさんの記事もまた、わたしの今を励ましてくれるものとなります。
    その人自身は知らなくても、人って、ただ存在するだけで、誰かの励みになるのだなと思います。

  2. odakin says:

    ガメさん二人目かー。遅ればせながらおめでとうございます。俺の分もいっぱい授かってくれ。

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