ITARUさんのつくったドミュメンタリ「新日本風土記ー日本列島だしの旅ー」

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「Umami」は新しく英語の語彙にくわわった日本語由来の言葉で、日本語で文章を読む人なら意味は説明するまでもない。
英語世界では新しい概念で、第一、わしガキの頃は、「うまみ」や「だし」を「臭み」と感じる人が多かった。
21世紀になった頃から日本料理が急速に普及して、日本料理と言えば寿司のことだったのが、あっというまに「弁当」が普及し、「ラーメン」が人気者になっていった。

40歳をすぎて、成人病になると、アメリカの医者は「このままの食習慣だと死ぬから日本人が食べるものを食べろ」と言ったりする。
マンハッタン人の年長の友達で、医者の恫喝にしたがって、やむをえず日本食を渉猟することになって、いろいろ試してみて、「とんかつ」が気に入って、毎日アップタウンの和光が経営するとんかつ屋に通っているひとがいて、医者に体重が減らないじゃないかと言われて、「アドバイス通り日本食ばかり食べているが減らない」と嘆いている人がいるが、このひとはむかし肝臓を傷めて「一日にワイングラス二杯まで」と言われてワイン一本分がまるまるはいる金魚鉢のようなワイングラスを特注させて飲んだ(←わしの偉大な叡知による入れ知恵)のと同じひとなので、多分、なにもかも知っていてやっているのだと思われる。

健康が理由で流行になった日本食だが、流行してみると、「どんぶり」というようなものは便利で、どこの国でも主に韓国系人のビジネスだが、バッフェ式で、どんぶりにご飯をよそってもらって、ワゴンに入ったトッピングを、エビフライ、とんかつ、照り焼きサーモン、照り焼きチキン、とご飯の上にてんこもりにして、支払いカウンタにもっていく。
簡便なランチとして人気があります。

そうこうしているうちに日本へ行って「幕の内弁当」や「松花堂」を見てカンドーした人が出て来て、「Bento」を始めたが、これもあっというまの大当たりで、Filemaker社の簡易データベースのソフトウエア名にまでなった。

ほとんど真打ちのようにして登場したのがラーメンで、マンハッタンにいるときには、チェルシーとビレッジのボーダーくらいのところにある家を出て、ユニオンスクエアを通って、イーストビレッジに歩いて行くのが最も頻繁な散歩コースだが、途中に出来た「一風堂」
http://www.ippudony.com
はいつみてもものすごい行列で、ぶっとんだものだった。

東京にいるときには、ラーメンはあんまり好きでなくて、義理叔父と酒をのみにいくと、なぜかこのひとは酔っぱらったあとにラーメンを食べたがる人で、わしは酔うとチョコレートかなんかチョー甘いものが食べたいのに、ついでに言うと、いいとしこいてひとりでラーメン屋に行くのはさびしいらしくもあって、ねー、ガメ、一緒に行こうよ、ね?ね?
もちろんおごるし、帰りのタクシー代も出してあげるからさー、と女衒のような口調で、わしをラーメン屋にたらしこもうとする。
香妃園の鳥そばから始まって、時間が早ければ(いまはもうないらしいが)品達のくじら軒、はては深夜の全然わけのわからないラーメン屋に至るまで、ラーメンがあまり好きでなかったのに、よく思い出してみると案外あちこちのラーメン屋に行っているのはそのせいである。
午前3時の森閑とした広尾山に降りたって、ガリガリくんをかじりながら、またラーメンを食べてしまった、なんということだ、と我が身の悲運をなげいた。

こんなもん、なんで日本人は好きなのかなー、と思っていたラーメンはしかし、そう思っているわしをおいてけぼりにして、あっというまに世界じゅうで大流行になってしまい、ロンドンにも、おパリにすらラーメン横丁が出来て、マンハッタンでも一風堂は行列が長くて嫌なので、ずっと先の「せたが屋」
http://www.ramensetagayany.com
に歩いて行かねばならない。

こういう日本料理の大流行は、要するに、それまでは野菜とチキンとビーフの「ストック」くらいしかなかった「だし」や「うまみ」に目ざめたからだと思われる。

世界で最も味覚が保守的なのはスペイン人だと思われるが、やや開明的なバルセロナですら、中華料理はディアグノルに一軒あって、ほかにもどこかにあったかなーという程度で、インド料理屋に至っては年がら年中つぶれている開店ホヤホヤのインド料理屋が合計3軒存続している瞬間があればよいほうで、タイ料理ですらフィリピン人たちがやっているブッダバーのパチモンのような店が流行っているだけで、ながいあいだ「アルデンテ」の観念が存在しなかったイタリア料理店はいくらかあるが、残りは殆どスペイン料理で、アジア料理にいたっては日本料理だけが例外的に繁栄している。

流行、という段階は終わって、日本料理は定着して、どこの国でも生活の一部になっている。
英語でbuckwheat noodleと言われると、馬さんかなにかの食べ物のようで、「ほんとうに食べられますか?」と訊きたくなるが、「そば」も「うまみ」のおかげで、マンハッタンにもおいしい蕎麦屋が出来ている。
わしは「ココロンそば」
http://cocoron-soba.com/index.html
が好きだったが、Sobakoh
http://www.sobakoh-nyc.com
もうまいと思う。

両方とも、なんだか日本でもたくさんはない上品な蕎麦です。

ITARUさんのドキュメンタリは、初めに本枯れのカツオブシがでてきて、それから羅臼の昆布、縄文時代のダシの中心だった河豚、… と出てくるが、たとえば昆布ならば英語ではseaweed、「海の雑草」というくらいで、食べられもせず、役にも立たない害草がweedの定義なので、ほんとうをいうと「seaweedを食べる」というのは論理的矛盾、よくて差別表現である。

厨房にでかけて、自分の家の料理をつくってくれる人と話してみたら、枕崎の本枯れ節がちゃんと取り寄せてあった(^^
昆布はなくて、「だって、あれは放射性物質で危ないでしょう」ということだった。
調べてみるとオークランド工科大学が、いままでは毒草あつかいになっていて、採取することそのものが違法だった昆布とワカメを養殖する研究が去年から始まっていた。
西海岸のわさび農場と並んで、やはりアメリカや欧州での需要のおおきさを聞き及んで大学と政府の支援で事業化するものであるらしい。

ITARUさんのドキュメンタリを補足すると「うまみ」はアジア的なもののなかでも海洋と関連が深いもので、たとえばスリランカのひとはカレーに打ち砕いたカツオブシをいれるので有名である。
タイ料理もナンプラーがある。
ベトナム人もニョクマムが大好きで、ぬるぬるした魚をとっては、「だし」にしていた大古のアジア人の姿が目に浮かぶ。

一方でアジア料理なのに、まったく「うまみ」「だし」のない文明も存在して、四川料理は、「本格四川料理」を食べるとみなびっくりするが、山椒で食べさせる、といえばいいのか、たとえば本来の麻婆豆腐は、カアアアーンとカタカナで音がしそうに辛くて、「うまみ」というような柔弱な感覚は拒絶している。日本やマンハッタン、ロンドンにある、あの辛さのなかからうまみが響きだしてくるような麻婆豆腐は、要するに日本の味で、ダラスのわしがよく行った中華料理屋のおっちゃんに訊いたら、なんのことはない、おっちゃんは昔は横浜の中華街で修行した人だった。
クライストチャーチでうまみのある麻婆豆腐を出していたひとも同じだったので、案外、大半がそういう事情によっているのかもしれない。
内陸人はうまみなど、取り立てて重視しないのは、つまりは魚と縁がない、ということなのだろう。

ニュージーランド人がMSG(化学調味料)を、ことさらに嫌って、また敏感でもあって、わしもそうだが、舌がしびれて、頭痛がしたりするのは、「うまみ」とは無関係に育ったことと関係がある。
MSGは「味の素」の昔から「うまみ文化圏」とぴったり重なる文化圏で広まった。
いまでもハウィックという中国の人が多くすむ町の中華料理屋街に行くとテーブルの上に味の素がはいったコンテナが置いてあるが、タイ料理屋でも、タイの人がよく行くような店では砂糖だと思って油断してかけると味の素であったりする。
なにしろ家庭用に40kg入りの味の素のバッグがあるくらいなので、中国の人やタイの人のMSG消費量のすごさは想像がつく。

そうして言うまでもなく、ここで「中国の人」というのは広東人や香港人で、やはり「うまみ」文化で育ったひとびとである。

話の内容から言って注意して、名前を書くべきでないと思うが、ひとり一食で6万円くらいとる日本料理屋で、特別につくってもらった茶碗蒸しを食べてヘンな顔をしていたら、「たいしょう」がカウンタの向こうから眺めていて、「ふふ。ガメには、やっぱりばれるか」という。
日本のお客さんはね、最後に、ほおおおおんのちょっとだけ味の素をいれておかないと、今日の料理はキレがない、って言うんだよ。
ガメには、おかーさんおとーさんと同じに味の素なしでずっとだしてたけど、ふつうと同じにしたらどうだろう、と思っていれてみたんだが、判るんだな、と興味深げに述べている。

ニュージーランドでの食生活には、味の素がまるきりないから、日本にもどってきたばかりだからではなかろーか、いわば化学調味料が「ぬけた状態」なのかもねと言ったら、てっきりそれだ、と言って膝をたたいていた。

ITARUさんのドキュメンタリにも出てくるが「うまみ」は人体からすると脂肪の代用で、人間の肉体が脂肪を求める欲求を現実の脂肪のかわりに満足させる効能がある。
人類の長いビンボ時代が終わって、十分に食糧がなかった頃にデザインされた人間の味覚に忠実に摂食行動をとっていると、ぶっくぶくに肥って死ぬしかない現代人にとっては、おおげさではなくて福音であることが、つまり、日本食のブームになって、定着したのだと思われる。

ITARUさんのドキュメンタリ「新日本風土記ー日本列島だしの旅ー」は、音楽もナレーションも嫋嫋として、情緒過多で、そういうところがちょっと苦手だが、それはNHKという定型ということなのだろう。
わざわざ録画DVDを送ってきてくれたITARUさんに、どうおもった?と訊かれたので、「フランスとかでも受けるとおもうんだども」と応えたら、ITARUさんたちは、とっくのむかしにフランス国営放送と一緒に番組をつくってしまっていたので、玄人に意見を述べる素人らしい恥をかいた。

ITARUさん、今度、もういちまいのDVDのほうの感想も書くからね。
こーゆー、外国人では思いもつかない高精細な感受性と知識で描かれた「うまみ」の話は、たとえばロンドンのシェフなら10回は繰り返し観たいと願うていのものなので、どこかと契約してアーカイブに放り込んでおくと、欣喜雀躍するひとがたくさんいると思う。

だいさんきゅ。

(画像はスペインの「うまみ」料理の代表「パエリア」)

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