日本という思い出のために

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福島第一発電所の事故が起きる前は、一年のうち3ヶ月くらい日本にいてもいいなー、と思っていた。
付き合いの長い友達はおぼえているに違いないが、東北大震災が起きるちょうど一年前くらいに、ぼくは日本の家を引き払おうと決めた。
理由は「退屈だったから」で、日本が退屈な国であるというよりも、自分がやりたいことが日本では出来ないから、と自分では思っていた。
いま考えてみると、もしかしたらすべりひゆ(←イタリアに20年くらい住んでいる日本人の友達です)が述べていたように、自分で認めないだけでホームシックだったのかもしれない。
もう最後のほうは、どうにもこうにも日本にいるのが嫌で、十全計画に従って立てた5年間11回の遠征プランに従って、なんだか意地みたいになって日本にいたが、いま考えてみると、すべりひゆが言うように、また日本に行けばいいだけのことで、さっさと連合王国なりニュージーランドなり、自分がほっとできる英語国に帰ってしまえばよかったのであると思う。

日本はふらふら歩きに良い国で、たとえばモニとぼくはよく銀座へでかけて「デパ地下」をうろうろした。日本という国は、ドアの開き方、指を立てる代わりに折る数の数え方、こっちに来いという手振りがさよならの身振りだったりでいちいち西洋と逆で面白い国だが、試食できるものと出来ないものまで逆で、ワインやチーズは全然ダメか、冗談なのかとおもうほどちょっぴりしか味見させてもらえないが、寿司のようなものは、お腹がいっぱいになりそうなほど食べられたりする。
佃煮のようなものは、うーん、ほんとうにこれ食べられるのかな、と思うものが並んでいたりするが、どういえばいいのか、並び方が綺麗で、上品と呼びたくなるほどで、どうして日本人は食べ物のプレゼンテーションがこんなに上手なのだろう、とよくモニとふたりで話したものだった。

いまはもう売ってしまった広尾山のアパートから、暑くなければ歩いて青山によくでかけた。
東京は冬ならば歩くのにとてもいい町だが、シンガポールと同じで、頭で考えているときには、あそこを散歩しよう、ここを散歩しようと思っていても、いざ実際に着いてみると、どうにも暑くてタクシーを使う以外には方法がなかった。
日本の暑さは湿気のせいなのか、深刻で、ぼくはほんの5分くらいも歩くと、気分が悪くなって、よく嘔いたし、モニのほうは一回の滞在に一回は救急車で送られる始末だった。
日本にはラムが少なくて、牛肉はなんだか怪しい感じがするので避けていた。
ひょっとすると、暑さに奇妙なほど弱いのはそのせいかと考えて赤肉の代わりに蕎麦を食べることにしたら、最後の夏はふたりとも割合平気だったので、ミネラルのなかになにか特に足りないものがあったのかもしれない。

白木のカウンターに腰掛けて、顔見知りの料理人のおっちゃんと話をしたり、もちろん読もうと思えば「お品書き」を読めたが、めんどくさいので、あんまり何も言わなくても、こちらの好みをおぼえていて、「次はひろうすにしますか?」というようなことで、次から次に作ってくれるのは有り難かった。
日本酒は、水のようで、びっくりするほどおいしい飲み物で、特に「立山」と「樽菊正宗」が好きだったが、よく飲み過ぎてモニに笑われた。

夜更けに歩いていて、最も安全な感じがする都会はマンハッタンであると思う。
子供のときは両親がよく東京の安全な夜について話していたが、おとなになってからは、特にアメリカ人やオーストラリア人の女のひとびとから、嫌な話をたくさん聞いていたので、東京がいわれるほど安全な町ではないのが判っていた。
それでもロンドンやシドニー、オークランドの中心部のように、危ないのか危なくないのか、そもそも夜遅くにでかける習慣がない町よりは安全だと感じていたし、そんなことをいうと日本のひとにちょっと悪いような気もするが、なにしろ歩いている人がどのひとも物理的にとても小さいので、舗道で、ぶつかってすごまれたりしたこともあるにはあったが、子供にすごまれているような気持がしてふきだしてしまったりして、危ない危なくない以前に現実の町のように思えないところがあった。

ものごとに対する考えがいいかげんなので、ぼくは、他人について「表面がちゃんとしていれば頭のなかで何を考えてもいいや」と思うほうである。
ほんとうは純真だが態度が悪い人間より心のなかは邪悪そのものでも礼儀にかなった立ち居ふるまいが出来る人間のほうが遙かにのぞましい。
どんなに良いひとでも、食べ物をくちゃくちゃ音を立てて食べる人とは自然と二度あうことはないし、なれなれしい人間ほど話していてつまらない人間はない。

あとで遭遇したインターネットでの激しい嫌がらせを考えると、なんとなく日本の人の内心と外見の相関は想像がつくような気がしたが、眼の前にいる日本人は、常に折り目正しく、きちんとしていて、親切を極めていたので、ぼくはいまでも日本人は好きである。
なぜ可笑しいのか判っているように見えないのに周りが笑うと一緒に、さも可笑しげに笑ったり、よく判ってくれていないのに、頷いたりする人は多くて、奇異な感じがしたが、しかしそれも日本という文明の一部なので、気になるということはなかった。

日本語インターネットは「本音の世界」と見なされているらしくて、ニセガイジンだ、外国人がそんなに日本語が上手なわけはない、とよく言われて、数えてみると、この集団のひとたちはもう5年間もストーカーで、どういう種類の情熱なのか考えていて不思議な気がするが、友達たちと話して反応がみたくて、怒った「ふり」をしてみせたりすることはあったが、いまではばれている通り、別にたいして嫌だったわけではなかった。
日本語世界にとっては、ぼくが知っている人から「真剣に自殺を考えました」というemailが来たりしていて、特に「はてな」コミュニティに屯しているようなひとたちは、もう少し自分のやっていることを考えてみればどうか、あるいは、どんな社会の言論においても最も重大な「ふだんはものを言わないひとたち」の、でかかった声を塞いでしまっている、いまの集団サディズムがまるごと横行する日本語インターネット世界では、「聴き取りにくい声」がちゃんと聞こえてくるような世界は夢のまた夢で、それが夢でおわっているうちは、たとえば言論の自由にも表現の自由にも何の価値も無いことに気が付いたほうがよいとは思う。

ぼく自身は、日本語を使って考えているときだけ存在する、まるで自分にとっては見知らぬ他人のような、ガメ・オベール、大庭亀夫というダジャレでつけたふざけた人格が攻撃されているだけのことで、怒れと言われてもどうもピンと来ない。
戦争中に砲兵士官で、ジャングルを疲れ果てながら行軍して、ただ飢えのなかで歩き回るだけのことで戦争が終わってしまったひと、という認識しかなかった山本七平と同じことだというひとがたくさん来たので、そのひとたちが口にするイザヤベンダサンという筆名の「ユダヤ人論」のようなものを飛ばし読みに読んでみたが、ぼくの感想はユダヤ人の聞き書きなのではないか、という頭のいかれた感想で、「イザヤベンダサン」といういかにも初めから誰がみても「わしはニセガイジンだよん」な名乗りをみても、名前をだしたくない日本通のユダヤ人が話したことを日本語で書いたように見えた。
もうひとつよかったことは、山本七平という複数の角度からものごとを観察するという日本人には少ない才能を発見して、最近日本語を読むのがめんどくさくてたまらないので、まだ読んではいないが、いつかは読む日本語の本として、出版されているこのひとの本は全部買いこんだ。

親日反日というのは、最後まで自信をどうしても持てなかった日本のひとたちが、廊下のつきあたりの薄暗い隅の鏡に映った自分の姿に一喜一憂する自分の影への気の毒な反応にしかすぎない。
言葉として、ほとんど意味が不明な「反ニュージーランド」はもちろん、世界中で圧倒的に憎まれてきて、憎まれることを当然とおもっている連合王国人ですら、誰かが「反英」か「親英」かなど考える習慣をもたないことをおもえば、ハリウッドの女優たちですら、たとえば反捕鯨反イルカ漁への発言をもとにして、誰が親日で誰が反日かを分類しようとする、日本の人たちの姿の悲しさ寂しさは文字通り筆舌につくしがたい。
全国紙まで取り上げる「テキサスおやじ」の国民的な人気にいたっては、物悲しいというよりも、悲劇そのものに近い感じを与える。

日本が豊かで平穏な社会を築きながら、まるで未開な国の社会のようにふらついたり激昂したりする不思議で病的な症状をみせるのは、やはり日本語という壁にとざされているからだろう。
日本のひとの、たとえば、このひと
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n272325
などは特に排外的な意識もなく、ものごとを中立に観ようとしている姿勢がわかるひとで、実際、この「日本人が海外旅行をしなくなった20の理由」も、日本のひとには多い意見をまとめているだけに見えるが、
「外国人は特殊な体臭のつよさがあるから」と当然のように述べてみせたりする、ごく自然な人種差別意識や、ゼノフォビア、自分と変わらない人間としてどうしても女びとをみることができない文明の性質としての女性差別、というような日本語人の特徴がよく現れていて、豚肉や牛肉を材料にケーキはつくれないというか、もっと直截に日本語で暮らしていては世界をみることはできない、と簡明に言ってみるべきか、
たとえば「日本のレストランは世界一おいしく、リーズナブル」というのはほんとうではないが、この部分が「ほんとうでない」とあっさり納得できるひとは日本に住んでいるひとでは海外に何年も住んだ人も含めて存在しないのではないだろうか。

日本が好きなのは理由は簡単で「他と違うから」である。
Westfield
http://corporate.westfield.com/properties/us/
というモールがある。
最近はロンドンなどは高級路線で違いを出そうとしているようだが、基本的にどこに行っても同じで、観ているだけでうんざりする。
Vodafoneのような携帯電話のキャリアショップがあり、日曜日も開いている銀行が軒をならべ、巨大なスーパーマーケットが二軒両端にはいっていて、マクドナルドやKFCがあるフードコートがあり、Kマートがあって、SwarovskiやThe Body Shopがはいっている。
子供のときから較べても、グローバリズムなのか、神様がめんどくさくなってコピペの悪臭に染まったのか、世界はだんだんどこもかしこも似た場所になってきて、郊外の住宅地に行くと、いったい自分がロンドンの郊外にいるのかシカゴの郊外にいるのか、ぼおっとしていると判別がつかないことがある。

だが日本という国は、他とはまったく異なる国で、日本語の先生は「日本をことさらに異なる国と考えるのはよくない」とよく述べていて、なるほどそーか、と思っていたが、最近は、思い出していて、でも先生、日本はやっぱりものすごく他と違うけど、と思う。
そうして、「他とものすごく異なる」ことは、どうしても、良いことなのでなくてはならないのはほとんど当たり前である。

韓国や中国の悪口雑言に満ちた新聞社のサイトを眺めていると、そのなんとも言えない品のわるさに気分がわるくなる。
他人の目ばかりが気になって、自分でほんとうはどんな自分でいたかったのか忘れているようにみえる若い日本人たちの発言を読んでいると、なんでもっと普通にやらないのかなーと思う。
考えてみると日本は「自分だけがこの世界で異なる」ということに気づいて、動揺して、気を取り直して自信を取り戻そうとしてみたり、不安に陥って泣きたい気持になったりしているまっさいちゅうなのだろう。

他人事だとおもって気楽なことを、と言われそうだが、やはり日本には「世界と違う場所」であって欲しい気がする。
それはきっと世界に対しても善いことであるはずで、やがて親日でも反日でもない、日本をあるがままに見られる「ガイジン」たちがやってきて、人間はすごいな、と考える日がくると思う。
そのとき初めて、日本人も近代のドアを開けたときに、そもそも日本がなにをめざしていたのか思い出すのだと思います。

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One Response to 日本という思い出のために

  1. 眠り頭 says:

    五年くらい前、僕がまだ学生だった頃、自分が属する日本の文化や社会をはかりかねて、散々悩んだ挙句、「かくなるうえは海外にいって比べて見るしかない」と思い詰めて交換留学プログラムに応募した。(海外に行くくらいの事で「思い詰めて」、というのが今思うと笑ってしまうけど)

    僕はそれまで日本の外に出たことが無く、数人の中国人や台湾人の友達の他は日本人でない友達がいなかったので、頭の中に「日本人」「外人」という区分けがかなり強固にあった。 まさか、ある種の人たちのようにネット上で、或いは往来で「外人は出ていけ」などといったりはしなかったが、例えば上のリンク先のような文章を読めば、何の疑問もなく、「そういうものだろう」と納得していただろうと思う。

    海外に行って、生活して、あちこち行ったり、世界のあちこちからやってきた色んな人に会ったり、友達ができ始めて、その友達となんやかんやするようになるとある事実が自然とわかってきた。
    「ガイジン」というのは実際には存在しなくて、そして「ナニジン」というのは全く本質的なことではなく、便宜的な属性にしか過ぎなくて、世界にはただの「人」しかいないという、考えてみれば拍子抜けして終いにはうんざりするほどに当たり前の事実。 日本にいた時と何も変わらない。 ガメさんがいつか書いていたように、賢いやつもおればアホなやつもおる。馬の合うやつもおればそうでない奴もおる。親切な奴もおれば嫌なヤツもおる。おもろいやつもおれば詰らん奴もおる。要領のいい奴もおればどんくさい奴もおる。
    ほんとうに変わらない。(まぁ一方で、日本の、言葉や文化として保存されてきた集団が共有する記憶みたいなものがあって、いまでもそれが時折、心の中に亡霊のように現れては自分を苦しめたりはするけれども)

    「百聞は一見に如かず」という、自分としては別に好きでもなんでもない言葉があるが、この時は「ほんまやん」と思った。
    おっさんとかじーさまが描いた「日本とは」というような勿体ぶったタイトルのハードカバーの本をアマゾンで注文して読んだりして、うじうじ考えて悩んだりしていた自分が超絶馬鹿らしく思えて、情けないような変な気持ちになったのを覚えている。 部屋で考えているより身一つでひょいっと日本でない場所に行った方が日本というものがよく見える(ような気がする)。 人の話はあてにならねぇ。本なんぞ買わずにそのお金でうまいもんでも食べればよかったのだ。そのほうが幸せになれる。

    ネットで愛国心とか売国とかいって、じーさま妄想に惑わされてる若い日本の人も、本読んだりネットばっかやってないで飛行機のチケット買って「ちょっくら見てきてやるか」って軽いノリでいってみればいいのにと思う。 大体のひとは、「なんだ同じじゃん。おれあほくせぇ」ってなると思うなぁ。 そうなってはじめて、しゃっちょこばらずに見れば見るほどヘンテコな自分たちが育ってきた文化を「変だけどまあ面白いからいいじゃん」となんとなく自然に肯定できるようになるのだと思います。 明治や大正、昭和の頃に比べて多分、状況は随分変わっていて、愛国だとかナニジンといって個人が身構える必要はもうあまりないのだから。

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