Daily Archives: May 9, 2014

「艦これ」の此岸(その1)

BBCやPBSの「太平洋戦争特集」を観ていると、日本側の「常識」と随分異なる認識があちこちにでてくる。 日本語の書籍に出てくる「アメリカ側の観点」は注意して読むとほとんどがSamuel Morisonの「History of United States Naval Operations in World War II」 http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_United_States_Naval_Operations_in_World_War_II_(series) に準拠している。 「History of United States Naval Operations in World War II」が企画されたのは1942年で、刊行は1947年から1962年に行われたので、1942年に企画されたことからはシリーズ全体の姿勢が、1962年に最後の第15巻が発行されたことからは扱われた現実や証言が、まだ戦争の記憶が生々しい一方で、将校間の遠慮や、まだ発見されていなかった事実、政府が公表を望まなかった事柄は記載されていないことなどが容易に想像される。 半藤一利が日本でよく攻撃にさらされるのは、「足をつかって本人に会いに行って取材する」という「調査取材」をメインにした戦争記録の作り方をしたのが、ちょっと驚くべきことだが、この文藝春秋社の編集者だった人だけだったからで、文春の人に聞くと、それでも人間と人間の関係が理由で公表できなかったことがたくさんあるようだが、たとえば帝国陸軍のみならず海軍までドイツとの軍事同盟に急速に傾いていった理由が「美人をあてがわれたから」だったというようなことは、半藤一利の対面取材がなければ永遠に活字記録の下に埋もれて日の目を見なかったに違いない。 ナチはヨーロッパでは当時からよく知られていたことで、高級売春婦から美人でお行儀がよい人間を選んで「某公爵夫人」というようなことにして、外交官や武官、軍人を籠絡するのが常套手段だった。 昭和天皇が松岡洋右を指して「ヒットラーから何か便宜をうけたのではないか」と怒りの言葉を述べたのは、言い方が婉曲なだけで、かねてから欧州の外交事情を聴いていた昭和天皇は、今日受け取られているより、ずっと具体的な危惧を述べたのであるにすぎない。 日本側では書誌ベースに終始して、簡単に言ってしまえば、戦争取材はどんどん薄っぺらなものになって、間近な歴史でいえば福島第一事故というようなものを観察していればわかるとおり、都合の悪い記録はどんどんなかったことにされ、書き換えられて、つい先週でもマンガ家が「福島に行ったら鼻血が出た」と書いたくらいのことで大臣が「不快感」を示したり、たいへんに日本ぽい「福島人に悪いとおもわないのか」の輪唱が現れたりして、歴史というものは何が記録され、何が葬られるのか、間近に観られて興味深い。 BBCやPBS、あるいは大小の英語メディアは方法がいわば日本人とはまるで反対で、個人へのインタビューを中心に事実を掘りだしてゆく。 戦争のようなものは特に有るはずのない記録が存在し、なければならないはずの記録が紛失されていて、極めて簡単明瞭に見える事実さえ、実際にインタビューを行ってみると、意外なくらい模糊としている。 はやい話が、戦場では将校ですらどこで死んだのか、あるいはほんとうに死んでいたのか判然としないことが多い。 日本側で有名な逸話のひとつである「リンドン・ジョンソンが乗っていたB26マローダーを坂井三郎が撃墜しかけた話」でも、そもそもその空域にリンドン・ジョンソンが視察に飛んだ事実そのものがないという人もいて、アメリカ側と日本側の証言を照らし合わせても、ほんとうのことがはっきりしない。 そして、そういう錯綜した事実のなかにわけいっていくためには、書誌よりも個人へのインタビューのほうが現実に近づけるのは犯罪捜査のような作業とあまり変わらないように思われる。 真珠湾攻撃についてアメリカ側の本省課長級へのインタビューを観ると、開戦陰謀説のようなものは、仮にそういう「気持」が存在しても、主因ではありえないという印象をもつ。 日本が攻めてくるわけはない、と蔓延した気分のようにして思い込んでいた理由は、 ひとつには「ただの人間を神様だとおもっているような未開な連中が、そんな近代思想を前提にしなければ計画を組織できない複雑な作戦を実行できるわけはないと思っていた」というようなものが多くて、日本側で印象するような人種差別意識が前面に立った「日本は遅れた国だ」という意識よりも「天皇=現人神」国家体制であることを理由として述べる人が多くて、戦後の天皇処刑中止につながる、日本人=天皇絶対崇拝者のイメジがこの頃からのことだとわかるが、インタビューを観ていて気が付くのは、どうやらアメリカ海軍においては将校教育の一環として日本のシステム化された国家神道ネットワークをインフラストラクチャとした絶対天皇制を教えていたらしいことで、靖国神社に対する日本人とアメリカ人のいまに続く印象の違いは、こういうところからすでに始まっている。 もうひとつの、軍令側の艦隊側とのインターフェースにあたるくらいの若い軍官僚達にとってはより大きな説得力をもっていたらしいほうの理由は「日本の艦隊は侵攻艦隊阻止の迎撃艦隊で、そもそも技術的な仕様がハワイ攻撃にでかけられるように出来ていない」というもので、こっちは詳細なインタビューであるほど現実味を帯びている。 まず艦隊としての航続距離が日本海軍の艦隊は短い。 もう少し正確に言うと個々の艦船はおおきな艦艇は8000海里内外だが駆逐艦程度では5000海里あれば良いほうだったはずで、そうであれば必須の洋上補給のための体制が貧弱であった。 艦隊として商船ルート・補給船保護を根底的な目的とするイギリス海軍のような「巡洋型」の艦隊と異なって、近海防御型というか、日本海軍はすべての艦船が、要するに太平洋を西に侵攻して日本をめざすアメリカ海軍を近海で撃滅することに特化されていた。 … Continue reading

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