Can’t Stop the Beat

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人間はアフリカに帰ってゆくのだとおもう。

もじんさんというツイッタの友達の引用に手をひかれて日本語世界では有名だというブロガーの文章を読んでいたら、バックパッカーとしてアフリカをめぐってアフリカ社会をよく知っているのだというそのひとは、「アフリカは手が付けられないので西洋諸国の手にもどすべきだ」と書いてあった。

レソトの闇は深くて、月のない夜になればなにも見えない。
ミシシッピ人のJたちは、土嚢の上から顔を半分のぞかせて、じっと週末の学校の門を眺めている。
やがて、凝視する双眼鏡のなかに黒々としたカーペットのような広がりが見え始めて、それがいっせいに立ち上がると喊声をあげて校舎めがけて走ってくる。
制止しようとすると、ショットガンやAK47の射撃音が聞こえ始める。
教師達も機関銃座にとりついてブローニングをぶっ放し始める。
12.7mmの重機関銃音が夜空を引き裂くと、やっと退却するのだそーでした。

「それが毎週末だから、嫌になっちまうのさ」とJは、いかにも「チャーチピープル」のひとりらしい穏やかな笑顔でいう。
山賊、なんですか?
と子供のぼくが訊くと、「そーなんだけど、いわゆる生徒の父兄、っちゅうひとびとと顔ぶれは同じなんだよね」とJがこたえて、レソトの教師仲間だったMが横で、堪えられない、というふうにして大きな声で笑う。
最期は「勉強なんてしたくない子供たち」と「子供という労働力を学校にとられたくない親たち」が白昼に大挙してやってきて、校舎に鉤綱をかけてひきたおして、彼等の「ボランティア教育事業」は「物理的に」終わったそうでした。
それなのに彼等がいっこうに「アフリカ」に対する敬意を失ったように見えないことがぼくには不思議だった。

コンゴ人の夢はフランスに行くことである。
フランスへ行くことが人生のゴールで、そのオカネをつくるために、子供のときから、盗み、恐喝し、身体を売り、火をつける。
「フランスへ行けば食える」
繁華街の通りから外れた路地で、たき火を囲みながら、「フランスへ行った自分」を空想するコンゴ人たちはいろいろなドキュメンタリで見ることができる。
フランスへ行けばすべては解決する。
アフリカとさえおさらばすれば、おれは人間として生きられる、と目に涙を浮かべて語るコンゴ人は見ていて痛々しい気がする。

性器を切り取られる習慣が嫌さにたったひとりで夜更けの砂漠を歩いてわたって逃げる少女や、ただ殴られるためだけに「結婚」させられた10歳の女の子、ラクダとひきかえに売られる女達、…
アフリカ人たちの話は暴力と恐怖と不条理な屈辱に満ちている。
すべてが弱肉強食の物語で、アフリカ大陸では、ルールはたったひとつしかない。
「強い者が勝つ」ので、「弱い者」は踏みつけにされ、なぐさみものにされ、使い物にならなくなれば弊衣のように捨てられる。

だが、人間はアフリカに帰ってゆく。

音楽に国境がない、というくらいひどいウソはない。
どんなチューンやリズムにも言語と文明の影響があって、どんな作曲者からもそれから自由になれはしない。
クラシックと呼ばれている音楽は(使用される楽器の成り立ちを考えれば)多分数学という言語が直截に影響している。
ソールズベリーのストーンヘンジは、最近の研究で、どうやら全体が「楽器」らしいことがわかった。長い論争に決着をつけることがほとんど確実な発見で、もうすぐ日本語世界にも紹介されるのではないだろうか。
ケルト族の知っているすべての土地から遙々もってきた岩石が並んでいることや、無目的に見える精密な加工、そういうすべての謎が「鳴らして」みることによって解けた。
あれほど宗教的に見えた情熱は実際には「音楽」への情熱だった。

「現代音楽」ということを考えると、ただアフリカ人のリズムだけが、不思議にも言語の壁を越え、人種の皮膚の色や筋肉のおおきさや骨格の形の違いをも軽々と超えて、世界中に広まっていった。
両耳から白いケーブルを垂らした東アジア人の若い男がアフリカ人と同じステップを踏みながら22ndと7thの交差点を渡ってゆくのを見るのは楽しい。
リズム感があまり良いとは言えない北欧人の若い女びとが着ていたTシャツを頭の上でふりまわしながら、13分の7のリズムに乗って踊り狂うのは良く見る光景であると思う。
この世界からは素晴らしいスピードで人種も文明も言語の違いもなくなって、同じリズムで、アフリカ人たちのタイミングで踊るステップの音が響き渡るだけになってゆく。

理由は簡単で、きみとぼくのこの肉体が、たった5万年前に(多分)500人くらいしかいない小さな村に生活していた同じひとびとの肉体だからです。
簡略化した言い方をすれば同じひとつの肉体がトルクメニスタンの岐(わか)され道で一方は東に向かって東のはてで日本人になり、他方は西に向かって西のはてでイギリス人になったにすぎない。

もうダメだ、日本人のおれがジャズなんてやるのはやっぱり無理なんだ、くだらない夢だったと考えて、絶望していた渡辺貞夫にアフリカ人が与えたアドバイスは「サダオ、アフリカに行ってみろよ」だった。
「ジャズは、あの大陸から来たのさ。アフリカはジャズなんだ。行ってみて、それでもダメだったら、そのとき考えればいい」

もう自分の人生はすっかりダメと決めて、他にやることもなかったサックス・プレーヤーは、たいした考えもなしに飛行機の切符を買ってアフリカに行く。

「そこではすべてがジャズだった」と、この日本人のジャズ奏者は感動をこめて書いている。
「町のひとたちが歩くリズムも、動物たちが歩くのも、サバナをふきぬけてゆく風さえもがジャズだった」
おれが日本人なことなんて関係ないじゃないか、この世界はもともとここから広がったジャズなのだ、なんてバカだったんだろう、と発見した渡辺貞夫はまたサックスを手にとってジャズ人生を歩きだす。
それ以来、正当にも、この人はジャズの世界で「日本人であること」をまったくハンディキャップと感じなくなった。

ジャズに限らず、たとえばロックンロールは、よく知られているようにエルビス・プレスリーたちが、「白いひとびと」とは分離していたアフリカンアメリカンだけの地下のバーで毎週末に演奏されていた「アフリカ音楽」を模倣したことで白人社会に広まっていった。
その南部白人アメリカ人たちの他愛ないアフリカンアメリカン音楽の模倣を、さらに海を越えたイギリスで、恋い焦がれて、模倣したのがビートルズでありローリングストーンズだった。

フィルモアイーストで、フィルモアウエストで、白人たちのアフリカンチューンとリズムは再生産され、白人たちのジャズやブルースの模倣を嫌がって「ソウル」ミュージックを生み出したアフリカンアメリカンたちも、やがてブルースを再帰の入り口にして白人たちに埋めつくされたアフリカンミュージックに帰ってくる。

現代音楽の歴史を知っている人間にとってはロックンロールもブルースもジャズも、モータウンを「クラシック」という規範にする「ソウル」ミュージックも要するに同じ「アフリカ人の音楽」にすぎない。

そうして、ちょうど英語が世界中で普遍語として人間の魂を覆い尽くしているように、アフリカ人たちのリズムとチューンとは「普遍音楽」として世界中の人間の魂をアフリカの空気でひたして、自分の肉体がどこからやってきたのかをステップを通じて思い出させている。

すべての文明がピラミッドや空中庭園をつくるわけではない。
文明の表現が建造物よりも遙かに支配的な「リズム」や「チューン」でありうることをアフリカ人たちは教えている。

人間の脳髄は出来がわるいので自分の肉体が何を思いだしているのかを知覚できない。
でも「音楽にあわせて踊る」ことから「音楽が自分の肉体を動かしている」ところへ自分の肉体がワープする瞬間の恍惚は誰にもおぼえがあって、その瞬間、勝ち誇る筋肉はどんな思惟も圧倒している。

マジメで、跳躍的であるよりは規範的な日本のひとには受けいれられない理屈なのはわかっているが、おもいつきや理屈が大好きで、政治や文明の悪い息でくもった鏡には人間の魂は映りはしない。
そうしてバックパッカーのあの時代遅れの巨大なバックパックはアフリカでは「自分は文明世界から来たのだ」という地元の人間への傲慢な拒否の姿勢の象徴としてしか機能していない。
祖国では評判がぱっとしないがアフリカのどこでも尊敬を集めている団塊世代日本人農業技術者と異なって、バックパッカーを背負った日本人はアフリカ人たちには、奇妙なパチモンの西洋人にしか見えないと思うが、だからといって、言うことまで、いまどきは探しても見つけるのが難しい安物の西洋人みたいなことを言うことはない。

上滑りな言語の表層を滑ってゆくくらいなら、肉体の記憶にしたがって、世界じゅうのひとびとと同じリズムを足で刻めば良いのに、と思う。
人間にとっては言語よりもより本質的で深刻な影響をもつのは肉体で、肉体が主張することに耳を傾けられない理性になど紙屑ほどの意味もないと思うのです。

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