ノーマッド日記16

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ハウラキガルフの浜辺で、波打ち際に立って耳を澄ませると、波がすくいあげた貝の破片同士がぶつかって立てる、細い、高い、それでいて絹を連想させるように柔らかい、なんともいえない良い音が聴こえる。
午前二時や三時、ようやく静かになった材木座海岸や長者ヶ崎でも聞こえるだろうか、と思って日本にいたときにやってみたことがあったが、聞こえなかったから、たとえばハウラキには野生のホタテ貝が群生していて、自然に破片も多いので、そういう貝殻の種類のようなことが関係があるのかも知れない。

海辺の小さな映画館で映画を見終わって、映画館の隣のスパニッシュバーで借りてきたボトルとグラスを手にもって、モニとふたりで、夜の波打ち際をぶらぶら歩くのは楽しい。
意外なくらい明るい月の明かりで、随分遠くまで海が見えて、夜行するカヤックのひとたちがつけるLEDや緑と赤のローンチの航行灯がみえる。
気持のいい涼やかな海風をあびながら、今年はどこに行こう、もうすぐマンハッタンに帰るというのはどうおもう? いいえ、わたしは、もう少し小さい人たちとのんびりここで暮らしたい、というような話をする。

あんまり何度も言ってモニに笑われるので、なるべく言わないようにしているが、しあわせだのお、わしは運がよすぎるようだ、と思わず述べてから、しまったと思って慌てて触る木を探す。
見つからないまま(木の代用の)デコに慌てて触ろうとしてシャツにワインをこぼしたりしているのをモニが笑ってみています。

「Chef」は、暖かい春の日のような映画だった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Chef_(film)
主演のJon Favreau
http://en.wikipedia.org/wiki/Jon_Favreau
が自分で書いたという、ストレートで不要なtwistのない脚本もいいが、Scarlett JohanssonもDustin Hofmanも自分の役柄を楽しんで演じているのが伝わってきて、見終わったあとになんとも言えない余す所がないような裕かな気持が残る映画だった。

主人公がマイアミ生まれで、わしが大好きなSofia Vergaraが演じる奥さんはキューバ人の家の出身という設定で次次に繰り出されるキューバンミュージックがまたわしの好尚にかなっていて、ワーカホリックの父親と離婚した妻と一緒に暮らす息子が心を通わせるスタートになるマイアミのキューバンジャズクラブから始まって、最初から最後まで素晴らしい音楽の連続なのも書かずにすませるわけにはいかない。

モニとわしは他の観客がいなくなってしまったあとの劇場(と言ってもたった60席の小さなホールだが)で、タイトルバックのLa Quimbumbiaにあわせて踊って遊んだ。
映写室の人が観たらキチガイだと思ったかもしれないが、映写室の人がどう思ったかは日本語で記事を書いているから出て来た思いつきで、英語やフランス語で暮らしているときには考えないことなので、キチガイはキチガイで楽しかったのであると思われる。

オークランドに住んでいる人は知っているはずだが、あの映画館は、小さな玄関を出るとバーとバーのあいだに出てくるところが良い。
たいていはシネマコンプレックスになったいまの映画館は、どこでも、モールを歩いて通り抜けて駐車場に向かうが、あの映画館はまるで昔のロンドンの映画館のように、レストランやバーが並ぶ通りのちょうど真ん中に出てくる。

だからガールフレンドか奥さんか、大事な人と一緒に一杯飲んでタパスのふたつかみっつをつまんで、いま観たばかりの映画の話に興じるのは、映画がひどい映画であったときでさえ楽しくて特別な時間だが、しかもレストラン街だとは言っても玄関を出れば目の前に噴水のある芝生の広がりと砂浜と、その向こうに広がる海がある立地なので、「Chef」のように良い映画を観た後は、店の人に頼んでワイングラスを貸してもらって海辺でワインを飲みながら話をして遊ぶのが最も楽しい。
バーの人がトレイに載せた小皿料理をサービスでもってきてくれたりして、モニとわしは、楽しい時間を過ごしたのでした。

東京ではどういう理由によるのか、いちどもやってみる気が起こらなくて、横須賀ベース内の映画館以外は行かないで終わってしまったが、「映画館のある生活」は楽しい。
住んでいるレミュエラの家からクルマで10分以内の所に4つの映画館とシネマコンプレックスがひとつあって、15分もクルマで行くとシルビアパークという所に「世界最大スクリーン」が売り物のもっとおおきなシネマコンプレックスがある。
東京で言えば岩波ホールというか、商業的な大ヒットが期待できない、たとえばイランの映画のようなものを上映する映画館がひとつ、あとは中国やインドからの移民が多いニュージーランドのお国柄を反映して、中国映画やボリウッドムービーを含めた「商業映画」を、自分が気に入ったスタイルの映画館で観る。

ニュージーランドのシネマチェーンHoytsには La Premierと呼ぶカウチ席があって、アメリカ人たちがLazyBoyと呼ぶリクライニングチェアがカウチになった席に、両脇にトレイがついて、映画が始まる前に、「映画の予告編のときにシャンパンを一本とグラスふたつにポップコーンのでっかいやつ。映画が始まって40分くらいしたらシラズを一本とハワイアンピザを一枚お願いしますね」というように注文しておくと、その通りにウエイター/ウエイトレスの人がやってきて給仕してくれます。

ひとによって使い方はいろいろで、このあいだハリウッド版ゴジラ
http://en.wikipedia.org/wiki/Godzilla_(2014_film)
を観に行ったときには、「15分おきにビールもってきてね」と注文したらしきおっちゃんが、カウチをひとり占めにしてゴジラ出現の感動に身もだえしながら、ビールを飲んで、なんだか恍惚とした表情でスクリーンに眺め入っていた。

La Premierはインド人が発明した映画館用グリーンシートで、インドの友達に訊くと発祥の地であるインドの都会ではサモサをトレイに盛ったウエイターがカウチの後ろに佇立していたりするそうで、インドっぽい、と考えて大笑いしたりした。

ニュージーランドは国ごとチョー田舎なので映画館のある生活が楽しいのかなー、と思う事がある。
マンハッタンでも、モニとふたりで、たとえばユニオンスクエアのシネマコンプレックスに出かけたりしたが、リンカーンセンターに出かけたときのような強い印象はなくて、生活における「ハレ」と「地」を考えれば「地」にあたる部分に映画館に行く午後はあった。

ニュージーランドでもさすがに「ハレ」というわけにはいかないが、「地」ではなくて、少し角度が違うところから日常を見てみるような時間の過ごし方である感じがする。

モニもわしもモールなどは退屈で嫌いだが、映画を観に行ったときだけは、モール自体がなんだか明るい軽い感じがして、もう30歳をすぎたわしも10年くらい若くなって、大学生のような気持で足が浮き立つ。

波打ち際の貝殻の破片が演奏する音は、神様が風鈴をもっているなら、きっとこんな音だろう、というような、「神韻」という死語を思い出すような音です。
すごおおおくヘンな言い方をすると、ニュージーランドにはフランス、アメリカやイギリスに較べても色の濃い海や夜や空がいっぱいあって、大自然だからというわけではなくて、「豊穣」という言葉を思い出す。
大気が清明だからというわけではなくて、「馥郁」という形容詞を思いだす。

わしは自分で考えても情けないほど「欧州人」で、骨髄に染み渡っているような意地悪さや、他の人間との距離、自我というものの硬度において、救い難いと自分でも感じる。
ロシア語を懸命に身につけても、子供のときに日本で暮らしたのを利して日本語を準母語(←本人エバルエーション)の水準までもってきても、油断するとすぐに欧州語の思考に戻ってしまう。
話をわかりやすくするために「英語圏」「英語世界」という言葉をよく使うが、注意深い読者が気が付いてemailを送ってきてくれたように、わしの英語は「地方語としての英語」の色彩が強くて、そのせいで、アメリカ語と随分違う色調を前頭葉が帯びている。

モニさんは、もしかしたら、そーゆー事情を熟知しているので、「いまは南半球にいるのがいいぞ、ガメ」と述べているのかも知れない。
ずっと前に、もう日本語なんかくだらないからやめるべ、と思ったときに、わしが友達の、死語を使ってもよければ「親友」のすべりひゆがやってきて、「やめるべきでないと思う。私がたったひとりの読者でも、私はガメの文章を読みたいのだから、ちゃんと書きなさい」と述べていったが、そのすぐあとに(小さい声でいうと、日本も中国も韓国も、ひとからげにあんまり興味がない)モニが、「日本語、やめないほうがいいぞ、ガメ」と述べに来たのだった。

「Hurdy Gurdy Man」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/20/hurdy-gurdy-man/
を書いたのは、それが理由だったのをおぼえています。

どーするかなー、と思う。
自分の頭だけで考えると、もうそろそろ北半球に戻って住んでもいいかと思うが、
モニさんは多分強烈なガーディアンエンジェルに護られている人で、なんだか理屈ではなくて、どちらへ進むのがいいかをいつも知っている人である。

人間はどんなに豊穣な土地を歩いているつもりでも実際には砂漠を歩いているものなので、やっぱりモニさんが指している南を歩くべきなのかしら、と悩んでいるところです。

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