6X9=42

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自分には知らないことがたくさんあるのだ、という当たり前のことを考える。
いまごろなにを言ってるんだ、バカみたい、と思う人がいるかもしれないが、ときどき「バカみたい」なことを考えるのがぼくの習慣なので仕方がないと思ってくれないと困る。

子供のときに父親の小さな図書館くらいはあるライブリにはいって、天井まで本がぎっしりつまった本棚を見上げて、へんな例を挙げると奈良の大仏をみあげているような、英語ならaweという単語がある気持に打たれてしまったことがある。、
本って、こんなにいっぱいあるんだ、とマヌケなことを考えながら、「死ぬまでに全部読めるのかな」と思った。

見つかると怒られそうな気がしたので、あんまり長い時間いないで退散したが、そのときのわくわくするようなこわいような気持がいまでも忘れられない。

その後、何年か経ってから、その夥しい「本」の向こう側には、たくさんのひとがいることがわかってきた。
まだ生きて新しい本を書いている人もいれば、もう何百年もむかしに呼吸をするのをやめてしまって、肉体が滅びてしまっている人もいる。
しかし、どのひとも、語り初めからすんなり呼吸があうひとは、まるで隣に腰掛けて話してくれているようで、暖かで、陽がさしてくるようで、しょげているときには「元気だしなよ」と述べて、いい気になっているときは、にやにやしながら「足下をよくみて歩かないと危ないとおもうぞ」と語りかけてくる。
カエサルやホメロス、ベーオウルフ、あるいはローランの歌のような本は手に汗を握りながら読むことになるのですごく疲れたが、読み終えてから、自分の勇気のサイズが少しおおきくなったような気がしたものだった。

そのうちに、特に科学系の本を読むようになってから「本」のまわりには、別のグループの「友達」がいることに気が付き始めた。
自分と同じ本を読んでいるひとたちのことです。
ルネ・デカルトの「方法序説」のような本は、歴史を通じてたくさんのひとが読んだが、買ったばかりの真っさらな本を読んでも、その余白には夥しい書き込みがあるような錯覚に囚われた。
ここはデカルトはこうのべているが、ほんとうは違うのではないか、この部分には見落としがあるような気がする。
ときには「でかしたぞ!ルネ!」というような他愛のない相の手までがはいっている。

あるいはT.S.Eliotならば、英語では珍しい音楽的な詩をリズムにのってたどりながら、ちょうど、同じ音楽のCDを聴いて同じ観念の上昇を感じているような、一体感がある。
実際、
Let us go then,you and I,
When the evening is spread out against the sky
Like a patient etherized upon a table;
Let us go,through certain half-deserted streets,
The muttering retreats
Of restless nights in one-night cheap hotels
And sawdust restaurants with oyster-shells;
Streets that follow like a tedious argument
Of insidious intent
To lead you to an overwhelming question….
Oh,do not ask,”What is it?”
Let us go and make our visit.

というような詩句は、たゆたうようでいながら正確な抑揚で、ちょうど鼻歌になって頭のなかで鳴り続ける曲のように、いちど読んでしまうと、暗誦もなにも、忘れるほうが難しい。
そうして、
「Let us go and make our visit.」
と言うとき、少し、めんくらいながら、目をみひらいて、セントルイス生まれの気取り屋の詩人、だが途方もなく善人であったひとに従って、「終わりのない議論の町」に一緒にでかけてゆくような気がしたものだった。
そのとき、たしかにぼくの横には何人もの、「まだ会ったことのないかけがえのない友達」が立っていた。

学校へ行くようになると、そういう「まだ会ったことのないかけがえのない友達」が肉体という形骸をなして、にっこり笑いながら、手をさしだして、
「ぼくはポールって言うんだよ。なんだかどっかで会ったことがあるような気がするね。帰りに一緒に帰らないか?」
と言ったりするので、びっくりしてしまった、というか、こんな不思議なことがあるのだろうか、と嬉しくなってしまった。
まさに、こちらも、同じ気持ちを持っていたからで、そうやって、初めて会ったときには骨折してでっかいギプスで固めた足をひきずりながら、松葉杖で上級生と喧嘩していたKや、学校のラグビーグラウンドの端に座り込んで8ビットCPU回路を描いていたU、ブレーズ・パスカルを読んでいたら、「けっ!パスカルなんてくだらない!そんなもの公衆の面前で読んでいい本ではないぞ!」と述べて、驚いてふりかえったら、にんまりした顔で立っていて、打って変わったやさしい声で「冗談だよ。きみ、あんまり見ない顔だね?なぜだろう」と話しかけてきたM、
会わないうちに、もうあらかじめ知っていて、いったいいつになったら会えるのだろうか、どんな名前なのだろう、と思っていた「友達」のひとりひとりに、そうやって邂逅していった。

きみがtwitterのアカウントに鍵をかけてしまって、フォローしているひとの数もされているひとの数も一桁にしてしまって、ふいとどこかに消えてしまったので、ぼくはとても心配した。
10月になれば、勤め先が変わって、研究室があるのは、あそこはもちろん砂漠のまんなかのような国で、そのかわり情に厚いひとがたくさんいる国なので、それまでの辛抱じゃないか、頑張ってしまったりするのはぼくは嫌いなので、そうは思わないが、へたってのびたまま秋を迎えるなり、仏頂面で不機嫌にくらすのでもいいから、そんなに寂しがらずに、なんとかごまかしにごまかしを重ねて、10月までなんとか時間を稼げばいい、と願っていた。
だから、唐突にきみが話しかけてきたのが、嬉しかった。

うつ病はぼくたち全体の持病なので、もしかしたら、きみもそうなのかもしれないが、忘れてはいけないのは、あれはみなが等しくかかる病気で、なんとかやり過ごしたり、妙に元気なひとや、なかでも励ましにやって来たりするオソロシゲな人を遠ざけて、もうどうだっていいや、テキトーでいい、人間の一生の価値なんて、ぼくの知ったこっちゃない、と考えながら過ごせば、ふいに自分のまわりに「まだ見ぬ友達」がたくさんあらわれて、きみの横にそっと近付いて、あの、ちょっと先に見えるコーナーまで一緒に歩いてくれる。
朝、目をさまして、涙が流れてとまらなくて、自分はなんて役立たずなんだろう、自分が生きていることに意味なんてあるわけないんだ、と唇をかみしめながら考えるときに、頭のはしっこで、ちょっと心配そうな顔で、きみを見守っているひとびとがいる。

必要なのは、ただ、彼等を「感じる」ことだけで、わかってしまえば当たり前のことにすぎないはずだが、きみには、会ったことも言葉を交わしたこともない、たくさんの友達がいる。
そういう種類の人間の常で「お友達になりませんか?」というようなことは言わないけどね。

内緒だけど、誰も読めない言葉で書いているのをよいことに書いてしまうと、ぼくはニュージーランドにずっといるような顔をしてヨーロッパにちょっと出かけて帰ってくることがある。
そのときに、この頃は空港ラウンジのサービスに味をしめて、きみの新しい勤務先の近くで乗り換えて行くんだよ。
会おう、と言っているわけではない。
ぼくはヘンクツなきみの百倍くらいヘンクツで、一日に言葉を交わす人間の数が少なければ少ないほど幸福な一日だと思うくらいで、なんだかナマの生暖かい、ときどきは、どうかすると、ぶよぶよしてすらいる肉体をもった人間なんて気味がわるい、とおもうほうで、
そういうことを述べているのではない。
じゃあ、なにを、という答えは、会ったときに答えるよ。
(なんだ、やっぱり会いたいんじゃないか、矛盾したこというなよ、というきみの顔がみえるようだ)

たまには素直な言葉を述べると、だから、お互いに間抜けな肉体をえっちらおっちらと運んで、現実に顔をあわせて会うときまで、元気でいてほしい。
そのときには6X9の答えが、もう42になってしまっているかもしれないけど。

でわ

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