Sfumato

レオナルド・ダ・ヴィンチは「万能の天才」ということになっているが、あの飛行機械のスケッチ

を見て、ヴィンチ村のレオナルドにエンジニアとしての素質があったと思う人はいないだろう。

実際、さまざまな形のダ・ヴィンチの「飛行機械」のスケッチをみると、オモチャの飛行機のそれで、材料の強度の点でも、あるいは仮に十分な強度をもたせると重量の点で、強度と重量を解決しても今度は機関出力(と言っても人力だが)の点で、みるからに空を飛べないレオナルド・ダ・ヴィンチの飛行機で空を飛んでみようとする人間はいなかった。

タンク(戦車)
http://en.wikipedia.org/wiki/Armoured_fighting_vehicle#mediaviewer/File:DaVinciTankAtAmboise.jpeg

のほうは、もう少しマシだが、ここには秘密があるというか、レオナルド・ダ・ヴィンチのこうしたアイデアは有名なノートブックに彼が描いたスケッチの数々が発見したドイツ人の手から離れて世界じゅうに広まっていったものであって、レオナルドは当時の習慣に従って、見聞し議論してものをノートブックに描きこんでいったものであることがいまでは判っている。

Konrad Kyeserは13世紀を生きた頭のいかれたマッドサイエンティスト、もう少し具体的に言うと物理学者で軍事技術者だったが、タンクのアイデアは、この頭のいかれたおっちゃんの独創的なひらめきが氾濫する頭のなかで作られた「War wagon」
http://en.wikipedia.org/wiki/Konrad_Kyeser#mediaviewer/File:Konrad_Kyeser,_Bellifortis,_Clm_30150,_Tafel_01,_Blatt_01v_(Ausschnitt).jpg
が淵源で、この考えにさまざまな人が改良をくわえて、レオナルドの戦車もそのひとつである。
Konrad Kyeserは攻城兵器
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Konrad_Kyeser,_Bellifortis,_Clm_30150,_Tafel_13,_Blatt_74v.jpg

http://www.pinterest.com/pin/563512972097100497/
ロケット
http://manuscriptminiatures.com/3975/11005/

よく訳がわかんない凧

http://en.wikipedia.org/wiki/Konrad_Kyeser#mediaviewer/File:Konrad_Kyeser,_Bellifortis,_Clm_30150,_Tafel_21,_Blatt_91v.jpg

に始まって、貞操帯まで

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Konrad_Kyeser,_Bellifortis,_Clm_30150,_Tafel_15,_Blatt_82v.jpg

莫大な数の発明アイデアを絵入り図解本の「Bellifortis」というチョー有名な軍事マニュアルに描き残したが、レオナルド・ダ・ヴィンチは、Francesco di Giorgioを通じて、この本にアクセスがあって、大好きだったことが判っている。

「なんだ模倣だったのか」というのは、現代人の考えることで、知識のあるもの同士がアイデアを共有して、「ここはこうしたらどうか?」「そこは、ほら、こういうふうに変えるとうまくいくんじゃない?」というスタジオ主義とでも言うべき集団作業の時代を生きていたレオナルドが、鼻歌をうたいながら、「Bellifortis」にでてくる機械にデザインを変更を加えては、かっこよくして、悦にいっているところが見えるようである。

レオナルド・ダ・ヴィンチのトレードマークになっているVitruvian Man

http://en.wikipedia.org/wiki/Vitruvian_Man#mediaviewer/File:Da_Vinci_Vitruve_Luc_Viatour.jpg

からして、もともとはSienaの偉大な天才技術者で芸術家のMariano di Jacopo il  Taccolaのアイデアで、
https://plus.google.com/+ZephyrLópezCervilla/posts/8Tv1CeouZ9Y

レオナルドのオリジナル・アイデアではないが、こうやってみても、レオナルドのほうがぜんぜんかっこよくて、レオナルド・ダ・ヴィンチの才能がデザイナー&画家としての洗練と表現にこそあったのがよくわかります。
えー、ほんとですかー、という疑い深い人のためにつけくわえると、レオナルドがFrancesco di Giorgio
http://en.wikipedia.org/wiki/Francesco_di_Giorgio
が描いたものを通じてタコラの描いたアイデア群を読んでいたことは文字の記録になって残っている。
レオナルドが考えたとされる機械や道具にはタコラのものが多くて、
たとえばレオナルドの奇想天外な発明として有名なスキューバダイビングエクイップメントもタコラが考えたものです。

いろいろレオナルド・ダ・ヴィンチの技術的アイデアとされているものがレオナルドの独創というわけではないことを並べたついでに、チョーチョー余計なことも書いておくと、レオナルドのヘリコプター型と飛行機型の2種類のうち、前者は当時ルネサンスイタリアで面白がられて流行した中国人の考え出した「空飛ぶオモチャ」、簡単に言えばいまの竹とんぼがもとになってさまざまなルネサンス人が考えた、多分、実際にはオモチャをつくろうと考えてスケッチした、回転翼付き機械が元になっているが、飛行機型にも原型になったプロトタイプがあって、Eilmer of Malmesbury

http://en.wikipedia.org/wiki/Eilmer_of_Malmesbury

というイギリスではものすごく有名な「空飛ぶ修道士」が自分で実際に飛んでみたグライダーがもとになっている。
と書きながら、日本語のwikipediaを見たら、「こんなのウソに決まっている」と言わんばかりのペダンティックな記事が載っていて驚いたが、この記事を書いた人は知っていて書いているのか、日本語wikipediaで「あてにならない嘘つき」のように書かれている
William of Malmesburyは、これもイギリス人なら誰でも知っている、すごおおおおく信用がある歴史家で、しかもEilmerと同じ地域の出身なので、なんでこんなヘンな記事が載っているのか判らないが、まあ、いいや、ともかくレオナルド・ダ・ヴィンチの尾翼があるタイプの飛行機械は、Eilmerのアイデアを書き写したものです。

日本語世界では、あんまりそういうことになっていない(サイトや本やyoutubeで観てみたが、レオナルド・ダ・ヴィンチがいかに超人だったか、というコンテンツしか出てこなかった)ようなので、英語世界ならばイタリア人が作ったのやフランス人がつくったのやイギリス人がつくったのやらでTVドキュメンタリでも年がら年中やっているこういう事実を、長々と書いてくたびれたが、なぜ、こんなことを書いているかというと、

ルネサンスの歴史に詳しいひとなら、よく消息を知っているとおり、こうやって、いったんは「ルネサンスのカルト」に祭り上げられてしまった「レオナルド・ダ・ヴィンチ」なる人は、個人ではなくて、それだけは真に天才的だった画業以外の部分は、欧州人がそれによってさまざまな発見をしてきた「集団作業」の、議論してはお互いの複数の知性の掛け算で独創的な発見や発明をなしとげたヨーロッパ式の科学技術ないし文明の進め方の団塊であることを示したかったからでした。
英語でもpolymathという言葉はあるが、これはもともとは現代語が意味するような個人が「万能の天才」として完結的にさまざまな分野で天才的業績をもっている人のことではなくて、 数学や物理の課題ですらスタジオで議論しながら思考をすすめてゆくことが多かった欧州人たちにとって、「議論に参加してすすめてゆくために必要な知識や思考力をもった人間」のことだった。

例によって例のごとく、いいかげんな感想を述べると、日本人が「天才」という言葉でイメージする研究者とかは、薄暗い書斎のなかで、ひとりでじっとうつむいて考え込んでいる、かっこよくて孤独な知性の持ち主であるように見うけられたが、それは多分、そういう田舎っぽい孤高な白皙イメージが好きなドイツ人が日本に持ち込んだイメージで、人間の創造力がいっぺんに爆発したルネサンス期のイタリア人などは、スタジオや誰かのライブリでわいわいがやがや、ああでもないこうでもない、いや絶対こうやったほうがうまくいくって、と言い合いながら研究をすすめて、あのけったくそ悪くも抑圧的なカトリック教会の権威主義をぶち壊して人間の合理的理性が羽ばたくためには個人の孤立した理性では到底無理だった。

日本人は集団作業がうまいというが、日本にいたときの観察では、それは嘘であると思う。
日本の人が述べる「集団作業」は、みなで、いわば軍隊式にいっせいに同じことをやることを指していて、北朝鮮のマスゲームというと明日から口を利いてもらえなくなりそうだが、「一糸乱れぬ」ことを集団でやるのが得意なだけで、そういうことは「集団作業」とは言わないだろう。

あたりまえだと思うが、「集団作業」をするためには、まず集団をなす個々の人間が、それぞれ考え方も持ち味も技量の種類も性格も面白いなと思うことも価値観すらも、全然異なる自分ひとりの魂の2本の足で立っている個人でなければならないはずで、恐縮だが(←最近観た日本映画で面白かった「ツレがうつになりまして」に出てくるクレーマー顧客の口癖)、日本ではまず集団と呼びうるものを構成できるだけの個人が存在してないようにみえることさえあった。

では日本には「集団作業」をうまく行えた例がまったくないかというと、そんなことはない。
判りやすそうな例をあげると、日本には「連歌」という伝統があって、連歌は集団作業の典型です。
実際、連歌が衰えてゆく調子は日本において「個人」の芽がすへってゆくのと平仄があっている。

近代日本は連歌よりもラジオ体操を好んでここまで来てしまったが、若い世代はラジオ体操をマジメにやれと言われても笑いころげてしまってちゃんとやれないかも知れないが、連歌の現代版、たとえばバラードにひとりひとりが1番2番と歌詞をつけてゆく、というようなことは、あっさりとやってのけそうな気もする。

ひとりの人間が万能の天才を発揮する、というのは、どことなく田舎秀才の臭いがする夢である。
どちらかと言えば、集団で、みなでうまく個性をつなぎあわせながら、たとえば街路をデザインする、というほうに人間の理性や創造性の可能性を感じる。

表題の「Sfumato」は、レオナルド・ダ・ヴィンチたちが編み出した陰翳の技法だが、モナリザが謎めいた微笑を浮かべてみえるのは、この技法のせいである。
その後、sfumatoは、技術的なことに興味をもたない、sfumatoを生み出さないタイプの画家たちによって、絵画全体を豊かにする技法のひとつとして確固としたものになってゆく。
時間を媒介にした「集団作業」は数学や科学の世界だけではなくて、人間の進歩と呼ばれるものの実体になっている。

「知」が孤独な作業だというイメジが意外なほど現実を反映していないことを考えると怒鳴り声や嘲笑が響き渡るだけに見える日本語の洞窟にも、連歌の伝統を思い出して、
「集団作業」と、それを行いうる、自分一個で完結した人格を持って、日本語によって凭れ合って考える習慣を持たない、「個人」が必要なときなのかもしれません。

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One Response to Sfumato

  1. いわし says:

    初めまして。とても面白いブログをありがとうございます。
    映画『イミテーション・ゲーム』で、エニグマ解読のために集められた数学者たちが一斉に紙と鉛筆で手計算に励む中、カンバーバッチ演じるアラン・チューリングだけが計算機の歯車の設計図を描き始める。他の人たちは怒りを感じるが、軽い押し問答の末、彼を「ほっておく」。色々やった末に、手計算では無理だとわかってくると、わだかまりなく、計算機の方に合流していく。そういう映画だからといえばそれまでだが、それにしても、意見の相違に対する心理的な葛藤が薄く、あっさり描かれているのが印象的だった。一人違う道を行く彼を糾弾しないのはすごいなと思った。日本だったら、歯車の絵を描き出した途端「なんであいつだけが」「みんなが計算を頑張っているのに勝手な行動をするのは許せない」「お前のアイディアが正しいと全員が納得できる根拠を言え」と詰め寄られ、いくら説明してもわかってもらえず「多数決でチューリングの負け」で終わりでしょう。自分にチューリングほどの才能がないからでしょうが、そういう経験を、少なくとも私は職場で嫌というほどしてきました。こういう時、どうしたらいいんでしょうね。散々必要性を訴えても聞いてもらえず、余計なことと却下された作業を裏で進めて、それが後で集団作業に決定的に貢献しても、まあ評価されない。ギリギリのリソースでやっているという意識の中で、逸脱者の存在は本来あったはずの戦力の減少しか意味しないんでしょう。別ルートの確保という発想はない。だから別行動者を「ほっておく」ことはできない。心ある少数者は、面従腹背しか無くなる。ああ、一人で仕事したい。すみません、いつのまにか愚痴になっていました。

    あと、連歌的なことは日本人は今でも楽しんですると思うけれど、それは内輪の遊びかつそういうルールだからできるのであって、その方法論でもっと実務的なことをするという発想を持つと「ふざけるな」と怒られそう。日本に長年住むフランス人女性が、定期的に自宅に様々な友人を招き、ワインとおしゃべりを楽しむ会を始めたところ、日本人は自分と趣味や意見が違う人や自分の世界観の外にいる人が来るとわかると次回からは来なくなるので、結局何もかもが一致する同じ顔ぶれが毎回揃うようになり、つまらないからやめてしまったと言っていました。

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