オペラの夜

se (20)

Lorina GoreのViolettaでLa Traviataを演る、と書いてあるのを観て、
「お、行こう」と考える。
ニュージーランド、特にオークランドという町の長所は、どこへでもアクセスがよいところで、家から市の中心部までクルマで15分です。
Aotea Centreは出来たばかりの多目的ホールで、それまで使われていたCivic Centreの隣にある。
インド風の装飾がチョーかっこよかったCivic Centre時代には駐車場がなくてめんどくさかったが、Aotea Centreになってからは地下に駐車場が出来たので、便利になった。

オペラの夜は、コツがあって、オペラの前に夕ご飯を食べてしまうのが良い。
特にクルマを運転していくときは、ワインを飲んで食事をして、だいたい二時間半が多いオペラを見終わると、ちょうど醒めて、よい具合になる。
歌舞伎の幕の内弁当みたいというか、開演時間を考慮したDinner Optionがたいていついているが、Hotel DeBrett’sと書いてあって、Hotel DeBrett’sのレストランはおいしいものを出す良いレストランだが、劇場から遠すぎるのでもっと近いところにあるレストランに電話してモニとわしのテーブルを予約します。

モニさんが、どんな格好で出かけるかを決めるのを待ちながら、コロコロしているのもいつものことである。
少しだけ着飾って、ロングドレスのフィレンツェで買ったおおきな耳飾りをつけてあらわれたモニさんの姿を見定めて、それにあわせてシャツとジャケット。
一年に一回くらいしか穿かないせいで折り目がばっちし入っているズボンを穿いて、モニさんに横に並んでもらって、モニさんはいつものことだが、わし自身も、馬子にも衣装、おおおお、かっこいいと自分で感動してカップルの出来上がり。

あまりにかっこよかったので写真を撮ってしまった。
鏡のなかの自分を撮ると鏡のなかの自分は無様にカメラを構えているということに気が付いていなかったので、情けない写真しかとれない。
カメラを構えていない自分を撮る方法はないものだろーか、と呟いて、モニさんに不安そうな顔で横顔をのぞかれてしまった。

CBDにでかけるときは小さいほうのクルマで行くのがよい。
「小さいクルマ」というのはBMWの3シリーズのセダンのことで、同じ会社の「まんなかのクルマ」、その上に「おおきなクルマ」があって、あと「バス」「サンダーバード2号」と呼ばれるクルマがある。
滅多に乗らないが、マツダのMX5もあります。
NBで、いつもはガレージで寝ている。
よおおおし、今日はMX5ちゃんと遊んでくれるわ、と考えたときにだけ、いつもは外してあるバッテリーのケーブルをつないででかける。

オークランドはやったらめたらBMWが多い町で、オークランドの高速道路は混雑してくると流量調整で高速ランプに信号が灯って、いったん停止してから高速道路に乗るようになっているが、二車線に並んでランプで待っているクルマが前後左右全部BMWだったことすらある。
このブログを読んでくれている人は知っているとおり、わしはシトロンとかも好きだが、ニュージーランドではシトロンは日本車と同じくらいの価格帯で買えても、いったん壊れると、といって、シトロンに乗る人はよく知っていると思うが、ウインドーがなぜか4ついっせいに自動で下がる、とかワイパーが逆さまにとりつけてあったせいで、どっかにとんでいってしまう、いろいろと予期しない壊れかたをするのがシトロンを持つ楽しみのひとつで、楽しいのはいいが、ニュージーランドではシトロンの部品は調達に時間がかかるので有名で、6ヶ月、とかはふつーにかかる。
BMWは新品の部品はもちろん、中古の部品もオーストラリアかニュージーランドのどこかにはあるので、チョーがつくケチのわしでも、にっかりぴん、な値段で手に入ります。

むかし5000ドルで買ったミニ・クラブマンに乗っていたころは、シートのレールを改造してあったにも関わらず「ボリショイサーカスの熊みたい」と言われて、さんざんいじめられて、第一、クルマの床から道路の路面が見えるのをなんとかしなさい、とよくデートの女の子に怒られたが、BMWは小さいほうの3シリーズでも悠々と座れて、高速道路でジャギュアに右後方から、すうううっと近付いて、フォッケウルフのエンジン音を真似しながら、「ダダダダダダッ!」
一機撃墜、などと言って大人の遊びにひたる余裕も生まれる。

欧州では「社交界」というのは、ひとつなわけではない。
おおきく分けて「固い社交界」と「やわらかい社交界」があって、アメリカの芸能人たちや、日本でも、かつて夜の大統領官邸の廊下を跫音をしのばせて歩いて、決死の思いで東京へインドネシア政界の動きを報告していたりした、大統領への「人間の貢ぎ物」だった勇敢な女の人が出入りしているのは「やわらかい社交界」のほうです。
このやわらかい社交界には高級娼婦たちが花を添えるのが伝統で、社会がいまよりもずっと無軌道だった19世紀には、むしろ高級娼婦たちがこちらがわの社交界では中心だった。

その頃、性的な匂いが強いほうの社交界で1ヶ月のうち20日余は白い椿を、残りのピリオドの期間中は赤い椿を胸につけて「営業」していたのがLa TraviataのモデルになったMarie Duplessisで、そう考えるとなんだかものすごいが、「椿姫」は、この現実離れして見える物語を書いた Alexandre Dumas filsの体験に基づく、後半は事実がこうあってほしかった、という願望で書き換えられたドキュメンタリです。
現実のAlexandre Dumas filsは、説教癖から恋に落ちた相手のMarie Duplessisに、ああしなさい、こうしなさい、ばかり述べていて、可憐な容貌にも関わらず奔放なひとだったMarie Duplessisに愛想をつかされて立ち去られている。

Lorina Gore
https://opera.org.au/aboutus/our_artists/principal_artists/lorina_gore
は相変わらずの聞く人を快適な気持にする声で、素晴らしい出来だった。
周りを固めるひとびとも、才能の厚みの点で欧州やニューヨークのようなわけにはいかないが、オーストラリアは国是としてオペラに力をいれているので、たとえばロス・アンジェルスの全体にミュージカルふうで、やや荒っぽいオペラよりも、地味でも程度が高いように思われる。

2時間半はあっというまに経ってしまった。
ニュージーランド人はなにしろ我慢ということができないので、特別な席というようなものがない劇場で、最後のほうになると(英語字幕が途中で壊れてしまったこともあって)飽きてしまったふたりのおばちゃんが話をしだしてしまったりしたが、わしがクビをまわして、怖い顔をつくってにらむと、そのあとは静かになった(^^;

前にも書いたがニュージーランドは、要するにイギリスの労働階級人が19世紀に夢に見た国で、どんなにマジメに働いても、ロンドンの冷たい雨に打たれながらたどりつくアパートは汚れた薔薇の壁紙がはがれかけている、部屋の隅々までイギリス人の生活の惨めさがしみついたような部屋で、手から口へパンを運べばそれでオカネがつきて、口汚くののしる隣人や、ジンで酔っぱらった、のんだくれのおおいびきが響き渡る貧民街から、乾坤一擲、20000キロの海を渡って、いちからつくりあげた彼等の理想郷だった。

ニュージーランド人は、なんだか、ものすごく頑張って、懸命に働いて、よくやったと思う。
隣のオーストラリアでは、豊富な資源を独り占めにした腐敗役人やスクォッターたちが、「労働は頭のわるい人間がやることさ」と嘯いて贅沢な暮らしにひたっていたが、ニュージーランド人たちは、オーストラリア人たちに、ときに懸命に労働するという事実によってバカにされながら、石をひとつづつ積み上げるように社会と自分たちの生活を築いていった。
いつもいつもビンボだったが、たいして気に病みもせずに、飽きることなく働いた。

日本が珊瑚海にまで侵攻してきたせいで、孤立におちいった戦後の食糧事情は、飢餓寸前で、ビンボがますますビンボになって、「もうダメなんじゃない?」というところまでいったが、なんだかバカのように働き続けて、また持ち直していった。

ニュージーランド人ほど「理想」が好きだった国民はいない。
イギリス社会の階級制度からくる不正と不公平を憎んで地球の反対側にまでやってきたニュージーランド人たちは、懸命に働けば誰でもが一戸建ての家を持てて、クルマが買えて、スーパーマーケットで財布に相談しないでもトローリーに品物を投げ込める生活をつくった。
老後にオカネがなくなった仲間のために、あんまりオカネが残っていない自分たちの財布からオカネをだしあって助ける制度をつくり、
子供達が十分な教育を受けられる学校を建設し、日本で言えば三重県程度の経済規模でトラックで全国をつなげるオープンロード網や無料の高速道路ネットワークをつくった。
一方で、イギリスで自分たちの祖父が苦しめられた不公平で不正な社会を心から憎んだ。
ニュージーランドがいまでも世界のなかで「汚職が最も少ない国」なのは、そのせいです。
去年、議員に支給されるクレジットカードで20ドルのワインを二本買ったのがばれて、マスメディアに追究されて、カメラの前で泣き崩れながら詫びた議員がいたが、結局は辞職に追い込まれたようでした。

わしガキの頃、クライストチャーチの「牧場の家」に新しいガレージをつくることになって、やってきたビルダーはイギリスの人で、ある日、紅茶とビスケットのトレイを持っていって、おひるのブレークに腰掛けて話していたら、
「ねえ、ガメ、この国ではマネージャーにミスターをつけなくていいんだね」と感に堪えたように言う。
ええ、そうですね。ニュージーランドではアメリカ人なみにファーストネームで呼ぶようです、とわしが答えると、
ちょっと空をあおぐように見てから、なんて素晴らしい国だろう、とそのひとは言った。

なぜいまでも毎年たくさんのイギリス人が国を出て他国に移住するのか、雄弁に説明するような声の調子だった。

だからさ、とオペラから帰って車庫を出ながら、モニにわしは説明する。
欧州やリンカーンセンターみたいに、かっこよくはないけど、ニュージーランドでオペラの水準があがってゆくのはとても素晴らしいことなんだ。

モニさんは、いつものやさしい顔で笑って、ガメはヘンな奴だなあ、という。
そんなこと言わなくたって、素晴らしいオペラだった。
よく訓練された声というものはだな、ガメ、とモニさんが、おどけた調子で述べる。
どんな社会の空気もつきぬけて、どんな魂にも、まっすぐに届くものなのさ。
それから、あのビルダーと同じことを言った。

「ニュージーランドは、なんて素晴らしい国だろう」

階段をあがって、プロムナードを歩いて行くにつれて、次次に点いてゆくフラッドライトにLa Traviataの小旋律を口ずさむモニさんの横顔が照らし出されている。
もちろん、(いつもと同じことで)モニさんが正しい。
わしも、自分のくだらない理屈を、ていねいにたたんで、ワードローブの棚にしまって、ゆったりといまの幸福にひたらねば。

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2 Responses to オペラの夜

  1. 毎日、勉強や仕事の競争に追われてきた人生の中で、
    たぶん、これからも行くこともないであろう海の向こうの世界の話を
    読むのは、ちょっとしたおとぎ話の中に入ってゆくようだ。

  2. 大治郎 says:

    ベルディのメロディの量って圧倒的ですね。質量でどかーんと持っていかれる感じ。特にあと数分で死んじゃうヒロインの、超どメガトン級のアリアは何度聴いても凄い!ふくよかなプリマドンナが本当に肺病で死んじゃってもおかしくないほど良い。
    去年、ニュージーランドから日本に里帰りしている奥さんとイングランド人の旦那さん、二人のおこちゃま連れと知り合って、メアド交換したのに、そのまま連絡しなかったのはもったいなかったな、と思った。そういえば、夫君はご自分を「イングランド人」だって言っていた。オージーはオージーなのに、ニュージーランド人はイングランドなのでしょうか?

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