官邸前の愚者の群2

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1930年代の日本は「安全保障」と「防衛思想」が国家の頭のなかでごっちゃになって、最後は忠臣蔵の内匠頭の安っぽさで「連盟よさらば!」の大見得を切ったあげく国際連盟を一方的に脱退して「私が平素申しております通り、桜の花も散り際が大切」
「いまこそ日本精神の発揚が必要」と述べて、
ふつうの職業軍人や市民にとっては悪夢そのものであることが当初から判り切っていたアメリカ・イギリス・オランダ・ANZAC連合軍との戦争になだれこんでいった。

安全保障は、簡単に言えば「戦争に巻き込まれない工夫」であり防衛思想は「戦争になってしまったときに本土が侵略されないための工夫」です。
同じ30年代にイギリスのネヴィル・チェンバレンはヒットラーのナチに率いられたドイツに対して「戦争に巻き込まれない工夫」として譲歩しすぎて結果としてヨーロッパ大陸をそっくりそのまま渡す醜態を演じている。
その安全保障政策上の失敗は高いものについて「負けなければ勝ち」のイギリス式勝利の定義に照らしてもぼろ負けに負ける寸前のところまで行ってしまった。
有り体に述べて、ヒットラーが機甲部隊の進撃をダンケルクの手前で無意味に停止させてしまったのと、イギリス空軍壊滅の一歩手前でロンドンに空襲目標を変えるという、いかにも素人がやりそうな、ふたつの戦争指導上の致命的な失敗を犯したために助かっただけで、35tや38tの活躍を見れば象徴的に理解できるとおり初期にはチェコスロバキアの軍事生産力に大きく依存しなければならないほどだったナチに、フランスという巨大な生産力まで与えてしまって、日本が真珠湾を空襲しなければ、いまごろはドイツの弟分としてユダヤのひとびとを連行して歩いて悦にいっていたに違いない。

日本が昔から安全保障政策をつくるのが下手で、ひらたく言えば外交下手なのは「世界を固定的なものと見る」癖のせいに違いない。
諸国間の関係、特に、安全保障がらみの多国間関係はダイナミックな動きを見せることが多くて、たとえば上の30年代の例ならば、仇敵以上の深い憎悪を媒介とした関係であることが判り切っているソビエト・ロシアとナチ・ドイツが不可侵条約を結んで、世界中の政治家を心臓麻痺死させそうになる。
ヒトラーもスターリンも防衛思想と戦略立案に関してはからっペタだったが安全保障の腕前に関しては天才と言いうるほどの凄腕だった。

中国と日本の関係で言えば、たとえば尖閣諸島の問題に関して「時間を稼げれば日本の勝ち」と当の中国人たちが述べている。
別に中国の人が言わなくても、特に、もともと中国に対して良い感情を持っておらず、戦争を売られればすぐにでも買いかねないベトナムで対中感情がさらに悪化したいまでは、かつての「マルコス王朝時代」なみにアメリカに接近しはじめたフィリピンも含めて、中国が「諸国の敵」という安全保障上は最もバカバカしい立場、そういう皮肉を楽しみたければ、情緒的にはなんのことはないかつての大日本帝国と同じ立場で、違うのは現代の中国が、かつての大日本帝国とは比較にならない経済力を通して深く西欧諸国と結びついていることだが、人間の貪欲の力を過信して北米・西欧世界を飼い慣らしたつもりでいると、最後にはおもいがけないほどとんでもないことになるのは、歴史好きな国民性の中国人はよく知っている。

マーケティングとして「アドヴォケーション」が大好きなベネトンが「UnHate News」という面白い企画を立てている。
http://www.benettongroup.com/archive/press-release/unhate-news-news-you-would-see

日本と中国双方の若い女のひとびとを尖閣諸島に上陸させてビーチバレーボールをさせて、尖閣をめぐる対立の解消を訴えるという企画だが、誰でもすぐに気が付くのは、ベネトンのマーケティング・グループは、それとは知らずに、中国の予想される尖閣紛争シナリオをなぞっていることで、ベネトンのおこなったイベントのうち、日本人の女の人達を取り除いて、中国の女の人達だけにしてしまえば、中国側シナリオとベネトンイベントは見分けがつかないほど酷似している。

まず平和的なデモンストレーションとして中国市民が尖閣に上陸する。
市民を守る名目で海監・海警の船団を用意する。
後方に海軍と空軍を警戒状態で待機させる。

ある時点から「市民」が続々と現れて、日本側が攻撃したと受け取れるそぶりでも見せてくれればしめたもので、中国に日本から尖閣諸島を奪う口実を与え、より重大なことはアメリカに反撃を躊躇する口実を与えることにもなる。

いまのように情緒的に中国孤立の風が吹き始めると、もし尖閣紛争を起こすのなら、中国にとっては遅くなれば遅くなるほど不利である。
中国の人民解放軍の好戦的な層や新毛沢東派たちのなかには、このままでは戦争が起こせなくなる、と焦慮に駆られているひとびとがいるに違いない。

習近平の政治目標は「中国に中間層をつくりだす」ことだとはっきりしている。
中国は国民性から来ているのだと思うが、冨の再分配が極端に難しいお国柄で、国が「豊かになる」と言っても大金持ちばかりが儲かって、アセットが多い層の数が増えてゆかない。
その結果、大富豪とドビンボしか存在しない国になって、国家の安全保障上、これほど不穏な社会構造はない。
しかも健全な輸出に頼らなくてもいいだけの大きさの国内消費市場が育っていかないので、経済政策の舵取りが極端に難しい。
中間層がつくりだせればアメリカ並みに運営が楽な国になって、安定して、習近平が自分に課している課題は、要するに安定して走行する経済をつくりたいと願っているのでしょう。
だから本物の戦争をやりたいわけはなくて、パートタイムの戦争をやって国民の気持をまとめる助けになればいいなあー、と思っている程度だと思います。
庶民の定食屋でひとりで食事を摂っているところをカメラマンに撮らせるくらいで、
意外と単純な人気取りのアイデアを真剣に考える人であると思うが戦争は出来ればやりたくないように見える。
第一、中国で、ほんとうに戦争をやりたい人達は別にいる。

石原慎太郎都知事が尖閣を小津映画出演でもお馴染みの政商菅原通齋の運転手だったという(←ほんとかしら?)人から尖閣諸島を買い取るという計画をぶちあげ、びっくりして狼狽したのでしょう、日本政府は収拾策として、なんと国有化するという文字通り「火に油を注ぐ」政治的決心をしてしまう。
それ以前には火急の問題としては存在しなかった火だねを日本は抱え込むことになる。

政権が民主党からネオ自民党政権に代わると、アメリカ人たちが腰をぬかすほど、ぶっくらこいてしまったことには、安倍首相が靖国参拝を抜き打ちで強行する。
その頃の「東アジアフォーラム」で見せた若い「未来の俊英」アメリカ人たちの狼狽ぶりを思い出すと、なんだかニヤニヤしてしまう。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/01/02/disappointment/

この二連発で、ぐっと日本の安全保障は危機に瀕して、中国がアメリカ軍が即座に反撃しないと読めば、尖閣を略取して国民を一致団結させ国威を発揚するチャンスだった。
もしかすると、かろうじて人民解放軍を思いとどまらせたのは、過去の記憶、まだ石原慎太郎都知事が熟練した巧妙な煽動の腕前をみせて「戦争前状態」をつくりだすより二年も前の2010年に尖閣で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件が起きたときに、ヒラリー・クリントン国務長官が間髪をいれずに発した警告のせいだけかもしれません。
間一髪、だったかもしれない。

尖閣について長々と書いてしまったのは、中国と日本のあいだには現実の領土紛争の危機があって、当然のことながら国民よりも多くの情報を把握している日本政府が焦慮しているように見えるからです。
どうやら、「戦争をやれる体制」を遮二無二つくりたい理由があるらしい。
アメリカが日本を「他国並みの同盟軍」にしたい思惑があるのかも知れません。

その結果、日本がどんどん安全保障上、危ないほうへ危ないほうへ、と流されてゆくのは、見ていて傷ましいほどだが、しかし、安全保障と防衛思想がごっちゃになってしまえば、必ず起こる思考の混乱で、いったん起きてしまえば、それこそHelter Skelterの訳のわからなさで、「きゃああああ」になって、やむをえないと言えばやむをえない。

もうひとつ、今回のデモを観ていて「へえ」と思ったのは、インターネットが実際にインターネットとして機能しはじめていることで、言語が(ヘンな言い方だが)最も孤立している国で起きていることであるにも関わらず、時差をも超えて、日本で起きていることに興味さえあれば、世界中でリアルタイムで官邸前で何が起きているか把握することができた。

ABC、ザ・ガーディアン、ロイター、…というような主要メディアもそうだが、ツイッタのようなSNS、はては非公開のフォーラムでも、かなり正確に、というのは細部に至るまで海の向こうの日本の、永田町の官邸前で何が起きているのか把握されていた。

福島原発後の官邸前でデモがあったときには、なかったことで、福島原発事故後のインターネット、特に日本側でのインターネットの成熟を現している事件だったと思う。
そのおおきな力のひとつは、顔見知りのバジルさんを初めとして、他の数名の人が普通の英語で、なにが起きているか伝えていたからで、あるいはパッと見て目に付いたところでは、契約記者であるらしいオランダの人がツイッタで実況を中継していたりした。
そのほかにも「おれは、東京なんかに勤務させられて、きっとアメリカに戻るときには性的不能者になって結婚できないで一生を終わるに違いない」という妄想に囚われた、絵に描いたような「放射脳」人が勤務先が近いせいでフォーラムに刻銘に様子を伝えていたりして、
「新しい時代のデモのありかた」というようなヘンなことを考えさせた。

デモにはデモから暴動に発展して、あるいは、その気配をみせて、怒りを暴力によってぶちまげて市民の力の恐ろしさを見せつける、というタイプの街頭行動がある。
日本にもちゃんと先例があって、1905年9月5日、日露戦争の講和条件での取り分の少なさに怒った市民が各地で焼き打ち事件を起こした「日比谷焼打事件」があります。
この暴動は日本政府のひどいトラウマになって、いまに至る「政府に従順な国民」政策のおおもとになった事件として記憶されている。

インターネット以前のデモは、初めの官邸前デモがそうであったようにマスメディアが伝えなければそれで終わりで、最も典型的な例を挙げれば、インターネットがそもそも普及しておらず、数少ないインターネットデバイスも政府の厳しい規制によって自由への武器、圧政への最後の反抗の道具としてのインターネットとして機能しなかったチベットでの、デモを繰り返し、暴動を頻発させても、ただ逮捕され惨殺され拷問にあうだけで、チベットの外にはいっさい何も伝わらない、という陰惨な例がある。
自分達の境遇がチベットの外のどんな世界にも伝わらないと悟ったチベット人たちは次次にガソリンや灯油をかぶって、自分の身体に火をつけて、世界の人達の目が自分達の悲惨に向いてくれるように願ったが、こういう場合の専制者の決まり文句「証拠を見せてみろ」で、焼身自殺をもってすら、沈黙させられ忘れられていった。
「世界の人びと」は北京のスタジアムへ向かってゆく聖火を眺めて、水泳のメダル数の予想を暖かいラウンジで語り合うだけだった。

ミャンマーではビデオカメラで撮影することは逮捕につながる。
外国人と話をすることも逮捕の理由になる。
結局ミャンマー人、彼等自身が「こう呼んでくれ」という言い方に従えば「ビルマ人」たちは、バッグに隠した日本製ビデオカメラで撮影し、人の手から手へSDカードを手渡して、IPをマスクした場所から動画をアップロードする、という方法によって、それまでほぼ完璧に隠蔽されていた政府の暴虐を世界に伝えることに成功した。
この動画をもとにいまではいくつかのドキュメンタリがつくられていて、政府が(日本の人たちは「イギリスの傀儡」と呼んでいたが)ビルマ人たち自身によればビルマ人のゆいいつの希望であるアウンサンスー・チーを解放せざるをえない原動力になった。

ぼくはストリーミングで流れてくる、てんでばらばらで、思い思いのかっこう、思い思いの言葉で、なんだか元気までなさそうに、強ばった無表情の日本の人らしい顔で、ただぞろぞろと歩いたり、小グループでチャントにあわせて踊ったりしているひとびとを見て、これでいいのではなかろーか、という感想を持ちました。

バカみたい、と嗤うひとが日本の人のなかにはいたが、なんだか感動して涙ぐんでしまった。
「日本の人の声が聞こえた」のだと考えました。
聴き取りにくい声。
くぐもって、明瞭に発声されない、政治的主張をするのが、何かいけないことで、うしろめたいとでも思っているような、日本の人の、でも必死にしぼりだしたような声。

やがて、烏合の衆、と言う人がタイムラインに現れて、「こんなものは、ほんとうのデモではない」と別の人が述べはじめる。
「ガス抜きの自己満足だ」というひとびとが登場し、「日本人は、こんな無意味なデモしかできないからダメなんだ」というひとたちが声をあげはじめる。
「警官隊と衝突すれば本物だ」という。
「血がながれなければダメだ」
「本物のデモでなければ」
やがて、そういう声に勇気を得たのでしょう。
「若者は60年安保を見習え」という人がやってくる。
「きみたちは、いまの日本の自由が60年安保によって、われわれが勝ち取ったものなのを知らないのか、もっと勇気を出して、ちゃんと戦え」

ツイッタで読んでいて、あまりに面白かったので、そのうちの自分に当てられたひとつにおもわず、「ウソでいw」と返信してしまった。

2005年に日本語インターネットを見だした頃、「世界へ発信」というような自治体や企業、個人のページがいろいろあって、「どうしてこの人は日本語で日本人にしか関心がなさそうなことを書き連ねたページをつくって、それを『世界の人』が読むと考えたのだろう?」とマジメに悩んだことがあった。
あるいは反・反捕鯨にしても、戦争中の日本兵捕虜への虐待(←初め、逆かと思った)を思いっきりぶちまけるにしても。白人の人種差別が許せないと述べるのも、全部、日本語で、こんな習得がチョー難しい言語を習得するだけの知能がある「白人」は人種差別のような大脳が半分しかない(←ニュージーランドの反アジア人が最高潮に達した1995年にニュージーランド政府が出した有名な公共広告。ヨーロッパ人の脳、アフリカ人の脳、アジア人の脳…と同じ脳がたくさん並んでいて、ひとつだけ極端に小さい脳に「人種差別主義者の脳」と説明がついていた)人間の考える事を考えないのではないか、と思った。

最もよかったのは、たくさんの日本の人が戦争をしたくないと考えていることが判ったことで、いままで、日本人は不景気かなんかの弾みで国を挙げて排外主義、好戦主義に移行してしまったのではないか、という印象だったのが、自分の心に訊いてみても「自然と」解消されて、やっぱり日本のひとびとは仲間なのだ、自分達と同じ、だらしなくて、ええかげんで、へろへろだけど、自由と平和だけは大切だと思っているのだ、と実感できたことでした。

すごおおおおおおく、嬉しかった。

いまの世界では「自由主義」の国は、ほんとうに数えるほどしかない。
中国やロシアのような全体主義国家を初めとして、自由主義はおろか民主制すら機能しなくなって、夜の闇に押し殺した声ですすり泣く声が響き渡る社会のほうが増えている。
普段の日本の人でネット上で英語の発言をみかけるのは、たいてい桜か日の丸かアニメをあしらったアバター/アイコンで、「竹島は日本のものだ」「尖閣を中国は盗もうとしている」
「慰安婦は日本を陥れようとする韓国の陰謀です」
「南京虐殺などなかったのを知っていますか?」
「日本人のふりをする中国人や韓国人に注意しましょう」
というような、なんとなく異様な感じがする、SNSを通じての発言だけだったのが、紛うことない、聴き慣れた声、「人間の声」が聞こえてきて、それはちょうど、遠くから近付いてくる敵だとおもっていた人間の群れが、丘にあがり、草原を横切って迫ってくるにつれて、腕をふり、歓呼の声をあげて抱擁をもとめて走ってくるのが判ったときでもあるような、嬉しい感情の爆発を感じる。

それもこれもインターネットの即時性がもたらしたことで、情報の交換が、外交、狂信、株式恐慌防止、すべてのことにおいて対峙的であるよりは融和的、暴走よりも安定にはたらくことを考えれば、どうにかして中国の「反日人」にも見てもらって、自分が戦争の相手として思い詰めている当の日本人は、なんだか踊り狂ったり、疲れ切った顔で力なくチャントに加わっていたりする、途方もなくふつーの人で、その普通の人たちが、自分とまるで同じ人間で、中国人や日本人であるよりも先に人間でしかありえなくて、そんなのを戦場で撃って殺してしまったらひょっとしておれは殺人鬼ということになるのではないか、と気が付くところまでいかないかなあー、と適わないことまで考える。

そーそー。この人はオーストラリアにいて、インターネットに自由にアクセスできる立場なので、ストリームのリンクを送って「見てみれば」と言ってやったら。
たった一行、「参った」とeメールを送ってきた、
日頃、日本人の全体性残虐性を呪っている中国人友達がいたことをご報告いたします。

勝ってるやん。
日本人。

(この記事は「官邸前の愚者の群」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/07/04/官邸前の愚者の群/
の続編でごんす)

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One Response to 官邸前の愚者の群2

  1. 確かに都市では「自由とか平和、自然」という掛け声が流行しているように思うし、インターネットにつながっているように思う。でも、都市の住民は移り気だ。日本人は、特定の価値観を尊重しているのではない。日本では、しばしば、多数決が少数派を抑圧するいじめを正当化するのに使われる。どんな論理でも、51%の人々が賛成すれば正義になってしまう。だから、自分がいじめの対象にされないように必死に多数派に混ざろうとする。今の大きな声が「自由、平和、自然」だと都市の人々は思っているから、そのような振りをしている。でも、人目から外れれば、無責任なことをする。田舎の人々にとっての大きな声は「美しい昭和の社会秩序」のような感じだ。田舎では、インターネットはごくたまに広告のチラシのように見るもので、「俺の家の近所では、絶対に目障りなことは許さない。何かあったら、すぐに町内会長に連絡して止めさせる」とごりごりに欲の皮の突っ張った人が多いように思う。日本が「国際協調」とか「国際貢献」などと言う背景も、国際社会で大きな声に混ざろうとする意志の表れであって、決して特定の価値を尊重しているわけではない。その証拠にその価値の核心と言えるような原則部分でも、簡単に譲歩したり妥協する。おばあさんが言っていた。「日本が日露戦争に勝ったとき、学校でも喜んで、校庭を駆け足で行進したよ」。今の日本でも、そんなに違いはないように思う。風向きが変われば、たちまち、大多数はなびく。警察の奥では代用監獄廃止や取調べの全面可視化を拒む、赤狩りを担った戦前の特別高等警察からの伝統が息づいていて、たびたび自白誘導などで冤罪が明らかになったりする。「検挙率99%」などと言っても、余罪の大半が自白誘導による冤罪であろうことは誰も言わない。一票の格差など、はっきりとした選挙権格差があっても、マスコミも政治家も「選挙は厳正に行われた」と言う。選挙でも、いかに早く開票するかの競争をするあまり、部落単位で投票し、開票するから、個人単位では匿名でも。部落単位では記名式の投票も同然だ。当然、当選者たちは選挙が終われば、部落単位での投票結果を見て論功行賞行政を行うことになる。
    部落では、野党に投票した戦犯探しが始まる。公明党などでは、一個ずらし投票で、投票内容を強制したりしている。その方法は、「投票内容をボールペンで記入した投票用紙を持って入らせ、それを投票する代わりに、自分の受け取った白紙の投票用紙を持って来させる」というものだ。そうやって数珠繋ぎ式に次の人が前の人の記入済み投票用紙を使って投票する。民主主義の価値など言うのは共産党系の教師くらいだろう。「多数決によるいじめの正当化」というルールをいかにうまく使うかが、重視されている。日本のそこかしこで「はい、賛成の人、手を上げて。賛成多数で決まりね」というセリフが溢れかえっている。

コメントをここに書いてね書いてね

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