Dominion Road

se (29)

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オークランドでいちばん好きな道をひとつあげろと言われたらドミニオンロードと答えるだろう。
日本の人達にも人気があるアジアンスーパーマーケットで始まって、華人の店が多いエスニックレストランが並ぶ商店密集地がところどころにあって、インド人たちが住むサンドリンガムに続いてゆくこの道は、その先に広がる中東人やアフリカ人たちの町とあわせてオークランドの多文化性を象徴するような道です。
画像を貼ってゆくのは簡単だが、いまはグーグルウォークがあるので興味がある人は地図のなかに降りたって、CBD側から始めて、ずっと歩いてみればよいと思う。

モニさんはアジアのものはあんまり興味がないので、ドミニオンに散歩に行くときはたいていひとりで行く。
モニさんがヘアドレッサーに行くとか、スパに行くとか、そういうときにひとりで遊んでいてもつまらないのでドミニオンに行って、中国の人やインドの人、足をのばしてミドルイースタンと話をしに行く。

故郷の町の自慢話や英語人社会/ニュージーランド社会への不満、ある場合には、小さな船に押し込まれて、波に何度も転覆されそうになりながらオーストラリアまでたどりつく、びっくりするような冒険譚を聴くこともあって、驚かされてしまう。
ゴールデンフリースを探すアルゴー隊でも、あんなものすごくて破天荒な航海を経験したわけではなかった。

そういう冒険物語、自分の知らない世界、思いも寄らなかった視点を、中東人の生活の特徴の、素晴らしい味のコーヒーとお菓子と一緒に耳を傾ける。

きみもぼくも世界がどれほど悲惨な場所かを知っている。
コソボやセルビアのひとびとがエリオットステーブル
http://www.elliottstables.co.nz/
の小さな卓をたたきながら語る戦禍の悲惨や、イラク人たちが先を争って話しかけるアメリカ人たちの残虐さ、ところがきみの同じ耳がニューヨークでは、イラクの夜の町がどれほど恐怖に満ちた町だったか、どんなふうにプラトゥーンのなかのいちばんの友達が殺されていったか、擱座して燃え上がる装甲車、自分の膝に頭をあずけて血まみれになって死んでいった若い女の放送スタッフ、いまでも部屋のなかに漂っているような硝煙の臭い、について憑かれたように話された言葉を聴いたのを思い出す。

ある人はアメリカに移住した叔父が病気になって見舞いをするためにアメリカへ旅行してきたらイラン=イラク戦争が始まって、そのまま帰れなくなってしまった。
ひと晩30ドルのモテルに泊まって、スーツケースひとつで生活を始めなければならなかった。
キリスト教徒同士の伝手をつたってレバノン人やイラクのキリスト教徒たちが肩を寄せ合うようにして暮らす会社で働き始めた。
わたしがイラク人だと知ると、親切にも「ではスペアリブはダメでしたね、ごめんなさい!」とアメリカの人は言うの、と寂しそうに笑う。

きみはこの家族のフォードのバックミラーに目立つようなやりかたで巻き付けられていたロザリオを思い出している。

あたりまえのことに過ぎないが、世界にはたくさんのひとがいて、まるで異なる考え、顔かたちも皮膚の色も言語も異なって、お互いに理解しあうのはほぼ絶望的なことだという気持と折り合いをつけながら、せめて礼儀正しくして、相手を傷つけないように気を付けながら、そっとコーヒーカップのなかに目を落として微笑んでいる。

いまの世界には、どんな都会にもその都会の「ドミニオンロード」があって、ほんの少しの勇気があれば、あの優美な、白いノーマッドのロングコートを着て、円帽子をかぶって、低い塀に腰掛けてコーヒーを飲んでいる、背の高い、ポスチャがびっくりするほど垂直な、アゴヒゲをかっこよく赤い色に染めたアフリカ人に話しかけて、夜のぞっとするほど暗くて寒い砂漠や見渡す限りの砂の海をラクダをボートのように使って泳ぎ渡っていく、ノーマッドたちの暮らしを聴かせてもらえる。

日本のひとたちも、もういいかげんに、ありもしない観念の「世界」に閉じこもって無意味な理屈いじりをやめて、直截、世界に向かって語りかけるときに来ていると思う。

世界が、ほんとうはひとつであるはずなのに、現実には、いくつにも渉って同時に存在するのは認識が現実に優先するからである、という話は、もうこのブログでは何度も何度も繰り返し書いた。

最も話のはじまりに位置する感覚器のところに戻っていってさえ、物理的に人間が「見て」いる範囲は腕をいっぱいにのばして親指を立てた、その親指が隠している範囲にしかすぎない。
それなのに自分が座っている部屋が「見えて」いるのは、大脳が視覚器がかき集めてきた情報をつなぎあわせて、合成して、「部屋」として意識に投映しているからにすぎない。
潜在意識の捏造が最小であるはずの視覚ですら、このていたらくなのである。

最近の自動車にはクルマに十数台のカメラがついていて、たとえば駐車するときに空の真上から「見た」クルマの映像をスクリーンに映してくれるものが増えたが、人間の視覚は(あんまり信じたくないことだが)、あれと本質的に同じものである。

「いま目でみているもの」というような最も基本的な情報がソフトウエアによる情報処理にそれほどおおきく依存しているのに人間にとっての「現実」が伝統的な意味において存在するわけはない。

認識が現実より優位にあるという21世紀にはいってからの科学の発見(確信)は、もちろん、きみやぼくの言語の現実に対する信頼性にも影響していて、迂闊に言語が歴史を通じてためこんだ語彙にシロップにしみこんだような情緒をうけいれてしまうと、きみは一瞬で世界から鋭いメスで切り離されるように切り離されてしまう。

インド=ヨーロッパ語世界の神は、おおざっぱに述べてひとつの屋根の下に住んでいたので、ユダヤの民も、新約の民も、ムスリム人も「神」というアイデアをうけいれるのは簡単なことだったが、中国文明という異なる家の軒の下に住むひとびとによって、あるいは物理学者や天文学者たちという新興の認識によって挑戦を受けて現実そのものが歪みはじめている。
そうしてそれはきみが意識しているよりも遙かに深刻な事態なのでもある。

だからきみは19世紀人たちが現実を採集してあるいたように、認識を採集して歩かなければならなくなってしまった。
実際、現代の世界では百冊の本を読むより、ひとりのすぐれた認識力を持つムスリム人と話す事のほうがずっと重要で不可欠なことである。

おおげさに言えば人間が20世紀までに築き上げてきた世界への「認識」はいままでに述べた簡潔な理屈によって全体がスコラ学のようなものになってしまったのだ言ってもよい。スコラがめんどくさければ朱子学でもいい。
そこではすべての真実の探求が訓詁の試みに変わり、あらゆる論理がシンタクスに致命的な欠陥を内蔵した修辞にすぎなくなる。

真昼の太陽に照らされていると幻想していたものが、実際には夜の帳に投射された真昼の幻影にしかすぎないと知ってきみは愕然とするかもしれないが、さっきまでたしかに高天にあったはずの太陽が残していったぬくもりだけは真実のもので、
きみは愛する人の手をとって、「観念」が役割を終えた闇のなかをわけいってゆく。
でも、だからこそ人間は再生を信じられるのだと思います。
(ほら遙かに狭い視界だけど、いままで見たこともないクリアな画像が見えてきたでしょう?)

*めんどくさいことが起きたので当面tumblrをのぞく本文の転載は部分転載も含めてお断りします (tumblrは大好きなので歓迎いたしまする)(もちろんtwitterもw)(もちろんリンクは貼ってくださって結構です)

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One Response to Dominion Road

  1. 眠れる森のおっさん says:

    絵を描いているとこの記事の2のところで書かれているようなことでいつも悩む。 絵の場合だと肉体(感覚器)の限界、意識の限界(言語の干渉による情報の偏り)、それから描くときにもうひとつ、観念という内的情報と外部の情報(例えば紙の上の黒鉛の痕跡)という直接的な関わりのないもの同士を同期させようとする行為の不可能性(といえばいいのかな?)がある。 少なくとも三回は情報の十全性が損なわれている。 これで「ものを見てそれを描き表しました。」なんてとてもいえないよなぁ、と考える。

    「真昼の太陽に照らされていると幻想していたものが、実際には夜の帳に投射された真昼の幻影にしかすぎないと知ってきみは愕然とする」  ←これ一枚絵を描き終える毎の僕ですw まんまw

    「あ、いまそのままの姿で見えたぞ」とか思って描き始めても、最後にはもといた場所に戻ってきて、「またかよ。」と思う。 

    ガメさんは「高天にあったはずの太陽が残していったぬくもり」が本当の本当に真実だとおもいますか。
    いや、そうだと知っているからそう書いているんだよね。

    自分は駄目だなー。

    亡霊達の助けなしで世界を見てみたいよ。 例えそれが何も見えない真っ暗闇みたいなものだったとしても。

    あーあ。

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