うなぎ

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うなぎはヘンな魚である。
うなぎは後進する。
これだけでも十分ヘンである。
うなぎは湿った地面を伝ってひとつの川から隣の川へ陸上を移動する。
サケや他の淡水と海水のあいだを旅する普通の魚は産卵のために川を遡上するが、うなぎは逆さまで川から海へ産卵しにおりてゆく。

世界の19種類のうなぎは19箇所の産卵の場所を持っていて、すべての同種のうなぎはその授精場所へ帰っていく。
日本のうなぎの授精場所は西マリアナ海、グアム島の西400キロくらいのところにあるのが判っている。
世界で最もうなぎについて詳しいうなぎ知性の東京大学教授塚本勝巳が2011年に天然受精卵を発見したことによって具体的な場所もほぼ判明した。
ほぼ判明した、が研究者たちの永年の夢である「うなぎの受精」そのものは見ることができなかった。
塚本勝巳によれば、たとえば日本うなぎの受精は、日本じゅうから集まってきたうなぎがひとつの超巨大なヌルヌル球体を形成して、お互いにヌルヌルしながら授精に精を出しているはずであるという。
人工授精では実際に発生する個体数が極端に少なく、発生しえた個体は例外なく畸形であるのは、どうやら、この巨大ヌルヌルボールに秘密があるらしい。

世界の養殖うなぎの稚魚は、多く、サルガッソー海由来の北米うなぎで、ほとんどメイン州とサウスカロライナ州、特にメイン州でとれる。メイン州だけで8割、だかなんだか、そういう数字で、これが台湾や中国に空輸されて成体にまで肥育され、日本市場で販売される。

なかには欧州やアメリカに空輸されて日本食レストランで供されるものもあって、なんのことはない、里帰りしている。

メイン州の漁師はうなぎの稚魚捕獲でボロ儲けできて、たったひとりでネットで穫ってバケツにいれる漁法で一夜に邦貨1000万円を越えるうなぎの稚魚をとったりする。
2012年には到頭最高値1kgあたりUS$5800をつけた。おおざっぱに言えば、60万円です。
メイン州に行くと「うなぎ長者」がいるのは、地元では有名な事柄に属する。
http://www.nytimes.com/2012/03/30/us/in-maine-fishing-for-tiny-eels-and-big-profits.html?_r=0

この稚魚(glass eel)を買う方は数千億円規模の巨大産業なので、もう止めるのが難しくなっている。
うなぎも利権化するのである。

ニュージーランドでは、マオリ族にとっては、うなぎは神聖な生き物である。
ちょっと西洋世界の蛇に似ていて、ときどき、ぐわあああああな美人のねーちゃんの姿になってワカモノを誘惑したりする。
マオリにとっては、部族的情緒の中心でもあって、うなぎの話になると、涙ぐみながら話をするマオリの老人は、南島に行くと普通に存在する。
わしマオリ人友達も日本料理店でうなぎがショーウインドーにあるのを見ると、「日本人たちの腹を割いて蒲焼きにしたらどんなに気持がいいだろう」という危ない冗談を言う。
顔は笑っているが目は笑ってません。

 もっともニュージーランドでも(主に水力発電ダムのせいで)絶滅しかけているうなぎを捕獲しているのは海と水際全部の権利を国から与えられて持っているマオリ族で、あっちもやめないとお話のつじつまが合わないような気がしなくもないが、一緒にでかけたトランピングでお腹を割かれて蒲焼きにされて皆に食べられてしまうのは嫌なので、口にだして言ってみたことはない。

もう少しうなぎが絶滅に近付くとマオリ族のうなぎへのaweがズームアップされて、反うなぎ漁の思想的背景をなして、Eel Shepherdなんちゅうのが出来て、日本の鰻屋さんに突撃するかもしれないが、あっかんびー、クジラをとるのはやめないかんね、国際司法裁判所がなんぼのもんじゃい、を日本の人がやっているかぎりは、そっちに怒りが集まって、突撃うなぎ特殊部隊は、その後だろう。

そのときは、たとえば、「尾花」がある千住でもマオリの戦いの儀式「ハカ」

が見られるかもしれません。

初めてうなぎを食べたのは麹町の「秋本」という店で、子供のとき、義理叔父にせがんで連れて行ってもらった。
日本に住んだ、初めの年の終わりだったと思う。
かーちゃんととーちゃんに頼んでも戸惑わせるだけなのは判っていたし、こっそり妹に聞いてみたら「おえええええー」と言われただけだったので、従兄弟とふたりで義理叔父に頼んでみたら、ふたつ返事で連れて行ってくれた。
義理叔父のクルマが大きすぎて鰻屋からいちばん近い駐車場に駐車を断られたというようなくだらないことを鮮明におぼえている。

善国寺坂の途中にある、その店は義理叔父はよく知っている店らしくて、女将さんが出て来て「座敷にあがられますか?」と聞いていたが、今日はテーブルのほうがいい、と義理叔父が勝手に応えたので、従兄弟とふたりで、「あれってガイジン差別だよな」とヒソヒソと話をしたのをおぼえている。

eelだとおもうと、きんもちわるー、だが「うなぎ」なら平気だったところが言葉の妙であると思われる。
鮨屋で「tuna」と言われるとまずそーだが「まぐろ」ならチョーおいしそーな感じがするのと同じことでしょう。

なんというか、すごくおいしかった。
それが始まりで、特にうなぎに狂ったわけではなかったが、麻布台の野田岩や、麻布台の弟がやっているという横浜の野田岩、銀座の竹葉亭、ひろびろとしたテーブルが好きだった日本橋の竹葉亭、鎌倉のつるや、千住の尾花、名古屋のひつまぶし、「あつた蓬莱軒」、思い出してみると、案外あちこちでうなぎを食べている。

日本語の本を読むと、うなぎを食べる習慣を気持ち悪がる外国人の話がよく出てくるが、あれはほんとうだろうか?
日本にいたときに、ガメがいるあいだに日本に行くべ、というのでいろいろな友達が東京にやってきたが、うなぎ食べてみる?というと、今日は体調がわるいからエスニックなものはやめてステーキがいいなあーという、たわけ者はいたが、たいていは、おお、いいね、という反応で、鮨、天ぷら、うなぎ、なんちゅうものには、あんまり抵抗がある「ガイジン」はいないのではないかしら。

最近は日本食に対する知識も程度も増加しているので、マンハッタンの日本料理屋に満足できなくなって、「真の日本料理」めざして日本へでかけてゆくオオガネモチたちがたくさんいる。
まだわしが日本にいた頃、わし友達じーちゃんは、忙しい合間をぬって、わしがみせびらかした「飛竜頭」を食べにプライベートジェットで日本にやってきた。
折角だから白木のカウンターのある割烹屋につれていって樽菊正宗で店の人に遊び相手をしてもらったら感動して、冗談ではなくて、あまりの愉楽に涙をこぼしていた。
あの絶妙な幅のカウンターの向こうから、なんだかのんびりした口調で話しかける大将のいる店の「呼吸」が、通訳がはさまるマヌケなリズムでさえ、途方もなく嬉しかったもののようでした。

もっとも、鰻料理の醍醐味は高級なところよりも、子供のときにいちど連れていってもらった(いまはもう破壊された)昔の丸ビルの一階の裏側にあった「竹葉亭」で、いま思い出しても、天井の高い、広い店内には、クローンでもあるかのような(←大失礼)、同じ髪の色、同じ顔、同じネクタイに、同じワイシャツの「サラリーマン」が、わああああっと並んでいて、皆が同じキリンビールを飲みながら、これも同じ丼に顔を突っ込んで、うまそうに鰻丼を食べていた。
その頃多分2500円くらいだった「竹葉亭」の同じうなぎの鰻丼を、このサラリーマン向けの「竹葉亭」ではたしか1000円で出していて、その代わり重箱でなくて、ときどきは縁が欠けている丼で出して、テーブルは相席で、本来は嫌いな類型であるはずの光景を、まるで小津安二郎の映画の世界に迷い込んだような、不思議ななつかしい気持で思い出す。

仲の良い鰻屋の女将さんから毎年届く時候の挨拶の葉書に、去年は封書が加わってびっくりしたことがあった。
ここで、あんまり内容を書く気はしないが、うなぎの絶滅はロングランでは日本人の責任で自分は日本人としてやはり責任を感じること。でも今年の「うなぎが食べられなくなる」は業界では商社が噂を流して値段のつり上げを図っているという根強い噂があること、昨日は鰻丼を食べにきた50代のお客さんに、帰り際、「鰻みたいな絶滅寸前の魚でカネモウケをして恥ずかしくないのか」と言われて、悔しくて悔しくて眠られなかったこと、が書いてあって、なんだかタメイキが出てしまった。

土用の丑の日、明日だけど、鰻丼を食べるのにまで倫理を付き合わせて考えなければならないなんて、なんてくたびれる世の中だろう。

あーあ。

(画像は千住「尾花」のうなぎ重)

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One Response to うなぎ

  1. うなぎといえば、子供の頃、年に1回だけ食べる特別に高価な魚だった。
    ここ数年はうなぎなど食べていない。
    鯛といえば、結婚式などでしか食べられない魚だ。
    ニュースなどで、カツオが不漁だとか、マグロが高いなどと言ったりしているが
    もともと、そんな魚にあまり縁はない。
    さんまも最近は高い。
    もともと、秋に2、3回しか食べない魚だが。
    えびもアメリカで消費されるようになったせいか、とても高くなった。
    昭和の時代は、明日が昨日よりも良くなる日々が多かったが、
    平成に入ってからは、明日は昨日よりも悪くなることが多い。
    主な蛋白源としている卵や豆腐、ちくわが値上がりしているのがきつい。
    野菜も高くて、生ごみを漁ったり、雑草を食べたりしてしのぐことも多い。
    もやしが安いのは助かる。
    米も高い。
    小麦粉のほうが安いので、米を食べる回数も減らしている。
    最近は、さばの缶詰が割合、安くなってきて、もう少し安くなるといいなあ、と思う。
    本などで「人間などクソ袋だ。何を食べたって、出てくるのはクソだけだ」と書いてあったり、
    「どうせ、2倍の値段の食事をとったところで、2倍の仕事ができるわけでもないし」と
    妙にあきらめて納得している。

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