輝かしいもの、あるいは「終わりのない世界」の凡庸さについて

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モダンダンスだけではなくて、この頃は、バレエの演目でもオムニバスになっているときは、いくつかモダンダンスがはいることが多くなった。
プリマ・バレリーナは、現代風な「色物」は踊らないが、若いバレリーナたちが、ダンスそのもの、自分の肉体の動きそのものを楽しむように踊るのは、見ていても気持ちがいい。

アオテアセンターの「五つのバレエからなるオムニバス」の3番目は、今回は、ベッドのマットレス一枚を小道具にして、男3人と女1人がさまざまな性行為の暗喩に満ちたダンスで、なかでも男2人と女1人、男ばかり3人の3Pの暗示は批評家たちの眉を顰めさせたが、いまさら眉を顰めてみせることもない、全裸に近い姿で踊るステージも多くなったいまのタブーが失われたモダンダンスの世界ではコミカルで、おもしろかったと思う。

もともとが筋肉と肉体、跳躍、リズミックに跳ねる五体の誇示であるバレエやダンスで、裸体の露出が多くなってゆくのは、当然といえば当然で、抑制と定型があるかないかの違いだけで、チェルシーのダンサーたちがよく表現するようなエロスの塊であっても、不思議も驚くべきこともなにもない。

ダンサーたちの肉体は「美しい」というような言葉を遙かに嘲笑って、人間よりは肉体の美によって神に近づいてしまう。

先月、観に行ったモダンダンスでは、後半に近くなって、ダンサーたちがいっせいにクラブダンスを踊り出すところがあったが、ふだん自分たちが踊るダンスをダンサーたちが踊り出すと、センスと能力の差は圧倒的で、
ダンサーたちの笑顔が、「どう?プロのすごさをみたか」と述べているようにみえる。

人間の肉体の美しさは、すべての自然を凌駕して、圧倒的で、肉体の美に較べれば人間の知性など惨めなものだと実感する。
人間は、ものを考えるのには向いていないのだと理解される。

アスペルガー的知性の話の続きをしようと思って日本語ブログに戻ってきたのだが、さっきニューズを観ていたらロビン・ウイリアムズが自殺していて、自殺のニューズはいつもそうだが、なんだか仲間が闘争に敗北して殺されてしまったとでもいうような、いたたまれない、惨めな気持ちがする。
このコメディアンもアスペルガー的な知性の持ち主で、平坦に言葉にはいっていって、ふつうに話すということができない人だった。
少し昂揚して、自分の伝達用の言葉が引き出しから出てこられる定型になって、他人を驚かせるような表現を伴わないと伝達の努力ができない人だった。
鬱病に陥りやすい人であるのを皆が承知していて、見守っていたが、やはりだめだった。
世界じゅうで、「まるでぼくが死んでしまったようだ」と考えた人がたくさんいただろう。

有名な人間が自殺すると報道されるが、無名な人間の自殺はだいたい報道されない。
軽井沢大橋では相変わらず自殺が続いているが、地元の報道機関は申し合わせて報道しないことにしてあると地元の人が述べていた。
自殺にはほかの人間の自殺を呼び寄せる忌まわしい性格があるからで、処置として無理がないことだと思う。

自殺は目にしたり耳にしたりするたびに、自分が少しずつ死んでゆくような嫌な気持ちに襲われる。
自殺するのはひととして弱いからだとか、まして他人の迷惑を考えずに電車に飛び込んだりホテルで縊死するのは許せないと気楽なことを述べる、生きていても死んでいても邪魔なだけのマヌケなひとびとを別にすれば、普通の人間は、みな等しく、自分が少しだけ死んだような気になるのだと思う。
その証拠に、自殺報道を読んだあとでは、世界の色彩が少しだけ褪せて、生きてゆくための意欲は少しだけ摩耗して、世界への希望はまるで自殺した人が渇きに耐えかねて飲んでいってしまったとでもいうように目に見えて減っていく。

呼吸が少しだけ苦しくなって、なんだかいつも酸素が足りないような気がする。
そうして、そうか死んじゃったのかと思って、窓際のカウチに寝転がっていると、突然、涙が出てくる。
一度か二度会っただけでも、まるで自分の胸のなかに、死のせいで、小さな、悪意に満ちた空洞ができてしまったような気がする。

二十代前半の友達から手紙が来て、開けてみると、「ぼくは気がついてみると部屋じゅうの家具を壊していて、いつもはそこまでやりはしないのに、椅子の脚を折り、窓ガラスを割って、気がつくと床にうずくまって泣いているんだ。
気がついてみると隣の部屋からも大きな泣き声がするので、行ってみると、母親が泣いている。
どうして泣いているのだろう?と訝しんで、「どうしたの?」と声をかけなくちゃと思って、しばらくして、やっと、ああ、ぼくが原因なんだな、とわかった」と書いている。

あるいは、ビルの上の屋上広告塔へ出て、ウイスキーを飲んで、なんだか何年も訪れたことのない陽気な気持ちがわいてきたので、広告塔の前の、ビルの屋上の縁にでて、二十メートルだかの下を見て、いまここから飛び降りたら楽しい気持ちのまま死ねるな、と愉快な気持ちで考える。
もう努力しなくていいし、もう楽しくもないのに他人と目があって微笑む必要さえないんだ。
幸福でなくていいってのは、ガメ、なんてすばらしいことだろう!
と書いてよこす同年齢の友達がいる。

地球は毎日自転して、少しずつ公転して、ちょうど臼が豆をひきつぶすように、個々の人間をひきつぶす音が聞こえるようだ、と思う。
しかも、よくないことに、皆がうすうす気がついてもいるように、生まれてきたことや、人間の一生には、もちろん「意味」などかけらもないので、いま死んでも、二十年後に死んでも、本人にとってすら、たいした違いはないとすべての哲学は教えている。
哲学が、よく観察すると、乱暴にも「人間は、とにかく生き延びる努力をしなくてはならぬ」という意思を公理にしているのは、そうしなければ人間の存在そのものが否定されてしまうからだろう。

だが自殺という行為は、他人を少しだけ殺すという加害性によって、やはり罪であり、エゴイズムであるといわねばならない。
きみには自分を殺す権利はあるが、ぼくを少しだけ殺す権利はありはしない。
そのことを、きみは忘れているのではないか。

魂は滅びてもいいが、肉体が滅びるのはたまらない。
あれほど美しかった形象が、年齢とともに緩み、鈍くなった感情で垢膩し、異臭を放つようになり、衰えた知力が華萎(かい)に落ち、臭穢(しゅうわい)し汗出(かんしゅつ)して、ついに自分のほんとうの姿にもどることすら拒否するようになる。

肉体が滅びることと自分がなした取るに足らないことをおおげさに何事か成したように言い立てて、自惚(じこつ)し、他人がどう思おうが、おれは案外たいしたものなのさと考え出すのと、筋肉が衰え、皮膚がたるみ、髪の毛が無残に抜け落ちてゆくこととが同時に進行してゆくのは偶然ではない。
目にみえる形象と目に見えない形象が足取りを同じくしているだけのことで、実際にひとつのものの老衰の二面の顕れであるにすぎない。

マンハッタンに住むフランス人の友人たちは、よく年をとってジムに通うアメリカ人たちを、醜悪な自己執着の戯画、文明を理解できない人間の証左として笑っていたが、ではジムに通うかわりにどうすればいいのか、という問題は意外なほど人間にとっては深刻で、しかも正視を拒むほど救済のない「正解」しか待っていない。

人間のあいだでは他人よりも遙かに知能が高い人間がいても、人間の知性そのものが取るに足りないので、前にも述べたように、知能が高い人間を評価することは、フリーレンジの養鶏場で、晩飯に、首を絞めるための鶏を選ぶのに、最も賢い鶏を選ぶのと同じで、たいした違いはない。
人間の価値の本質は肉体の優美で、だからこそ昔から神は人間の持つもののなかでは肉体のみを嫉妬し、すべての魂は、再び出生して、輝かしい肉体を獲得するために長い列をなして待っているのだろう。

人間の存在が本質的な価値を持つのは、人間性という、人間が発明した狡猾な慰めを忘れてしまえば、だからたかだか二十年にしかすぎない。
少なくとも、そう疑うにたる、たくさんの観察を、ぼくは持っている。

ヴィクトリアパークの丘のうえで、冷たい風に揺れるヒースを眺めていた冬をおぼえていますか?
きみは、もう生きていても仕方がないと考えていて、ぼくは、それを知っていた。
白い息が凍って、足下がうんと冷たくなって、きみはぼくの鼻が赤くなったといって、ずいぶん可笑しそうに笑っていた。
なぜ鼻が赤くなっただけのことが、そんなにおもしろいのか、判らなかったが、きみが楽しそうに笑うことが、ぼくを少し安心させた。

ぼくはロシア兵が長靴のなかにいれる唐辛子の効用や、むかし、マヌケな科学者が顕微鏡のなかに観たと主張した頭に巨大な鞭毛を生やした小さな人間の形をした「精子」の話をした。
きみは目を見張って聞き入ってくれて、笑ったり、ときどきは質問をでっちあげて尋ねるふりさえした。
きみは、でも、もちろんぼくが何をしているのかよく知っていたし、ぼくもきみがなにもかも知っていることを知っていた。

丘をおりてクルマに戻ったときに、きみがジッと自分の足を観て、「なんだかぼくの足じゃないみたいだ」とつぶやいたのをぼくはよくおぼえている。

あれから10年も経ったのに、この世界が滅びもせず、変化すらしないで、相も変わらず毎日が続いていることは、ぼくを驚かせる。

きみがいなくなった世界がきみがいた世界とそっくり同じにしか見えないことを、ぼくはあの頃、どれほど呪ったことだろう。

「世界を拒絶する最も効率がよい20の方法」というようなハウトゥー本がないのはどうしたことか。

世界じゅうのあちこちに、自分とおなじ種族がいて、口ごもったり、すっかり嫌気がさしてしまったり、誰彼と絶交したり、もうどうでもいいや、とふてくされたりしている。
おおきな声をだす人間が嫌いなんだよ、と述べている。

夜更けのダイナーで、ぼくは誰にも会いたくなんかない、と考えている。
ぼくは、おおきな声ではいえないが、八手先のチェックメイトも読めないような人間とは口を利きたくないんだ、ときみはうぬぼれてみる。

正しさに中毒した人間や正義で声がしわがれた人間が、いったいどうやって世界を理解できるというのだろう。

きみは次から次に自分が不幸である理由を列挙しながら、ふと、カウンタの向こうでコーヒーをつくっている、あのおばちゃんは、自分の仲間なのではなかろうか、と甘美な空想にひたりはじめる。
あんなに荒っぽい口調で話しているが、ほんとうは輝くような純粋な魂の持ち主で、自分には想像もつかない馥郁とした精神を隠しているだけなのではないか。

突然、まだ会ったことがない、見も知らない、「親友」の数を数え始める。
まるで人間の汚い息でくもった夜空に幽かに輝く星の数を数えるように。

もう夜さえも、違う種類の暗闇に覆われてしまうだろうから。
過去も。

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5 Responses to 輝かしいもの、あるいは「終わりのない世界」の凡庸さについて

  1. http://concert.arte.tv/fr/soiree-exceptionnelle-nicolas-le-riche-lopera-de-paris
    (1:08頃~ Nicholas le Riche: Maurice Béjart Boléro)

    片手でやっとぶら下がっている命のロープを、もうつかんでいられないと感じてしまった人に、これを見せたいと、数日前から思っていました。
    「生きろ!」でも「生きる!」でもなく、生命そのものが「命、命、命!」と叫び脈打つ姿に、圧倒的な力のおすそ分けをもらえるような気がするからです。

    ”突然、まだ会ったことがない、見も知らない、「親友」の数を数え始める。
    まるで人間の汚い息でくもった夜空に幽かに輝く星の数を数えるように。”
    がめさん、美しい言葉をありがとう。

  2. チバーン says:

    ガメさん、日本語でのブログありがとう。
    ここにリプライするのは初めてで書き方も合っているのかわからないけど、
    なによりも「ありがとう」の気持を伝えたくて。
    ガメさんのブログを読むたびに少しづつ自分の心の迷路や言葉にできない部分が自分で分かることに安心と感謝の気持で涙がでそうです。

    映画でしか知らないウイリアムさんの死は悲しく、理研の方の自死も胸がつまります。
    毎日耳を塞ぎたくなるほどの人身事故のニュースも息が苦しくなります。
    そんな私は余程の偽善者なのかと、自分の心の中を徘徊しても分からず、きっと死ぬまで分からないままなのだろうと諦めていました。

    私が難病を患った時に、痛みで眠れない明け方に、母が牛乳配達の人を呼び止めてフルーツ牛乳を分けてもらおうとしたら、お見舞いです…お大事に。と云ってくださった方が、私が元気になり働きはじめたその年に自殺してしまわれました。
    どなたの自死もいつもそれを知ったあの瞬間に戻ってしまいます。

    私はいつもガメさんのブログから私の知らない新しい世界を見させてもらっています。
    ありがとうガメさん。

  3. iyi3104 says:

    ガメさんこんにちは。
    よいしょと腰をあげて、口座ある五万をおろして、きっとそれでは当然チケットは買えないから、親友がOさんに預けたというお金から30万拝借して、ニュージーランドへ旅行へ行く。
    それは、可能なのでしょうか?不可能なのでしょうか?
    いつであれ世界は、理解不能です。
    自殺は確かにショックを受けます。
    書き込んでしまってすみません。素晴らしい文章でした。ありがとうございます。
    いつか、どこかで、お会いできるとおもっています。

  4. DoorsSaidHello says:

    私が大学生だったとき、6人しかいないゼミで、向かいに座っていた少女が亡くなりました。
    そのひとはゼミが始まってすぐに休み始め、心配だから訪ねてみようと話した矢先のことでした。

    検死が終わった後、通夜は学校近くで行われました。
    集まった人は皆無言で、廊下の光が白々しく明るく、奇妙に静かで、そして誰も泣くことができない放心の中にありました。

    彼女の親御さんが言葉少なに挨拶をされました。十分に強かったなら死ななかったと思う、という意味のことをおっしゃったと思います。

    彼女はとても強かった、彼女は最後の瞬間まで闘ったのだ、どれほど苦しい戦いだったろうか、力が尽きるまで闘って、そしてついに力尽きたのだ、と胸の中で叫びながら、私は無言で葬列の中にいたのでした。

    私の好きな作家にジェイムズ・ティプトリー・ジュニアというひとがいて、このひとは自殺で果てた人なのだけれど、若いときからその作品の底には静かな諦念があって、私はそれを読むといつも、白い光に満ちていたあの廊下の静けさを思い出します。

  5. jiro says:

    随分と昔、自分で自分が何を思っているのか意識もできないままに、マンションの最上階から下を眺めていました。 ある日カミュを読んで、「ああ、自分はいつ死んでもいいのだ」という、一種、転倒した感想を得てからはそういうことをしなくなりましたが、いつでも、あの景色は頭の片隅に残っています。

    それこそ、もしも踊ることに出会っていなかったら、いまこうやってこの文章を読むことができたかも自信がない。いまも本当に、踊ることでこの身体の喜びを感じていなければ、やっていける気がしない(get byという言葉が浮かぶのですが、意味合いは当てはまるでしょうか)。

    大きな声の人とはあまり同じ場にいたくないし、たくさんの人がいるところも嫌いなのに、思い切り踊るためにはそういうところが一番だったりする。
    まず自分を幸せにしなければ、ということが、なぜだか難しい。
    もっと力を抜いてしまいたいのに。

    一方で、自分の大切な人の親族が亡くなったときに、自死というのが残された人にとっていかに残酷かということを(間接的にですが)経験もしました。それに踊ることだけではない、いろいろな楽しみも知ったから。
    だから、あそこに戻ることはないと思えるけれども。

    それでもやっぱり、あの景色が頭の中から消えることはないだろうと、そんな気がしています。

コメントをここに書いてね書いてね

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