友達

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「友達」の最も簡便な定義は「言葉でお互いにわかりあえる相手」だろう。
友達と一緒に過ごす時間ほど楽なものはない。
人間の言葉は、本来、伝達には向いていないが友達同士では、まるで言語が伝達の道具であるような錯覚が起きるほど、相手のいいたいことが伝わってくる。
自分が言いたいことを相手がわかってくれる。
多少でも知能のある人間は「孤独」という持病をもっている。
言語がもともと伝達を苦手とするという欠陥を持っているために、思惟をすすめることは出来ても、その結果を他人と共有するということは難しい。
すぐれた芸術の技量をもっていて止揚されて、ほんの少し頑固な「孤立した言語体系」から浮揚した表現を、すっ、と他人の心にはいってゆかせられるか、あるいは論理にしぼって、科学的な論述という最も無難な伝達に制限するか、あるいは「友達」と巡り会うか、人間には、そのくらいしか自分の思惟や情緒を自分以外の生き物に伝達する方法がない。

誰でも自分の言語が成長するに従って「友達が友達にみえなくなる」ということを経験する。
子供のときからの友達は、なつかしくて、ひさしぶりに会えば、肩をだきしめて、元気だったか? ずっと会いたかった、と述べているうちに眼に涙がにじんできて、相手の母親や父親の名前をあげて健勝を尋ね、子供のときに共通した知り合いの誰彼の消息を尋ねるが、友達であるよりも「友達であった」ことをなつかしんでいる。
たとえば20年を経て、相手が未だに「言葉が通じ合う」同じ傾向の言語の体系をもっていて、自分と同じ程度にまで言語が拡張され深化していることは稀だと思う。

自分自身について考えてみるとほとんど物心つくかつかないかの頃から付き合いがあって、いまでも友達として付き合ってる人間が3人いるが、幼なじみと話すときは、友達と異なって、話は半分もほんとうには通じないこと、お互いにいまは心理的に遠くに立っていることを前提にして付き合っていて、部分的には、お互いがまだ10歳だと仮定することによって「友情」が成立している。
過去の自分が過去の相手と付き合っている。
そして、それはそれで、楽しいつきあいだと思う。

一方では、初対面の相手が自分の友達だとすでに知っていることがある。
ほんの数分話しただけ、あるいは、冗談に聞こえるかもしれないが数語を交わしただけで、「ああ、このひとはずっと探していたぼくの友達だな」とすぐに判る相手がいて、とても楽で、相手も同じことを考えているので、今度はいつどこで会うか決めておけばよいだけで、手間がない。

ただし良いことばかりではなくて、例をひとつあげると、ぼくにはアメリカ人の「ソウルメイト」がいるが、いまはお互いになるべく口を利かないようにしている。
嫌いなのではない。
このひとは年齢が上の女の人で、ロシアからの移民の恋人と、長い苦しい恋いをしてきたひとだった。
東部上流社会の人なので、社交的な事情から、好きではないが我慢できる相手と結婚した。
簡単に言えば体面のためです。
そのあいだも自分勝手な恋人のために酷い目に遭ったことはあるとおもうが、訊いてみたことはない。
ただロシア人の恋人が住んでいるアパートの近くに住んでいたいというだけで売らないでいた自分のアッパーイーストのアパートに結婚した相手の連れ子が、ほとんどスクォッターのようにして住み始めたときだけが、このひとが怒ったのを見たときだった。
その頃はよく会って遊んだものだった。
まだ20歳くらいのへらへらした若い男と、黙っていても道をあけたくなるような、雄弁な品格と呼びたくなるような、素晴らしい優雅に満ちた成熟した女のひとが、Serendipity3
http://www.serendipity3.com/history.htm
やなんかで、テーブルをはさんでほっぺにクリームをつけてサンデーを食べて、外にでれば通りの反対側の信号ポストまでかけっこの競争(←もちろんハンディキャップ付き)をしたりするのだから、いくらマンハッタンでも目立って、パーティの格好の話題になったりした。

ところがロシア人の恋人は、同じロシアの女の人と一緒に住み始めた。
ぼくはこの女友達の自殺を心配しはじめ、どんなに隠そうとしてもぼくが自殺を心配していることは正確に、そのまま相手に伝わった。
モニと結婚して、アホなひとらしく幸福な毎日を過ごして、思いがけず天国のような暮らしのなかにいたぼくは、ある日、AOLビルでばったり遭った、このひとの明るい声と、途方もない明るい光に満ちた灰色の眼をみて、自分にはもう絶望しかないと悟っている人の姿をみた。
モニは聡明な人なので、ぼくが知っていたことを、そっくりそのままモニも知っていたようでした。

その人が「今度は、もっと時間があるときに、わたしの家に来てくださいね」と述べて別れを告げて立ち去ったあとで、モニが
「ガメとわたしはラッキーだな。そのほかに、自分にはこんなとき、どんなことが言えるのかわからない」と言ったのをおぼえている。
友達が増えるということは、だから、痛みが増える、ということでもある。

痛みが増加するとかなわない、というつもりではないが、ぼくは「友達は少なければ少ないほどいい」と思っている。
ぼくを指して「友達が多い人」と述べる人がたくさんいるのは知っているが、実生活で「友達」である人たちは、どうだろう、ぼくの友達としてのたいへんな冷淡さを知っているのではないだろうか。
くだくだしく自分の冷淡を説明するのはばかげているので、ひとつだけ例を挙げると、ぼくが実際にはロンドンにはいなくてニュージーランドにいることに気がついた友達たちが突然たずねてくることが何度かあったが、ぼくは滅多に会ったことがなかった。
自分でもうまく説明できないが、会ったほうが良い友達と会わない方が友達でいられる友達がいて、会わない方がよい、と思う友達も将来は会ったほうがよいと変わるかもしれなくても、いまのいまの判断で会わないほうが良いと思う友達がわざわざ2万キロを旅して会いに来るのは、ただそれだけで腹立たしいのだと思う。
友達だから、というが、友達ならば、ぼんやりとでもぼくの考えがわかりそうなものではないか、と考える。

いちど、日本語インターネットで「きみは自分と気持ちがあう友達と話しているだけではないか。だから人間的に成長しないのだ」という人に会ったことがあったが、気持ちがあわない友達と無理して話す人の気持ちはわからないし、第一、自分と異なる人間と付き合って「人間の幅が広がる」などと言われても、デブになるのか?くらいにしか思わない。
くだらないと思う。
こういう人は「清濁併せのむ」のも好きだが、清濁あわせれば、ただの濁水にしかすぎないことには思いが及ばないらしい。

自分が軽い気持ちで正当化している「二次元」趣味や人種差別的な考えや、無意識化されるまでに徹底した「強い者が勝つのさ」哲学が邪魔になって友達でいられないと考えるようになる、ということもよくある。
いつか日本語インターネット上で出来た大道芸人の友達が「放射能など危なくない」と何度も述べていて、それはそうおもっているのだからかまわないと言えばかまわないが、子供の放射能被害について「ただ考えが違うだけで友達をブロックするなんて冷酷だ」と述べていたが、本人が考えていたのとは異なって子供が放射能で病気とともにその後の一生を過ごす可能性が「ただの考えの違い」と言う人間を友達だと思えなくなったのだ、ということのほうには、そのひとの考えは及ばないようだった。
そのひとのほうからすれば「友達であること」の純粋さと尊さを泥がついた靴で踏みにじられたような気がしたのでしょう。

友達でいるために友情を保つ努力をすることはくだらないことであると思う。
どちらかと言えば、こんなやつは友達でいたくない、と思っても友達としてしか考えられない人間だけが友達なので、経験から言えば、男や女、年齢の上も下も、関係がないようです。

人間は社会的な動物なのはほんとうで、ふつうに暮らしていれば、だんだん「友達」の数は増えてゆく。
いままであえなかった見知らぬ友達と、おもいもかけず出会う喜びと、楽しい思い出がたくさんある友達の傍らから去らなければならない痛みとが編み物のように綾をなして人間の一生は出来てゆく。

友達の延長のように考えるひともいるが、実際に巡り会えば、明らかに友達とは別種の、ぼくならモニがそれにあたる、「言葉では表現できない絶対的な伴侶」に手をとられて死ぬまで、あるいは逆に手をとって完全に孤独な残りの時間をすごすときがくるまで、友達と話し、笑いあい、時には喧嘩しながら、それでも信頼を保ったまま過ごしてゆくのが友達というもので、

ひとつだけ余計なことをいうと、いまは友達と思える人がひとりもいなくても、あわないまま、きみの友達は世界のどこかできみを探しているのだと思う。
しかも、めぐりあえぬまま、きみの友達たちは数も増えている。
なぜなら、きみの言語は育ち、たくさんの暗がりにあった情緒が意識にのぼり、結局はセイレーンのように友達を呼びはじめているからです。

初めて会うのに、なんだか泣きそうな気持ちになるほど懐かしい感じがした友達と出会った瞬間を、みながおぼえている。
このひとに会えなかったら、自分はどんなにか寂しかったろうと考えて、興奮して、眠れないで朝まで夢中になって話し合った日のことを誰もが大切に記憶している。
その記憶がない人には、これから、それが起きるのに決まってる。

心配することないよ。
きっと、会えるから。
(それが、ぼくなら、もっといいけど)

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11 Responses to 友達

  1. hermestrism says:

    会った瞬間に、家族以上の、遠い昔からの知り合いかの様な感覚はあり、道ですれ違っただけの人に対してすらお互いに感じあう、恐らく向こうも自分に興味があり、こちらも心の目で気になっているという事は頻繁にあるけれど、自分の駆け上がろうとする速度、進化する速度、目指す生き方、究極的な仮説的状況(例えばこの人と同じ女性を好きになってしまったらそれでも友情は維持し得るか、両者が嫉妬する状況になったときどうなるか等)、戦っている最中に彼/彼女を傷つけてしまう恐れがあると思ってしまうなど、複合的な要因を考えてしまうと、逆に自分の大して好きでない、離れやすい、能力のある人と付き合っておこうと思ってしまう自分が居る一方で、自分の好きな友人になり得た人々を友人になると言う方法以外で救える方法を実現した方が賢いと言う考えにも至る。そういったソウルメイトを見いだす事が人工知能の役割の一つでもあるのだけれどね。世界のどこかに居る、もう一人の自分を救うために。

  2. おいちゃん says:

    そーか、清濁併せのめば、唯の濁り水か・・
    おいちゃんの友達Tが自殺した。もう5年ほど前のことだ
    何時も会う喫茶店に おいちゃんが1か月ご無沙汰してた
    その間何があったんだろう?Tは京都大学を出た優秀な計理士だが、産まれ育った街に帰って
    母親の面倒を見ていた。悩みといへばお金か女か さう決まっているらしいが、Tは独り身だったけどそんな風でもなかった。
    大方の話では 彼は真面目な計理士だったから、不正経理を見逃せないし、顧客を罪人にできない
    そのはざまで悩んでいた と
    母親もなくなって 独りで暮らしていたと
    清濁併せのめない奴だったからなあ  当時は皆さう云っていたけど いま気づいた。そんなんどーでもいいんだ
    ライブハウスで偶然会った時 「帰りにうちに寄っていきなよ。」って誘われたんだ。あのとき家内と二人だったけど 寄って来ればよかった。

    自殺はいけないから お経をあげやう  っておいちゃんが覚えたてのへたれお経を読んだとき
    20人近い同級生がお線香をあげてくれた。その晩自宅の仏壇においちゃんが座ったとき
    おいちゃんの斜め前方やや上にTの顔がポッと現れて、いつもの寂しさうに でもニッと笑って
    消えた。

    まえコメディアンが自殺した時のガメさんのブログ読んで
    どーしてもTのこと書きたくていま
    書きました。

  3. brainseceartdubh says:

    Do not delete!

  4. meke says:

    なんていい記事なんや。涙でた。

  5. momococoro says:

    私もソウルメイトのような友達がいる。
    会って目があった瞬間「大好きだ!」と思って、とても不思議な気持ちになった。
    言語も違うのに、お互い下手くそな英語で朝まで喋ってた日々を思い出します。

    すてきな文章をありがとう。

  6. monyop says:

    そもそも、友達っていたのだろうか、と考えさせられるエントリーです。

  7. mamedaifuku says:

    昔、おそらくは地理的な要因で友達となっていた人たちのことを思い出しました。中には進む道が分かれ、言葉がすれ違うようになり、「なぜ君もこっちに来なかったんだ」という苛立ちとスノビズムからひどい言葉をぶつけてしまった人もいます。
    そういうわけで私には15歳より前から付き合いのある友達というものがありません。そして今も友人と会う度、その人が個々の言葉に乗せている気持ちのようなものがわからなくなってきていることに気づいて、胸の中に泥がたまったような気分になります。

    まだ出会っていない友達がどこかにいる、なんて言葉がこの歳になってまた自分に、駆け出す勇気を与えてくれるなんて思いもしませんでした(日本では多分そういうことを支えにしている三十路は思春期をこじらせた未熟で恥ずかしいやつだと言われるでしょう。)

    ありがとう。また読みに来ると思うので、消さないで欲しいな。

  8. 僕はFriendかComrade分け方をしています。英語的にはズレるかも知れませんが・・僕は一種の職人だから企業や国籍に関係なく何処にでも雇われて、誰の仕事のためでもギャランティ分と自分の道徳の範囲内であれば働いて来ました。当然何処でももFriendは出来ます。当然僕と同じ立場の人も居ます。(僕は僕の職業を傭兵みたいな物だ・・と言います。今日はどこ会社のため、明日はその対抗会社のため・・雇われれば金額分だけの忠誠を誓います)
    これをやっていると良く分かるのは・・場所場所で出来たFriendは、その場所でのみのFriendの場合と、敵対会社に来てもFriendである場合に簡単に分かれます。
    この会社を何らかのグループに置き換えても結果は同じです。また仮想的な思想グループでもそうでしょう。仕事の場合単にギャランティの問題で僕は違う会社で働く訳ですが・・前の会社のFriendの多くが、前会社時代の僕の落ち度や失敗を声高に騒ぎ始めます。立場上で彼らは僕の部下だったりもしますが・・そして僕は時に彼らの敵になって立ちはだかり、元のFriendを仕事の上で攻撃、反撃します。その結果彼らは「あいつのせいだ、裏切り者だ」と言い始めます。
    しかし、翌年、彼らの会社が私を雇用すれば私が上官になるので、今度は友達だと言い始めます。
    僕の30年超える仕事での人生の繰り返しはこれですが・・わずかですが、敵対会社同士であってもニコニコ笑って話が出来る相手も多く・・来年は一緒にやろうな!か、お前とやりあってると楽しい。と言う感覚を持った友達が出来ます。僕は彼らをComradeと考えています。
    Friendの数はとても多いですが・・貴重なのはComradeだなあと思います。
    日本人にとってのFriendは、ひとつの枠の中にある時だけだなあと思うんですね。(そうゆう感じの人が多い)
    思えば、本当にチェスをして楽しいと感じる相手とも思っています。
    そして、とてもダイナミックなチェスをさせてくれる企業や組織に感謝していたり、その対抗会社にComradeを雇ってくれる事で感謝しています。

    Comradeは日本語で「戦友」と訳す場合がありますが・・私もそう読んでいて、今でも、死ぬまできっと戦友を求め続けるでしょう。自分の人生の敵であっても戦友でありたいと思っています。それは自分の思考や能力や教養を高めてくれる存在ですから。彼らが僕の裏をかいたり、弱点を突いてくれなければ、そこは弱点のままです。そして僕も彼らの欠点や弱点を研究しどうすれば崩せるかを考え続けられるからです。

  9. ki says:

    僕がガメさんのブログに出会ってから一年が経ちます。時間の流れはあっという間ですね。といっても僕が僕の心の中だけでガメさんのブログとの歴史を勝手につくっているだけで、本当にガメさんにあったことはないのですが。でも僕にとってはガメさんのブログと対面していた時間はとっても大切な記憶なんです。

    去年の秋僕は人生を諦めてしまおうかとおもっていました。まだ19だったのに、生き続けるということが辛くてたまらなかった。この世界から消えてしまえばどんなに楽だろうといろいろ試みたけど、身体の痛みに、消えることもできなかった。そんな時でした、どこでみつけたのかもう忘れてしまったけど、ガメさんの文章を初めて読みました。なんだか不思議なあったかい雰囲気が行間から文字から伝わって、あれ、こんな世界があるのかな、向こう側に行ってみたい、と思いました。それから暇があればガメさんのブログに綴られた文章を読んで、少しずつ世界には光が浮かんできて、そして。あなたの文のなかにイタリアをみつけました。その文はとっても美しくて、長い冬の夜のあとにかがやく澄み切った朝日のようでした。いってみたい、とおもった。

    3日後に大学に休学届を出して、半年間お金を貯めて今年の春にイタリアに行きました。最初に着いたのはローマでした。一週間いろんなところを歩いたけれど、もちろんとっても歴史のあるところだったけど、ガメさんの文章から感じるそれはローマにはありませんでした。
    でも、次に訪れたトスカーナの小さな村で、僕はとうとう見つけてしまいました。僕の人生と僕の大切な友達を見つけてしまった。初めてその家に足を踏み入れて、彼等が僕に対面した時。なんともいえない不思議なあたたかさと帰属感、ああ、やっとみつけたんだと、これがそうなんだととてもほっとした。僕がここに来なかったらどうしていたんだろうととても安堵した。彼等は僕が会った人間のなかで最も暖かくて格好よくてクレイジーだった。すべてが初めて感じること、初めて考えること、初めてやってみることでした。そして、僕はどうしようもなく幸せでした。

    僕は今一度その場所から離れているけれどもう少しでまたその場所へ帰ります。

    ガメさん、あなたに会わなかったら世界はこんなに美しくなかった。こんなに違う世界があってこんなに素晴らしい人たちが存在するとは夢にも思わなかった。
    トスカーナの夕焼けを小さなお城の屋根に登って煙草をまわしながらきみと見ていたことを思い出す。きみは一生忘れないだろう、といった。あのオレンジ色に染まった記憶を僕もまた忘れはしないでしょう。

    ガメさん、ありがとう。僕はまたこれから生きていけます。(Touch wood)

  10. bollinger says:

     当然、ガメさんはじめコメントを残される皆さん誰ひとりとしてお目に掛かった事はないし、また、これからもお目に掛かる事もないのだろうと思うのですが、しかしなぜか、皆さんが友達のように思えてなりませんでした。
     多分、これからも皆さんとお目に掛かる事はないのだと思いますが、自分の人生のどの時点かでお目に掛かれたらどれだけ楽しいだろう、そんな風に思いました。
     いつかお目に掛かるかもしれない友達の皆さん、こんにちは。

  11. akikokatsuo says:

    hello gamesan

    いつか、横須賀の街を君をガイドしたいなあ。 君は、、、宇宙人みたいだなあ。

    take
    care

    game san

    i wish your health and success.

    a.

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