ノーマッド日記17

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Cirque du Soleil を観に行った。
Totem。
http://cheeseontoast.co.nz/2014/08/25/cirque-du-soleil-totem-review/
テントが設置された「Alexandra Park」は夜の交通量ならば家からクルマで15分くらいなので8時30分からのショーに、家でゆっくり夕飯を食べて出かけても間に合う。

ショー自体は、なにしろCirque du Soleilなので退屈なわけはない。
2時間があっというまに経ってしまう素晴らしさで、小乗仏教神風のコスチュームに身を固めた5人のアジアの女びとのunicyclistsが登場するところやRussian Barの上を「スターマン」たちがいっせいに宙空へ跳躍するところでは、こっそりみまわすと、観客席で、感動のあまりそっと涙をぬぐっている人がたくさんいた。

モニとぼくは、すっかり人間の肉体の美しさに興奮して、やっぱり空中ブランコ乗りになればよかった、わたしはバレエを続ければよかった、でもとっても足が痛かったんだもの、と言い合った。
冷たい夜気のなかで、ふたりで途方もなく幸せな気持ちになって帰ってきた。
ひとを美によって楽しませることができるなんて、なんて素敵な商売だろう。
あのひとびとを尊敬しないわけにはいかない

日本はスタグフレーションが始まってしまったようだ。
アベノミクスがもたらしうる結末のうち、悪いほうの、それも最悪の結果がスタグフレーションだった。
どこまでも運が悪い日本は岐れ道に立つたびに最悪の選択を繰り返して、ついに悪夢の迷宮にさまよいこんでしまった。
「物価はどんどんあがってゆくのに賃金は上がらない」という、国よりも個々の国民にとっては地獄というほかに呼びようがないこの経済現象は1960年代のイギリスに始まって、たしか、日本では「イギリス病」と呼ばれていたのではないだろうか。

1979年にマーガレット・サッチャーが首相になって、イギリスのありとあらゆる伝統を破壊するのと引き換えにスタグフレーションを徐々に克服して1990年に同僚政治家や国民のすさまじい憎悪のなかで辞職するころにはイギリスの伝統の破壊もスタグフレーションを生んだ経済体質の改善もほぼ完了した。
スタグフレーションが始まってから最終的に克服するまで30年ほどかかった計算になる。

スカイプで日本の経済に詳しい友達と話してみると、スタグフレーションなんて20世紀で絶滅したはずの怪物につかまるなんて運の悪いひとびとだな、と日本人は気の毒である、と述べた。
克服するのにどのくらいかかるだろう?
と愚問を述べると、
「(都合が悪いことは絶対に認めない)日本人たちのことだからスタグフレーションだと認めるまでに、まず30年かかるだろう」と言って、酔っ払っていたのでしょう、調子はずれの大声で笑っていたが、経済の回復どころか、いままで積み上げた財産まで根こそぎに失いつつあるひとりひとりの日本人にとっては、笑いごとであるわけはない、という気がする。

去年の4月に、「どうやらこれはスタグフレーションになるな」と思って、主に日本語の友達向けて書きはじめたのが

「アベノミクスが開いた向こう側」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/04/23/abenomics/

「「アベノミクスが開いた向こう側」(その2)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/03/14/abenomics2/

だったが、横からのぞき見していたひとびとが「あなたは経済のイロハが全然わかってない。アベノミクスが成功しているのを見ていないのか。もういちど経済教科書で勉強したらどうか」
というような、おなじみの退屈で凡庸な嫌がらせばかりの反応で、嫌気がさしたので、
続きの構造説明にあたるところは書かなかった。
どっちみち、ブログのような文章は自分の頭のなかを整理するためと、その言語が母語の友人たちと議論するために書いているだけなので、日本語でなくてもよかったので、ブログでなくて、言語も変えてメーリングリストのほうに切り替えて書いて、考えを整理することが出来た。
「議論の力」はたいしたもので、ぼくみたいに半分眠っている頭脳でも活性化される。
意見を交換しているうちに、お互いに考えてもみなかった思考の角度があらわれる。
人間の大脳はそのものが分散型ネットワークでつながることによって能力が全開になることが実感できたので、この場合は、日本語での議論を中断してよかったと思っている。

安倍政権についても、

「disappointment」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/01/02/disappointment/

「割れた貯金箱」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/07/12/broken/

「青瓦台で、お茶を」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/08/16/twins/

「His Old Dream」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/12/28/his-old-dream/

「さよなら、民主主義」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/07/18/modernslavery/

「憲法第九条の終わりに」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/04/14/wherepeaceends/

といまちょっと見ただけでいっぱい書いているが、結果として予測にあたる部分はことごとく外れることを願って「悪いほう」寄りに書いたが、残念で、しかもよく考えてみると恐ろしいことには、悉く悪い予感があたってしまう、というバカバカしい結果になってしまった。

だが日本人に何が出来たというのか?
と論じることは有効だと思う。
日本人が自民党の、特に第一安倍政権の信じがたい無能さと、そもそも経済など理解しようともしない政治家として不適格と言いたくなる醜態の数々を見て、なんだか死にものぐるいの国民的な勇気を発揮して、政権担当能力が十分にあるとは言えない民主党に政権を渡したのは世界の政治の歴史にも珍しい乾坤一擲の大博打だった。
その結果できた民主党政権は非現実的なくらいひどかった。
無残なくらい無能だった。
傍からみていて、特に経済については、本心から官僚制に挑戦したかったらしい鳩山政権に対しては(おおげさな言葉を使えば)サボタージュで対抗して、その他の政権に対しては、民主党政治家の無知につけこんで、官僚のおもいのままの経済政策をのませていったように見える。

官僚の最悪の欠点は、どんな国家においても「想像力の欠如」だが、経済が最も想像力を必要としていた局面で官僚たちという最も想像力を欠いた集団に政策策定そのものを任せてしまった民主党政治家たちの罪は重い。

最後は「中小企業のマネージャーもつとまらないのではないか」と酷評された野田佳彦だったが、このただの一度も「政界」の外の世界を知らないで政治家になった「純粋培養政治家」が在任中にやったことは、福島の米が安全であることをアピールするために居並ぶカメラの前でおにぎりにかぶりついてみせることだけだった。

日本のひとたちが「安倍晋三」という「おれについてこい」型の政治家に目をつぶってついていこうと思ったのは無理のないことだった。
通貨量を増やす、という経済政策は、実際どんな経済政策をとるにしても第一歩としては必要なことだったから、その点を褒めない経済指導者たちは存在しなかった。

アメリカのエスタブリッシュメント世界では、記録に残らないところではいつも「日本のことなんか考えても仕方がない。落ちぶれた、どうでもいい国じゃないか」が口癖で有名なクルーグマンが、持ち前のジャーナリスティックな茶目っ気で「意外な手でちょろっと稼ぐ」出版センスを発揮して小遣い稼ぎに書いた「アベノミクス、いいんじゃない?」の本にすっかり騙されて、アベノミクスこそ我々が行く道、政治姿勢は気に入らないが経済政策は否定できるものがいないだろう、と記事を書いた「経済専門家」や「経済や政治がわかるブロガー」がたくさんいたが、なんだか、日本ではそういう「日本は結局ダイジョブ」だけが支持されるのもいつもの光景なのである。

「鏡よ、鏡」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/12/18/mirrorx2/

リミュエラは夜は静かである。
家族が皆寝静まってから裏庭にでると、まるで森のなかにキャンプに来ているような気がする。
ワインのボトルとグラスを持って、芝生を横切って、ガゼボに腰掛けて、ろうそくの火をともす。

もうすぐ、このブログが書かれている日本語という言語は生命を終えるだろう。
あるいは、もう言語としてはすでに死んでしまっているのかもしれない。
あと、40年か、50年か、全体が死語化するのに何年かかるのかは判らないが、これほど悪意のみにまみれて、空疎化した言語が生き延びた例はない。
少し前には地方語化するのではないかと考えていたが、地方語になるにしても薄汚れしまいすぎていて、結局は、社会的に最下層の人たちが使う言語になって終わるのではないだろうか。

インドの数多の言語は、すでにそういう道をたどって口にするのがためらわれる言語になりはててしまい、他のインド国内のもっと普遍的な言語、ウルドゥー語、カンナダ語、ベンガル語、ヒンディー語も同じ道をたどりつつある。

ベンガル語、と言ったら、「そんな極端なマイナー言語と日本語を一緒にするなんてひどい」と述べてぼくをびっくりさせた人がいたが、(日本の人になじみがありそうな名前を挙げれば)タゴールやサタジット・レイを生んだベンガル語は話者が2億人を越えていて、文学ひとつとっても日本語よりも遙かに豊かな言語である。

ツイッタでメルボルンに住む日本人の女の人が「日本語で話しているのに海外に住む人間と日本に住む人間では、もうまったく言葉が通じなくなっている」と嘆いていたが、日本語は、「自分たちが信じたい世界」を世界の現実とまったく関係なく日本語の共同な幻想のなかに現実の代替として築いてしまった。
そうして日本人たちは、その段ボールで出来た(彼らの幻想のなかでは)壮麗な塔のなかに逃げ込んで、窓を閉じて、お互いを賛美することに没頭して、うなづきあいながら楽しそうに笑っている。

あの、塔の外で洩れ聞く者には発狂したひとの虚しい笑い声にしか聞こえない笑い声は、しかし、塔のなかのひとたちにとっては、居心地のよい居間にひびきわたる、耳に快い暖かい笑声なのだろう。

もう、そっとしておいたほうがいいのかもしれない。
繰り延べにした破綻が到着する日を待つほかには
もう、これからやれることはほとんどなにもない。

小ガネを稼ぐついでに日本人にまやかしの幸福を置いていったクルーグマンにならって、よく出来たお世辞のひとつでも言うことを心がけたほうがよいに決まっている。

いまの幸福のなかに日本をおいて、そっとしておこう。
それがホスピスの幸福にしかすぎなくても

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One Response to ノーマッド日記17

  1. AK says:

    hello game san

    シルクドソレイユで、思い出したので リンクしました。 気にいらなかったら、ごめんなさい。

    a.

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