Taking the wrong train

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ボリウッドの映画「The Lunchbox」を観に行った。
「English Vinglish」が面白かったというと、ほとんど判で捺したように、
「じゃ、The Lunchboxも観なければ」とインド人の友達たちが言うのと、たしか、日本の人でも(インドのマンガロールに住んでいるAxiangだったかも知れないが)「ほんならThe Lunchboxも面白いと思う」と述べていて、なんとなく、行かないわけにはいかないような、曖昧な気持ちになってきたので、曖昧を解決するためにモニとふたりで観に行った。

http://www.imdb.com/title/tt2350496/?ref_=fn_al_tt_1

「Rialto」は7つの小さな映画劇場からなるシネマコンプレックスで、家からはクルマで10分くらい、あんまり商業ベースでは成功しなさそうな、イタリア映画、フランス映画、ポーランド映画、インド映画、というようなものを上演する。
日本で言えば「岩波ホール」が7つあわさったようなものだろうか。
ニュージーランド人の体格にも少しおおきめな座り心地が良い椅子が並んでいて、肘掛けには小さなトレイがついている。
チェーン映画館のHOYTSのLa Premiereのようにレイジーボーイ式のカウチにゆったり腰掛けて、ウエイターが注文したシャンパンやピザをもってくる、というわけにはいかないが、バーで買ったボトルのワインとスナックをもって、週末、のんびりワインを飲みながら質の良い映画を観たりするには十分です。
実際、他の映画館のバーに較べると、ワイン屋で1本50ドルくらいのワインも置いてあって、だいたい1本10ドルくらいのワインをワインリストに並べている他の映画館に較べると、少し懐が暖かい層を狙っているのでしょう。

http://www.rialto.co.nz

隣には以前は小説家が経営している気の利いた冗談が言える店員のいるコーヒー屋と良い本ばかり並べた書店の複合体があったが、なくなってしまった。
クライストチャーチにも支店があったが、こちらは地震で建物ごとなくなったあと、再建するつもりはないようでした。

Irrfan Kahnが出ている。
ぼくが大好きな俳優で、微妙な感情を目だけで、あるいは、ちょっとした指先の仕草であらわせる人です。

http://en.wikipedia.org/wiki/Irrfan_Khan

Mira Nair は自分が1991年に撮った「Mississippi Masala」で投げかけた疑問に自分で答えるように「The Namesake」(2006)をつくったが、
この映画で息子を自分が専門のロシア文学の作家にちなんで「ゴーゴリ」と名付けてしまうインド系アメリカ大学教授がIrrfan Kahnで、そのとき以来、
インドの志村喬とでも呼びたくなるような、この人が好きだった。

日本語では「ネタバレ」というような奇妙な言葉があるくらいだから、なるべく筋を避けて話すが、映画自体、素晴らしい映画で、何が素晴らしいかというと、まず、映画制作上の冒険に満ちている。
映画のレッスン1は「語らしむるな見せよ」で、台詞であんまりぺらぺら状況を説明させたり、登場人物たちの思想を述べさせるのは、下手の骨頂で、絶対にやってはならないことになっているが、この映画は、映画のすべての文法に逆らって、物語は間違って届けられたランチボックスにいれたメモのやりとりだけで筋立てが進行する。

映像は朝と夕の日本の満員電車を彷彿とさせる通勤電車、家からほとんど一歩も出ないで暮らす「専業主婦」の生活の様子を飽きもせずに淡々と描写するだけです。

ここまで書くと「きっと、そうだな」と確信に達した人たちがいると思うが、打ち明けてしまえばその通りで、この映画は粗雑な観客には到底理解しえないsubtleな細部だけで出来ていて、夕方に向かって影が少しづつ伸びてゆくような微妙な陰影や表情、言葉使いの変化だけで物語りが出来ている。

56歳の初老の男が早期退職して保養地に向かう列車のなかで出会う老人の単調に動く老いた手の甲が男が次ぎの場面では保養地に行く切符を中途で放棄してアパートに戻ってくる理由になっているし、通りでクリケットをすることを許す子供たちへのひとこと「クリケットをやってもいいけど、窓ガラスを割るなよ」が、男の人生への希望の復活を表現している。

なんだか異様なくらいよく出来た構成の映画で、映画が終わった途端、
映画館のあちこちから、「えっ?ここで終わりなのか?」と言う言葉が出ていたが、この映画全体の哲学の鍵でもある
「Sometimes the wrong train can take you to the right station」という言葉が誰が述べた言葉であるかを思い出せば、案に相違して、この映画がハッピーエンドになっていることが判る。

しかも、主人公の初老の男は意識では主婦とふたりで「インドの1ルピーが5ルピーに使える」ブータンに駆け落ちするという考えを否定して、カフェで待つ相手を遠くから眺めただけで家に戻って、
「今朝、ぼくはバスルームで鏡をみながらひげを剃っていて自分の祖父が同じバスルームにいるような気がしました。
同じにおい、あのなつかしいにおい….
でも、それは祖父が立っていたのではなかった。
年をとったぼくの身体から、祖父と同じにおいがしていただけでした」
と述べるが、しかし、実は若い孤児の同僚に昇進を約束する早期引退を考えるのは実際には、女と駆け落ちするほうへあらがいがたく気持ちが傾いている潜在下の意識の表明になっている。

Sometimes the wrong train can take you to the right station.

と言う言葉は人間という誤謬に誤謬を重ねていきていくしかない知性にとって、最も哀切な願いの言葉である。
謬りを重ねないで生きていくことは出来ないのに、あろうことか、一生をもういちどやりなおすことは許されていない。

現実の社会のそこここで 生きているのは、自分の前にハリウッドの大女優ではなく、「ひとりの若い女」として立って、率直に、心からの「自分を愛してほしい」という希望を、イギリス人の冷酷なマヌケぶりを発揮して習い性になっている鋭い言葉で相手の魂を切り裂いてにべもなく追い返して後悔するNotting Hillの古書店主人William Thackerであり、 デンバーへ旅立ってしまったElise McKennaなのである。

真剣に生きてきた人間ほど、あのとき、ここでこうしていれば、と悔やむ。
悔やまないですむのは、帳尻あわせで生きたきた人間だけだろう。

「The Lunchbox」の若い主婦は、子供を殺して自殺するところまで追い詰められて、ついに「wrong train」に乗り込もうと決意する。
可能性のない賭けに賭けて、なんとかして自分の魂をすくいだそうとする。

もちろん、どんな道徳の文脈に照らしても「罪」であるし、しかも、その罪へ自分の魂を追い立てているのは情熱ですらない。
「自分は人間でいたい」という、つまりは利己主義でしかない。

でもその利己主義だけがすべてで、打ちのめされた人間にとっては、ある場合にはwrong trainに乗ることだけが、the right stationにたどり着く方法でありうる。

きみとぼくが住んでいるこの世界は成功した人間、あるいは自分が成功すると仮想した人間の決めた約束でできている。
子供を捨てて男と駆け落ちした女に対しては最も善良な人間さえ平然と言葉の石を拾い上げて、手加減すらせずに思い切り相手に投げつけるのは、それが善の体系だとされているからです。

でも、人間には、人間の正しさを裏切る権利がある。
なぜなら人間には失敗する権利があるからです。
失敗する権利があるのならば、もう二度とやってこない「the right train」のことはきっぱりと忘れて「the wrong train」に乗り込む権利は論理的に述べて自動的に生じる。

「人間の真の価値は愚かさにあるのだ」と、このブログ記事のどこかで、ずっとむかし述べたことのほんとうの意味は、多分、そういうことだったのではないかと、満足であるような、不審であるような、なんだか判然としない表情の顔が並んでいる映画館の客席で、考えました。

あのインドの5段に重ねるランチボックス、ぼくも買おうかな、
そうすれば「不道徳」というものが違って見えてくるような気がする、
と述べたら、
モニさんが帰りのクルマをスタートさせながら、きっとぼくには永遠にわからない、でも暖かい微笑でぼくを眺めていたのを、ご報告しておきます。

でわ

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One Response to Taking the wrong train

  1. says:

    ガメさん、こんにちは
    私はこの国にいる普通の人が悪意に潰されないことを祈っています
    日本がこれから良くなるとは思えません
    善意を潰す社会
    ガメさんの言葉に救われるような想いを抱く人も少なくないと思います
    日本に興味を持ってくれてありがとう、そして優しい言葉をありがとう
    まだ,あの事故から何もなかったかのように暮らす社会が怖いと思います

    ガメさんのように優しい日本の人が増えることを願います
    このblogに出会えて良かったです

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