Monthly Archives: October 2014

For everything a reason 3 (哲人さんとの往復書簡)

ふたりの人間が相対(あいたい)して、これから話そうとするときに、片方が述べた言葉が相手に直接つたえられて理解されるかというと、そんなことはありえないことだ、と考えます。 こんにちは、はもちろん直接伝わるでしょう。 ひさしぶりですね、になると微妙だが、礼儀ただしくしようとすれば、やはり直接言葉を受け取るべきだろうと思います。 ところで奇妙なことを言うと「こんにちは」という挨拶を受け取っている人は、実は「こんにちは」に相当する信号を相手が送っていることを知覚しているだけで、特に述べていることを聞いているわけではない。 鎌倉の焼鳥屋に行ったら、そのとてもおいしいけれども、ぼくの身体のサイズにはなにもかも小さくて、その「小さい感じ」がとても楽しい夜になった焼鳥屋で、お勘定をすませて、いざ帰るときになったら、金髪でピアスをした気の良いおにーさんが「あてあああーす」とかなんとか、結局は聞き取れなかった威勢の良い挨拶で送り出してくれました。 一緒にいた義理叔父に、「いまのなんて言ったの?」と聞くと、 いや、おれにも判らない、という。 さよなら、という意味かしら、と言うと、 いや「毎度ありがとうございました。また、どうぞ」という意味だ、と自信たっぷりに答える。 いま聞き取れなかったって言ったじゃん、と蓮紡議員の国会質問並に鋭い指摘をすると、 いや、それでも意味は精確にわかっているさ、と言ってすましている。 ところで、相対(あいたい)して会話しているひとは、通常、互いに、言語社会全体が絶えず書き換えているひとつの「おおきな辞書」を参照しながらお互いが述べていることを理解しているのだとぼくは感じます。 すさまじい、という言葉は11世紀の日本社会が参照していた辞書では、「なんだかぞっとするようで興醒めである」という意味だったのだと思いますが、いまの(日本語人が会話するたびに絶えず参照している)辞書には「すさまじい面白さ」という用例が載っているでしょう。 よく上がる例だと「やばい」という言葉は現在進行形で辞書が書き換えられたり書き戻されたりしていて、こう書いているいまも、「すごく良い」と「ダメっぽい」という相反するふたつの意味を往復している。 本来、内的意識と照応している言語に伝達の機能をもたせるために、どの言語社会も、この全員が編纂と執筆に参加して絶えず書き換えられている「おおきな辞書」を持っていて、これを参照しながら普段「伝達」を行っている。 しかし考えてみると、ここで「伝達」と呼んでいるのは、お互いがすでに知っていることの追認にすぎないわけで、壁にかかっているいくつかのシチュエーションカードのようなものを何枚か取り上げて、これとこれとこれ、というふうに生起順に並べてみせているだけであるように思います。 ギョーム・アポリネールという詩人は、パブロ・ピカソという若い画家の友達とふたりで時間ばかりを持てあましている毎日のある日、詩を量産して大金(たいきん)を稼ぐのはどうか、と言い出す。 どうするかというと詩句を書いたカードを何十枚かつくって、シャッフルして、並べ直すことによって詩を大量生産すれば、ちょうどT型フォードのように売れると考えた。 これは大変示唆的で、詩を大量生産するのは無理だが、会話などはおよそ、その程度のものだ、ということを暴露していることにおいて面白いと思う。 むかし、ぼくが子供の頃、母親のおさがりのSE30というコンピュータでよく遊んでいた頃、(もしかすると同時期に持っていたコモドールのアミガのほうだったかもしれないが)「ラクター」という、「おはなしリカちゃん」のソフトウエア版があって、この「ラクター」は自称コンピュータのなかに住む詩人で、さまざまな美辞麗句を駆使したり、ときに、というよりも、しばしば、びっくりするように鋭い警句を述べるのですが、種明かしは、 ラクターはコンピュータのAI史上有名なELIZAと同じ人工無能プログラム で、特に相手の言っていることを理解しているわけではない。 適当にシンボル的に連関のある単語をつなげて、もっともらしいことを言っているにすぎない。 一定の複雑さをもつ質問を述べると、突然怒り出して、おまえみたいな低劣な人間とは口も利きたくないと言っていなくなってしまう大庭亀夫みたいな人で、7歳か8歳くらいのぼくは、退屈すると、「ラクター」で遊んでいたものでした。 そうして、「ラクター」はまわりのたいていのおとなよりも、興味深い世界への理解を発揮してぼくを楽しませる「おとな」だった。 「おおきな辞書」は哲人さんが述べる社会性を請け負っている言語が網羅的にかかれた辞書で、 「言語は、自分と他人が同じ世界を見ているという社会生活の水準での確実性の上に、音声と身振りが配置されたものにすぎない」 と哲人さんが書かれた哲学上言語学上の教科書的真実は、この「おおきな辞書」について述べられたものであると思います。 哲人さんがここで述べられていることは「正しい」ことでもあって、現に、言語について考えることに決めた人は、みな、この定義を教室で 教わったことがある。 ぼく自身も、哲人さんが書いた文章のこの部分だけ、自分のラテン語教師が書いたのではないかと一瞬さっかくしてびびりました。 哲人さんの正体は、日本語を学習して、態度も出来もわるい学生だったぼくに復讐するためにはるばる波濤を越えて日本の国立大学に職を得た、あの天敵ハゲではないかと考えた。 ぼくが話したかったのは、もっと編纂参加者が限られた、多くの場合はたったのふたりでさえある辞書や専門辞書の場合です。 「相手が知らない/判っていないことを伝達しようとしている」場面を考えると、「おおきな辞書」は、まるで使いものにならないのは直感的にわかりやすいのではないかと思います。 社会的な合意を参照して追認するだけの「おおきな辞書」には載っていない概念や、概念自体が誤解されている語彙がたくさん出てきてしまうからです。 「悪魔の実在」について議論するのは、大陸欧州では、そんなに奇異なことではありません。 欧州言語は、神を「言葉によって知覚できず、言葉の集合の外にある」絶対として定義して発展してきたからで、世界で最も無神論者が多い連合王国人が最近になって安んじて「神なんて、いるもんかよ、けっ」と述べられるように成ったのは、「神」という仮定が、ちょうど18世紀の物理世界における「エーテル」と同じく、世界を矛盾なく説明するためにはどうしても必要だった時代が終わって、主に物理学者の挑戦を契機に、宇宙を説明するための仮定としては、存在を認めると返って邪魔になってきたからにすぎず、神が存在しえないという物理的知見から逆に言語の側へ影響して、たとえば、神と神を仮定した「調和のある世界」にこだわっていると、どうしても現実感すらない、あるいは生活言語では存在の有り様を解説することさえできない量子論から徐々に生活のほうへ広がってゆく「言語の崩壊」は、まだ神や悪魔を仮定して議論するひとびとが使う言語にまで影響するには至っていない。 だから悪魔の実在について議論することは可能なはずですが、日本語には宗教について参照すべききちんとした「ひとびとの意識が参照できる辞書」が言語社会全体として存在しないので、現実には不可能なのは、ご承知の通りです。 神と悪魔が対立的なものではなく、悪魔は「最高神になりえなかった神」にしかすぎず、と説明するのもそうですが、それ以前に言語の定義の問題がある。 いちど、50代の人が「正直に言って北村透谷は滑稽で、浅い」とオオマジメに述べているのを見たことがある。 … Continue reading

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言葉がとどかないところ _(哲人さんの返信)_For everything a reason <哲学者の友だちとの往復書簡 II >

<以下は、 https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/10/19/philosophy/ への、哲人さんが書いた返信です> 1 「言語に関心があって、言語について考える習慣を持っている人で、人間の言語が伝達に向いていると考える人はいない」 そうかな、そうなのかな。 ガメさんは今までにも何度かこのことを語っていたと記憶しています。それを読むたびに、「そうかな、そうなのかな」と立ち止まって考えたい気分になります。 私は、同じことをちょうど反対側から考えているようです。 言語は当初から社会的な伝達のためにあって、伝達しかできない。意識がほとんど言語からできているのは、私たちの心が社会からの働きかけによって形成されていることの――私たちの心が周囲の人々の働きかけによって作られてしまうことの――現れなんじゃないか。 だから、言語が掬い上げることのできない何かが自分の中にあるのを発見することは、むしろ、私が周囲の人々から侵蝕され尽くされていない、という事実を示すものだ。それは喜ばしいことだ。 それでは、反対側からの眺望を書いてみます。 2 言語を身に付けるとは、結局、他人の見方で世界を見ることを学ぶ、ということなのだ。私はこう考えているようです。幼児がどんな風に言語を身に付けて行くのか、本で読んだことを記してみます。 新生児は、生後数日で、母親の声を聞き分け、母親の顔を識別し、母親の匂いを他人の匂いよりも好むようになるらしい。そして、胎児のときに聴いた母語の音声に注意を向けるのだそうです。 たった2月齢で、赤ちゃんが母親と情緒を伝え合うことが実験によって確認できる。赤ちゃんは故意に無反応を保つ母親をいやがるのです(ひどい実験!)。 2月齢から4月齢くらいで、母親の視線の方向に赤ちゃんが視線を向ける、という現象がまれに現れるようになる。そして1歳頃には、母親の見るものを赤ちゃんも見る、という共同注意が成立する。 これが言語習得にとって重要らしい。共同注意とは、他人の見ているものを環境の中で探し当てて、自分もそれを見るという活動です。言い換えれば、「ものを仲立ちにして他人の気づきの内容に出会う」ことです。 つまり、言語そのものとほとんど同じものだ。言語は、音を仲立ちにして他人の気づきの内容に出会うことですから。 幼児は、共同注意ができるようになると、周りの大人の認識や情緒によって彩られた世界に出会うことになる。母親がにっこり笑って見るものと、顔をしかめて見るものは、幼児にとって違う意味合いをもつ。幼児は、文字どおり自分の死活にかかわる人々の見方に沿って、世界を見ることを学んで行く。 1歳頃にはまた、手を伸ばしてものを取ろうとしたり、指差す動作をしたり、何かを指差して「ウゥム」とか「ダァ」とか発声する、なんて動作も現れる。自分と他人が同じものを見て、同じものに注意して、そこに「ダァ」とか「ウゥム」とか音がくっつく。 言語習得の長い複雑な過程は、思い切って単純化すれば、「他人と同じものを見る」という体験が基礎になって、そうやって認知的・情緒的に共有される世界の上に、特定の発声や身振りが配置されて行く、という仕方で成り立つのでしょう。 一方、私的な世界をとらえる能力の発達は、やや遅れる。幼児は、他人が自分とは違う視点から世界を見ていて、違う情報を取り入れているということが、4歳から5歳くらいになるまで、よく分からないらしい。 3歳児に横から描いた亀の絵を見せます。その子からみると、亀は足が下、甲羅が上になっている。さて、机の反対側にいる人にその亀がどう見えているか、その絵を使って示すようにうながすと、3歳児はそれができない。向かい側からは、足が上、甲羅が下に「逆立ちして」見えていると推定できない。絵の天地を逆さまにして示すことができない。 それなら、というので、机の反対側に来させて、天地が逆さまになっているのを確認させて、もういっぺん最初にいた側に戻らせて、「さあ、反対側からはどう見えてるかな?」と尋ねると、驚くべし、やっぱり天地を逆さまにできない。3歳くらいでは、そもそも、自分と他人が、同じものを違う角度から違った像として見ている、という認知が成立していないようです。 また、3歳くらいの幼児の多くは、共有された知覚的世界の情報の一部を他人の目から隠す――他人をだます――ことができる、ということも理解できない。彼らは、自分が正しい事実認識をもっているときに、同じことについて他人が誤った認識をもっている、という状況をうまく処理できない。だから、誤った認識をもつように仕向ければ、他人を誤った行動に誘うことができる、という計算ができない。 3歳前後では、それぞれの人がそれぞれの視点から異なった姿で世界をとらえている、という考え方が成り立っていないようです。だいたい4歳から5歳頃に、それぞれの人の視点からとらえた私的世界という領域が、「他人の目の届かない領域」として徐々に設定されるらしい。言語習得の過程から見て行くと、私的世界とは他人と共有する世界の一区画にすぎない。その区画は、言葉のやりとりの中で、共有世界の片隅に「このわたしの心の中」や「あのひとの心の中」として囲われるだけなのです。 心の中という私的領域は、他人からは見えない――うっかりするとだまされちゃったりする――領域として、言葉のやりとりを通じて登場する。幼児は、自分と他人の認知状態をそれぞれ計算して、自分の心という領域を開いたり閉じたり操作できるようになってゆく。隠しすぎても、ばらしすぎてもいけない。ちょうどよいくらい他人に分かって、ちょうどよいくらい分からないようにしなければならない。 そして、それぞれの人間の中に、そのように外から容易には接近できない領域があると見なせば、他人の言動がうまく解釈でき、自分の対処もうまく行く。だから、それぞれの人の心とか心の中といった領域は、とりあえず社会生活の方便として出現する。そう言えるのではないでしょうか。 3 しかし、「容易には接近できない」のではなくて、「原理的に接近できない」私的領域もあるのじゃないか。それを考えてみます。 北杜夫は、1945年の初秋、人っ子ひとりいない上高地を訪れた経験があると、どこかに書いていました。風が立つと木々がいっせいに葉を散らして、それはたとえようもなく美しかった、と。 私はその描写を読み、理解し、記憶しました。北杜夫の経験の内容はその限りで確かに伝わった。でも、私はその光景を見てはいない。そもそも上高地には行ったことがありません。想像の中で、深く青い空、山の稜線、陽光を浴びて立ち並ぶ白樺、風に散る葉、といった絵葉書みたいな映像を適当につないで、「んまぁ、きれい」と思ってるだけです。 北杜夫は、人っ子ひとりいない初秋の上高地を現実に見た。私は、その経験自体を共有するわけではない。その経験自体は私の手の届かないところにある。それは原理的に接近できない。こう言ってよいと思います。でも、その北杜夫の経験の「内容」には、私の認識は届いてしまう。北杜夫の文章を読み、理解したことによって、伝わってしまったものがあるからです。 4 さて、「私の手の届かないところ」という表現は、一つの比喩にすぎませんが、文字どおり、私の身体は他人の経験に到達し得ないという意味にとると、意外に的確な表現かもしれません。 タイムマシンに乗って、1945年初秋の上高地に私が行ったとしましょう。私は、後年の北杜夫こと、斎藤宗吉さんと肩を並べて、人影のない初秋の上高地を見やります。私と宗吉さんが同じものを見ていることは確かです。でも、その見え方は違う、と言って言えないことはない。 どんなにぴったり肩をくっつけて立っても、同一の対象からの反射光が二人の眼球に入る角度は、二人の肩が隔てる分だけ違うでしょう。私の身体が、斎藤宗吉さんの身体と、厳密に同時に同一の空間を占める(同一の空間内で融け合う)ことはあり得ない。まさにこのことによって、私の身体が環境から受け取る物理的刺激と、斎藤宗吉さんの身体が環境から受け取る物理的刺激は、厳密に、別のものになる。 それぞれの身体は、厳密に同一の物理的刺激を受容するはずがない。感覚器官の位置する時空点で物理的刺激を検出すると想定すれば、それぞれの身体ごとに検出されるのは、異なる時空点に生じた異なる個別的物理現象ということになる。かくして、私の身体が他の身体と物理的状態を共有することはない。この意味で、私の身体は他の身体の経験に到達することはない。まさに、他の身体の経験は、私の「手の」届かないところにある。 しかし、この物理的な違いは、言語の意味体系にはほとんど影響を及ぼさないと思われます。というのも、言語は、自分と他人が同じ世界を見ているという社会生活の水準での確実性の上に、音声と身振りが配置されたものにすぎないからです。 だから、私とあなたが世界から受け取る経験の「内容」が厳密には異なっているのだ、と言いたいとき(それは上で物理的刺激の個別的な違いという手がかりで「外側から」描写してみたことですが)、その「厳密には異なっている内容」を言い表す方法は、言語の中には用意されていない。言語は、相異なる主体の体験する世界の共通性を示すように作られているからです。言い表すと、意外に容易に「分かられて」しまう(←被害受身形です!) … Continue reading

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ノーマッド日記18

1 Skip, という。 日本語ではなんというか知らない。 日本にいるときには見たことがないので、もしかすると日本にはないのかも知れない。 鋼鉄製のでっかいバスタブみたいな形のゴミ箱で、引っ越しでも大掃除でも、家から大量のゴミが出そうなときに頼むと、クレーン付きのトラックでやってきて玄関の前のロータリーなりなんなりに置いていきます。 クルマが一台そっくり入るくらいのおおきさがある。 高さは2m、長さが5m、幅が2m、そのくらいのおおきさ http://www.joneswasteservices.co.uk/index.php?page=skips 庭のデザインを変えるので、大量の枝や葉っぱが出る。 庭師のひとびとがやってきて、毎日、朝から晩まではたらく。 青空がかげりだして、雨がふりだして土砂降りになっても、ずぶぬれになりながら昼時以外はびったり仕事をして、 料理のおばちゃんがつくったパイやキッシュを食べて、午後もまた暗くなるまで仕事をする。 仕事が終わったら驚くべきことにキッシュやパイのお礼状が来た。 いいひとたちだなー、と思う。 前の家の持ち主はなぜかバナナの木を植えてあったりして、ヘンな庭の趣味の持ち主だった。 会社の社長と外科医だかなんだかの夫婦だったかなんだか、そんなひとたちだったはずだが、夫婦の寝室の庭に面したドアから数歩のところにバナナの木を植えていたところをみると、起きて、もぎたてのバナナを食べるとかなんとか、変わった夢があったのでしょう。 夢はちゃんと現実になって、たわわなバナナがたわわたわわたわわと実って、食べると結構おいしいが、バナナの木は、しどけないというか、だらしないというか、収拾がつかない形の木で、庭木としてはチョーかっこわるいので、全部切り倒すことにした。 パームトゥリーの葉っぱは、見栄えはいいが、けっこう大きくて、おおきいものは3m以上ある。 下のほうは褐色になって、うううーむ、サイクロンが近づくと落ちてくるべな、と思ってみていると、ちゃんと落ちてきます。 ラドンが裏庭に降り立ったようなものすごい音を立てる。 棕櫚・パームトゥリーの類いは、ニュージーランドでは「雑草」の分類で、切り倒して掘り起こしてしまうのはよいが、一本始末するのに3万ドル(280万円)かかるので、吝嗇が発揮されて、ほっぽらかしになっていたが、これもぜんぶ伐採することにした。 ブログ記事に何回か出てくるブーゲンビリアも、年経りて、蔓がいよいよ太くなって、3センチくらいもある棘がいっぱいついて、びよおおおおーんんと跳ね返って庭仕事の人が怪我したりするようになったので、夏の盛りには花がぎょっとするほど美しいとは言っても容赦しないことにした。 一日経つと、skipがふたついっぱいになる。 このセルロースやなんかをみんな二酸化炭素と水で合成するんだから、自然の生産力はすごいなー、とアホなことを考えているうちに庭がみるみる違う姿になって、見違える姿になる。 モニさんと、ふたりで、紅茶を飲みながら、 あそこは薔薇にしよう。 奥のベジガーデンの手前は、こんどこそイタリア・トマトを大量に植えよう。 ナーサリーに行ったら、黒オリブの木を注文しておかないと、 レモンだけでなくて、隣にライムも植えよう、と話しあう。 塀のところはイチジクがよいのではなかろーか。 へー 庭について話し合うと言う行為は実は浦島太郎の玉手箱で、庭のランドスケーピングについてことごとく話し終えると、世界について語り終えた長老のように、あっというまにおじーさん、になってしまうよーな気がするが、人間30歳を過ぎると、余命はどうでもいいといえばどうでもいいというか、ぐいぐいぐんぐんやりたかったこと、というようなことは、あらかたやってしまったので、毎日の生活を楽しむ貪欲さのほうが頭をもたげてくるらしい。 われながら家付きジジへの第一歩だが、それならそれでいいもんね、と思う。 面目が一新されて、中途半端にトロピカルだった一角が廃止されて、(表の大陸欧州風に比して)イギリス風な裏庭を見渡しながら、フィジーのアウトリガーホテルの「プロモーションのおしらせ」を見て、おお、安い、おまけに小さい人たちタダで、しこうして、ナニーサービスまでついておる、とつぶやいてみる。 ニューカレドニア、フィジー、タヒチというような島はニュージーランドから3時間くらいなので、10日間くらいちょっとだけでかけて、プールサイドで、だらりいいーん、をしているのには向いている。 めんどくさいような気もする。 弛緩しすぎている自覚はあるけれども、これも悟りへの道と言って言えなくない。 弛緩駄座、なんちて。 (道元さん、ごみん) … Continue reading

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For everything a reason <哲学者の友だちとの往復書簡I>

(口上:以下の記事は、尊敬する年長友人の「哲人どん」 @chikurin_8th と語らって、おもろそうだからやってみんべ、と決めた「往復書簡」の第一信です) (そんなことをばらされては嫌に決まっているが、対話の環境を明らかにするために述べると、哲人どんは職業的な哲学者という珍しい職業の人で、かつ哲人どんが、うーそおおおおーん、と嫌悪感で身悶えしそうな通俗に通俗を、下品に下品を重ねた言い方をすると、「某旧帝大系大学哲学科教授」でもある。 つまり、簡単に言えば、あのヘロヘロ賢者、哲人さんの正体は、わしのようなアホにも判りやすく話をする教育者的技巧にも哲学的思考の定石にも、訓練がなされているどころか、熟達したマスター哲学亀仙人なのでもあります) (ばらしちった) (敬語はめんどくさいから省いてあるwので、ひでー、と思うでしょうが、ガメ・オベールのやることだと思って我慢しなさい) (コメントやツイッタを通じて議論していくとりかかりにすべ、という企みなので、あらゆる意見を歓迎いたしまする。 おおおお、な意見は当然、みなで議論いたしまする) —–<以下本文>—– 母語に限らない。 言葉は世界にどんな姿を与えているのだろうと思う。 言語に関心があって、言語について考える習慣を持っている人で、人間の言語が伝達に向いていると考える人はいないだろう。 鳥の啼き声の模倣から出発した人間の言語は自分の意識を深く掘り下げてゆくのには向いているのに、というよりも意識そのものであるのに、その意識が視ている陰や造形がどんなものであったかを他人に伝えることは出来ない。 認識は常に言語の褶曲に沿って歪んでいるが哲学的知識を持ち出さなくても、ちょっと考えてみればわかるとおり、認識は現実に対して優位である。 人間が現実だと信じているものは、どのような場合でも認識にしか過ぎない。 現実が個々の人間によって異なるので、きみは世界を共有するためには自分の認識を他者に伝達する試みに成功しなければならないが、 そんなことが出来やしないのは、 たくさんの詩人 たくさんの物語作者 たくさんの画家 たくさんの音楽家 が証明している。 The force that through the green fuse drives the flower Drives my green age; that blasts the … Continue reading

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オカネという批評

当時の最強国ロシアと戦争して勝つことによって、歓喜のあまり、日本は発狂してしまったのだ、と夏目漱石は考えていたようでした。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/02/16/夏目漱石の贈り物/ 黒溝台の会戦を耐えて後年の日本軍の作戦の思考停止ぶりを予感させる旅順攻略戦を経て、ついに日本海海戦での大勝に至る対ロシア戦の勝利は日本人の最も甘美な記憶となっていまも、たとえば安倍政権とその支持者たちの脳髄をピンク色に染め上げている。 感動的なシーンもまたたくさんあって、「ツシマ」(=日本海海戦)での日本軍の完勝が伝えられるとヘルシンキでもロンドンでも人々が通りに駆け出て帽子を空に放り投げて歓喜したという。 当時の新聞の挿絵になって、いまの時代にも、その圧倒的な歓び、あの「国家の赤ちゃん」みたいな国が巨大なロシアに勝ったのか、という意外な事態への驚愕が伝わってくる。 …ということになっているが、よく考えてみると、ヘルシンキで歓喜していたフィンランド人たちと、ロンドンの通りで、カフェのテーブルに駆け寄って、「おい、聞いたか?日本が勝ったぞ、きみ」と述べているイギリス人たちは別の事柄を喜んでいたので、フィンランド人たちは長い間強烈な圧迫を加え続ける、小国には手も足も出ないロシアという強権に仔犬がかみついて撃退したのを心底から喜んでいたのに比して、イギリス人たちは、欧州市場における、賭け金が何十倍にもなって戻ってきた、自分達の賭博の目も眩むような大勝に酔っていた。 事の発端はユダヤ系人たちの動きで、ロシアと開戦した日本を、ほぼ全面的に冷笑で迎えた金融市場のなかで、ユダヤ系人たちだけが日本のための資金の調達に動き始めていた。 ロシアにおけるユダヤ人弾圧への反発、あるいは義侠心から、ということになっているが、落ち着いて考えてみれば、そんなことがありうるわけはなくて、プロの投資家ならば、5分5分の賭けを熟考する、1%の要素に判官贔屓を加味することはありえても、判官(ほうがん)贔屓だけで投資したりすればハルク判官にあっさりフォールされるだけである。 なんちて。 …失礼しました。 動かせない事実は、極東アジア人への偏見、というよりは当時においては「常識」であった「嘘つきで仕事をしているふりをするのが上手な怠け者」というような極東アジア人観からユダヤ系資本家たちと、それを観察していて後に続いて日本の戦争債を引き受けた英語人たちが色眼鏡を自由に外して事象を観察する眼力をもっていたことで、そのちからがどこから来たかといえば、やはり長年の「金儲け」(←下品)の経験から来たのであると思われる。 カネのことはカネに聞け、という。 理屈をこねても仕方がないので、オカネを稼ぎたければ、世の中が何にオカネを払っているかを凝っと観察して、オカネの流れのどの辺にでかけて、なにに注目すればよいか考えろ、という意味です。 必ずしも投資だけではなくて、たとえば大きな会社に勤めているエンジニアで「優秀な人」というのは、たいてい、技術的なシャープさとマーケティングの感覚がうまくバランスしている。 むかしNTTがいったんそれで会社を持ち直したi-modeは技術的には全然ダメな技術ともいえたが、日本という市場には最適の技術で、テクノロジー的には先進的な相手に囲まれながら、あっというまにビジネスモデルを回転させて大金を生み出していった。 「オカネ」が、ぶつぶつと聞こえるか聞こえないかの低い声で呟いている言葉は、頭をしぼって、完璧な理屈を立てて考えてもダメで、日本で、最もマーケトのなかでのポジショニングが上手で、気がつくといつもオカネが盛大になだれ込んでいる滝壺に奥でマネーバッグの口を開けて待っている人といえば孫正義だが、この人の会社の名前の「ソフトバンク」は、 初期の頃役員だった人によると、音響カプラ300bps時代にソフトのオンライン自動販売機を思いついて、デパートメントストアにおいてあるATMのアナロジーで、その場で(当時のPCの記録媒体だった)カセットテープにソフトをダウンロードするビジネスを「ソフトウエアの銀行」でソフトバンクと名付けた。 渋谷西武デパートメントストアやなんかに設置したよーです。 ライバルのアスキー社もマネをしたりしたようで、コンピュータ業界の人間からは有望視されたビジネスモデルだったようだが、全然ダメで、あとから来た訳の判らない不明ガイジン(←わしのことです)が、だって、ダウンロードするのに2時間くらいかかったでしょう? そのあいだ、機械の前でじいいいいっっと待ってるの?と聞いてみたら、いや、それは、だからデパートメントストアへの設置で、ダウンロードしているあいだは、店内をひとまわりして買い物するから一石二鳥だろう、という理屈だったんだよ、といいとしこいたおっさんがマジメに述べたので大笑いしてしまった。 畢竟、頭だけでこさえた理屈の画餅に帰する運命にあること、この如し。 オカネの「絶対批評力」がおよぶ範囲は興味深いもので、家のなか、 おとうさんの英語教材なんて何の役にも立たないんだから、次の教材はNHK基礎英語テキストでたくさんだと思う、から始まって、中央銀行の総裁が、経済を睨みながら決めたつもり、つまり国内に焦眉して決定した通貨政策を、もっとおおきなバックグラウンドの世界経済が批評力として働いて、円安も円高も、意外な結果を引き起こすことがある。 マイナーカレンシーに注目する習慣を持っている人はみな知っていることだが、実体経済で流通する通貨量の数倍が投資経済で流通するようになっても、案外と上下しながら国力、といっても現代ではパーキャピタに還元された国力だが、の水準へ収斂されてゆく。 ニュージーランドドル対日本円を例にとると、この15年間で1ドルが39円から92円のあいだで変動しているが、よく見ると、55円、62円、85円という国力を評価する「批評軸」が存在する。 背景にあるのはUSドルで、実はUSドルが「絶対批評力」として、円とニュージーランドドルとに評価をくだしている。 アベノミクスが失敗した理由のひとつはオカネの批評力についての無知だとも言えるとおもうが、こっちの話題にはいっていくとヘンな人がいっぱいくるだけなのが経験から判っているので、こんなところで述べてもよいことはひとつもない。 オカネの批評力が顕著にはたらく分野で常に興味深いのは美術や文学で、どんなに文学コミュニティの評価が高くても頑として市場がオカネを払わない作品(例:現代詩)もあれば、評価がぜんぜん低いのにどんどん売れてゆく作品(例:挙げるとうらまれる)もある。 蒐集したむかしの週刊誌を読んでいると流行作家が対談で酔っ払って、純文学作家にむかって「そんなこと言ったって、先生、あんたの小説は偉いのかも知れないが、ぼくの小説はあんたの小説の何十倍も売れているんですから」と乱暴な口を利いたりしていて、スリルがあって、なかなか良いが、冷静に考えれば流行作家と純文学作家は「小説」という便宜的呼び名が同じだけで、まるで異なるマーケットで活動していたのだから当たり前といえば当たり前で、単純に芥川賞作家の宇野鴻一郞が「あたし、あそこが…もっと感じさせて」とか書くから、マジメな文学青年が錯乱して、あれも文学これも文学で混乱しただけなのではなかろーか。 市場における美術の価値は、株式と同じで、その会社が生産性が高い良い会社かどうかよりも、人気投票で、株を買う人がその会社を良いと思うかどうかのほうで決まる。 つまり、どの美術が最も価値が高いと投票されるか、によって決定される。 洲之内徹は風変わりな人で、どの絵が市場において高く評価されるようになるか精確に知っていながら、画廊主であったのに、最も評価が高くなりそうな絵は売ろうとせずに押し入れにしまいこんで寝床へ行く前に日本酒をなめながら飽かずに眺めるのを趣味とした。 確かな審美眼があった、とも言えるが、マーケットと絶対美の関係を熟知したのでしょう。 美術とオカネの作家対批評力の相克は長いあいだ意識的に行われてきたのでダミアン・ハーストや村上隆のように作家の側から商業主義のほうへ踏み込んで長いあいだ受け身に終始してきた作家の側から批評軸を逆に作り出そうとするコントラバーシャルな試みも行われている。 以前に何度か書いたが、日本文学が破滅した理由のひとつは、突出してすぐれた日本語芸術であった現代詩に社会がオカネを払わなかったからなのは明らかで、いつかその趣旨を引退した老編集者にしたら、でもペラ(←200字詰め原稿用紙)一枚一万円とかいうひともいたのよ、と言っていたが、同じ一枚一万円でも、短編小説でも30枚30万円だが、現代詩なら多くても4枚4万円で、「一枚」にかけるエネルギーの大きさの違いを考えると、お話にならない気がする。 結局、社会が大金を払ったのは糸井重里に代表されるコピーライターたちのほうで、現代詩人の軽く百倍を超える収入を誇るコピーライターたちの空疎な(コピーライターの人ごみん)言葉のブラックホールに日本社会自体が呑みこまれていって、言語の空洞化、現実からの剥離が起きて、フリーター、ニート、エンコーという言い換えのなかでまぎれもない現実が虚構化されて日本人全体が現実に対処する力を失っていったのは、オカネという社会の批評の正直さの表れと言えなくもない。 音楽は、例の「ブルースを聴いたみるかい?」の続きで書きたいので、ここでは取り上げない。 オカネという、きみが立っている「場」からのきみへの批評は、たいていの場合、つまりは給料で、明然と言われないだけのことで、月に20万円の給料をもらう人は、社会からの評価が月にして20万円で、少し後退して、「場」自体が視野にはいる世界の経済からみると、オスロのマクドナルドで店員をしている高校生の半分以下の価値と評価されている。 いちど触れたのだから、ついでにもういちど孫正義の例をもちだして歴史をさかのぼってみると、このひとがオカネの声を聞いて、すたすたすたとオカネが流れを変える場所にでかけて、座り込む場所の絶妙さは素晴らしいもので、PCのソフトウエアは違法レンタルで入手するのが常識で、秋葉原のPCショップでPC9801を買えば「おまけ」を入れておきましたから、と言われて、家に帰って箱を開けてみれば、一太郎や123がコピーされたFDDがはいっていて、ソフマップのような違法「レンタルソフト」の会社が全盛のときに、他人の失笑を聞きながら、「日本にもアメリカ合衆国なみにソフトウエアをオカネを出して買う日がくる」と予測を立ててソフトウエアの卸売り会社を買い取って、市場に地歩を占めて、インターネットが始まれば、スタンフォードの京都校に巣くっていた学生たちの言うことをオカネの声と聞いてヤフーの主となるポジショニングは、英語の世界では不思議なほど知られていないが、見事であると思う。 オカネの声を聞くのに慣れてくると、たとえば自分の国の政府がどういう政府なのかも判然としやすくなる。 … Continue reading

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言葉のたのしみ

Bon dia. お盆におじやを食べているわけではありません。 カタロニア語で「おはよう!」という意味。 Good morning! と英語なら言う。 Good morning、と述べて相手が、こんなクソ朝なんて、という人はいないが、ウンブリア(イタリアでゆいいつ海を持たない県。日本なら長野だろーか)の小さな村で、窓から顔をだしているばーちゃんに、 「Buon giorno」と述べたら、あんた、こんなくだらない天気で、どこがBuon jornoなもんか、と言われて笑ってしまったことがある。 スペイン人もそうだがイタリアの人は決まり切った表現のなかの単語の意味がまだ生きていると意識していて、ちゃんと反応するところがいつも面白いと思う。 「さようなら」に「左様でございますならば」という中世の声を聞いている。 大雨の冬の日にバールにはいっていって、Buon jornoと挨拶されても、 「こんなひどい天気だけど、良い朝というふうにかんがえましょうね」と言っているのではないかと狐疑するに至る。 人間はこうやって特定の外国を崇拝するようになるのではあるまいか。 言葉を話すということはそんなにたいそうなことではないので、誰かが6カ国語を流暢に話すといっても、たいていは成り行きでそうなっただけである。 自分のへなちょこな言語能力に照らしても、言語はあんまり「勉強」というような姿勢には向かない気がする。 技能の習得としては楽器を使えるようになる、というようなことに似ているのかもしれない。 いろいろな言語の「音」が頭のなかでおしくらまんじゅうをしているのは楽しいことで、日本語ならば言語学の泰斗で音楽的な詩人だった西脇順三郎が書いたものを読むと欧州語から「だべ」言葉になだらかに続く坂を通って、思考が散策しているのが見ていて、よく判って、おもしろい。 「夏日」という詩は パパーイ なんという幻花だ 八月十四日正午近く 寺の帰り シバゾノ橋の方へ歩いて行くと 地獄の火炎で麦わら帽子が 燃えあがりそうだ 目が時々くらんで 向こうから来る二人の青年が 隠元豆に見えたり 火葬場に行く編笠をかぶった 杜甫のようにも見えてきた いや金子光晴のように見えた 金網の柵に巻きついている ヒルガホをつみとって ……… と続いて、 … Continue reading

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衝立のこちら側で

ハリウッド版の呪怨「The Grudge 2」でインターナショナルスクールの女生徒が怨霊によって押し入れに閉じ込められて、必死で引き開けようとして虚しく暴れるところが出てくるが、ポップコーンを食べながらシネマコンプレックスの椅子にカップルで腰掛けて眼を見開いて怖がっている英語人はごまかせても諸事万能の精細な知識を持つ十全外人は誤魔化せない。 襖などは、ほんとうは紙と、か弱い細木で出来ているだけのものなので、女といえど、健康ですくすく育った現代高校生の「がたい」があれば体当たりをぶちかまして襖ごと倒してしまえばいいだけである。 あるいは風車の屋七が助さんや角さんと悪代官の行状を声を潜めて話しているが、よく見ると隣の旅人のあいだにあるのは「衝立」だけで、チョー面白いというべきか、衝立くらい興味をひくものはなくて、襖はドアのふりをしているが、衝立に至っては壁のふりさえしていなくて、いわば注連縄と同じで「結界」の役割を果たしているにすぎない。 ヘンケン博士的仮説に過ぎないかも知れないが、日本人が観念をもって現実となすことかくのごとし、と思うことが日本にいるときにはよくあった。 その最たるものは満員電車で、一定密度を超えて車内が稠密になってくると、まわりからべったりへばりついてくる人間は人間としては存在しなくなって生物とは認められない物体化する。 満員電車がさらに稠密になると否応なく手先やときには股間(←下品)までが物理的に痴漢をはたらくが、これはぼくの意志ではありません、という強い表明を表情や身体の傾きや、特に手のひらの位置を調整することによって「主観的に痴漢ではない」状態をつくる。 みなし正常人というか、ほんとうは物理的には身体が痴漢していても観念の力によってマジメな勤め人として目的駅にまで到達する。 そこの口元が下品なきみ、あ、出羽の守!というような退屈で凡庸な罵り言葉によって早まってはいけません。 21歳のアルベルト・アインシュタインにならって、ここで思考実験を行う。 きみはシカゴのアラトンホテルでリフトに乗り込むところ。 別にアラトンホテルでなくてもいいが、むかしわしガキの頃に朝のアラトンホテルでリフトを待っていたら、若い知的で上品なキャリアウーマン風のチョー美人が、かーちゃん+わしとリフトを待っていて、ところが当時のアラトンホテルは大改修前で、なにしろ1920年代だかなんだかのリフトのままなので、ものすごおおおく、のんびりで一向に上がってこない。 20分という時間がすぎたころ、この若い品(しな)上がるひとが、「このf***in‘エレベータめ!ふざけやがって!!なめとるのか、クソが」と述べたのをいまでもときどき思い出しては昔のシカゴを懐かしむので設定として借りているだけです。 ドアがびいいいっと開いて、中にひとり人間が乗っている場合、きみはにっこり笑って、乗り込み、アラトン速度でゆっくりゆっくりゆうううっくり地上に降りるあいだ、ま、年代もののエレベーターちゅうのも悪くはないですのい、人間の社交性を刺激するという点で功徳があるともいえる、というように会話するだろう。 5人になると、乗るときににっこり笑うところは同じで、かつてのアラトンホテルのリフトの茶目っ気で、どおおーんと、ちょっと揺れたりすると、「ひゃ」と言って、「ロープが切れたかと思った」と軽口をのべて笑ったりもする。 ところが12人でぎゅう詰めで、夏の盛りに隣の女の人の剥き出しの腕がべったり自分の腕につくような状態では、だまりこくるのではないかと思われる。 インドの映画を観ていてもインド都市の東京に数倍する満員電車のなかでは、やはりお互いに眼をあわさず、あっちやこっちを向いて、まるで辺りが無人であるかのごとくに振る舞うのが正しいマナーと見なされているもののようで、特に日本文明がうんねんかんぬん、日本人はうんかんぬんぬん、というものではないよーです。 日本が特異的に、ということではなくて、ひとつのコミュニティが現実に対する感覚を失って観念が認識のなかで優位になる、ということには、社会生活における人間の密度はおおきな役割をはたしているようにみえる。 習い、性になる、という。 毎日毎朝、まわりの人間を人間でない物質とみなしていると、ついに人間を人間とみなす回路が崩壊するらしい。 「マンハッタンはアメリカではない。アメリカ人の条件である現実感覚を彼らは不思議なほど持ち合わせていない」という趣旨の意見は、たとえば中西部の町に行けばいくらでも聞けるが、田舎に住む人間の都会人への嫌悪というふうにとらないと決めて検討してみると、案外、ほんとうなところがあるかな? ほんとうだとしたら密度がやはり問題なのだろうか?とむかしはよく考えたものだった。 日本では、もうずいぶん前に放送されたらしい、ドイツの公共放送ZDFのドキュメンタリのリンク を送ってきた年長の友だち(日本人・40代)は、 「日本はやはり破滅すると思う」と悲観的な言葉でemailをしめくくっている。 経緯を述べると、自分で言っていても信頼性がないような気がしたが、あまりに福島事故のあとにばらまかれた放射性物質に関連して自分と家族の将来を悲観するのでチェルノブルと異なって大半の放射性物質が地下に潜ったことによって生じる「対策をする時間」が日本人にとって幸運として働く可能性はなくはない、と書いておくったことへの返答で、ガメは、もう日本の将来に興味をもっていないから、そういうテキトーな慰めを言う、現実はそれどころではない、ということを示すためにおくってきたもののよーでした。 福島第一事故のその後についての、多少とも科学的素養をもつ英語人の目下の反応は、要約すれば、当初恐れたような海洋を媒介しての放射性物質の急速な拡散は実際には起こらないようだ、という曖昧な安心がまず存在して、その現実認識を元に「仮に犠牲者がでるにしても日本に住む人間に限定されるのだから、案外だいじょうぶだったという将来から大量の不審死者がでる将来まで、いずれにしても日本人の勝手でほうっておけばよい」というものだと思う。 日本の政府が述べているように事態がコントロールされているとはまったく思っていないが、おもいがけず拡散しないことがわかって日本に限定された災害であると判定されたところで急速に関心を失っている。 汚染水の垂れ流しについても、「最悪の場合でも北太平洋の魚を食べなければいいだけだ」と述べてあったりして、日本人はどうしてこれほどの問題に安全とひとり決めして安閑としているのか、と訝る気持ちはあっても、もう自分達にとっては切迫した問題ではない、という気持ちがあって、話題にのぼることはほとんどなくなった。 2020年の東京オリンピックが近づいたときに、選手として派遣されるオーストラリア市民の健康が心配されるのでボイコット運動をする、といまから発表しているカルデコット博士たちのような「短期間でも東京にいくことは自殺行為だ」という意見は、あまり聞かれなくなって、たとえば一週間や二週間の滞在なら、内部被曝は避けられないにしても帰国したあとに排出されるので、それほど心配するほどではない、という気持ちが強くなっている。 「自分達の問題でなくなった」という意識が強くなるにつれて、リンクのZDFにしても、2011年や2012年のものとは、よく観るとトーンが異なっていて、日本政府と東京電力の人道性の欠如を問題にしている。 それに伴って「日本人の非人間性」ということがよく言われるようになって、パーティやなんかで聞いていると、なんだか、通常の日本人にとっては踏んだり蹴ったり、というか、なにしろ外国の人間にとっては政府も東京電力も、その辺の日本人も、政府の無責任に激しく反発して通りに出てくる反原発の日本人も一緒くたなので、 政府や大阪市長の堂々たる慰安婦問題否定や嫌韓デモ肯定発言の印象とごっちゃになって「日本人は、人間性に乏しくてこわい」になっていると言えなくもない。 言えなくもない、と糢糊糢糊(もこもこ)した言い方なのは、自分達と直接関係すること以外にはなんの関心ももてない英語人の悪いくせで、日本のことなど関心をもつ人は稀だからで、こう述べている本人も日本語でブログを書いているとき以外は日本のことなど欠片も考えていないので、到底、同胞を非難するわけにはいかない。 傍から見ていると、日本政府は福島の東半分を「励ましながら悟られないように 見捨てる」ことに成功しつつある。  ちょうど戦後の沖縄と同じで、「同情と憐憫をもちながら福島県民の犠牲に感謝する。でもなにもしないけどね」ということなのでしょう。 放射性物質の危険を説き、反原発を述べるほうの人たちのほうも、公平に述べて、福島人をいまの窮境から救い出す、という切羽詰まった気持ちよりも、観念の勝負所である「原発は是か非か」というほうに夢中なようで、遠くから無責任にゆってごみんx2と思うが、反原発より無茶苦茶に汚染された町で「こわい」というひとことも言うことを許されずに生活する福島人を救うほうがプライオリティとして普通なら先なんだけど、と思わせられる。 被災地帯の住民を仮設住宅から救いだせない運動は、実効的な意味をもちうるだろうか? ひどい反原発人になると福島人をあしざまに言う人も存在して、読んでいて困った気持ちになる。 … Continue reading

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