Daily Archives: October 4, 2014

終わりにむかって

島影(しまかげ)にはいると、突然、星の数が多くなる。 単独で輝いているように見える星だけが見えているうちは「星空」とは言われない。 ほんとうの、というのはヘンだが、宇宙が魂のすぐそばに迫ってくるような星空には水しぶきのような白い煙のような天体が映っている。 ハウラキガルフに船をだすときは、たいていモニとふたりだが、小さい人たちを連れていくと、なんだか茫然として空を見ている。 しばらく、じいいいっと満天の星を見て、感に堪えたように「うおぉぉー」という。 燃えるような緑色の目やまばゆい明るい金色の髪は母親に似ているが、頭のなかは父親と似ているようで、間のとりかたが、なんとなくバカっぽくて、そのバカっぽい「まぬけな感じ」が父親に奇妙なくらい似ているので笑ってしまう。 船をだしても、あんまり釣りをしなくなってしまった。 食べ物として魚には飽きた、ということもあるが、釣りは案外と忙しい作業なので、春で、暖かくなってくると、そんな忙しいことをやるのはめんどくさい、という気持ちがする。 冷蔵庫からとりだして、表面にオリーブオイルを塗ったステーキを焼いたほうがのんびりしていて楽しい。 ヨットは海面を滑るように走らせるのは楽しいが、ラウンジが窓の下になって、立たなければ海面や景色が見えないので、くつろぐにはやはりロウンチのほうがいい。 見渡す限り海で、運が良ければ、夕方、一家で物理法則に反するようなゆっくりとしたスピードで、それなのにびっくりするほど高くジャンプしながら湾口を横切ってゆくオルカの群れや、あの不思議な呼吸音の、神秘的な感じのする鯨たちを見ることもある。 「世界のことなんか、ぼくには関係がないね」と述べているような、波間にぷかぷか揺れているブルーペンギンたちがいる。 陸地では、あれほど意地が悪くて闘争的なかもめたちが、海にでると、飛行の芸術家であることを誇示するように低く、うまく風を使って飛ぶ。 まるで違う生き物のようです。 オークランドは、ただの英語圏の都会にすぎないが、船でハウラキガルフに出て、海の理屈で考えると、まるで別の街で、ハウラキはオーストラリアのグレートバリアリーフのような「死んでしまった海」とは異なって、まだ「生きている」海で、潜ってみればすぐに判るが、錨をひきずりまわすせいで完全に破壊されたグレートバリアリーフに較べて、ホタテ貝や他の生き物がカーペットのように敷き詰められていて、岩陰にはロブスターがいて、チョー意地が悪いタコたちとの争闘に勝てば、すぐに4、5匹のロブスターをひきずってボートの甲板に放りあげることが出来る。 ゆでると目が覚めるように赤い、おなじみの色になる。 スパイスをかけて、アリオリソースで食べる。 カモメたちが低空で近づきながら、うらやましそうにしている。 この7年間をふりかえると、日本人の友達がたくさんできて楽しかったが、日本がなぜ負のスパイラルを滑り落ちるように憎悪と非寛容の奈落へ落ちてゆくのか仕組みが明然とした形で了解されてしまったので、社会そのものが、現代の世界では許容しえないものであると結論するしかなかった。 こういうふうに考えてみればいいのではないだろうか? 日本人がなぜ嫌韓に民族ごと投企してしまうのか理由を考えたり、「いや、私は嫌韓じゃありませんよ」と慌てて言い訳する前に、なぜ、日本では嫌韓運動が止まらないのかを考えたほうが良いのではないだろうか。 現実がいっこうに変わらない場合、自分の、たとえば「嫌韓なんて、あんなものは一部のくだらない人間がやっていることだ」というのは、ただの自己満足にしかすぎない。 「安倍ちゃん」などと狎れかかっているあいだに、なぜ日本という国の全体主義化に自分が手を貸す結果になったのか、ごまかすのはやめて、問い直してみたほうがよくはないか。 なぜ自分たちには、まったく現実を変える力がないのか。 「喧嘩両成敗」というような気味の悪い言葉や、争闘を軽蔑する自分の感情は実際には社会から植え付けられた「上品な奴隷的マナー」であるのに過ぎないのではないか。 そういうことどもと、ストローラーを階段で引きずりあげる母親を見て「ああ、たいへんだなあ」と思うだけで手を貸したことがないことや、チョゴリの高校生にからむ酔っ払いを見て、我を忘れてなぐりかかったりは決してしないこととのあいだには深いつながりがあるのではないか。 もっと酷いことを言うと下地真樹が、たったあれだけのことで逮捕されたのに、きみが逮捕されたことがないのは、要するに、きみは政府とぐるなのだということではないだろうか。 Twitterに書いた、 「ガメさんにも香港きて欲しいよ。 いまからこない?笑 嫌なものを嫌と言う、人間でいたいという意思が街中に溢れて、歩いているだけで涙が出るよ。」 というemailを寄越した日本語人の友達が、 今度はもっと長いemailを送ってきた。 「ガメさん 今朝香港から戻って、まだ熱狂の残った頭でTwitterを覗いたら君が日本への結論を書いていたので思わず笑ってしまった。 たった3時間日本にいれば、人々が口を閉ざしていることがわかる。心と言葉をバラバラにして、単語ひとつ持たずに底なしの行間に落ち込んでしまった単独の群衆たち。 香港と日本はよく似ているなんて言われるけど、皮肉なぐらい差がある。僕には日本が憧れていた運命を香港が生きている気がした。決して良い運命でないにしても。」 ここから先は、この人の私的個人的な体験に及ぶので引用するわけにはいかないが、 emailは 「僕ももう日本語の世界を出ます。波紋も立たない行間の沼に沈むわけにはいかない。」 … Continue reading

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