終わりにむかって

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島影(しまかげ)にはいると、突然、星の数が多くなる。
単独で輝いているように見える星だけが見えているうちは「星空」とは言われない。
ほんとうの、というのはヘンだが、宇宙が魂のすぐそばに迫ってくるような星空には水しぶきのような白い煙のような天体が映っている。
ハウラキガルフに船をだすときは、たいていモニとふたりだが、小さい人たちを連れていくと、なんだか茫然として空を見ている。
しばらく、じいいいっと満天の星を見て、感に堪えたように「うおぉぉー」という。
燃えるような緑色の目やまばゆい明るい金色の髪は母親に似ているが、頭のなかは父親と似ているようで、間のとりかたが、なんとなくバカっぽくて、そのバカっぽい「まぬけな感じ」が父親に奇妙なくらい似ているので笑ってしまう。

船をだしても、あんまり釣りをしなくなってしまった。
食べ物として魚には飽きた、ということもあるが、釣りは案外と忙しい作業なので、春で、暖かくなってくると、そんな忙しいことをやるのはめんどくさい、という気持ちがする。
冷蔵庫からとりだして、表面にオリーブオイルを塗ったステーキを焼いたほうがのんびりしていて楽しい。
ヨットは海面を滑るように走らせるのは楽しいが、ラウンジが窓の下になって、立たなければ海面や景色が見えないので、くつろぐにはやはりロウンチのほうがいい。
見渡す限り海で、運が良ければ、夕方、一家で物理法則に反するようなゆっくりとしたスピードで、それなのにびっくりするほど高くジャンプしながら湾口を横切ってゆくオルカの群れや、あの不思議な呼吸音の、神秘的な感じのする鯨たちを見ることもある。
「世界のことなんか、ぼくには関係がないね」と述べているような、波間にぷかぷか揺れているブルーペンギンたちがいる。
陸地では、あれほど意地が悪くて闘争的なかもめたちが、海にでると、飛行の芸術家であることを誇示するように低く、うまく風を使って飛ぶ。
まるで違う生き物のようです。

オークランドは、ただの英語圏の都会にすぎないが、船でハウラキガルフに出て、海の理屈で考えると、まるで別の街で、ハウラキはオーストラリアのグレートバリアリーフのような「死んでしまった海」とは異なって、まだ「生きている」海で、潜ってみればすぐに判るが、錨をひきずりまわすせいで完全に破壊されたグレートバリアリーフに較べて、ホタテ貝や他の生き物がカーペットのように敷き詰められていて、岩陰にはロブスターがいて、チョー意地が悪いタコたちとの争闘に勝てば、すぐに4、5匹のロブスターをひきずってボートの甲板に放りあげることが出来る。
ゆでると目が覚めるように赤い、おなじみの色になる。

スパイスをかけて、アリオリソースで食べる。
カモメたちが低空で近づきながら、うらやましそうにしている。

この7年間をふりかえると、日本人の友達がたくさんできて楽しかったが、日本がなぜ負のスパイラルを滑り落ちるように憎悪と非寛容の奈落へ落ちてゆくのか仕組みが明然とした形で了解されてしまったので、社会そのものが、現代の世界では許容しえないものであると結論するしかなかった。

こういうふうに考えてみればいいのではないだろうか?
日本人がなぜ嫌韓に民族ごと投企してしまうのか理由を考えたり、「いや、私は嫌韓じゃありませんよ」と慌てて言い訳する前に、なぜ、日本では嫌韓運動が止まらないのかを考えたほうが良いのではないだろうか。
現実がいっこうに変わらない場合、自分の、たとえば「嫌韓なんて、あんなものは一部のくだらない人間がやっていることだ」というのは、ただの自己満足にしかすぎない。
「安倍ちゃん」などと狎れかかっているあいだに、なぜ日本という国の全体主義化に自分が手を貸す結果になったのか、ごまかすのはやめて、問い直してみたほうがよくはないか。
なぜ自分たちには、まったく現実を変える力がないのか。
「喧嘩両成敗」というような気味の悪い言葉や、争闘を軽蔑する自分の感情は実際には社会から植え付けられた「上品な奴隷的マナー」であるのに過ぎないのではないか。

そういうことどもと、ストローラーを階段で引きずりあげる母親を見て「ああ、たいへんだなあ」と思うだけで手を貸したことがないことや、チョゴリの高校生にからむ酔っ払いを見て、我を忘れてなぐりかかったりは決してしないこととのあいだには深いつながりがあるのではないか。
もっと酷いことを言うと下地真樹が、たったあれだけのことで逮捕されたのに、きみが逮捕されたことがないのは、要するに、きみは政府とぐるなのだということではないだろうか。

Twitterに書いた、 「ガメさんにも香港きて欲しいよ。 いまからこない?笑 嫌なものを嫌と言う、人間でいたいという意思が街中に溢れて、歩いているだけで涙が出るよ。」 というemailを寄越した日本語人の友達が、 今度はもっと長いemailを送ってきた。
「ガメさん 今朝香港から戻って、まだ熱狂の残った頭でTwitterを覗いたら君が日本への結論を書いていたので思わず笑ってしまった。 たった3時間日本にいれば、人々が口を閉ざしていることがわかる。心と言葉をバラバラにして、単語ひとつ持たずに底なしの行間に落ち込んでしまった単独の群衆たち。 香港と日本はよく似ているなんて言われるけど、皮肉なぐらい差がある。僕には日本が憧れていた運命を香港が生きている気がした。決して良い運命でないにしても。」

ここから先は、この人の私的個人的な体験に及ぶので引用するわけにはいかないが、 emailは 「僕ももう日本語の世界を出ます。波紋も立たない行間の沼に沈むわけにはいかない。」 というところで終わっている。

もう本人の友達たちが書いているので、ばらしてしまってもいいのだと思うが、日本語で知り合った、最もヘンテコで最も繊細な友達のミショは、ずいぶん長い間「日本に居続けるのだ」と頑張っていたが、「ぼくはもう日本語は捨てるのさ」と述べてイスラエルの研究所に去ってしまった。

いまの日本社会で自由な魂を持っていることは、現象として、ナチ支配下のドイツでユダヤ人であることにとてもよく似ている。
遠くから眺めているぼくの目には、日本人友達のひとりひとりが、「自由な魂を持ちながら日本にいることの危険」を嗅ぎとっているように見える。
国会議事堂放火事件の日、道の先の角を曲がってくるSS隊員の集団を見た瞬間、ビリー・ワイルダーはアパートに引き返して詰め込めるだけの荷物をスーツケースに詰め込んで、そのまままっすぐフランスに逃げた。
当時はまだ英語が話せなかったこの人は、驚くべき事に、ハリウッドでのキャリアを脚本家として始めることになるが、フランスから危険を冒してたびたび説得におもむいても、「自分には自分の生活がある」「友達も恋人もこのウイーンにいるのに国外へ出るなんて無理だ」と躊躇した母親は、結局、戦後執拗に探しても行方不明のままで、どうやら、アウシュビッツでナチに惨殺されたもののようでした。
図式的には、いまあちこちの英語メディアで書かれているように、ドイツとユダヤ人の関係は、日本と韓国人の関係に引き当てられる。
魂が自由だと言っても、日本人ならば対照される関係はドイツとドイツ人で、殺される心配は無いが、香港プロテストの現場を見て、「日本にはただのいちども存在したことがないもの」を目撃して衝撃を受けて、日本語と日本社会を捨て去る決意をした日本人の友達を見ても、もうこれ以上日本にいて自分の社会をよくしようとしても時間の無駄にすぎない、と感じるひとびとにとっては魂の死は現実の死よりも耐えがたいのであるのかもしれません。

せっかくベンキョーしたのだからもったいない、という吝嗇でくだらない理由によって、このブログには時間があれば戻ってきて、記事を書いていくだろう。
ここまで来てしまっては政治や社会や経済のことを述べても仕方がないので、いまより、いっそう、毎日のどーでもよい出来事の記録が並ぶに違いない。
Twitterは、どーするか、またアカウント閉めるか、と考えたが、 日本についてのことをメモ書きする場が他にはないこともあって、まだ開いておくことにした。
Twitterまで日本語では、めんどくさいのと、どうやら何年にもわたってしつこく絡んでくるバカな人達は自称の「英語の達人」と異なって英語がさっぱり解らないらしいので、バカよけ(←言葉が悪くてごめん)になるのも一石二鳥で、英語だけになってゆくと思う。 すでに日本語はあちこちで役割を終えて、別に「世界で活躍」したりしなくても、英語で考えるのでなければ、たとえば学問の世界では、一人前の収入はもらえないようになっている。
功利を離れても、日本語は非常に深いところで憎悪と無責任に汚染されていて、日本語によって思考するひとは、自動的に救いの無い、スウェーデンボルグの見た地獄そっくりの場所で、現実から剥離した無効な観念の遊びに耽溺するだけの閉塞に陥っている。
日本語の歴史、という面からみてくると、ここまで日本語がおちぶれたのは、11世紀くらいまで遡ってもなくて、もしかすると日本語の歴史始まって以来の凋落ではなかろうか。

どんなことにも終わりがあるので、日本語の底の奥深くまで降りていって、日本語で充填された自分の心に映る世界の色彩や風の音、不思議に情緒的な姿をした形象、というようなものに目を見張る時期は終わりになった。
終わりにした、のではなくて、自然と終わりになったので、日本語も日本という社会も、さっそくずっと遠い過去のものになったような気がするが、 今度は趣味で、この扱いにくい、ともすれば詭弁に終わることが多い言語で、自分の「聴き取りにくい声」をしるしていくことにも意味がまったくないわけではないような気がする。
Twitterを見ている人たちには明らかだと思う。 日本人や日本社会には、あまり興味がなくなってしまったが、日本語自体にはまだ興味もある。
この言語のおもしろさは、言語自体が脚注から生まれたことによるらしい。
考えてみれば、レ点の種類に属するものが、文側(ぶんそく)から言語に発展して、だからこそ異様なほどの数の同音異義語を含み、観念が現実よりも常に優位である、倒錯した現実感を提供する言葉になった。

真がなく、したがって偽もなく、善もなく、それゆえに悪もない。
すべて、その場その場の間柄と情緒の流れに竿をさして思考が流れていくだけで、かけらほどの実効性もないかわりに、西洋語では空想も出来ない「偽の現実」を生み出すことができる。
そのよいほうの典型が「存在しない日本」を描ききった小津安二郎の映画であり、宮崎駿の作品なのではなかろうか。

日本語と日本社会が決定的におかしくなってしまったのは傍からみていると2011年3月11日の福島第一発電所事故からだった。 いま振り返ってみると、「この程度の放射能は無害だ」と述べていた人達も、内心ではどれほど恐ろしいことが起きたか明示的/暗示的に知っていたのだと思える。
「絶対に起きてはいけないことが起きてしまった」ことへのほとんど畏怖に近い恐怖の気持ちは、社会の潜在意識に潜り込んで、日本語の根幹にある「真実性」を破壊してしまった。
もとからそういう傾向がなかったとは言えないが、「現実」は製造可能なものになり、自分達の情緒が正しいと感じるものを正義の王座につけるためには、同じ論理構造のものでも、片方は善しとし、一方は悪いと述べるというようなことを平然と行えるようになった。 最近の事件で言えば到頭政府がなりふり構わずに朝日新聞社つぶしに乗り出した「朝日誤報事件」を見れば、「正しさという情緒」がいかに言語社会全体を狂気に導く力を持ち得るか判る。 構造としてはマッカーシーの赤狩りとまったく同じで、NHKを渦巻きの中心に一上院議員であったマッカーシーの代わりに首相自身が首狩り族の先頭を走っている。
マッカーシーの「共産主義」を安部首相の「反日主義」に置き換えれば、なんのことはない瓜ふたつで、これからはマッカーシー時代と展開は同じで、 社会の上層から下層に至るまで少しでも「反日」と見なされたものは徹底的に干されてゆくだろう。
しかもマッカーシー事件の傷を癒やした当時のアメリカの国力は、日本にはありはしない。
日本は日本の国内では「世界中から好かれて、世界が憧れている国」ということになっている

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/02/16/夏目漱石の贈り物/ https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/12/18/mirrorx2/

が、日本の外側から見ている人間には一目瞭然で、どう言えばいいか、 力の衰えを自覚して、かつては睥睨していたはずの隣人たちから、憐れみの視線を投げられるようになった者の、悲しい自己暗示の試みにしかすぎない。

20年間という歳月に、ここまで最悪の選択を積み重ねてきてしまった社会に、この後どんな解決がありうるだろう?という深刻な思考の遊びが、このブログのいままでのテーマのひとつだったが、それもつまらなくなってしまったので、これからはいままでよりも更に、のんびりした記事になってゆくに違いない。

さよなら、日本人、と考える。
ぼくは案外、きみが好きだったんだけど。
もうこの辺で、古い習慣を捨てて、ぼくも先に行かなければ。

鵯、という日本語ツイッタで出会った人のなかでも赫奕として清明な魂を持った友達が述べている 。
「私は地獄行きのジェットコースターに戻るよ。「避難者であること」を終えて、生活を作り直す。それから孤立した異分子として生きる。非国民として生きる。承伏できないことに弱々しい声でもNOと言う。踏みつぶされて悲鳴を上げるだろうけれど。」

いまの日本社会で、「自分こそは孤立させられて敗退する者だ」と強く自覚することほど、光彩のある選択はない、とぼくはこれを読んで考える。
たとえ、きみがこれから始める戦いが敗北を予定した戦いに過ぎなくても、人間の栄光は、常にそうやって守られてきたのだと思う。 周囲から投げつけられた石で、きみの魂が、ぼろくずのように血まみれになって死ぬとき、周囲の冷笑や嘲笑をぼんやり聴きながら、きみの意識が少しづつ遠くなってゆくそのとき、きみが伸ばした手の指の、ほんの少し先に射している、きみには届かない、その自由の光だけが、 人間の社会のゆいいつの価値なのではないだろうか。
あるいは、言い直すと、それだけが、人間という、短い、中途で終わることが約束された生命をもった生き物の、ゆいいつの存在意義なのだと思います。

(twitterはブログの案内以外は英語だけのやりとりにします。 ブログ記事は、利己的な理由により趣味として続ける。 日本語フォーラムのひとびとは、気がついているように、フォーラムは書き込みが増えている。安倍政権は想像をこえて、だんだんおっかなくなるので、政治向きの話はフォーラムに限ったほうが、いいのかもしれません)

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5 Responses to 終わりにむかって

  1. hana says:

    あなたの日本語を読むのは楽しかった。心の底から、ありがとう。

    私は40数年日本で生まれ暮らしてきて、どうしても馴染めず、気がつくと三年前の事故以来、夫とも言葉が通じなくなって、悩んで悩んで、来年開けたらすぐに小さい2人の子供達と三人で日本を出ることに決めました。
    ここでは私の子供達は育てられないと解ったからです。
    行った先で日本人である私たちが、どれだけ受け入れられるか考えると恐ろしくなりますが、精一杯、生きて行きます。

    年齢も国籍も母語も、何ひとつどうでもよく、言葉というのは人となりなのですね。
    素敵な日本語に接することができて幸せでした。もう一回、ありがとう。

  2. I deeply thanks to your entries here over long, long years, since those made me realise “what is the nature of Japan” even though I am TATARI-GAMI in Japan.

    There were some happening events around myself which make me trouble, but I will be emigrant to GER with my lover, and start to get a Dr. to work with another job, for another task, as usual in my life.

    I think we cannot meet each other in our life time long, but you’re real buddy even though you resist to tell me so. (Hahaha)

    There are a lot of things which I want to discuss with you, but I guess we both know the CONCLUSION.

    See you again, on the NET.
    Thnx GAMEchan!

    • 眞島 千歳 says:

      ガメさん
      うつくしい日本語を読ませて頂いてありがとう。
      美しいという語は、都会では陳腐になってしまいましたが、
      ここ、関西の限界集落で人々は、「うつくしい」を本来のイメージで日常に使用していることに驚いたものです。
      その地に今月、移住してきましたが20代の同僚が車を走らせながら「この左側の村は部落なんですよ」と言うのに面食らいました。
      「バカチョンカメラ」と言う言葉も付い最近まで、普通に周囲で使われていましたし、私の母親は、私の友達達を「どこの馬の骨か分からない朝鮮人」と言ったり。
      その度に面食らっていたのですが、私も母親も多くの日本人も、
      朝鮮人や部落民がなんだかよく分からなくても、排除すべき異種な人々というのが、もう昔から代々刷り込まれているようです。

      ニホンジンは、空気を読んで行動する人々で、311以降はその空気があからさまに腐っているので、その空気を吸ったニホンジンもニホンの文化も腐って行くのだろうなと、改めて思いました。

  3. Ai says:

    あなたのツイートをRTした友人がいたので、ここに参りました。
    こんなに綺麗な日本語を習得してくださった上、日本のことを親身に考えてくださり、本当にありがとうございます。ガメさんが日本に対して感じていた問題点を、今まで真っ正面から考えこんだことが私に今まであったでしょうか。そう思うと、ガメさんの熱い想いに感動すると同時に自分が情けなくて泣きそうです。頭があがりません。
    今日ガメさんの発言に出会ったばかりではありますが、今まで本当にありがとうございました。
    本当はガメさんの母国語でメッセージを書くべきだとは思うのですが、私の語学力がたりず、日本語で書かせていただいたことお許し下さい。
    愛をこめて。日本より。

  4. おいちゃん says:

    たまきはる宇智の大野(ぬ)に馬並(な)めて朝踏ますらむ其の草深ね  天智天皇
    空の青さ 宇宙の広大さに接した時子供の魂は極って、大きな声を上げるのでせうね。
    カメさんちの小さい人は極めて健全に育っていると思います。
    この歌で私が好きなのは  其の草深ね
    草を刈ってしまえ じゃなく
    草を焼き払えば 獲物が飛び出してくるぞ でもなく
    其の草深ね 草深いことは良いことだ と
    カメさんは何時か言ってましたね、朝鮮半島と日本には、
    陽だまりでお弁当を広げるやうな 穏やかでおおらかな文化があった と。
    万葉から古今 新古今と 歌の心は変わっていきますものね。
    律令制度を採り入れ 法の力で押さえつける中国のやりかたが
    付和雷同してお上の顔色をうかがってしまう 今の日本人を作り上げたのでせうか?
    私たちのヒイオジイチャンの代には、まだこの国には貧困身売り飢饉戦乱何でもありました。
    明治のころには北海道で人食い熊がおお暴れして、そのあまりに悲惨な光景は
    記録を読むだに悪夢のやうに頭の隅に取り付いて離れません。熊を撃ち殺せ とは言いません。
    何でもかんでも熊は可愛いんだ ってゆー人は一度 熊嵐 の記録を読んでください。
    で  なんでしたっけ
    そうそう 普通選挙婦人参政権農地解放 こんなのにいたってはまだまだついこの間、
    戦争に負けたおかげで獲得したものじゃありませんか。
    300万もの若い人が犠牲になったあの戦争、その人たちのおかげで手に入れたのが、
    自由な選挙であり自由な農地だったとは思へないのでせうか。

    若し戦争に勝っていたらどんな オゾマシイ国になっていたでせう?

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