Daily Archives: October 13, 2014

日本の横顔

1 遠くから日本と中国、韓国を眺めていると、おもしろいな、とおもうことがいろいろある。 たとえば日本のがわに「日本に住んでいる韓国人は出て行け」という運動が存在するのに韓国側には「韓国に住んでいる日本人は出て行け」と述べる運動が存在しないらしい。 韓国人や中国人とはやりとりが英語(ひとりだけフランス語)で、日本語インターネットでみる日本人と知識層がちがうのかもしれないが、韓国人のほうは、なんだかおっとりしていて、 「日本で反韓運動やってるでしょう?」と水を向けても、やってますねえ、すごいらしいです、で、なんとなく他人事である。 話は、すぐにどこの国のどの大学で求人があるとか、英語のアクセントをなおすにはどうすればいいと思うかとかで、自分の生活の話にもどっていってしまう。 あんまり日本人がどう思おうと興味がない、というのがありありとわかるので、こちらも話の接ぎ穂がない。 仕方がないので、ひとりで日本で起きていることを眺めていると「歴史修正主義」に反対する人たちが「反嫌韓運動」をしているひとたちにかみついていたりして、 天井桟敷からでは距離が遠すぎて、なんだかよくわけがわからない。 南京虐殺が存在したことを認めろ、と迫っているひとたちが、猛烈な罵詈雑言で、相手が黙り込むと勝ちどきをあげて「がっはっは、おれが勝った。しっぽまいて逃げやがった。バカめ」と述べていたりして、読んでいる方は、 南京市街に突入して、悪鬼のように中国人を殺しまくり、銃剣が折れそうなほどの勢いで誰彼をかまわず刺突して、バンザイを吠えるように三唱する丸眼鏡の陸軍兵士たち、あるいは韓国人の「ピー助」をひいひい言わしてやったぜと笑いながら、慰安所の筵がけの小屋からズボンをずりあげながら出てくる「皇軍兵士」を思い出させられて、言葉にならないほど、げんなりする。 面白いのは、ふつうの国では、こういう、話者の品性を過不足なく反映する言語の醜さはナショナルフロントと自称したりするタイプの、我が国の栄光を見よ、国権国家主義者の属性であるのに、日本では多くリベラル側の特徴であることで、なぜそうなったのかは、誰かの研究材料になりそうなくらい興味深い。 酷いことを言うと、この攻撃性と、この蛮性では、攻撃している相手より、よっぽど「皇軍兵士」に似ているんだけど、と思う。 どんな国の政府も情報操作のためのセクションを持っているが、数ある反対を一挙に踏みつぶして全体主義国家を完成するためには、わざとリベラル側に野放図な攻撃をさせて、いきりたつ御用学者を抑えて、「自己満足のために正義を利用している」と「良識がある国民」がリベラルの非人間性にうんざりしたところで、いっせいにリベラルがよって立つ場所を粛清する、という古典的な手法がある。 だいたい単純な正義意識をもったジャーナリストを利用して、こういうセクションが直接接触をもつアンダーグラウンドジャーナリズムの世界を通じて話をもちかけ、しばらくやりたいだけやらせる。 むかしからリベラル人には、単純な正義の味方を気取ったオチョーシモノが多いので、パチモン知識人のなかから、いちばん調子をこきそうな(←言葉がチョー悪い)マヌケを選び出して、わざと御神輿の上にあげてしまう。 別に日本に限らず大衆社会とはそういうもので、ある程度有名になれば後ろをぞろぞろとたくさんの「反全体主義・国権国家主義」のひとびとがついて歩き出す。 あとは、おもいのまま、一網打尽であるのは言うまでもない。 年をとっても老婆にはジェンダーの問題で成れないので、来世を待たなければ老婆心はもてないが、ダイジョーブなんだろうか、と思う。 なんだか政府の思惑どおり、筋書き通りの気がする。 情報を操作するほうは、その道のプロである。 第一、他国人から見ても戦争をはじめて戦争犯罪を繰り返すのは社会の政治的な質よりも国民性の問題で、 日本研究者のなかには何よりも「リベラル」の言動を見て「ああ、やっぱり」と思ってみている人がいそうな気がする。 中国人に、この話をしたら、「日本人は、そうだよ」と言って、おまけに、当たり前ですよ、と言って、ふきだされてしまった。 日本の人に良いところがあるのはわかりきったことで、ドラゴンボールZもナルトも、中国系人にとっても共有財産で、日本の人がおもわず想像してしまうようなおどろおどろしい憎悪ではないが、中国の若いエリートは、よく「日本人の蛮性」ということを述べる。 東アジアきっての好戦的民族、他者を陥れたり攻撃したり、貶めたり、政治においても糾弾するのが三度の飯より大好きというイメージは、韓国からインドまで、あまねく広がっている「大和民族」のイメージでもある。 南京市民に襲いかかる皇軍兵士と寸分変わらない快哉を叫ぶ日本のリベラルは何のためにあんな論争の仕方をするのだろう、と疑問を口にすると、 「勝って、相手の顔を泥水のなかにぐりぐりするのが好きなんでしょう。日本人だもの。右も左もない」と言う。 当然、という顔つきです。 こちらは日本にいたことがあるので、そうだっけ、と、どんな社会だったか思い出そうとするが、考えてみれば最後に数ヶ月滞在してからまる4年経っていて、ちゃんと思い出せない。 そのうちに、めんどくさくなって、中国人友達が器用に散蓮華に乗せて食べている小籠包の話に移行してしまった。 きみは黒酢で食べてるけど、ほんとうは紅酢のほうが、おいしいんじゃないの? きざみ生姜はなしでいいのか? それとも、ないからショーガない? 2 考えてみると、子供のときに訪問した日本は、もっと手触りのよい、すべすべしてやわらかい社会だったような気がする。 Uさんという60年代から日本に住んでいるドイツ人ばーちゃんに述べたら、「そんなことはありません。日本は昔から野蛮な国です。どうしてあなたは、そんな事実と異なるくだらないことを言うの」とバシッと言われてしまったことがあったが、こちらは頭のなかに、葉山のかき氷屋さんの店先で揺れている「氷」の赤い旗や、森戸海岸の沖からみえる夏の太陽に照らされた鎧摺の山、あるいは青山のヘアドレッサーで、なあんだガメ、元気ないなー、よおおおーし、おねーさんが明日デートしてやるから、めかしこんでこいよ、キディランドでも行こか」と述べたりしてくれた、わしの最愛の年長の友だち歌子や、 思い出してみると、Uさんのように、きっぱり「日本は昔から野蛮な国だ」と言い切る気持ちのキリがつかなくて気持ちが曖昧になる。 ここで「維新號の豚まん」と言い出すと、食い意地が張っているのがばれてしまうが、銀座の維新號本店で、戦後すぐは東京人にとってゆいいつの肉がはいった食べ物だったという、あのでっかい豚まんを頬張りながら、デパ地下をめざして歩いてゆくのが楽しみだった。 荒廃した六本木やモニが死ぬほど嫌っていて世界堂にクルマで寄るくらいしかできなかった新宿と違って、銀座はわしにとっては子供の頃にストップオーバーで東京に滞在していた頃から終始一貫、おもろいものが理不尽なくらいたくさんある遊園地みたいなところだった。 … Continue reading

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