言葉のたのしみ

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Bon dia.

お盆におじやを食べているわけではありません。
カタロニア語で「おはよう!」という意味。

Good morning!
と英語なら言う。
Good morning、と述べて相手が、こんなクソ朝なんて、という人はいないが、ウンブリア(イタリアでゆいいつ海を持たない県。日本なら長野だろーか)の小さな村で、窓から顔をだしているばーちゃんに、
「Buon giorno」と述べたら、あんた、こんなくだらない天気で、どこがBuon jornoなもんか、と言われて笑ってしまったことがある。
スペイン人もそうだがイタリアの人は決まり切った表現のなかの単語の意味がまだ生きていると意識していて、ちゃんと反応するところがいつも面白いと思う。
「さようなら」に「左様でございますならば」という中世の声を聞いている。
大雨の冬の日にバールにはいっていって、Buon jornoと挨拶されても、
「こんなひどい天気だけど、良い朝というふうにかんがえましょうね」と言っているのではないかと狐疑するに至る。
人間はこうやって特定の外国を崇拝するようになるのではあるまいか。

言葉を話すということはそんなにたいそうなことではないので、誰かが6カ国語を流暢に話すといっても、たいていは成り行きでそうなっただけである。
自分のへなちょこな言語能力に照らしても、言語はあんまり「勉強」というような姿勢には向かない気がする。
技能の習得としては楽器を使えるようになる、というようなことに似ているのかもしれない。

いろいろな言語の「音」が頭のなかでおしくらまんじゅうをしているのは楽しいことで、日本語ならば言語学の泰斗で音楽的な詩人だった西脇順三郎が書いたものを読むと欧州語から「だべ」言葉になだらかに続く坂を通って、思考が散策しているのが見ていて、よく判って、おもしろい。

「夏日」という詩は

パパーイ
なんという幻花だ
八月十四日正午近く
寺の帰り
シバゾノ橋の方へ歩いて行くと
地獄の火炎で麦わら帽子が
燃えあがりそうだ
目が時々くらんで
向こうから来る二人の青年が
隠元豆に見えたり
火葬場に行く編笠をかぶった
杜甫のようにも見えてきた
いや金子光晴のように見えた
金網の柵に巻きついている
ヒルガホをつみとって

………

と続いて、
オイモイ!
という行で終わる。
思考がぶらぶらと散策する楽しさに満ちているが、ついでに述べると、西脇順三郎の詩は、全体が西脇クラブのようになっていて、ずっと付き合ってきた人には、「地獄の火炎」の地獄はトスカナのものだと感ぜられるようにできている。
芝園ではなくてシバゾノである理由もすでに了解されている。

頑張らなければ気が済まない人は頑張るのが好きなので、言語の習得も、なんだか海兵隊の新兵訓練のようで、そういう人は言語の発音も鞭のようで無知に鞭するムチムチなワークショップで参加者を「鍛えて」しまったりするそうだが、そういうことは嫌いで、のんびり楽しみながら言語を習得するほうがよかった。
日本語が最も難しい言語だったが、カウチに寝転がって、大好きな古い本のにおいにひたりながら、新明解国語辞典を読んだり、学研だかどこだかの、1962年というような年に刊行された子供向け「学習大百科事典」を読んで遊んだりした。
版によって違うというが、義理叔父から譲り受けた新明解国語辞典は、面白い辞典で、英語辞書風というか、書いた人の人柄が偲ばれる辞書で、おかしみがあって良かった。
「セックス」という言葉を引いてみると、「性」を見よ、とある。
どれどれ、と思って「性」を引くと「セックス」を見よ、と書いてあったりして、口がヘの字の、へそ曲がりなユーモリストが思い浮かぶ。

「学習大百科事典」のほうはもっと素晴らしくて、「火星人」の写真が出ている。
これはひょっとしてひょっとすると、と思って「木星人」の項を見ると、ちゃんと木星人の写真が出ていて、頭に堆積しているのは煉瓦状のウンチである旨が記されていて感動する。
世界は、こうでなければならない、という深い感銘に打たれたものだった。

スペイン語は歌の歌詞を丸暗記してだいぶん憶えた。
たとえスペイン語の表現を10くらいしか知らない人でも、
ばいらんどおおおおー、ばいらんどおおおおーおおおー、(註)とおよそ一ヶ月にわたって尻をふりまくりながらバカのひとつおぼえで歌いくるって、まわりも猫もうんざりしているのに、自分だけがスペイン語をおぼえなかったら、そちらのほうが奇跡であると思われる。

フランス語もブリジット・フォンテーヌのやたら美しいフランス語の発音とアレスキのチョーいい声に負けて、13歳くらいの頃に聞き狂っていたので、意味がわかる前から文章は話せたりして、贋AIが顔色を失う人間無能で、よく考えてみるとオウムさんと同じだが、あんまりそういうことを突き詰めて考えるような性格では言語は習得できないのだと考える。

ぜんぜん意味がわからないのに、クルマを運転しているときは、だいたいインド語FM局を聴いていて、渋滞にさしかかると、インド語のマネをして傍らのモニを悶絶させる。
「ガメ、それ、どういう意味なの?」と聞かれても、「知りません」以外はこたえようがない。

すべてのベンキョーと同じで、言語の習得も何かに役立てるためや、まして仕事のためでは、教科書にかみつきそうな表情で、必死になって勉強するぶんだけ上達するのかも知れなくて、本人は給料があがって満足だろうが、なんだか言語のほうがかわいそうな気がする。
最もありふれた例でいえば、「この天と地のあいだには、きみの哲学では42にならないことがたくさんあるのさ」と言われても意味がわからなくて、きょとんとするのは無理がないことでも、きょとんとした気持ちをあっというまにかなぐり捨てて、「英語の勉強で肝腎なのは…」と話し出す人をみると、やはりなんだか寂しい感じがする。
ムダなことを排除するようなベンキョーの仕方をすると、言語の学習そのものが「ムダ」になってしまう事情は、ムダを排除した数学の学習など何の意味もないのと同じことだと思う。
言語の習得においても脇道に迷い込む楽しみが、実は、本道を歩くことなのは、よく知られているはずのことである。
そういうことがらに潜む事情は、実際には、現実が生存に必要な能力への要求に満ちているからといって、それが現実に意味があることを保障しないのと歩を同じくしている。

頭の中で、現実のありようとして、てんでんばらばらな世界の平仄をあわせるには一定の言語の能力が必要で、言語的感覚が悪い人は、当然ながら、なにを考えてもダメで、どの言語世界にも存在するそういう人が書いたものを見ると、ひどい言い方だが単なるゴミの山で、こんなものの堆積を文章で積み上げるのならば、庭で薔薇を丹精するほうが世の中のためには余程よかったのではないかと思わさせられる。
言語の感覚の狂いは、そのまま世界への誤解になる。
母語といい、外国語というが、この平仄のとりかたは同じな気がする。
そうして、そういうすぐれた言語感覚と救いのない言語感覚の岐れめは、言語を成長の過程あるいは習得の過程で楽しめたかどうかにかかっている。

オベンキョーにおける楽しみは食べ物ならば「うまみ」のようなもので、いつかサンフランシスコ空港で、日本そばを売っている店があって、時間つぶしの午飯にそばを買ったら、そばつゆなしのもりそばが山のように載っただけの弁当?を渡されて、ぶっくらこいたことがあったが、無理矢理勉強する外国語などは、つゆなしのそばだけをもりもりと食べて、健康にいいのだと誇っている不思議な人に似ている。

日本語しかしらないで一生終わってしまう人の世界は、要するに人口が一億人しかいない地球に住んでしまった人の世界で、悪くはないが、もったいない。
少しでも楽しそうな言語を見つけて、ときに羽目を外して、淫して、あらー、世界って、こんなふうにも見えるのだな、と驚嘆することは、特にその驚きが簡単に手に入る点で現代にうまれた人間の特権でもある。

なんだか外国語学校の勧誘みたいだども。
ほんとなのね。

Arrivederci.
Adéu.

ほんでわ。

¡Buen fin de semana!

Besitox2、Besitox2

¡Ciao!

註 “Bailando”

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3 Responses to 言葉のたのしみ

  1. hermestrism says:

    書いてはいけない事、言えない事を敢えて言うと、心はどういった挙動反応を示すかと言う実験にはSNSは最適ではないかと思う。つまり、自分の世界観から逸脱した発言をするというベンチャー的な事。

  2. hermestrism says:

    「努力」と言うか、エネルギーが発生する最大の点は、目指している所の高さと早さに起因していると思う。
    例えば、自分が簡単と思う事をしたくないから目標をエネルギーが必要になる点まで高める、
    3か月以内に習得する必要がある為に、加速の為にエネルギーが必要になる、
    の2点等etc。

  3. musicaforesta says:

    齧りかけたイタリア語を、ガメさんのイタリアのブログのおかげで、今また齧っています。
    (ガメさんのような言語の達人がのんびり楽しみながらとおっしゃるのと、わたしのようなナマケモノがのんびり楽しみながらでは次元の違う話とは知りつつ)、英語もイタリア語も
    時に何の為に時間を費やしているのかとへこたれることもありますが、そんな日には、今日のガメさんのお話を思い出したいと思います。

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