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言葉がとどかないところ _(哲人さんの返信)_For everything a reason <哲学者の友だちとの往復書簡 II >

<以下は、 https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/10/19/philosophy/ への、哲人さんが書いた返信です> 1 「言語に関心があって、言語について考える習慣を持っている人で、人間の言語が伝達に向いていると考える人はいない」 そうかな、そうなのかな。 ガメさんは今までにも何度かこのことを語っていたと記憶しています。それを読むたびに、「そうかな、そうなのかな」と立ち止まって考えたい気分になります。 私は、同じことをちょうど反対側から考えているようです。 言語は当初から社会的な伝達のためにあって、伝達しかできない。意識がほとんど言語からできているのは、私たちの心が社会からの働きかけによって形成されていることの――私たちの心が周囲の人々の働きかけによって作られてしまうことの――現れなんじゃないか。 だから、言語が掬い上げることのできない何かが自分の中にあるのを発見することは、むしろ、私が周囲の人々から侵蝕され尽くされていない、という事実を示すものだ。それは喜ばしいことだ。 それでは、反対側からの眺望を書いてみます。 2 言語を身に付けるとは、結局、他人の見方で世界を見ることを学ぶ、ということなのだ。私はこう考えているようです。幼児がどんな風に言語を身に付けて行くのか、本で読んだことを記してみます。 新生児は、生後数日で、母親の声を聞き分け、母親の顔を識別し、母親の匂いを他人の匂いよりも好むようになるらしい。そして、胎児のときに聴いた母語の音声に注意を向けるのだそうです。 たった2月齢で、赤ちゃんが母親と情緒を伝え合うことが実験によって確認できる。赤ちゃんは故意に無反応を保つ母親をいやがるのです(ひどい実験!)。 2月齢から4月齢くらいで、母親の視線の方向に赤ちゃんが視線を向ける、という現象がまれに現れるようになる。そして1歳頃には、母親の見るものを赤ちゃんも見る、という共同注意が成立する。 これが言語習得にとって重要らしい。共同注意とは、他人の見ているものを環境の中で探し当てて、自分もそれを見るという活動です。言い換えれば、「ものを仲立ちにして他人の気づきの内容に出会う」ことです。 つまり、言語そのものとほとんど同じものだ。言語は、音を仲立ちにして他人の気づきの内容に出会うことですから。 幼児は、共同注意ができるようになると、周りの大人の認識や情緒によって彩られた世界に出会うことになる。母親がにっこり笑って見るものと、顔をしかめて見るものは、幼児にとって違う意味合いをもつ。幼児は、文字どおり自分の死活にかかわる人々の見方に沿って、世界を見ることを学んで行く。 1歳頃にはまた、手を伸ばしてものを取ろうとしたり、指差す動作をしたり、何かを指差して「ウゥム」とか「ダァ」とか発声する、なんて動作も現れる。自分と他人が同じものを見て、同じものに注意して、そこに「ダァ」とか「ウゥム」とか音がくっつく。 言語習得の長い複雑な過程は、思い切って単純化すれば、「他人と同じものを見る」という体験が基礎になって、そうやって認知的・情緒的に共有される世界の上に、特定の発声や身振りが配置されて行く、という仕方で成り立つのでしょう。 一方、私的な世界をとらえる能力の発達は、やや遅れる。幼児は、他人が自分とは違う視点から世界を見ていて、違う情報を取り入れているということが、4歳から5歳くらいになるまで、よく分からないらしい。 3歳児に横から描いた亀の絵を見せます。その子からみると、亀は足が下、甲羅が上になっている。さて、机の反対側にいる人にその亀がどう見えているか、その絵を使って示すようにうながすと、3歳児はそれができない。向かい側からは、足が上、甲羅が下に「逆立ちして」見えていると推定できない。絵の天地を逆さまにして示すことができない。 それなら、というので、机の反対側に来させて、天地が逆さまになっているのを確認させて、もういっぺん最初にいた側に戻らせて、「さあ、反対側からはどう見えてるかな?」と尋ねると、驚くべし、やっぱり天地を逆さまにできない。3歳くらいでは、そもそも、自分と他人が、同じものを違う角度から違った像として見ている、という認知が成立していないようです。 また、3歳くらいの幼児の多くは、共有された知覚的世界の情報の一部を他人の目から隠す――他人をだます――ことができる、ということも理解できない。彼らは、自分が正しい事実認識をもっているときに、同じことについて他人が誤った認識をもっている、という状況をうまく処理できない。だから、誤った認識をもつように仕向ければ、他人を誤った行動に誘うことができる、という計算ができない。 3歳前後では、それぞれの人がそれぞれの視点から異なった姿で世界をとらえている、という考え方が成り立っていないようです。だいたい4歳から5歳頃に、それぞれの人の視点からとらえた私的世界という領域が、「他人の目の届かない領域」として徐々に設定されるらしい。言語習得の過程から見て行くと、私的世界とは他人と共有する世界の一区画にすぎない。その区画は、言葉のやりとりの中で、共有世界の片隅に「このわたしの心の中」や「あのひとの心の中」として囲われるだけなのです。 心の中という私的領域は、他人からは見えない――うっかりするとだまされちゃったりする――領域として、言葉のやりとりを通じて登場する。幼児は、自分と他人の認知状態をそれぞれ計算して、自分の心という領域を開いたり閉じたり操作できるようになってゆく。隠しすぎても、ばらしすぎてもいけない。ちょうどよいくらい他人に分かって、ちょうどよいくらい分からないようにしなければならない。 そして、それぞれの人間の中に、そのように外から容易には接近できない領域があると見なせば、他人の言動がうまく解釈でき、自分の対処もうまく行く。だから、それぞれの人の心とか心の中といった領域は、とりあえず社会生活の方便として出現する。そう言えるのではないでしょうか。 3 しかし、「容易には接近できない」のではなくて、「原理的に接近できない」私的領域もあるのじゃないか。それを考えてみます。 北杜夫は、1945年の初秋、人っ子ひとりいない上高地を訪れた経験があると、どこかに書いていました。風が立つと木々がいっせいに葉を散らして、それはたとえようもなく美しかった、と。 私はその描写を読み、理解し、記憶しました。北杜夫の経験の内容はその限りで確かに伝わった。でも、私はその光景を見てはいない。そもそも上高地には行ったことがありません。想像の中で、深く青い空、山の稜線、陽光を浴びて立ち並ぶ白樺、風に散る葉、といった絵葉書みたいな映像を適当につないで、「んまぁ、きれい」と思ってるだけです。 北杜夫は、人っ子ひとりいない初秋の上高地を現実に見た。私は、その経験自体を共有するわけではない。その経験自体は私の手の届かないところにある。それは原理的に接近できない。こう言ってよいと思います。でも、その北杜夫の経験の「内容」には、私の認識は届いてしまう。北杜夫の文章を読み、理解したことによって、伝わってしまったものがあるからです。 4 さて、「私の手の届かないところ」という表現は、一つの比喩にすぎませんが、文字どおり、私の身体は他人の経験に到達し得ないという意味にとると、意外に的確な表現かもしれません。 タイムマシンに乗って、1945年初秋の上高地に私が行ったとしましょう。私は、後年の北杜夫こと、斎藤宗吉さんと肩を並べて、人影のない初秋の上高地を見やります。私と宗吉さんが同じものを見ていることは確かです。でも、その見え方は違う、と言って言えないことはない。 どんなにぴったり肩をくっつけて立っても、同一の対象からの反射光が二人の眼球に入る角度は、二人の肩が隔てる分だけ違うでしょう。私の身体が、斎藤宗吉さんの身体と、厳密に同時に同一の空間を占める(同一の空間内で融け合う)ことはあり得ない。まさにこのことによって、私の身体が環境から受け取る物理的刺激と、斎藤宗吉さんの身体が環境から受け取る物理的刺激は、厳密に、別のものになる。 それぞれの身体は、厳密に同一の物理的刺激を受容するはずがない。感覚器官の位置する時空点で物理的刺激を検出すると想定すれば、それぞれの身体ごとに検出されるのは、異なる時空点に生じた異なる個別的物理現象ということになる。かくして、私の身体が他の身体と物理的状態を共有することはない。この意味で、私の身体は他の身体の経験に到達することはない。まさに、他の身体の経験は、私の「手の」届かないところにある。 しかし、この物理的な違いは、言語の意味体系にはほとんど影響を及ぼさないと思われます。というのも、言語は、自分と他人が同じ世界を見ているという社会生活の水準での確実性の上に、音声と身振りが配置されたものにすぎないからです。 だから、私とあなたが世界から受け取る経験の「内容」が厳密には異なっているのだ、と言いたいとき(それは上で物理的刺激の個別的な違いという手がかりで「外側から」描写してみたことですが)、その「厳密には異なっている内容」を言い表す方法は、言語の中には用意されていない。言語は、相異なる主体の体験する世界の共通性を示すように作られているからです。言い表すと、意外に容易に「分かられて」しまう(←被害受身形です!) … Continue reading

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