Monthly Archives: November 2014

再出発する日本のために

1 暗闇のなかでひそひそと囁きあう声がして、耳を澄ませて聴いてみると、どうやら日本語のようでした。 韓国語と、とてもよく似た、でも少しやわらかい響き。 目を凝らしてみると、着物を着た老夫婦(らしいひとたち)が立っていて、 わたしどもの息子が、…という。 そのあたりで、ぼくは、もう「ああ、これは夢のなかだな」と気がついている。 わたしどもの息子が、あなたさまにとんでもない迷惑をおかけして、… という言葉が聞こえてきて、誰に謝っているのだろう、と訝っていたら、すっと、こちらに正面を変えて、 あなたさまに、と、ぼくに話しかけだしたので、狼狽する。 あなたさまに、わたしどもの息子が、ご迷惑をおかけして、… 息子は、ああいう人間ではなかったのが…夢が、破れて、 (夢が破れて) 鬼が憑いて、 (鬼が憑いて) もう、わたしどもには、 (もう、わたしどもには) …というところで目がさめた。 ふだんは夢をみても、どうも夢を視たらしい、ということをおぼえているだけで、内容もおぼえていないが、妙に生々しい夢で、声調までおぼえている。 あの見も知らぬ老夫婦は、誰だろう?と考えてみるが、思い当たるひともなく、なぜ夢にあらわれてまで、詫びがいいたかったのかもわからない。 なんだか狐につままれたようで、不思議で、そういうことは珍しいが、うっすらと汗までかいていて、なんだか日本が心配になるような夢だった。 2 アベノミクスの失敗自体は、このブログ記事を読んできてくれた人は知っているとおり、初めからわかりきったことだった。 社会・経済構造の変革の努力なしに、中央銀行の思いつき、しかも教科書から引用したようなアイデアだけで日本経済がよくなることはありえない。 ツイッタで書いたが、奇妙な比較でも、それはちょうど個人が経験することでいえば外国語の習得と似ていて、ああでもない、こうでもない、小さな単語帳よりもノートブックに一覧をつくったほうが語彙を増やす効率はいいな、いやフラッシュカードはもっといいようだ、本をたてつづけに読んでみたらどうか、DVDをたくさん観たらよいかも、いや、ここは先生につかないとどうしてもわからない、と自分なりの大方針を立てて、工夫をつづけて、バランスをとり、進捗のなさにげんなりしたりしながら、不断に産業が模索をつづけて、初めて他国と異なる特徴があらわれて、イノベーションが起こり、優位が生じて、その上で金融の緩和や、金融機関のクレジット能力を増大させる工夫が加わって、経済が強盛になってゆく。 経済エリートが陥りやすい罠は、実体経済で動く通貨量が、資本移動などの実体から離れた通貨量よりも遙かに小さいことから、実体経済を経済インデクスのなかでも小さい項目とみくびって、「優位な産業がなければ経済は建設されない」という簡単な事実を見失ってしまうことであると思う。 専門のひとにわかりやすそうな例でいえば、連合王国が特殊なだけです。 グーグルもアップルもマイクロソフトも存在しない国で、貨幣経済政策だけをマネすることの虚しさを、日本の経済エリートは、まだ理解できないでいる。 経済が机上で決まる、という古くて干からびたエリート意識が、いまだにとれないでいるからでしょう。 結果は日本語メディア以外のすべてのメディアが報じるとおり、悲惨なもので、個々の日本人が自分のなけなしの資産を「お国のため」にさしだして、投機の資金にして、その最後の賭けに負けてしまった。 国債の常識はずれの規模での国内売買という、銀行が主体のある経営意志をもたされず、実際には政府の一機関として振る舞うしかないという日本の極めて特殊な金融体制を利用した国民からの富を吸い上げる装置をフルに動かして、個人がつみあげた貯蓄をすべて吸い上げて、意気揚々と乗り込んだ国際市場で、もくろみとは反対に、国民から借金してつくった賭け金も全部すってしまった。 クビのうしろに手を組んで、自分達では決してやってみる気が起こらないが、政策家としては魅力的に聞こえる、この日銀と日本政府の前代未聞の大博打がボロ負けに終わったのをみて、ああ、やっぱり、ああいうやりかたはうまくいかないんだな、日本人が良い実験をしてくれたおかげで、よい勉強になった、というのが、世界中の経済人の正直な感想だとおもう。 壁の大スクリーンから目を自分の机上に落として、さて、おれのこの難局は、じゃあ、どう対処すればいいんだ、というところだと思います。 3 問題は、もともとあんまりうまく行くわけはなかったアベノミクスの失敗よりも、アベノミクスがひんまげてしまった社会の姿のほうで、もちろんこれも、アベノミクスが突然枉曲したのではなくて、社会に国際的な競争力を回復させるために行った小泉純一郎の「改革」の頃から続いた一連の傾向が、アベノミクスで固定されただけだが、かつては支配層と「その他大勢」の収入差が先進国最小というのもバカバカしいくらい小さくて、軽自動車で会社に通う三菱グループの惣領がBBCのドキュメンタリになるくらい富の格差が小さいことを誇りにしていた日本社会が、いつのまにか、弱肉強食のキャピタリズムを剥き出しの形で持つアメリカ社会の構造を引き写して、アメリカ社会のような富の成長がないのに、社会の構造だけはごく一部の人間に富が集まるという、「貧乏なアメリカ社会」とでもいいたくなるような変形社会をつくってしまったことで、アベノミクスの負の効果は、個々の人間にとっては、こちらのほうが大きいような気がする。 人間はドビンボになっても隣も、その隣も、そのまた隣も、見渡す限りビンボなら、なんとか凌げるもので、たいして腹もたてずにやっていける。 取り分けて、日本は、英語圏の国々とは正反対で、同じ言語の国同士の競争というようなこともなく、従って、あきらめも付きやすくて、日本語の高い壁のなかで、お互いの貧困を慰めあいながらやり直していくことが出来るはずだったのが、富の再分配のやりかたに失敗して、大量の「経済競争に敗北した人間の群れ」を生み出してしまった。 集団的サディストというか、右から左まで、アカデミアの最底辺の、いわば学問の世界の「大部屋役者」たちが、最も攻撃的な日本のインターネット「言論」の世界に傷ましく端的にあらわれているように、学歴というようなもので順位付けされて、東京大学を頂点に、国民全体がひとりひとりオデコに偏差値を貼り付けて生活するような屈辱を強いられている世界で、今度は経済格差まで上下を押しつけられて、これで幸福感を味わえと言われても、せいぜいペドフィル的な女は人間でないことになっている世界に耽溺して、苦痛を癒やすしかないような、不運にも当の女に生まれれば、ぬかるみにうつぶせに倒れ伏した自分の上を、男達が笑いあいながらガヤガヤと歩いていくのを、窒息しかけながら聴いているしかないような、ものすごい世界で、ぼくの貧弱な頭で考えると国外に出るくらいしか解決がないような気がする。 4 それでも生きていかねばならないのは、なんと難儀なことだろう、こんなのやってられるか、と思うだろうけど、博打で「すってんてん」になって、父親が家のオカネを使い果たしてしまって、その上に高利貸しに大借金までしてしまった家に生まれついた息子や娘たちの立場に若い日本人はおかれてしまった。 そういうときは、一見、知恵がありそうな、親戚や近所の学のあるナマケモノの意見など聞いていてはダメで、そういうひとびとは肘で押しのけて、またゼロから地道に「国力」をつみあげていくしかない。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 8 Comments

哲人さんへの手紙3<往復書簡V>

1 「見ればなつかしや 我ながら なつかしや (井戸のみづもに映るこの姿は/懐かしい業平さま わたくし自身の男装の姿ながら、ほんとうに懐かしい思いがします) 亡婦魄靈の姿ハ凋める花の。色なうて匂ひ。殘りて在原の寺乃鐘もほのぼのと。明くれば古寺の松風や芭蕉葉の夢も。破れて覚めにけり夢ハ破れ明けにけり」 と言う。 「井筒」は、少なくともぼくにとっては最高の能楽の演目で、やがて歌舞伎に発展する能が陥りやすかった通俗性が最も少ない点や、本来は微かなものであるはずなのに沸き起こるような幽玄、最後の有常の娘の、背筋がぞっとするほどの悲嘆の表現の美しさ、能面自体が激しく歪んで慟哭の表情に変わってゆく不思議さなど、18歳で毎度毎度日本を訪問するたびに母親にお伴を命じられる歌舞伎が嫌いだったぼくに、能楽の日本語世界の青い虚空を背にして際立つような美を教えてくれた演目でした。 哲人さんが例として挙げた中島みゆきには、グラシェラ・スサーナというアルゼンチン人の歌手のために書いた「髪」という曲があります。 こういう歌詞です 長い髪が好きだと あなた昔だれかに話したでしょう だから私こんなに長く もうすぐ腰までとどくわ それでもあなたは離れてゆくばかり ほかに私には何もない 切ってしまいますあなたに似せて 切ってしまいますこの髪を 今夜旅立つあなたに似せて  短かく 長い髪を短かくしても とてもあなたに似てきません 似ても似つかない泣き顔が 鏡のむこうでふるえます あなたの写真も残らなかったから 影をあなただと思いたい 切ってしまいますあなたに似せて 切ってしまいますこの髪を 今夜旅立つあなたに似せて  短かく この中島みゆきの大ファンで「20世紀最大の詩人」とまで褒めちぎった吉本隆明を調べているときに、この「髪」を聴いて、歌詞を読んで、 「井筒」の紀有常の娘が現代に甦って自分を捨てた恋人をおもっているような不思議な感覚が起こりました。 中島みゆきは、どうやらたくさんの日本語にふれて、「日本語の文脈を踏まえる人」で、哲人さんの言う 「個としての他人を本気で理解しようと思ったら、各種の辞書を頼りに類型化する作業はやめて、ただ一緒にいて、言葉を聴き、振る舞いを共有して、自分の中になにか変化が起こるのを「後から知る」というやり方しかないのでしょう」 という辞書を省略した伝達を、日本語の文脈に寄り添うことによって出来る人で、通常は通俗に阿ることなしには不可能な「たくさんの日本人へ自分の感覚を伝達すること」が出来たのは、中島みゆきという人の、この能力に拠っていて、吉本隆明が本来は情緒を排して単簡なリズムのめらんめえちょうに近いセンテンスが多かったという講演で感動に声をつまらせさえしながら中島みゆきの「化粧」を激賞したのも、同じ理由によっているのかもしれません。 「化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど せめて今夜だけでも きれいになりたい 今夜はあたしは あんたに逢いにゆくから 最後の最後に逢いにゆくから あたしが出した手紙の束を返してよ … Continue reading

Posted in Uncategorized | 2 Comments

言葉がとどかないところ2 _(哲人さんの返信2)_For everything a reason <哲学者の友だちとの往復書簡 IV>

1  唐十郎の数ある戯曲のどれかに、「きみが言おうと思ってることは、きみの口のかっこうで分かってしまうよ」といった意味の、ちょっと意地悪なセリフがあります。折にふれて思い出す。これを知ったのはずいぶん若い頃ですが、ちょっと意気阻喪させられると同時に、一種の爽快感もありました。(自分が他人に理解されないという鬱屈は、鬱屈もろとも周りに理解されてしまっているわけだ。なんと、なんと。ハハハ。)  私は、言葉によって自分を他人に伝えることは難しい、という考え方を、できるだけとらないようにしてきたのだと思います。「私」とは私が語ったかぎりのものであり、そこに私は存在していて、その私のありようには、私以外の人も私と同じ資格で接近することができる。私が特権的に接近できるのは、私の身体だけ(私の身体を内側から動かすことができるのは、私だけ)。私の心は、周りのあなたが理解するとおりに、そこに――私の身体のあるところに――ある。こう言う方が、すっきりしてるじゃないか、という気持ちがあったわけです。  いつ頃からこういう風に思ってきたのか、始まりをはっきりとらえることはできないけれど、けっこう長く、こういう考え方で暮らしてきたようです。この考え方が正しいのか正しくないのか、それは分からない。たんに好み、というものでしょう。私は大きな素数みたいな存在ではなくて、あなたの思いつくいろんな因数で簡単に割りきれますよ、と言いたいわけです。(そー言われてもいちいち割ったりしたくない、と返されそうなんだが。)  でも、問題は私の好みではなくて、言葉は果たして伝達の役に立つのか、ということでした。 2  「大きな辞書」で簡単に割り出せるようなことを語っているかぎり、言葉が伝達の用を果たしているのかどうか、という問いさえ思い浮かばない。やりとりは滞りなく進み、挨拶したり、感謝したり、約束したり、依頼したり、大抵のことが何とかなります。私たちの日常のほとんどの言語活動は、この水準に終始するようです。言語によって、対人関係を調節し、いろんな仕方で他人を動かして行く。  意外にうまく行かないのが、描写するとか、記述するといった言語活動のように思われます。込み入った頼みごとでも案外すっと要点が分かるのに、込み入った道順を訊ねてその答えが分かりやすいことはめったにない。言葉は、対人関係の調節はうまくできるけれど、世界の事実を記録するのはもともと苦手なのでしょう。  数学の言語が、対人関係の調節とまったく関わりがないのにうまく伝達の役に立つのは、二つ理由があると思います。  一つ目の理由は、数学的事実というものが、分かる人には同じ形で分かる、という特徴をもっていること。数1と、ある自然数に1を加える操作が分かるなら、1たす1が2であり、2たす1が3である、ということは5歳でも50歳でも同じ形で分かっている。数学的事実に関しては、概念が人それぞれで大きく違うということはない。だから、Mishoさんの表記を参照して言えば、概念から記号列への写像 f も、記号列から概念への逆写像 f-1 も、それぞれの人でほとんど同じになる。日常言語は、個々の人が心に抱く考えがさまざまなので、この写像と逆写像のあり方が人によって違ってしまう。  二つ目の理由は、数学言語を用いる言語共同体が、かなり厳しい排除の仕組みを備えていること。写像と逆写像のあり方が標準と違う人は、数学言語を使う仲間に入れてもらえない。  「1/2足す1/3は2/5」と計算してしまう子どもは、日本の場合、小学校高学年で算数の「できない子」という扱いになる。たぶん、その後ずっと、数学言語の共同体には参加できない。「二分の一たす三分の二は五分の二、ふーん面白いね」とは決して言ってもらえない。「みんな平等」でも「民主的」でもない。小学校以降、かなり多くの人がそれぞれの段階で排除され、その結果、数学言語の表現と解釈がヘンテコな人は、数学言語を話す集団内にほとんどいなくなる。日常言語は、こんなに強い排除の機能を持ってはいないと思われます。  日常言語の場合、皆の参照する「大きな辞書」に含まれる写像と逆写像の設定は大まかで、排除の働きも強くないため、「正直に言って北村透谷は滑稽で、浅い」と言ってしまう人が出てくる。これは、数学の言語共同体なら、「できない子」に分類される人なのでしょう。  数学に「できる子」や「天才」がいるように、日常言語にも「できる子」や「天才」がいる。標準的な写像・逆写像の型に乗らない思考や記号列を作り出す人がいる。そういう人々の言葉、たとえば、詩人の言葉に接したとき、私たちは何をどうすることになるのか。北村透谷と田村隆一について、私の今回のこの返信にまつわる体験をお話ししましょう。 3  北村透谷の書き物は、一つ二つ読んだことがあるきりでした。今度、岩波文庫の選集で、「処女の純潔を論ず」を読んでみました。まず、『南総里見八犬伝』の発端の一挿話が熱烈に論じられていることに、ひどく驚かされた。    ではともかく、ということで、八犬伝を図書館から借り出して、透谷が論じる伏姫と八房の挿話を拾い読みに読んでみました。里見一族を呪いつつ斬首された奸婦、玉梓の怨霊が乗り移った飼い犬八房は、里見義実の戯れの約束を真に受けて敵将安西景連の首を取り、約束通り、恩賞に義実の娘の伏姫を要求する。義実は八房を殺そうとするが、伏姫は綸言汗の如しと諫め、八房を伴って深山に籠もる。だが伏姫は八房をあくまでも畜生と見なして身を許すことはなく、法華経の読誦書写の日々を送ります。この後、姫は処女のまま懐妊し、純潔の証しを立てるべく懐刀で割腹して果てますが、身に帯びた水晶の数珠が飛び散り、その後、関八州のあちこちに八犬士が産まれて活劇になる、というわけですね。  透谷はまったく本気でこの挿話を取り上げていますね。この挿話が八犬伝全巻の核心で、残りはただの侠勇談にすぎないと言っている。透谷の論を単純化して示せば、怨霊の祟りと異類婚姻譚という魔物の世界が片方にある。もう一方には法華経と純潔がある。法華経に守られた伏姫は、純潔の証しを立てるために死なねばならないが、魔界に呑み込まれはしなかった。このいきさつが透谷を動かしている。ふむ。    開化の混乱を生きた青年詩人には、明治の世俗社会が一種の魔界と見えたのかもしれない。クリスチャンとなって世俗の外に一歩出ることはできても、世俗の外に立つ一個人の立場で明治の社会を生きることは、物心両面で容易ではなかっただろう。そんな連想が浮かびます。八犬伝にこと寄せて、透谷は、明治の社会で個人であることの困難と、その真の意義を語ろうとしている。    これは一葉や啄木とそっくりに見える。これら夭折した詩人たちは、漱石の造型した三四郎や代助とは違い、財産や門地といった防御壁をもたない裸の個人でした。さらに、福沢とも違って、一身独立して一国独立す、と言わない。国家と結びつこうとせず財産の後ろ楯ももたない若い詩人が、貧しい明治の社会で自立した個人として生きるのはほとんど無理なことだった。八犬伝のこの挿話は、一見しょうもない怪異譚なんだが、透谷は自分の境涯をそこに見たようだ。    とまあ、私の場合、「処女の純潔を論ず」を卒読して言い得るのは、こんなことになります。怨霊譚、異類婚姻譚と法華経もしくはキリスト教、土俗的魔界と宗教的浄福、明治社会と一個人、世俗内と世俗外、こういう対比的な枠組みを使って、透谷の言葉からその心事を推量してみる。    うまく行くかどうかはさておき、何らかの概念の枠組みを詩人の言葉に当てがって、そこに浮かび上がるものを見る。これ以外に、隔たった時代の言葉を分かるための方法というものはなさそうです。でも、このやり方は、相手を個性としてよりも類型として見ることにつながりやすい。そして、対象が評論だから成り立つことかもしれない。詩作品ならばどうなるのか。 4  よい詩というものは、「ああ、これはよいな」と思って記憶にとどめておくことができるだけでしょう。「どこがよいか」とか「なぜよいか」などと評釈を始めるのは禁物で、説明すればするほど、その詩の良さから遠ざかるような気がします。(教室で詩を習うと、どんなよい詩でも色褪せて感じられる。) 「するどく裂けたホシガラスの舌を見よ 異神の槍のようなアカゲラの舌を見よ 彫刻ナイフのようなヤマシギの舌を見よ しなやかな凶器 トラツグミの舌を見よ 彼は観察し批評しない 彼は嚥下し批評しない」  これはよい。なぜよいのか、当然それを語ってはならんのですが、それでは話の接ぎ穂というものが無いわけで、野暮を承知で、私がこの詩句を見て、まず直観的に思ったことを披露します。それから、この詩句をめぐってちょっと面白い体験をしたので、それを報告しましょう。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | Leave a comment

I don’t care

1 触れていて暖かい光のようでないものは知性ではない。 初めてユークリッド幾何学やニュートンの古典力学を勉強するひとは、世界が明快な言葉で、どんどん説明されていって、あますところなく、均整がとれた美しい肉体を陽光の下に現すのを見て驚嘆する。 幾何学と古典力学をともに修めた18歳の人間が直観する世界は、それが自然に出来あがったものであるはずはなくて、何か「完璧な知性」というようなものが恣意的につくりあげたものに違いない、ということで、 その眼をちゃんと開けていられないほどの圧倒的な光は、そうして、 まるで冬の暗黒のなかで、そこだけ暖かい光に照らし出された空間のように、 世界を理解しはじめた人間がたいてい置かれる孤独な冷寒を暖めてくれる。 かじかんだ手に渡される一杯のコーヒーのような一片の数式、と言うと、きみは可笑しがって笑うだろうが、歯を食いしばって勉強するのとはちょうど逆に歯をくいしばっていなければ耐えられない世界のなかで、かろうじて息がつける場所で憩うようにして数学や物理と向かいあう少女や少年にとっては知性の役割とは、そのようなものである。 クロノス、エロス、タナトス、という。 人間の一生の本質が、その三つにしか過ぎなくても、知性の光がそこに加わらなければ、どうしても生きていけない、ごく僅かな数の人間が存在する。 2 24歳のHannah Reidたちが書いた「Metal and Dust」 “And so, you built a life on trust Though it starts, with love and lust And when your house, begins to rust Oh, it’s just, … Continue reading

Posted in Uncategorized | Leave a comment

光へ向かって旅をする計画について

死ぬのはイタリアがいいな、と時々おもう。 あの息もつけないほど圧倒的な美しさの夏のトスカナの田舎で、陽光が氾濫する庭で、ただ眩(まぶ)しさに瞑目するひとのように死ねたら、どんなに良いだろう。 へんなことを考える人だな、と言われそうだが、自分が死ぬ姿をあれこれ想像して、途方もなく悲しい寂しい気持ちになるのを楽しむのは5歳くらいのときからの習慣的な遊びなので、しかもこれは甘美な遊びで、30歳になったいまでは熟練しているといってもいいくらい真に迫って仮想的に死んでみるのも可なり。 マンハッタンは老人向きの町だが、マンハッタンは嫌だな、と思う。 あんなところで死んだら、道路を横断しそこなってクルマに轢かれたボロボロの猫の死体になったような気がするだろう。 ロンドンで死ぬのは索漠として退屈な感じがする。 パリならば高級娼婦のアパートで死ぬというのは、なかなか良い気がするが、死んでからモニさんに嫌われてしまうから採用できない案である。 ニュージーランドの大自然のなかで死ぬのも気分はいいと思うが、なんだか文明人の死に方として健康的すぎて、死んでから憮然とした気持ちになりそうな点で問題がある。 だから、やはりイタリアなのである。 官能と聖性がいりまじった、あの気が遠くなるほど美しい自然のなかで死にたい。 トスカナでもベネトでもよいが、シチリアなら完璧なのではなかろうか。 このブログには、膨大な、と自分で言いたくなるほどのイタリア旅行の記事が内蔵されている。 最後に一ヶ月半旅行しただけのイタリア行のときに書いたものに限っても、我ながらたいへんな量です。 「Sienaの禿げ頭」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/05/30/sienaの禿げ頭/ 「移動性高気圧2」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/03/移動性高気圧2/ 「InVacanza2」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/05/25/invacanza2/ 「Sarteano」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/05/28/sarteano/ 「Vernazzanoの斜塔」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/05/29/vernazzanoの斜塔/ 「ノーマッド日記13」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/01/ノーマッド日記13/ 「Arezzoの骨董市」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/02/arezzoの骨董市/ 「ノーマッド日記14」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/05/ノーマッド日記14/ 「カルボナーラの謎」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/13/pasta_alla_carbonara/ 「スパゲッティ・ナポリタンの秘密」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/18/スパゲッティ・ナポリタンの秘密/ 「豊かさは、どこへ行ったか?(その2)」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/17/where-have-all-the-flowers-gone/ 「Back to Como」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/06/15/back-to-como/ 「Parter … Continue reading

Posted in Uncategorized | 3 Comments

幻想が生み出す現実について

ものごとをありのままに書く、というのは難しい。 そもそも言語自体が形態や物理的運動を描写するのに向いていない。 どこの本屋に行っても辞書を読んでみる習慣があるが研究社の英英辞典を古本屋で立ち読みして「elephant」の項を開けてみたら漢字で「象」と書いてあって大笑いしたことがあった。 名案である、と考えた、好意的な笑いです。 OnlineのMerrium-Websterを見ると、 Any of a family (Elephantidae,the elephant family) of thickset usually extremely large nearly hairless herbivorous mammals that have a snout elongated into a muscular trunk and two incisors in the upper jaw developed especially in … Continue reading

Posted in Uncategorized | Leave a comment

Kia kaha my friends

一層の円安政策に中央銀行・政府が阿吽の呼吸で協調して踏み出したのには、みんなびっくりしてしまったが、この段階で円安に向かって、どんと日本経済の政策の背中を押すのは、国民の財布に手を突っ込んで抜き取ったオカネを外国市場に向かって景気よくばらまく「受け狙い政策」なので外国投資家たちにとってはたいへんよいことだった。 日本にいる日本人でもドル建てに移行が終わっている人やアセットを株式に移してしまっているひとにとっては良いことで、いまごろは皆ニコニコしているのではないかと思われる。 このブログ記事をずっと読んできた人は、「あのガメに教授されて数億円を稼いだ『カネばかトーダイおじさん』たちは、早く売りすぎたのではないか」と思っている人がいると思うが、頼まれもせんのに解説すると、あれで良かったので、その後、予想どおり、というか、予想を超えて円安になっていったので、若い天才ゲーマー(←わしのことね)の指示どおり、オカネに本来興味がない人は金(ゴールド)に、老後の吝嗇ジジイ的な楽しみにひたりたいひとは、それぞれ海外不動産に投資したりして、株から足を洗って正解だった。 あの「濡れ手で粟相場」ないし「ビンボ人のオカネ全部いただき相場」で味を占めて、その後も株を続けたりしたらどうしよう、とちょっと心配だったが、もともと「カネばか」でオカネのことは、なあああーんにも判らなくて、1000万以上になると10億も30億も同じなんじゃないの?というくらいオカネレタラシーが低いひとびとなので、あれ以来株式相場に手を出していないようでめでたしめでたし。 ええええー、あれから、もっとどんどん株価あがったじゃん、ばっかじゃねーの、という人が多いであろうが、円の家にお籠もりさんをしていれば上がっている株価も、ドルに換算してみてみれば、高騰どころかやや下がりなので、もともとアメリカドルでアセットを測るのがルールのいまの世界では、これで良かったのだと思っておりまする。 オカネをほんとーは稼ぎたかったのに稼ぎ損ねた、ぐあああああ、と思っている人は、あのとき、大庭亀夫に向かって「おまえなんか経済の、け、の字も判ってない。通貨緩和の意味と効果とかも判ってないのではないか教科書から読み直せ」とか言ってきて、怒らせ、記事を希望者限定公開にさせた、あのひとびとをうらむよーに。 折角ゲームのプロが腕の冴えの一部を公開してあげたのに、 残念でしたのい。 けけけ。 (閑話休題) 正直に言って、ここで日本の支配層が緩和政策をもうひと押しで来たのには驚いた。 居直り、というか、決定者本人の立場に立てば、アベノミクスが失敗したからといって、あそこで緩和政策を止めても、そのまま「最後」まで押し進めても、非難の総量はおなじ、ということなのでしょうが、日本以外の世界のひとびとにとっては、思いもしないラッキーさでも、日本のここまでの財政安定に寄与してきた巨大な貯蓄を半分使われてしまった国民ひとりひとりは踏んだり蹴ったりのうえに、顔を土足で踏まれてオラオラされて、どんな気持ちだろう、とおもって、このあいだひさしぶりに日本語サイトをのぞいて歩いたら、意外や、みなが支持していて、なんだか狐につままれたような、トンビが油揚げをステーキソースをかけてナイフとフォークで食べている様子を眺めているような奇天烈な気持ちになった。 このブログを指して「安倍政権批判ブログ」というひとたちがいて、笑ってしまったが、このブログはもともとがゲームブログで、やっていることは実はいまでも同じで、ゲームのステージステージで、ここでこうするとこうなる、あるいは、こうなる確率が高い、と現実と定石を述べているにすぎない。 こういうことをいうと「不謹慎だ」と劣化、じゃなかった、烈火のごとく怒る人がいると思うが、福島第一原発がぶっとんだときも、「とにかくいったんなるべく遠くまで逃げるべ」と連呼したのは、脳裏には、ディアブロで、出会い頭に、どわあああああああとモンスターの大集団が現れた場合、とにかくまずとりあえずは逃げることから始めるわけで、訳がわからないこと、たとえば太陽のなかから圧倒的な数のグラマンが襲ってくるというような事態が起きたら、考えるのは、それからいくらでも出来る、とにかく一心に逃げろ、と日本の撃墜王坂井三郎先生もいっておられる。 アベノミクスは、政府や財界の思惑は知ったこっちゃねえよ、国民ひとりひとりのほうから見ると、500万円あった自分の貯金を二倍の1000万円にうすめて半分を政府が抜きとる、という政策で、かつて500万円あったきみの財布には、いまは250万円しかない。 政府の側は、アベノミクスによって円建て国債が実質的に償還され財政破綻を先延ばしに出来る。 またこっちは誰が考えてもヘンな話だが円安によって輸出が振興されるという主張もあったが、やっぱり、というか、輸出は円安要因によってはまったくと言ってもいいくらい伸びなかった。 個人から見て最も重大なのは、「全体の経済規模は成長しないのに社会の富の構造だけアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなみにバブル社会化してしまった」ことで、オカネモチはうんとこオカネモチになりビンボ人はものもいえないビンボ人になる社会の方向が定まった。 つまり英語圏から見て、社会の構造だけは判りやすいものになったわけで、 いままで「日本って、前世はソビエト連邦なんじゃないの?」という好奇と不審の目で見られていたのが、かっこよくアメリカナイズされて、流行の英語圏西洋ぽく「ビンボ人は死ね」社会に国際参加する方向で国是がさだまった。 グーグルもアップルもマイクロソフトもフェースブックもなくて、ドロップボックスやビットカサすらない日本が、なぜ貨幣流通を緩和するだけのことで長期成長につながる経済環境を獲得できると考えたのか謎だったが、最後のひと押しをみると、あらあー、ほんとうは財政プレッシャーとオカネモチいえーいの「アメリカ型社会構造」が欲しかっただけかしら、と思ったりする。 まさかね、とおもうけど。 まさか、そんな軽薄&酷薄な理由でアベノミクスみたいな個々の国民をなめきった経済政策とらないよね、とおもうけど、 しかし、見ているうちに、まさかね、が、ねまさかな、ほんとうはそうだったりして、という疑いの気持ちすら起きてしまう。 結果として、もうすぐ出来上がる社会は、アメリカさんという隣の家が高さ20メートルのビルを建てたのをみて、おお、かっこいい、わしもわしも、で、高さ5メートルの紙粘土のビルのおもちゃみたいなのを建ててしまった不思議な家族に似ている。 構造はそっくりだが、たとえばトイレの便器は直径10センチで腰のおろしようがなく、もっともなごめる一家団欒の中心だった炬燵のかわりに設置された暖炉は、薪がないのでビンボ人をくべて暖をとるしかない代物です。 見ていて、日本の政府は、見よう見まねでアメリカぽい政策をとっただけで、ほんとうは自分がやっていることが判っていないのではないかしら、とおもうことすらある。 たとえばコンピュータ/ITということでいえば、いまよりもさらに国家社会主義的だった当時の通産省がGEは東芝、IBMは日立というように相方を割り振りさえして、大型電算機に全資源を傾斜させ、ミニコンですら「おもちゃ」と笑いとばして、まして「PC」などと口走った当時の数人の研究者を冷笑し、「おもちゃに夢を託す愚か者」とまで面罵して、すべてを大型電算機に投機した結果、おおはずしで、日本がIT産業の土俵に乗ることは永遠に不可能になってしまった。 日本の社会がほとんどゆいいつ作り得たビジネスPCであるPC9801の歴史を読んでいたら、もともと大型電算機の販促用「おまけ」だったと書いてあって、ぬわあああ、と思ったが、そのへんでもうパラダイムシフトとしてのITなどは、夢のまた夢になる道を歩き始めていたのでしょう。 日本の最大の問題はいびつな人口比を矯正する移民制度がないことと、新世代産業が見当たらないことだが、気が遠くなりそうな話に思えるかも知れないが、希望へのドアはちょっとだけ開いていないわけではなくて、たとえばイメージングテクノロジーはやはり群を抜いている、現実製品群から一歩基礎側へさがったあたりの科学技術水準はまだ高い水準を保っている、というように前者はイメージング技術をもった会社の経営陣の頭の古さ、後者からバトンを受けたひとびとの商業的志が応用技術革新につながらないのは金融の化石化と英語圏のkickstarterに象徴されるような「動的な」資金の調達の未発達が原因だが、当然、日本の大学の研究室が、研究から派生した製品をkickstarterで資金を調達するような「勝手にグローバル化」をやってわるいことは何もないわけで、案外、若い世代がこれまでの古い世代の社会を「脱ぎ捨てるように」して、ちょうどサナギが成虫に変態するように日本をまるごと新しい社会に導く可能性はゼロではない。 昨日、モニとふたり家電店の新製品棚を見ていたら、3Dプリンター(第3世代cube)が山積みで、2000ドルで売られていて、おもしろがって買ってきてしまったが、こういうハイテクに関してはニュージーランドはいつでもとんでもない田舎で、いまごろは日本の店先にもならんでいるのだろうけど、「ただのオモチャ」というようなことになって、誰も買わない、ということなのかしら、あんまり日本語でニュースみなかったな、とふと考えたりした。 明るい好奇心がなくなってしまえば社会はそこで終わりなので、日本社会という洞窟の壁に木霊する皮肉の笑い声や旧態依然の退屈な習慣を守って相手をすきさえあればバカ呼ばわりする救いがたい悪意のひとびとの群れをとおざけて、日本がノーテンキな「どんどんいっちゃえば」を取り戻すことを少し祈った。 すごおおおくおいしいキャロットケーキを食べて、天にものぼる心持ちになるまでの短い祈りだったけどね。 祈ったど。 Kia kaha Nipponjin!

Posted in Uncategorized | 1 Comment