夏のキャンプサイトで

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ニュージーランドのキャンピングサイトは、とてもよく出来ている。
無料の「フリーダムキャンピング」もあるが、ふつうは$30から$50を払って電源や水道が各個についたサイトがある有料キャンピングサイトに行く。
100㎡くらいの敷地が並んで、受付のひとがなるべく隣と離れるように割り振ってゆく。

共同棟にはトイレとシャワーとキッチン、ダイニングルームがあって、その上に、たとえば温泉で有名なロトルアならホットスパがある。
インターネットは、だいたい、500Mバイトまでタダで、5ドル払うと無制限に使える。
speedtest.netで測ってみたら、下りが5Mbpsで上りが3Mbpsというヘンな非対称だったので、少し離れたエクスチェンジボックスからVDSLを引いているのではなかろーか。
4年前は下りが1Mbpsだったので、へえ、と思う。

クルマで来てテントを張るひとも盛夏には多いが夏が始まったばかりのいまはキャンパーバンとバンガローがほとんどで、モニとわしのキャンパーバンのまわりにも、ボロボロのハイエースを自分で改造してLPGや240V電源をつけたバンから、一台3000万円を越える6berthの豪華なキャンパーまで、肩をならべて、のおおんびり座っている。

モニとわしのキャンパーバンはレンタルの2berth。後続している家のひとたちの巨大なバスと異なって、なんでもかでも2人用です。
むふふ。(←特に意味のない笑い)

ニュージーランドのレンタルキャンパーバンでは最もありふれたメルセデスのスプリンターを改造したキャンパーバンで、わしガキの頃と異なるのはディーゼルの馬力が向上したので、マニュアルでなくてオートマティック、4気筒でも、もりもり力が出て、クルーズコントロールで100km/hにセットしておくと、急坂でなければ、そのままずううううっと100km/hでオープンロードを走ってゆく。
室内にはキッチン、トイレと温水シャワーと冷蔵庫に、エアコン、ダブルベッドがある。
基本的には小さめのボートと同じつくりで、運転席と助手席は180度回転して、小さなベンチのあるコーヒーテーブルをはさんで食事が摂れるようになっている。

ニュージーランドは、国の特徴でベンチとピクニックテーブルが国中に、ばらまいたように置いてある。
ちょっとでも綺麗な景色のところには、必ずピクニックテーブルがある。
こーゆー感じ。

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オープンロードからラグーンに折れて、ホットドッグを調理して、鴨が群れているラグーンの水面をみながらモニとふたりで食べていると、人間の一生はいいなー、と思う。

積雲の団体が去って、太陽が姿をあらわして、世界でいちばん空気が綺麗だということになっている透明なニュージーランドの大気を陽射しが渉りはじめると、おおげさでなくて、言葉であらわすこともできなくて、地上にあらわれた天国のようなニュージーランドの広大な田園風景全体が輝きだす。

モニがおおまじめに、しかも普通な調子で、「フランスより美しい国を初めてみた」というので笑ってしまった。
連合王国で年に5000万円6000万円という収入がある30歳代のひとたちは、年収が5分の1になるのを覚悟してニュージーランドへやってくる。
自然のなかで暮らすためで、毒のある生物はまったくいなくて、肉食の最も凶悪獰猛な動物が猫である国(したがって猫たちはチョー威張っていて肩を怒らせて歩いている)で、湖の横の芝生に横になって、ぼんやり空を観ていると、人間の一生なんて、これでいいのでわ、と思えてくるそーで、
この国は人間をなんて怠け者で幸福にすることに長けているのだろう、と、いつか近所の連合王国人が笑っていたが、そのとおりで、ニュージーランドという国は、自然のビンボ・パワーで、もともと真っ向から現代文明の価値に挑戦しているようなところがある。
なにしろ物価がものすごく高くなったと言っても、あるいは、それとは関係なく、ニュージーランドではまだ、やる気にさえなれば、ボートを出して魚を捕り、パドックで牛を飼って、現金収入などほとんどなくても食べていけるのだから。

モニとわしのサイトの隣の若いカップルはフランスからの旅行者で、その向こうはイタリア人の新婚カップルだった。
6人でピクニックテーブルを囲んでワインを開けて、見渡す限りヴィンヤードのマルボロで買ってきたカマンベールとサラミ、ロブスターにオイスター、みなで持ち寄ってきたものを並べて、夜中まで話して遊んだ。
フランス人たちには、よくあることだが、なんでポリネシアにヨーロッパ文明があるんだ、と、なんだか狐につままれたような顔で述べている。
イタリアのふたりは、この国はハンバーガーがうまい、と熱弁をふるって、だけど、あのスパゲッティの死骸みたいなパスタはなんだ、と怒っている。
あんな寝る前にゆで始めて、起きるまでゆでていたような根性のくさったパスタで2000円もとるのは頭がおかしい、それに、あの生クリームがどっちゃりはいった嫌がらせみたいに不味いソース!

そうやって話していると、ああ、夏が始まったのだなあー、と思う。
なんだかニュージーランドから動きたくなくなってしまう。

ずっとむかしに流行った歌で、Irgendwie, irgendwo, irgendwannという歌がある。
もともとは、まだベルリンの壁が存在した1984年に ドイツ語圏で流行した西ドイツのロックバンドNenaの歌だが、英語人がおぼえているのは、2002年にKim WildeとNenaのふたりが英語とドイツ語で歌った
Anyplace, Anywhere, Anytime
のほうでしょう。

1984年のドイツ語の曲が、刹那の昂揚を求めて手をさしのべあうラブソングであったのに較べて、2002年の英語とドイツ語の曲のほうは、人種、民族、言語が異なるふたりが、若さがうみだす勇気を力にあらゆる差異を乗り越えて恋に落ちることを暗示した曲として受け取られていたのをおぼえている。

ちょうどイギリスでも大陸欧州でも爆発的な文明の融合が始まった頃で、
1996年にパリで開店したブッダバーがレストランとしてだけではなく、中東・アフリカ・欧州が融合した音楽空間をつくって注目され、ヨーロッパの町々に以前とは桁が違う数でムスリム人と東欧人があふれだした頃と平仄があっている。

初めは肌の色が異なるカップルがおずおずと手をつないで、なんだか少し緊張した様子で交差点に立っていたりしたのが、異人種間の結婚が珍しくなくなって、しばらくすると、以前なら、そんなことはありえなかったパキスタンの子供と東アジア人の子供とアングロサクソンの子供が笑い声をあげながら一緒に学校から家に帰る姿が見られるようになり、いまでは民族や人種について言及したがる人は「少し頭がおかしい人」になって、相当に程度のわるい高校生たちのあいだでもアジア人や中東人を軽蔑するようなことを述べる人間は「ダサイ、不満屋のじじいみたいなやつ」ということになっていった。

そういう変化は、わしガキの頃から、たった20年で、素晴らしいスピードで起きたが、おおきく見れば、なにかというと人種や階級の違いを仄めかしたがる「気取ってばかりいる頭のわるいジジイたち」への、若い人間の反発の力がエネルギーになっていた。

いつかオークランドの、ポンソンビーという町のカフェで身なりのいい中年の女のひとが、後ろから見つめているアフリカ人の若い女のひとに気がついて、何の気ない調子で、
まあ、あなたとわたしって、顔の造作や全体の感じがそっくりね、まるで娘が立っているようだわ、と言って笑っていた。

なんでもない光景だが、20年前ならありえない光景であることは言うまでもない。
20年前の人間は、民族の違いや肌の色というような、いま考えてみるとバカバカしいような些細な「差異」のほうに眼がいって、自分達が似ているとはおもいもよらなかったからで、経った20年で、文明がこれほど変化できるものならば、なぜ、それまで何千年もくだらない差異にこだわって、ここまで時間を浪費してきたのだろう、と不思議な気がした。

21世紀にはいってからの現代社会の最もよい点は、20世紀の「世の中なんて結局は変わらないのさ」という「賢人たち」のしたり顔の怠惰を嘲笑うように、毎年毎年社会がよくなっていくのが実感できることで、今日よりも明日のほうが良い社会であることが誰にも理解しやすい形で現実になってゆくところであると思う。

1990年代に「誘蛾灯に飛び込む二匹の蛾のように」、分別を忘れ、すべての現実的知恵を忘れて情熱のなかにとびこんでいった異人種・異文化同士のカップルは、しかし、20世紀までの分別のある人間がこしらえた巨大な闇を破壊してしまった。差異にばかり注目する「悪意」という闇です。
悪意という闇は人間を社会ごとのみこんで破壊し、さまざまなもっともらしい理由をつけて人間性全体を棄却しようとする。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/26/wish-you-were-here/

同性愛者でアフリカンアメリカンだったジェームス・ボールドウィンは、自分の絶望の日々から50年も経たないうちに人間が差異よりも共有しているものに眼をむけるようになるとは思っていなかったが人間は情熱という愚かさの力で、意外なほど早く闇を乗り越えてしまった。
そのことを、とても良いこと、自分達の世代が誇りにすべきことだと思います。

イタリア人フランス人のカップルとモニとわしは、みなで10本ほどもワインを空にして、なんだか酔っ払って、キャンプグラウンドのおおきな芝地を横切って川のほうへ歩いていった。
ニュージーランドにだけ星が多いのは、どういうことだ、
最近の天体は南半球に移住するのが流行っているのか、というフランス人カップルたちの言葉に笑いながら、NZではなぜか海辺にいることが多いパラダイスダックや、対岸でこちらをうかがっていた牛さんたちや、水に隔てられているのに安心して、逃げもしないでじっとこちらをのぞき見していた羊さんたちが塒に帰ったあとの川辺で、フランス語やイタリア語、英語がきまぐれに混ざる闇鍋みたいな会話を夜遅くまで楽しんだ。

イタリア人やフランス人やUK人の心の狭さについて
イタリア人やフランス人やUK人の心の広さについて
人間の矛盾や整合について
悟性や情熱について、

おお、そういえば、きみはKlangkarussellのビデオを観たことがあるかい?

欧州のカフェがある通りや、大学図書館の奥まった書棚や、クラブのフロアを右往左往するような、そんなことばかり話しているうちに朝になってしまった。

次の日、お互いに別れの挨拶をして、わしらは旅立った。
再会の約束なんて、しません。
また会えるに決まっているもの。
きみや、きみに似たひとや、鏡のなかの自分のイメージのような見知らぬひとに。

「新しい人」に

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