幻想が生み出す現実について

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ものごとをありのままに書く、というのは難しい。
そもそも言語自体が形態や物理的運動を描写するのに向いていない。

どこの本屋に行っても辞書を読んでみる習慣があるが研究社の英英辞典を古本屋で立ち読みして「elephant」の項を開けてみたら漢字で「象」と書いてあって大笑いしたことがあった。
名案である、と考えた、好意的な笑いです。

OnlineのMerrium-Websterを見ると、
Any of a family (Elephantidae,the elephant family) of thickset usually extremely large nearly hairless herbivorous mammals that have a snout elongated into a muscular trunk and two incisors in the upper jaw developed especially in the male into large ivory tusks and that include two living forms and various extinct relatives
と書いてあって、後半が余計なわりに前半を読んで現実の象を想起できるひとはいなさそうです。

デジタル大辞泉に基づいていると書いてあるgoo国語辞書では
「長鼻目ゾウ科の哺乳類の総称。陸上動物では最大。頭部が巨大で、鼻は上唇とともに長く伸び、人間の手と同様の働きをする。上あごの門歯が伸びて牙(きば)となり、臼歯(きゅうし)は後ろから前へずれながら生え替わる。現生種はアフリカ象・アジア象に大別され、化石種にはマンモス・ナウマンゾウなどがある」

ということになっていて、姿を思い描きながら読むと顔のまんなかから巨大な腕が生えて、こちらに向かってにぎにぎしている巨人が思い描かれて、悪夢にうなされそーな気がする。

あるいは将棋の駒の動きを日本語で説明するのも、やってみるとたいへんな煩雑さで棋譜に座標がふってあるのは、なんという素晴らしい発明だろう、と考えたりする。

島崎藤村が詩人として成功したあとに、詩では食えないので散文家に転業しようとして長野に転居して、「自然をありのままに描写した」千曲川のスケッチを描くことによって自分の日本語に内なる革命を起こしたことは有名で

「青い野面には蒸すような光が満ちている。彼方此方あちこちの畠側にある樹木も活々とした新葉を着けている。雲雀、雀の鳴声に混って、鋭いヨシキリの声も聞える。
 火山の麓にある大傾斜を耕して作ったこの辺の田畠はすべて石垣によって支えられる。その石垣は今は雑草の葉で飾られる時である。石垣と共に多いのは、柿の樹だ。黄勝ちな、透明な、柿の若葉のかげを通るのも心地が好い。
 小諸はこの傾斜に添うて、北国街道の両側に細長く発達した町だ。本町、荒町は光岳寺を境にして左右に曲折した、主なる商家のあるところだが、その両端に市町、与良町が続いている。私は本町の裏手から停車場と共に開けた相生町の道路を横ぎり、古い士族屋敷の残った袋町を通りぬけて、田圃側の細道へ出た。そこまで行くと、荒町、与良町と続いた家々の屋根が町の全景の一部を望むように見られる。白壁、土壁は青葉に埋れていた」

というような文章は、特に日本語に限らなくても、素晴らしい表現で、自然主義だ写実主義だと余計なことを考えないで、良い文章って、こういうものなのだな、と思えばいい態(てい)のものです。

言語によらず言葉を使うのに巧みなひとは、ちょうど宮大工と同じで、過不足なく、間隙をつくらず、かっちりあった材を組み立てるように、さっさと梁と柱を組み上げてゆく。桟を立て、後鉋を加えなくても、まして蝋など塗らずとも、立てた障子が、「しゅっ」と動く。

言葉をていねいに扱うのは、そのまま解像度が高い思考を獲得することで、前にも述べたが、言葉の感覚が悪い人はなにを読んでなにを考えてなにを書いてもムダで、そういうひとが書いたものを読むと、読んでいるページがだんだん白紙になってゆくような気がする。
やれやれ、また外れか、と考えて大井の競馬場で紙くずになった馬券を風のなかへ放り投げる人の気持ちになる。

言葉が形象を表現できないという事実は、言葉が現実からいかに乖離しやすいか、ということをあらわしているのではないかと疑う。
ヒッタイト人が粘土をひっかいて文字によって起きたことを記録していた頃にはskypeはなかったので、ちょっと待ってね、
こういうデザインなんだけど、
と述べてカメラの前に自分がデザインした家具のミニアチュアを示す、ということは出来なかった。
活版と紙の書籍でも制限がおおきいが、サイト上では、すでに静止画も通り越して動画で伝達したい情報を伝えるのは、あたりまえのことになっている。

例が悪いが学術性が高いので知られるフランス書院文庫にカバーをかけて引き出しのなかに忍ばせて、こっそり読んでむふふをしていたおっちゃんたちは、はなはだしく「遅れた」ひとびとで、ポルノハブというようなところにいりびたっている高校生たちのほうが、遙かに現実のあんないけないことやこんな恥ずかしいことについて現実動画によった情報を蓄積している。

ところでデブPが夜々耽溺するポルノを一緒にソルトアンドビネガーチップが肴のビールを飲みながら観ておもったのは、(よく知られているように)あれは男の側で誤解した性についての観念を現実の女びとの体を使って撮影したポルノアニメとでもいうべきもので現実でないものが現実の肉体を使って行われている。

ハリウッド映画の監督のもとには、若い男達から、「あなたが、女主人公が娼方を体のなかにいれたままベッドのヘッドボードを握りしめて30分も40分も悦楽にのたうつ映画をつくるので、ぼくのガールフレンドがぼくとのセックスを貧弱なものと悲しんで立ち去ってしまったではないか。どうしてくれますか?」
というガクガクな文面のメールが届いたりして酒の肴に良いそうだが、ハードコアポルノのほうも方向が違うだけで同じことで、「ありのままの現実」は描けてはいない。
行われていることは現実だが事実ではない。

近代小説が成立したのは、市民社会が生まれて、「他の人間はなにを考えてどうやって暮らしているのだろう」という圧倒的な好奇心が生まれたことと密接に関係している。
魔女の歴史に興味があるひとは、魔女裁判の消滅が読書人口の増加に緊密な関係があることを知っているでしょう。

聖書や周辺の宗教物語、民話、昔語りから得た、乏しい情報に基づいた観念としての「隣人」が、文章のなかで実例を示しながら生きた肉体として動き始めた結果、人間は他の人間に対しての畏れや標的性を失って、自分と意外なくらい似ている存在を見いだしていった。

ここで重要なのは、人間がお互いを差異よりも同一性がおおきい人間であると意識する以前に言語のほうは出来上がってしまっていたことで、言葉のもつ強烈なシンボル性は、現実に対する「あるがまま」の認識をおおきく歪めている。

インターネット の言語世界を考えるには、フィルムを編集しなかった映画のようなものを考えればよくて、現実の意識の流れに近すぎるせいで、散漫で、見るに耐えないものになっている。
言葉のシンボル性は細部を犠牲にするが、細部がない上にシンボル性に由来するパワーもなくて、なんだかぐずぐずな言語世界があるだけです。
口元にしまりがない感じがするひとたちが、思いつくままに喚き罵り、皮肉を述べて、そこで繰り返されているのは日常よりも更に退屈な、しかも観念ばかりで現実がない、べったりして、跳躍のない、うんざりするほど理屈っぽい繰り言に満ちた世界になってしまっている。
情報という面から見れば興隆でも言語文化の面から見れば破滅的状況に向かっているともいえる。

日本のアダルトビデオについていえば、尊敬する日本人友達の表現を借りれば「男は無性で女だけが性をもつ存在だという幻想に駆られた社会である日本」で育った言語の側が再構築した現実で、薄気味悪いだけで性的興奮を呼び起こしにくいのは、実は言語の体系自体が性的現実に対してたいした情報をもっていないからであるとおもわれる。

現実は止揚されなければ相手の認識に届かないという伝達の法則はここでも活きていて、大量に粒子の粗い情報をやりとりして共有するいまのインターネットは、その機能だけで社会をどんどん破壊してゆけもするが、いったん人間の精神の質を向上させる、というほうに眼をむけると、言語成立いらい、ずっと人間が苦しんできた言語と現実の乖離やシンボル性とあるがままの現実認識とのバランスや、つまりは人間の認識のありかたに伴う問題の所在を発見して、現実に対して解像度の高い認識をもちうるような方法を見いだしえなければ、社会的にも新たなタイプの疎外や現実から遙かにかけ離れた幻想の共有ということが起きてくるのかもしれません。

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