I don’t care

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1

触れていて暖かい光のようでないものは知性ではない。

初めてユークリッド幾何学やニュートンの古典力学を勉強するひとは、世界が明快な言葉で、どんどん説明されていって、あますところなく、均整がとれた美しい肉体を陽光の下に現すのを見て驚嘆する。

幾何学と古典力学をともに修めた18歳の人間が直観する世界は、それが自然に出来あがったものであるはずはなくて、何か「完璧な知性」というようなものが恣意的につくりあげたものに違いない、ということで、
その眼をちゃんと開けていられないほどの圧倒的な光は、そうして、
まるで冬の暗黒のなかで、そこだけ暖かい光に照らし出された空間のように、
世界を理解しはじめた人間がたいてい置かれる孤独な冷寒を暖めてくれる。

かじかんだ手に渡される一杯のコーヒーのような一片の数式、と言うと、きみは可笑しがって笑うだろうが、歯を食いしばって勉強するのとはちょうど逆に歯をくいしばっていなければ耐えられない世界のなかで、かろうじて息がつける場所で憩うようにして数学や物理と向かいあう少女や少年にとっては知性の役割とは、そのようなものである。

クロノス、エロス、タナトス、という。
人間の一生の本質が、その三つにしか過ぎなくても、知性の光がそこに加わらなければ、どうしても生きていけない、ごく僅かな数の人間が存在する。

2

24歳のHannah Reidたちが書いた「Metal and Dust」

“And so, you built a life on trust
Though it starts, with love and lust
And when your house, begins to rust
Oh, it’s just, metal and dust”

という歌詞で始まる、あの歌のなかでは

We argue, we don’t fight

という繰り返しが何度も出てきて、愛し合って一緒に暮らし始めたふたりが、冷めてゆく情熱に抗って、それでも止めようが無くて、お互いが判らなくなってゆくことへの絶望がよく出ているが、脳天気にお説教や「アドバイス」を垂れ流している年上世代の言葉を聞き流して、
若い魂は、いつも、「より本質的なものの姿」を見ている。
魂の視覚が見て知っているものを表現する言葉を持たないでいらだっているだけである。

ただその数学者との昼食だけが楽しみで「なにからなにまで反吐がでるほど大嫌い」なケンブリッジ大学に我慢して暮らしていた若い日本語研究者のドナルド・キーンに向かって、バートランド・ラッセルは「人間の知性はすべからく若い頃にもどってゆくのさ、もどってゆけない知性など二流にしかすぎない」と述べたというが、ほんとうだろうか?

同じラッセル卿は、最高に面白い読み物「西洋哲学史」のなかで、ニーチェとブッダが議論している場にいあわせたとしたら、ニーチェの精密で圧倒的な論理に軍配をあげざるをえないが、しかし、自分はどうしてもブッダに味方する気持ちを隠せないだろう、と曖昧なことを書いているが、この本を書いたとき60代初めだったはずのバートランド・ラッセルは、多分、「知性」というものの正体に気がつき始めていたのだろう。

ちょうど暴力と不断に隣り合わせであることなしには言論の自由が成り立たないのと同じようにして、愚かさと隣り合う緊張なしに知性を保つ事は出来はしない。

そうして愚かさは、許してはいけないものまで許してしまうが、
ブッダは、それでもいい、とやさしく述べたのだった。

若いときのラッセルなら、金輪際受け取れなかった、そのブッダの愚かさを、60歳をすぎた数学者は、いわば自分よりも上位にある知性の判断として受け入れるだけの思索上の技巧をすでに身につけていた。
若い人間は、愚かさから愚かさへ、怖いものしらずの、向こう見ずな空中ブランコ乗りのように、暗闇から暗闇へ、パートナーが差し出した腕だけを見つめながら跳躍する。

サーカスの空中ブランコとは異なって、現実の人間の一生には落下しても生命を助けるために張られたネットなど有りはしないが、それでも何万、何十万という若い人間が地上が遙かに高い暗闇のなかのブランコに立って、自分が跳びこもうとする闇の奥を見つめている。

宙を切って、跳躍した若い人間の腕を、足で体を支えた、少し上の世代が、痛いほどつかんで、しっかりとらえて、若者を反対側の闇のなかへ運んでゆく。

感覚が計量した古典物理学が空中ブランコ乗りを助ける仕組みは、実際の人間の一生と同じであると思う。

60歳をこえて、40数年に及ぶ思考の訓練で言葉の指先の、その少し先にあることまで知覚するようになっていたらしいラッセル卿は、言語の少し外側に認識を延展する方法を知っていたようにおもえるが、その言葉の終わりから少し歩いていったところにあるのは、愚かさと叡知の見分けがつかない、まばゆい光の世界だった。

クロノス、エロス、タナトスというが、もうそんなことも、どうでもいいような気がする。

生きていくのにオカネに足をとられるのも、家に蓄えられた富に頼るのも嫌だと思って、学校を出て、ぼくが初めにやったことは一生を何度か過ごしても足りなくならない程度に「オカネ」をつくることだったが、「勝ち」を重ねるにつれてゲーム中毒の地が出てやりすぎてしまった。
こんなに時間をかけるはずではなかったのに、遊びすぎてしまった。
閉店までTimeOutでゲームにいれあげるバカガキ並だった。

ちょっとした思いつきで始めた日本語も、やり過ぎてしまった。
母語の英語世界では、ついぞ見ない、スーパー下品なひとびとがたくさんやってきて、ニセガイジンだとかゴボウ(?)だとか、めんどくさいから英語で話しかけたら、今度はハローのひとことも言えないのがばれて、照れ隠しなのか、突然誹謗する記事を書いて、勝った勝った勝ったと連呼して、本人もさすがに気がついたようだが、あちこちで憐れみを買っていたりして、マンガの主人公にしても品が悪すぎるひとたちとの邂逅は面白かったが、
しかし、時間の無駄でしかなかった。
こんなことを言って日本の人をがっかりさせたくはないが不愉快な人間に会うだけで他の言語に較べて得るものがずいぶん少なかった。

でも、やってみなければ、さわってみなければ、がっかりも出来ない。
そのうえに、ここにこうやって書いているように、「ぼくの他の人間には誰にも読めない言語」で日記を書くという、「自分だけのための言語を手に入れる」、最高の贅沢を手にいれたのでもある。
だから後悔というほどのことはない。

ムダなのかどうか、ほんとうのところは、もっとずっと先にいかなければ判らないことだろうから別にして、季節が変化するように、知性も、光が揺らぐように、変化してゆく。

足裏についたここまで渉り歩いた世界の泥を次のドアの前のboot scraperで、こそぎとって、また少し先を急がねばならない。

光のほうへ

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