哲人さんへの手紙3<往復書簡V>

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1

「見ればなつかしや
我ながら なつかしや

(井戸のみづもに映るこの姿は/懐かしい業平さま
わたくし自身の男装の姿ながら、ほんとうに懐かしい思いがします)

亡婦魄靈の姿ハ凋める花の。色なうて匂ひ。殘りて在原の寺乃鐘もほのぼのと。明くれば古寺の松風や芭蕉葉の夢も。破れて覚めにけり夢ハ破れ明けにけり」

と言う。
「井筒」は、少なくともぼくにとっては最高の能楽の演目で、やがて歌舞伎に発展する能が陥りやすかった通俗性が最も少ない点や、本来は微かなものであるはずなのに沸き起こるような幽玄、最後の有常の娘の、背筋がぞっとするほどの悲嘆の表現の美しさ、能面自体が激しく歪んで慟哭の表情に変わってゆく不思議さなど、18歳で毎度毎度日本を訪問するたびに母親にお伴を命じられる歌舞伎が嫌いだったぼくに、能楽の日本語世界の青い虚空を背にして際立つような美を教えてくれた演目でした。

哲人さんが例として挙げた中島みゆきには、グラシェラ・スサーナというアルゼンチン人の歌手のために書いた「髪」という曲があります。

こういう歌詞です

長い髪が好きだと
あなた昔だれかに話したでしょう
だから私こんなに長く
もうすぐ腰までとどくわ

それでもあなたは離れてゆくばかり
ほかに私には何もない
切ってしまいますあなたに似せて
切ってしまいますこの髪を
今夜旅立つあなたに似せて  短かく

長い髪を短かくしても
とてもあなたに似てきません
似ても似つかない泣き顔が
鏡のむこうでふるえます

あなたの写真も残らなかったから
影をあなただと思いたい
切ってしまいますあなたに似せて
切ってしまいますこの髪を
今夜旅立つあなたに似せて  短かく

この中島みゆきの大ファンで「20世紀最大の詩人」とまで褒めちぎった吉本隆明を調べているときに、この「髪」を聴いて、歌詞を読んで、
「井筒」の紀有常の娘が現代に甦って自分を捨てた恋人をおもっているような不思議な感覚が起こりました。
中島みゆきは、どうやらたくさんの日本語にふれて、「日本語の文脈を踏まえる人」で、哲人さんの言う

「個としての他人を本気で理解しようと思ったら、各種の辞書を頼りに類型化する作業はやめて、ただ一緒にいて、言葉を聴き、振る舞いを共有して、自分の中になにか変化が起こるのを「後から知る」というやり方しかないのでしょう」

という辞書を省略した伝達を、日本語の文脈に寄り添うことによって出来る人で、通常は通俗に阿ることなしには不可能な「たくさんの日本人へ自分の感覚を伝達すること」が出来たのは、中島みゆきという人の、この能力に拠っていて、吉本隆明が本来は情緒を排して単簡なリズムのめらんめえちょうに近いセンテンスが多かったという講演で感動に声をつまらせさえしながら中島みゆきの「化粧」を激賞したのも、同じ理由によっているのかもしれません。

「化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど
せめて今夜だけでも きれいになりたい
今夜はあたしは あんたに逢いにゆくから
最後の最後に逢いにゆくから
あたしが出した手紙の束を返してよ
誰かと二人で読むのはやめてよ」

という言葉で始まる「化粧」を吉本隆明は死ぬまで愛していたようです。

日本語に限らず、歌の歌詞は書き写してみれば、がっかりするほど凡庸で、その主な理由は言語においては極めて重要な「音そのものによる伝達」をチューンにゆだねてしまって、逆に言えば、音の上で完成した詩、たとえばT.S.EliotのThe Love Song of J.Alfred Pruflockに曲をつけようとしてみれば判りますが (←ぼくは実際にやってみようと思ったことがある(^^;   )
詩の言葉の「音」自体がチューンを受け付けない強固さで言葉の音楽を規定しているので、まったくうまくいきません。


And indeed there will be time
For the yellow smoke that slides along the street,
Rubbing its back upon the window panes;
There will be time, there will be time
To prepare a face to meet the faces that you meet;
There will be time to murder and create,
And time for all the works and days of hands
That lift and drop a question on your plate;
Time for you and time for me,
And time yet for a hundred indecisions,
And for a hundred visions and revisions,
Before the taking of a toast and tea.」
という滑稽であるはずなのに、地の底から響いてくるような恐ろしい「音」は、もう言葉が書かれた段階で旋律もリズムも揺るぎなく完成されていて、音楽がつけこむ余地がない。

これがずっと音楽よりになっていくと、オペラなどは、ほとんど
「バカみたい」な歌詞で、

Vissi d’arte, vissi d’amore,
non feci mai male ad anima viva!
Con man furtiva
quante miserie conobbi aiutai.
Sempre con fè sincera
la mia preghiera
ai santi tabernacoli salì.
Sempre con fè sincera
diedi fiori agl’altar.
Nell’ora del dolore
perchè, perchè, Signore,
perchè me ne rimuneri così?
Diedi gioielli della Madonna al manto,
e diedi il canto agli astri, al ciel,
che ne ridean più belli.
Nell’ora del dolor
perchè, perchè, Signor,
ah, perchè me ne rimuneri così?

という「Vissi d’arte」
の歌詞は、英語ならば

I lived for my art, I lived for love,
I never did harm to a living soul!
With a secret hand
I relieved as many misfortunes as I knew of.
Always with true faith
my prayer
rose to the holy shrines.
Always with true faith
I gave flowers to the altar.
In the hour of grief
why, why, o Lord,
why do you reward me thus?
I gave jewels for the Madonna’s mantle,
and I gave my song to the stars, to heaven,
which smiled with more beauty.
In the hour of grief
why, why, o Lord,
ah, why do you reward me thus?

と訳されて、よくて日常に呟かれる言葉、悪くすればそれ以下、というような言葉にしかすぎません。
しかし、それが、あの優美な旋律に乗ると、相貌をいっぺんさせて、魂に迫る表現になって胸をいっぱいにする。

2

トルクメニスタンからインドへ向かった(主にロシア人研究者たちの)文化人類学の延長にある言語学者のなかには言語がもともと音韻だけで意味をもたないものだったのではないか、と考えるひとたちがいます。たとえばインドにはいまでもまったく意味をもたない、いわば空洞な言語が存在して、つまりチャントだけがあって、ちょうど伝統音楽が継承されるように継承されている。
その抑揚や音の高低やリズムまでが厳格に決まっていて、意味性はまったく持っていない。
起源は「鳥の啼き声の模倣」だというのです。

家の裏庭の生け垣に蝟集していっせいに啼きはじめる鳥たちを見ていると、いつもこの「元始、言語は意味をもたない音にしかすぎなかった」という学説を思い出す。
意味をもたない音が伝えられるものを考えると、音楽でなければ、不安、焦燥、自己の存在、警告、…で鳥が述べていることに耳を澄ますと、異種である人間であってすら、かなり精確に彼らが伝達したがっていることは判る。
Dr Dolittleみたいに会話するわけにはいきませんが、必要不可欠な情報は、実際には意味を持った言葉による警告よりも明瞭に伝わる。

このあいだ軽井沢の古本屋で買ったむかしの日本語週刊誌をぱらぱらめくっていたら、外国へ駐在する日本人社員の生活がいかにたいへんか、という記事があって、
風呂場の水道管が破裂して、水が家の床を水浸しにしているときに、社内でも英語が得意でアメリカ駐在に選ばれた父親がプラマーに電話していくら説明しても要領を得ない。
その様子を見ていた8歳になる娘が父親から電話をひったくって、
「Water! Water! Flood! Hurry!」と叫んだら、あっというまにプラマーが来て水道管を直した、というのです。

音は気持ちを精確に伝達する。
音楽は、きっと、数学的に処理された「音による伝達」であるからこそ、通俗性をもたされなくても、たくさんの人間に精確に伝えたい感情を伝達するのでしょう。

「相手を類型としてではなく、個性としてとらえようとするなら、相手の言葉をただただ聴き、あるいはただ読み、「言葉を意味でわる」作業はほどほどで止めて、言葉が自分の中の何かを呼び起こすのを待つ、というやり方しかないのだと思います」

と、哲人さんが述べるとおりで、本来は「言葉を意味でわる」作業は詭弁屋にまかせて、皆無であるのが望ましくて、「相手の言葉をただただ聴き、あるいはただ読」んで、共有された時間がつみあがるにつれて、「言葉が自分の中の何かを呼び起こすのを待つ」というやり方しかないが、
日本語ではここに困った障害があって、まず何よりも歴史が明治時代のところで、スパッと切断されていて、ほんとうは定義もちゃんとされていない無数の言葉がひとびとの頭のなかで曖昧な思考として発酵してしまった、という事情があると思います。
「文明」「恋」「愛」…観念上の意味に限らず、
I love you.

あなたに恋をしている/あなたを愛している
を比較すれば容易に感じられますが、
日本語のほうは、なによりも自然な言語表現とは感じられない。
自分の恋心を精確に伝えようと思えば思うほど、表現のトーンを落とした
「好きです」になってゆくでしょうが、これは英語では
I like you.
で、イギリス英語ならばI love youと同じ意味を持たせられますが、
しかし、I love you.
が真剣に口にされるときの観念の高みは表現が難しい。
「思い入れ」に依存せざるをえない。

近代語を安易に西洋語から翻訳したことによって真実性を失った日本語は、それ以降、ほとんどすべての人文分野で、苦しむことになったように見えます。

哲人さんが挙げている、もうひとつの例である田村隆一は、
ご存じのとおり「荒地」の同人で、初期の「荒地」同人である鮎川信夫や中桐雅夫たちにとっては、この「空洞化した日本語」は十分に意識されている問題でした。
牧野虚太郎や森川義信たちは、どうすれば日本語が人間の表現になりうるか、あるいはどの語彙に「日本人の心」が眠っているかを考えて、戦争に狩り出されて死ぬまで、バー・ナルシスや夜更けの町の通りで、そればかり考えていた。

そうして戦争が終わったあとの1947年、明治をうわまわる言葉の意味性の破壊が起こった戦後の焼け跡にたって「意味を失った日本語」に囲繞されていると感じながら田村隆一たちは、詩誌「荒地」を創刊します。

鳥の啼き声に囲まれながら田村隆一が、分水嶺の、尾根の、両側が切り立った言語の細い径を注意深く踏みしめながら、たどりついたピークが
大江健三郎をはじめ、たくさんの作家がそこに戻って「言葉」の意味を思考した「細い線」でした。
それは、こんなふうな詩です。

「きみはいつもひとりだ
涙をみせたことのないきみの瞳には
にがい光りのようなものがあって
ぼくはすきだ

きみの盲目のイメジには
この世は荒涼とした猟場であり
きみはひとつの心をたえず追いつめる
冬のハンターだ

きみは言葉を信じない
あらゆる心を殺戮してきたきみの足跡には
恐怖への深いあこがれがあって
ぼくはたまらなくなる

きみが歩く細い線には
雪の上にも血の匂いがついていて
どんなに遠くへはなれてしまっても
ぼくにはわかる
きみは撃鉄を引く!
ぼくは言葉のなかで死ぬ」

 
 

無論、最後の一行、
「ぼくは言葉のなかで死ぬ」というのは田村隆一の、
おれは詩人として生きて死ぬのだ、という宣言でもありますが、
この見事な詩句のなかの「言葉」が、
意味をもった言葉なのか、
あるいは音が定義する言葉なのか、
次のときに話したいと思っています。

でわ

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2 Responses to 哲人さんへの手紙3<往復書簡V>

  1. says:

    ガメさん、こんにちは。
    アーサービナードさんをご存知ですか。
    ガメさんのように日本語のことを気にかけてくれている素敵な詩人さんです。知ってたらすみません。
    なぜかガメさんに知ってて欲しいなと思ったのでコメントさせて下さい。

  2. T/SF says:

      拝啓
     はじめまして。けさ朝食をとったあと、かん高い、聴きなれない鳥の声がした。調べてみると、どうやらコジュケイのようでした。どこにコメントを書こうか考えていたのですけど、鳥が鳴いたのでここと決めた。この記事では鳥の鳴き声について触れている。
     鳥のいうことよりわからないのはニッポン語で、いまテレビ(どんな番組でもよいとおもう)をつけてみると「ニッポンスゴイ」「ニッポンスゴイ」の喧しいことは周知のはずです。述べられることばにまともな意味が伴わない、妙ちきりんなる現代日本語のなれのはて。……はてな。「日本語」と書いて、これを「ニッポンゴ」とは訓むまいが、それじゃ「日本」を「ニッポン」と発音するものはなんだろーか。辞書を引けば例はたくさんあろうが、しっくりくるのは「日本国憲法」と「大日本帝国憲法」の対比です。すくなくとも、前者を「ニッポンコクケンポー」と音読する人をわたしはみたことがない。ほかのことばにしてみても「ニホン」訓みで通用しているものが殆どなのではありますまいか。
     ところがいまテレビ(もう一度書くが、どんな番組でもよいとおもう)で発音されているのは「ニッポン」に次ぐ「ニッポン」です。
     なぜだ。
     いつからだ。
     どうもあやふやな記述になりますが、わたしが「ニッポン」という発音を意識するようになったのは第二次安倍政権発足から一年経たないいつ頃かから、です。もしかしたらずっと以前からそうだったのかもしれないけれど、テレビニュースなんかでよく使われるようになった、と感じだした。どの局が、というのではなくて、どの局も、です。
     なぜ、というのはわからない。ただ、安倍晋三という人は「ニッポン」という呼称に非常に拘っているらしい人物としても印象的です。あまりたくさん発言を聴いてないのでしらないが、この人は再び総理大臣になった2012年から「ニホン」と口にしたことのないような気さえする。
     ……なんだか要領を得ないし考えが足りていない。とまれ、こうまで促音含みの「ニッポン」が夥しいとわたしまでそう口にしそうで困る。耳馴れたことばが口をついて出る、というのは往々にしてあるし(げんに飛びでてしまうこともある)。この促音に半濁音に撥音とつらなる音の並びがきたなく聞こえるところの者としては、これが一般化するんなら不服です。

     と書いておいて二日もしたら、もうつづけ方がわからなくなった。
     そうそう、最近の記事にでてきた、高橋和巳の近くの「勁」がちょっと違う字になってます。蛇足ながら。
     いつも楽しく拝読しております。では。 
      不一

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