Monthly Archives: December 2014

メルボルン

1 フリンダーステーションの階段を駆け降りて、電車のしまりかけたドアに跳び込むと、まるで自分が東京にいるような錯覚に襲われる。 メルボルンの街は、いくつかの生活の横顔が東京によく似ている。 中国系人の、日本の人にうり二つの顔が通り中にあふれているせいかもしれないが、 クルマよりも電車やトラムで移動するほうが便利な街のつくりのせいであるような気がする。 マンハッタンもそうだが、人間が2本の足で移動するようにデザインされた街は、歩いているひとたちの表情が似てくる。 悪いことではない。 第一メルボルンやマンハッタンで暮らすひとは統計上も同じ国の他の地域、たとえばバララットやアップステートニューヨークで暮らすひとよりも、ずっとやせていて健康である。 試しにfitbit をつけて歩いてみたら、一日20000歩以上歩いていたから、毎日、ネルソンのグループトランピングに参加しているのと変わらない。 Degraves StreetのようにUKぽい小路もあるが、全般に広々として歩きやすい街で、特に子供のときから馴染みがあるヤラ川の南側は、この頃は自転車がびゅんびゅん飛ばしてきて怖いが、けばいだけの、くだらない恰好をしたサイクリストを気にしないことにすればところどころバーに立ち寄って白ワインを飲みながらうろうろするのに向いている。 劇場に近い、おおきなテラスのあるイタリアレストランでランブルスコ1本とオイスターベイの白ワインをいっぽん空にして、カラマリやアルデンテのリゾットの米の歯触りを楽しんで、うめー、と考えて、Jacqueline Mabardiのトスカがフロアに倒れ伏した恰好のまま優美な難曲 Vissi d’arteを歌いきるという、負担がおおきい演出のトスカを観て帰り道に大成功だったオペラに居合わせた夜特有の興奮の余韻をかみしめながら、もう一杯二杯、シャンパンを飲んで家路につく頃は、fitbitの歩数は24000歩を越えている。 例の家は他人に貸してしまったので、短期の家具付きアパートに泊まるが、メルボルンはすっかり都会になったので、良いアパートが出来て、ロンドン並とはいかないが、ホテルのように索漠とした部屋ではない。 昼食や夕食はほとんどメルボルンの友達たちの招待なので高級レストランばかりで安い定食屋に行けなくてつまらないが、いちどだけサウスヤラで行った四川料理屋の豚まんはうまかった。 四川料理屋に多い小振りのミニチュア豚まんではなくて 維新號がおそれいりそうな雄大でふくよかな豚まんで、ふかふかしていて、ニコニコして食べていたらモニさんに笑われてしまった。 辛い料理を頼んでも、ちっとも辛くなくて豪州化された四川料理だったが、おいしかった。 また来たい、と考えたが、残念ながら昼食と夕食どころか朝食までメルボルン人との会食でうまっているのでダメである。 2 チーフアナリストだというので、なあんとなくネクタイをしめて、髪型がビシッと決まって、でもよく見ると後ろのほうの髪の毛が一本だけおったっているタイプのおっちゃんが出てくるのかと思ったら、20代の頭の回転の速い女のひとだった。 起きたばかりだったのでゴム草履とショーツに自分でシルクスクリーンプリントした赤いゴジラがついているTシャツででかけたら、レセプションで面会の約束を疑われて、「仮に会えても15分だと思いますが」と言われたが、しばらく話していたら、どうやら頭のおかしい青年ではなくて、ほんとうは実際におかしいのかも知れないが危険性はない青年であるのが納得されたらしくて、約束の15分が経った頃に、チーフアナリストのおねーさんが立っていって今度は役員のおばちゃんをつれてきた。 話の途中で一軒屋は2寝室のほうがメインのマーケットだというので、聞き返したら3寝室は3組の「プロフェッショナルなカップル」がシェアするのが普通だという。 だんだん話を聴いてみると、考えてみれば当たり前だが、オークランドよりも住環境はずっと悪くて、「良い話」として紹介される事例から浮かび上がってくるのは高収入のディンクスでさえ高い家賃と低劣な住環境に悩まされて喘いでいるいまのメルボルン人の現実だった。 世界中どこでも「バブル経済」の繁栄によってビンボ人は逆に追い詰められていくのが常識で、現代社会では「持たざる者」にとっては社会などは繁栄しないほうがいいといいたくなるくらいのものである。 メルボルンのバブルを歓迎して、「このバブルは我々の夢だった」とまで言い切るひとびとに別れを告げて、会社を辞して、外に出たら、なんだか不意に暗い気持ちになってしまった。 これがあの、おおらかで、少しならいいよ、ただでもっていけばいい、ここは恵まれた国なのだから、と言う人がたくさんいたメルボルンか、と、少しだけ感傷をもった。 3 「繁栄」の問題は、いつも「人間にとっては幸福とはなにか?」という陳腐化した、でもいまだに答えがちゃんと出てきはしない問題に帰り着く。 オーストラリアが20世紀末と較べて問題にならないくらい繁栄しているのは紛いようのない事実だが、幸福かどうか、というと、事実は逆だろう。 いつまでも垢抜けなかったメルボルンの街が、見ようによっては、というのは上流社会の門のなかに立つのでなければ、マンハッタンよりも都会と言っていい程度には都会になっている。 世界じゅう豊かだった時代を持つ街には義務のように存在する広大な現代美術館がこの街にもあり、夕暮れ時には高校や大学や地元のクラブのひとびとがローイングを楽しむ川がある。 おいしいカクテルをつくるバーテンダーがいるバーが町中に散在していて、 ほとんど永遠にショッピングしながら歩きつづけていけるショッピングストリートがある。 これも都会の条件である水準が高いオペラやバレーがあり、ビリー・クリスタルやビリー・コノリーがやってきてスタンダップコメディで一夜を笑わせるクラブがある。 ショーを観て川沿いを散策しながらカクテルを飲んで、お互いに招いたり招かれたりするパーティを開く週末がある。 マンハッタンやロンドンにあって、(似たものはあっても)ここにないのは広大なボールルームで「貴顕」を集めて開くハイソサイエティの晩餐だけだが、ああいうものは、どっちみち恐竜の会合のようなもので、もうすぐ、どの都会からもなくなるべきものだろう。 メルボルンは、都会の仲間入りをしたのだと思う。 … Continue reading

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For everything a reason_言葉がとどかないところ3_哲人さんの返信3 (往復書簡VI)

1 言葉に意味があるというのは、そもそもどういうことなんだろうか。これは容易ならん問いで、不用意にぶつかると、座礁してそのまま難破、ということになりかねません。でも、これまでのやりとりから言って、この問いを横目で見ながら通り過ぎるわけにも行かなくなってきた。 言葉の「意味」というのは、その言葉で「言いたいこと」だ、ととりあえず言ってしまおう。これでは話が一歩も進んでいないように見えますが、実はそうでもない。私は、この言い換えがけっこう気に入っています。少なくとも、「意味」に二つの極があって、一つは、「言いたい《こと》」という事物の極、もう一つは、「言い《たい》こと」という話し手の意図の極である、ということは、おぼろげに浮かび上がっています。 この、ごく当たり前のところから考えてみます。 事物の極は、言葉が指し示す標的になっている物体や出来事、意図の極は、言葉が生まれてくる元にある話し手の気持ち、と割り付けておきましょう。すると、言葉の原始的なあり方は、指差すという動作に集約して示すことができそうです。指差しは、野生のチンパンジーでは観察されたことがないのだそうで、言語同様、ヒトという種に固有のものらしい。 指差しをするヒトの個体Aは、自分の指先から延びた想像上の直線と交わる位置にある事物xに、他の個体Bの関心を引きたいという気持ち(意図1)をもっている。もちろん、関心を引いた上で、Aはxに関する自分の気持ち(認識や反応)をBに伝えたいという気持ち(意図2)ももっています。例えば、Aがにっこり笑ってxを指差せば、(表情の読み取り能力は生得と仮定して)、Bには、xがAにとってたぶん好ましいモノなのだということが分かります。 「笑顔+指差し」で、Aの動作の言いたいことがBに伝わり、Bの反応から、Aの言いたいことがBに伝わったということがAにも分かり、AとBはめでたく「xはAにとって好ましい」という認識を共有し、さらにお互いがこの認識を共有しているということも共有します。言い《たい》という気持ちも、言いたい《こと》もこうして共有され、意味が分かった、とか、話が通じた、という状態が成立するでしょう。 2 笑い声や泣き声は、指差しより原始的かもしれない。というのも、笑い声や泣き声は、一般に、気持ちの表出になってはいるものの、指し示す事物の極が無いように思われるからです。しかし、笑い声や泣き声も、個体の状態を指し示す働きを備えている。 泣いている赤ちゃんの場合、例えば、濡れたおむつの不快感が原因となって、泣くという結果が生じます。このとき、その泣き声は、不快感という原因を指し示す働きを持っている。泣き声や笑い声のような、指差しよりも原始的な音声の表出では、言い《たい》という端的な気持ちの表出が、それ自体への再帰的な指示作用をともなっていて、言い《たい》という意図がそのまま言いたい《こと》になる、という仕組みが成り立つようです。 でも、この自己指示作用をどう理解するかはけっこう厄介な問題です。煙が発生したところに火の存在を見て取るとか、咳ばらいで他人の存在に気づくといったことと同じように、泣き声が発生したところに赤ちゃんの不快感の存在を読み取るというだけならば、これは、音からその発生源にさかのぼる物理的な因果性の認識にすぎません。言語の意味解釈とは別物でしょう。 しかし、赤ちゃんの泣き声は、聞き手の解釈を求めています。その子の世話をしている人は、おむつが濡れたのか、空腹なのか、眠いのか、暑いのか、喉が渇いたのか、等々のさまざまな可能性を考慮して、泣き声の意味を読み取るでしょう。 これだって、結果から原因を、少し複雑な経路で推論する因果的認識にすぎない、と言おうと思えば言えそうです。けれども、泣き声の自己指示作用を読み取る推論は、泣き声の意味の解釈と言いたくなる要素を持っている。というのも、養育者は、赤ちゃんを気づかう気持ちをたっぷり持ち合わせているからです。 赤ちゃんと養育者の間には、感情の相互交流が濃密に存在しています。そのせいで、養育者にとって、赤ちゃんの泣き声が何を表出しているのかが重要になる。相手を物理的な対象と見て因果推理を適用するのではなくて、あらかじめ情緒の交流と共有の関係があって、その中で相手の状態に共感しつつ、相手の表出の原因を推定するかたちになっている。こういうやり方で、養育者は、泣き声を発している赤ちゃんの意図(意味)の解釈を行なうのでしょう。これは騒音から発生源を推論する因果的認識とは違い、やはり気持ちと事実とを相互に共有する行為、つまりコミュニケーションの行為であると思われます。 というわけで、何だか解りきったようなことをくどくど書いているけれど、私は何が言いたいのか。ヒトの発声には意味が必ずともなう、と言いたいようです。ヒトの音声の表出を、「言いたいこと」という意味的な水準を抜きにして、言語として受け取ることは、おそらくできないのじゃないか。オウムやインコが人の言葉を真似しても、それを言語と呼ぶのは難しい。音声が指し示す事物の極と、音声を発した主体の意図の極が、その音声に割り当てられないかぎり、その音声は言語ではないでしょう。 3 だから、鳥の鳴き声を人が真似をした場合でも、それが人の発声である限り、何らかの意味を持つ。あるいは、その鳴き真似をする人と情緒的な交流をすでに持っている他の人にとっては、かならず、何らかの意味を持ってしまうのだ、と私は言いたいようです。 この「何らかの意味」というのは、ここまでの話の流れから言って、鳴き真似をする人の意図の極と、その鳴き真似が指し示す事物の極ということになります。でもそれは、「大きな辞書」を参照して解る水準のことではなさそうです。どちらの極も、解読を待つ未知の項として存在しうる。そして、事物の極として指し示される出来事は、鳴き真似をする人の気持ちそのものなのかもしれないけれど、聴き手は解釈によって、つまり自由な想像力によって未知の項に到達するのであって、あらかじめ決定された解読規則によってそこに達するわけではない。 詩といえども、こういう水準での意味性を無視することはないはずです。「ぼくは言葉のなかで死ぬ」という田村隆一の詩句でさえ、あえて鈍感な分析をもちだせば、「言葉」は言葉を指し、「死ぬ」は死ぬことを指すという、誰もが割り当てる事物の極を無視しては成り立たない。しかし、「死ぬ」という詩句によって指し示されているのは、もちろん辞書的な意味における現実世界の死ぬことではないのだから、読み手は、自分の想像力によって、現実とは別の、つまり詩の世界の死ぬことを見いださないといけない。 このとき、読み手の想像力を支えてくれるのは、確かに各種の「辞書」ではなく、言葉そのもの、つまり音の響きであり、その音の響きを用いて言い表されてきた表現の長い歴史、詩の歴史でしょう。詩の言語は、現実世界の事物への割り当てを拒絶して、音の響きによって作られてきた詩の世界の事物への割り当てを求める。そういうことなんじゃないだろうか。 音の響きを頼りにして私たちが向かうのは、現実の世界ではなく、表現の歴史として存在する虚構の世界でしょう。例えば、中島みゆきについて、ガメさんが「辞書を省略した伝達を、日本語の文脈に寄り添うこと」によって行うと言うとき、この「日本語の文脈」とは、数多くの詩作品が作り出してきた虚構世界の集まりなのだと思われます。 4 草野心平に「ごびらっふの獨白」という詩があります。こう始まっている。 「るてえる びる もれとりり がいく。 ぐうであとびん むはありんく るてえる。 けえる さみんだ げらげれんで。」 ごびらっふは、どうやら蛙らしい。で、「日本語譯」がついています。 「幸福といふものはたわいなくつていいものだ。 おれはいま土のなかの靄のやうな幸福に包まれてゐる。」 冒頭の蛙の語りの三行が、この日本語の始まりの二行に対応するのかどうか、もちろん不明です。この作品は、少し複雑な構造になっていて、ごびらっふという蛙である語り手、その日本語への訳者である(氏名不詳の)語り手、これらの言葉を書き記している作者の草野心平、という三つの層がある。蛙の語りも、訳者の語りも、おとぎ話とまったく同じ仕組みで虚構世界を生み出しています。 この蛙語は、響きを口に出してみると、蛙っぽい感じ(「るてえる」「けえる」)だけでなく、未知の外国語の音写のような響き(「ぐうであとびん」「げらげれんで」)もあります。だが、それはさて措いて、この音の響きはどういう想像活動を誘うのか。 私の場合、蛙が語っているという虚構の設定によって、この音の響きから、東アジアの夏の夜を想像します。田圃かもしれないし、池のほとりかもしれない。暗い水面が広がっている。大気は湿り気に満ち、蒸し暑い。密雲に、燐光がある。たくさんの蛙が鳴いています。文明とは無縁の、太古の世界です。 後続の「日本語譯」の方を見ると、「土のなか」とあるので、ごびらっふは冬眠中のようです。だから、夏の夜を想像するのは、国語の試験なら間違いにされそうなんだが、かまうことはない。「日本語譯」の方に読み進んだときに、あらためて、冬眠中の蛙の「うつらうつらの日」を思い浮かべればよい。そして、その「暗闇のなかの世界」でまどろむ蛙の、 「ああ虹が。 おれの孤獨に虹がみえる。」 という詩句に打たれればよい。 再び「孤獨」は孤独であり、「虹」は虹なんだが、私たちは現実世界ではなく、虚構世界(まどろむ蛙の独白の世界!)でこの孤独と虹を見つけ出さないといけない。それはしかし、この詩句に打たれたとき、すでに暗黙のうちに見いだされているにちがいない。にもかかわらず、このとき読み手が見出したものに、辞書にもとづく伝達と記録のための言葉はとどかない。どうやら、そういうことであるようです。 では。

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