メルボルン

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フリンダーステーションの階段を駆け降りて、電車のしまりかけたドアに跳び込むと、まるで自分が東京にいるような錯覚に襲われる。
メルボルンの街は、いくつかの生活の横顔が東京によく似ている。
中国系人の、日本の人にうり二つの顔が通り中にあふれているせいかもしれないが、
クルマよりも電車やトラムで移動するほうが便利な街のつくりのせいであるような気がする。
マンハッタンもそうだが、人間が2本の足で移動するようにデザインされた街は、歩いているひとたちの表情が似てくる。

悪いことではない。

第一メルボルンやマンハッタンで暮らすひとは統計上も同じ国の他の地域、たとえばバララットやアップステートニューヨークで暮らすひとよりも、ずっとやせていて健康である。
試しにfitbit をつけて歩いてみたら、一日20000歩以上歩いていたから、毎日、ネルソンのグループトランピングに参加しているのと変わらない。

Degraves StreetのようにUKぽい小路もあるが、全般に広々として歩きやすい街で、特に子供のときから馴染みがあるヤラ川の南側は、この頃は自転車がびゅんびゅん飛ばしてきて怖いが、けばいだけの、くだらない恰好をしたサイクリストを気にしないことにすればところどころバーに立ち寄って白ワインを飲みながらうろうろするのに向いている。

劇場に近い、おおきなテラスのあるイタリアレストランでランブルスコ1本とオイスターベイの白ワインをいっぽん空にして、カラマリやアルデンテのリゾットの米の歯触りを楽しんで、うめー、と考えて、Jacqueline Mabardiのトスカがフロアに倒れ伏した恰好のまま優美な難曲 Vissi d’arteを歌いきるという、負担がおおきい演出のトスカを観て帰り道に大成功だったオペラに居合わせた夜特有の興奮の余韻をかみしめながら、もう一杯二杯、シャンパンを飲んで家路につく頃は、fitbitの歩数は24000歩を越えている。

例の家は他人に貸してしまったので、短期の家具付きアパートに泊まるが、メルボルンはすっかり都会になったので、良いアパートが出来て、ロンドン並とはいかないが、ホテルのように索漠とした部屋ではない。

昼食や夕食はほとんどメルボルンの友達たちの招待なので高級レストランばかりで安い定食屋に行けなくてつまらないが、いちどだけサウスヤラで行った四川料理屋の豚まんはうまかった。
四川料理屋に多い小振りのミニチュア豚まんではなくて 維新號がおそれいりそうな雄大でふくよかな豚まんで、ふかふかしていて、ニコニコして食べていたらモニさんに笑われてしまった。
辛い料理を頼んでも、ちっとも辛くなくて豪州化された四川料理だったが、おいしかった。
また来たい、と考えたが、残念ながら昼食と夕食どころか朝食までメルボルン人との会食でうまっているのでダメである。

チーフアナリストだというので、なあんとなくネクタイをしめて、髪型がビシッと決まって、でもよく見ると後ろのほうの髪の毛が一本だけおったっているタイプのおっちゃんが出てくるのかと思ったら、20代の頭の回転の速い女のひとだった。

起きたばかりだったのでゴム草履とショーツに自分でシルクスクリーンプリントした赤いゴジラがついているTシャツででかけたら、レセプションで面会の約束を疑われて、「仮に会えても15分だと思いますが」と言われたが、しばらく話していたら、どうやら頭のおかしい青年ではなくて、ほんとうは実際におかしいのかも知れないが危険性はない青年であるのが納得されたらしくて、約束の15分が経った頃に、チーフアナリストのおねーさんが立っていって今度は役員のおばちゃんをつれてきた。

話の途中で一軒屋は2寝室のほうがメインのマーケットだというので、聞き返したら3寝室は3組の「プロフェッショナルなカップル」がシェアするのが普通だという。
だんだん話を聴いてみると、考えてみれば当たり前だが、オークランドよりも住環境はずっと悪くて、「良い話」として紹介される事例から浮かび上がってくるのは高収入のディンクスでさえ高い家賃と低劣な住環境に悩まされて喘いでいるいまのメルボルン人の現実だった。

世界中どこでも「バブル経済」の繁栄によってビンボ人は逆に追い詰められていくのが常識で、現代社会では「持たざる者」にとっては社会などは繁栄しないほうがいいといいたくなるくらいのものである。
メルボルンのバブルを歓迎して、「このバブルは我々の夢だった」とまで言い切るひとびとに別れを告げて、会社を辞して、外に出たら、なんだか不意に暗い気持ちになってしまった。

これがあの、おおらかで、少しならいいよ、ただでもっていけばいい、ここは恵まれた国なのだから、と言う人がたくさんいたメルボルンか、と、少しだけ感傷をもった。

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「繁栄」の問題は、いつも「人間にとっては幸福とはなにか?」という陳腐化した、でもいまだに答えがちゃんと出てきはしない問題に帰り着く。
オーストラリアが20世紀末と較べて問題にならないくらい繁栄しているのは紛いようのない事実だが、幸福かどうか、というと、事実は逆だろう。

いつまでも垢抜けなかったメルボルンの街が、見ようによっては、というのは上流社会の門のなかに立つのでなければ、マンハッタンよりも都会と言っていい程度には都会になっている。
世界じゅう豊かだった時代を持つ街には義務のように存在する広大な現代美術館がこの街にもあり、夕暮れ時には高校や大学や地元のクラブのひとびとがローイングを楽しむ川がある。
おいしいカクテルをつくるバーテンダーがいるバーが町中に散在していて、
ほとんど永遠にショッピングしながら歩きつづけていけるショッピングストリートがある。
これも都会の条件である水準が高いオペラやバレーがあり、ビリー・クリスタルやビリー・コノリーがやってきてスタンダップコメディで一夜を笑わせるクラブがある。
ショーを観て川沿いを散策しながらカクテルを飲んで、お互いに招いたり招かれたりするパーティを開く週末がある。

マンハッタンやロンドンにあって、(似たものはあっても)ここにないのは広大なボールルームで「貴顕」を集めて開くハイソサイエティの晩餐だけだが、ああいうものは、どっちみち恐竜の会合のようなもので、もうすぐ、どの都会からもなくなるべきものだろう。

メルボルンは、都会の仲間入りをしたのだと思う。

不幸の仲間入りをしたのでもある。
ビンボ人は駆逐されて「いない」ことになっている。
家を追われ、街を経済的に追放されて、むかしは至るところにあった「ブラシ屋」やイタリア人の兄弟がやっているソーセージ屋やベルギー人の姉妹が毎日薪窯でパンを焼いていた小さなベーカリーはとっくの昔になくなってしまった。
あとに出来たのはチェーンの名前もおぼえる気がしないデリであり「ベーカーズデライト」で、なんのことはない英語圏じゅう同じ店の名前で埋めてゆく凡庸と退屈を目指した巨大資本の努力の爪痕が残されてゆくだけです。

都会になったことに伴って良いこともある。
もともとゲイが違法なインドネシアやマレーシア、中国本土から移住してきたゲイカップルがたくさんいて、目立つようになったこともそのひとつで、
中国人のふたつの顔が英語で話している、そのアクセントでシンガポール人だと判るゲイカップルが、窓際の特等席で 1970年代のワインを開けて誕生日を祝っているのを眺めながら、メルボルンでは、子供のときはまだ
「窓際は、ちょっと困ります」とアジア人カップルに平然と言い放つ「高級レストラン」が存在したのを思い出す。
奇妙ないいかたをすると、人種差別がなくなり階級が消滅して性差別も解消へ向かう人間の文明の努力と、世界じゅうが同じ町並みになってゆく底の知れない凡庸と退屈めざした努力は、もしかしたら同じものなのかも知れない。
だから、コーヒー屋がどんどんスターバックスになり、間の抜けた「M」サインが街のあちこちにかかげられることにも良い点がたくさんあるのかもわからない。
少なくとも、そのふたつのおおきな事象には関連があるもののように思われる。

ともあれ、

むかしから、このブログを読んでくれている人は仕事上の理由でメルボルンについてはあまり書かないことにしていたのを知っているが、今回は、なんだか墓碑銘のようなものを書きたくなったのかも知れません。

むかしのメルボルンがなつかしい

(言ってしまった)

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1 Response to メルボルン

  1. 我々は同じ場所に留まっていられない。
    自分が寝ている間も、どこかで誰かが働いている。
    物質的幸福に注目してみても、
    地球を1000万人で分け合っていた時代の一人分の分け前と
    地球を100億人で分け合わねばならない時代の一人分の分け前は異なるはずだ。
    もちろん、地球を耕す技術も変化する。
    贅沢は新しいものとは限らない。
    新しいもののリスクを恐れて効率の悪い古いものにこだわり続けるのも贅沢だ。
    もっと効率が良い手段が発明されているのに、
    新しいものの未知のリスクを恐れて、いつまでも古い伝統にこだわるのも贅沢だろう。

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