年をとるということ

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20歳であるということは希望よりも痛覚が発達した心を持っているということである。

必然的に、痛みにくい心をもったおとなは、すべからくバカであって、良いも悪いもなくて、年をとっているということは人間の痛みをナマで感じられなくなってしまっているという点で愚かなのだというほかはない。

23歳に至らない人間を「若者」と呼ぶことにすれば若者の正義は、ただ若いということにある。
年齢にはたいした意味がない。
若い人間はいつまでも若い。
年齢で人間を区切ることには意味がない。
いづれも10代と20代を、その後の一生の準備に過ごすという凡庸だが決定的な謬ちを犯してしまった人間の繰り言であって、もっともらしいだけで、かけらほどの真実もない。

ぼくは自分が30歳をこえてジジイになってしまったにも関わらず、年をとった人間が本質的に嫌いなのであると思う。
30歳を越えてしまった人間は、

1. 通りを渡りはじめたときに通りの向こう側に着くまでのあいだに自分と恋人が存在として消えてしまったりしないと意味もなく信じている。

2. 世界が「意味」に満ちていると妄想したがる

3. セックスのように破滅的で破壊的な行為を日常の一部とみなしだしている

というような点で、すでに反人間的な存在であるとおもわれる。
他にもいろいろ余罪があるが、書くのがめんどくさい。

岩田宏が、

あこよ あこよ
大きな声じゃ言えないが
としよりにだけは気を許すな
としよりと風呂に入るな あこ

とまだ幼児だった娘に対して書いたのは年寄りというものの「老い」だけではない、本質的な薄汚さを知っていたからだろう。

三島由紀夫が千年を越えて生きる天人にも寿命があって、やがて五衰があらわれると述べている。

衣裳垢膩

頭上華萎

身体臭穢

腋下汗出

不楽本座

と言う。

着ているものが垢じみてくる

髪飾りが枯れてくる

体臭が臭う

腋に汗をかくようになる

分を知るということがなくなる

たかが外観のことではないか、と言う人は、哲学が理解できない人だろう。
着ているものが垢じみても平気なのは、「人間は外観よりも中身だ」というような世にもケーハクな考えにとらわれて、世界と真剣に張り合って生きる気概をなくしてしまった人なのでもある。
肉体が臭い、腋に汗をかくのは、肉体が少しづつ屍体に近づいている徴である。
慎みを失って、ほんのちょっとの努力でなんでもわかるような気になるのは、生きることに狎れすぎて世界を過小に見積もるようになって、自分を途方もなく甘やかすようになる老人の通癖である。

老いる、ということは恭謙な人格を装いながら際限なく傲慢になる方法を身につけることでもある。

曾祖父は、しわくちゃどころではないシワシワの顔の人で、昔の写真をみるとゲーリー・クーパーが上流階級人化したような、ものすごいハンサムだが、生まれてから死ぬまで神様でもおもいもつかないような幸運に恵まれたわりには皮肉な人だった。
いま思い出してみても飼っていたJという犬とSという雌猫と、この人には珍しく思い詰めて結婚までするほど愛した、全体に古代ローマの彫像のような印象を与える女の人(←つまりは曾祖母)以外には世界への愛情をまったく欠いた人で、単純に人間と人間がつくった社会が嫌いだったのだと思う。

半世紀以上も年が上のこの人と子供の頃のぼくは、同年齢の友人同士のように仲が良かった。

わざわざ、ひ孫を呼び寄せて述べた、いまわの際のひとことが、「人生に意味なんかない。遊んでくらせ」だったくらいで、人間の世界になんの価値もみいだしていない人だった。

ぼくの一生で初めての「親友」だった、この人は、競馬場のVIPラウンジから双眼鏡で自分の馬を眺めながら、あるいは十歳の子供だったぼくにタバコをすすめながら、よく肉体という有機機械の出来の悪さについて話して聞かせた。
40歳を過ぎた人間なんて半分腐敗した魂なのさ、と述べた。
一生を生き延びるための実際的な知恵は人間を底なしに腐敗させる。
ガメ、どんな場合でも年寄りを信用してはいけないよ、自分が年寄りになったあとでは特に。

愚かであることを大切にしたほうがよい、と何度か言われた。

あの人は賢さが人間の醜い特性であることを知っていた。
あの人は老いが人間の思惑をこえた絶対悪であることも知っていた。
神の人間に対するゆいいつの羨みが「愚かさ」であることを良く知っていた。

老いるということは、それ自体が病だが、人間は「腐ってゆく肉体」を持つことによって「永遠」という概念を獲得した。

20歳であるということは痛覚が発達した心を持っているということである。

その鋭くて巨大な痛みのなかには言語の体系がもちえなかった叡知がある。
言葉によって手のひらのなかに取り出して観ることは出来ない叡知のことを話している。
きみとぼくが痛みのなかに置き忘れてきた自分自身。

その影に会いに行く

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3 Responses to 年をとるということ

  1. hermestrism says:

    >その鋭くて巨大な痛みのなかには言語の体系がもちえなかった叡知がある。
    正しい。そして痛みがあるのは、「純粋さ」があるから、だ。

    今の神には究極的なまでに絶対しかない。身体は純粋さの生み出す影法師。

  2. おいちゃん says:

    カメさんのブログと相前後して、日曜美術館雪舟等揚 を見ました。これは
    希にみるよくできた編集で、中国の絵描きさんも出てきて
    天才雪舟がいかにして 学び 中国に渡り 精進の果て80歳代で遺作となった
    あの破墨山水を描くに至ったかを感動的に伝えてくれました。
    歳をとるのも悪くないなあ
    これがおいちゃんのの感想です。
    年老いて 肉体の干渉から逃れ
    ピュアになった魂の形があの
    破墨山水だと思いました。
    中国の絵描きさんが如何にテクニックを弄しても
    斯うは描けない。
    (・・・・そーか 八大山人にしても斉白石にしても 中国の人はなんか 気負いがあるなあ・・・
          鐡斉はどーかなあ・・・?鐡斉は直に見ると筆の息遣いがバンバン伝わって来るなあ。)

    若くて 力強いばかりがいいんじゃない、もちろん
    そーゆー分野もあるだろうが 人生には
    いろいろな楽しみ方があります。若返りの薬を飲んで140歳まで
    生きなくても大丈夫です たぶん・・・。

    そーいへば おいちゃんは弱っちい少年だったので
    早く歳取って 日当たりのいい縁側で トロッとした玉露を飲んで
    鶏に餌をくれてやる やうな暮らしをしたいと
    思ったものです。
    カメさんなら力技でも人生を乗り切ってゆけるでせう。万巻の書を読み
    千里の道を行き
    カメさんらしい老後を見せてくださいよ っておいちゃんは死んじまっているけど。
    そか 人に何かゆわれるのは嫌いでしたね。大きなお世話ダ。おいちゃんの友人 クマもさうでした。

    とゆーわけで
    おいちゃんは凡庸な職人だけど 長くやってきてよかったと思ってゐるし
    もう少し長生きしたいのです。(かみのみそしる)
    とりあへず 請け負ったものは納品しないとね。

  3. 本来、生き物は気持ち良いことだけをして増え続けたい。
    だから、環境から圧力がなくなればどんどん面倒な能力を捨てて退化する。
    環境から圧力を受けてこそ、生き延びるために醜悪な形に進化する。
    環境からの理不尽な圧力を受けることを知らずに生まれてきた赤ん坊は
    かなり生き物本来ののびのびとした存在だ。
    人は世界の醜悪さに適応し続けて、
    いつの間にかほとんど世界と同じくらいに醜悪な老人にやつれ果てて世を去って行く。
    老人は若者に「この世界で生きてゆくためには、世界の醜悪さを自身に取り込むしかない」
    といった教訓を引き継がせようとする。
    赤ん坊はギブアンドテークなど解しない。
    無条件に母親から母乳をもらえるものと信じている。
    そして、だんだんと大人になるにつれ、自業自得といったような
    厳しい自己責任の世界に放り込まれてゆく。
    本当は、人は魚の釣り方のような面倒なことを教わるよりも、
    毎日、ただで魚をもらったほうが楽だ。
    老人は、「毎日、魚をただでもらうような生き方では世渡りできない」
    と若者から見れば嫌な世界の理を説教する。
    若者から見れば、老人は、醜悪な世界の権化だ。
    人は、醜悪な世界に毒されて醜悪になってゆく。
    醜悪な人には醜悪なりの生き方もあるのかもしれない。

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