生活防衛講座 その1

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2009年には、「アイスランドの次はニュージーランドだ」と皆が述べていた。
ここでいう「皆」というのは文字通り世界中のアナリストで経済が少しでも判るひとなら定見ということになっていて、「次はニュージーランドだ」という。
ニュージーランドが国家として倒産するだろう、という意味で、論拠の最大のものは5yearCDSが206.3bpsから215.2bpsに上がったので5年以内にニュージーランドはデフォルトになるだろう、ということだった。

その頃クレジットクランチ直後のロンドンにいたぼくは、クレジットクランチの直前に手じまいにしたオカネをニュージーランドに投入することにした(←下品)。
いろいろな資金がニュージーランドから大慌てで逃げ出すのが手にとるように見てとれたからでした。

5年たってみると経済や市場の権威のひとたちが述べた事はすべておおはずしで、正反対というか、いまはニュージーランドはバブルのただなかにある。
この奇妙な事情のあとさきは説明する必要を感じないが、単純に凍死家と経済家の考えることはそれだけ違う、という意味で書いている。

ずっとむかし、蒐集している日本語雑誌をカウチに寝転がって眺めていたら読者の経済相談室、というような風変わりな企画があって、「短大に行った学歴の平凡な主婦」と自分を表現している人が、
「たいへん素朴な質問で恐縮ですが、日本は人口が減っているのに、最近は住宅ブームで新規住宅が建設ラッシュで地価も騰がっています。
人口が減れば家はあまるとおもうのですが、なぜですか?」
と書いてある。
評論家の人が、ほとんど苦笑が見えるような感じの筆致で、でも嫌味がない言い方で、経済はそういう単純なものでない旨を懇切丁寧に書いている。

読み捨てを基本とする週刊誌を、まさか何年も経ってから読む意地悪な読者がいると、この大学教授の肩書がある評論家の人は想像もしなかっただろうが、読んでいるほうは、この問答があった一年後、住宅が過剰供給におちいって暴落したのが判っているので、軽い溜め息をつきたい気持ちに駆られます。

余計なことを書くと、日本の住居用建物市場は奇妙な市場なので有名で、まず既存の住宅に「中古住宅」という、ものすごい、嫌がらせのような名前がついているマンガ的な細部から始まって、1990年に建った家は「築25年」であるという。
社会通念として家が年齢を加えるごとに減価してゆくという中古車市場に似た市場常識に支配されていて、
ちゃんと計算してみたことはないが家を買うよりも借りたほうが経済的には遙かに賢明、ということになりそうな不思議な市場をなしている。

他の国ではどうかというと、建物が出来たのが1000年前で、床にクリケットボールを置くと、コロコロコロと勢いよく転がるのを喜色満面で見つめた買い手が、「おおお。歴史の勢いですな、これは。角の根太のあたりが腐っているのもわくわくする。直すのに手間がかかりそうだ」と相好をくずしながら述べて、その場で売買契約を結ぶイギリスのようなヘンタイな国は極端としても、ニュージーランドでも、家を観に来た買い手が、
「コンクリートブロック、というと50年くらい経っている建物だろーか」と訊くと、不動産エージェントが、さあー、多分1960年代だと思うんだけど、ともごもごいう、という好い加減さで、なぜそうなるのかというと、誰も家が建って何年経過しているか、というようなことは気にしていなくて、
建物が健全かどうか、デザインがカッコイイか、クルマは何台駐められるか、あるいは最近はバブルで土地がものすごく高くなったので敷地がどのくらいあるか、というようなことしか考えない。
そうして言うまでもなく、最も価格に影響するのは通りの名前と地域の名前で、クライストチャーチならば地域名よりも通りの名前がすべてだが、オークランドでは住所の宛名にハーンベイ、リミュエラ、パーネル、…というような名前が入るかどうかで決まる。

もう少し余計なことの続きを述べると、英語圏では、どの国にも、ここ50年ほど価格が下がったことがない通りが存在して、たとえば日本の人が知っていそうな通りならばマンハッタンのパークアベニュー沿いのアパートメントはいちども価格がさがったことがなくて。モニさんが両親からプレゼントされたアパートメントはここにあるが、不況でも不動産市場が暴落しても、日本が宣戦布告しても、小惑星がニューヨークに激突しても、価格がさがるということはない。

いっぺん買えてしまえば、価値はあがってゆくだけです。
日本の住宅市場があまりに特殊なので日本に住んでいる人の目にはなかなか見えにくいことだが、たとえばニュージーランド人は、もともとは大学を卒業するとローンを組んで3寝室の家を買って、それから平均10回家を売買して、人生の後半に到て子供が独立すれば、それまで5寝室の床面積が300平方メートル、敷地が1200平方メートル(←1000〜1250平方メートルが、もともとは高級住宅地の標準的な住宅の敷地面積だった)の家に住んでいたのを売り飛ばして、10個程度の、理想的にはブロックごと買ったフラットを持ち、死ぬまで家賃収入で暮らす、というのが物質的に成功する人生のモデルで、イギリスも、ディテールは異なるが、一生の財政プランの骨格は同じです。

いまはバブルのさいちゅうなので、初めの3寝室が、あんまり良い住宅地でなくても、60万ドル、日本円になおせば5500万円もしてしまうというバカバカしさで、どうするかというと、やはり同じバブルの渦中で、しかも絶対収入金額が多いオーストラリアに出稼ぎに行って稼いで貯金する人が多い。

普通の人が目にする日本語の記事は、経済専門家にくわえて、なんだかよく判らないブロガーみたいなひとが、厳粛な顔つきで思いつきを書いていて、自民党が大勝したのでアベノミクスが本格化して景気がよくなるだろう、とか、来年は日本経済は崩壊して全員路頭に迷うだろう、とか、専門家も受け狙いブロガーも禿げ頭の「経済学者」もみながいろいろなことを述べて、賑やかだが、数学モデルを考えてみればすぐに判るというか、前にも書いたが経済も市場もランダムウォークで、もしかすると普通の人の直観とは異なるかもしれないが、予想のようなことが成り立つわけはなくて、簡単に言えば「アベノミクスで景気がよくなる」と述べる人も「日本は轟沈する」と述べる人も、どっちもええかげんなウソツキで、現実はどうなのかといえば、
株価チャート、というものがあるでしょう?
あんなものでもただの迷信で、というと、どっと怒りの声が浴びせかけられるだろうけど、迷信は迷信なので、血液型診断と同じで、まして窓が開いたとか、窓がふさがったとか、はははは、きみダイジョーブか、というくらいヘンなものであると思う。

アベノミクスに踏み出したことがいかに国民ひとりひとりに破滅をもたらしうる、国家経済主義者らしい奇策で、その奇策のむなしさはSNBが出した正統金融政策によって、立ち会いで変わった横綱があっさり小結に押し出されてしまったとでもいうような、みっともない姿で国際市場のまんなかでたたずんでいるが、そういうことは「予想」ということではなくて、経済にはやっていいことと悪いことがある、というただそれだけのことだが、もう何回も繰り返し書いたので、もうここでは述べない。

日本の人にとっての焦眉の急は、自分の生活と、こっちはもっと難しいが、自分の将来の生活を防衛することで、経済家やブロガーのインチキなご託宣はどうでもよいから、足下を固めなければ、欧州も日本も、ただでさえグラビティポイントが高い船体の経済なのに、ぐらぐら揺れて、不気味なことこのうえない。

理由の説明を省いて現実の説明に終始すると、世界じゅうのオカネモチがやっていることは、ラットレースから抜け出すことによって産まれた余剰のオカネを「値下がりしたことがない通り」に住宅を買ってキャピタルゲインに期待するか、本質的には同じ投資の考え方だが集合住宅を買って家賃収入をつくってキャピタルゲインにつなげてゆくことを期待している。
本来は通貨は生活に必要なものや生活を楽しむものに使われるべきで、夫婦のクルマを買い換えたり、よりよい「自分達が住む家」に移ったり、家具調度、子供の自転車、というようなものに消費されるべきだが、ブッシュが政権につくまでほぼ40年にわたって住宅価格が安定していたかつてのアメリカ社会(←キャピタルゲイン目当ての住宅投資が出来ないことを意味する)、分厚くて莫大な中間層をもっていて、しかもその「中間層」に工場労働者から管理部門の部長クラスまでが含まれていたアメリカ社会とは異なって、ほんとうはもうオカネがいらない家庭にしかオカネが流入しないので、行き場を失ったオカネが住宅投資に向かって、住宅がどんどん非現実的な価格になってゆく、という循環に陥っている。

その結果なにが起こるかというと社会が繁栄すればするほど社会の9割を越える層はどんどん貧乏になって、住宅の価格の高騰で最も肝腎な家を奪われてしまうことで、一軒の家に6,7人で住んでやっと家賃を払ういまの都市部ニュージーランド人の生活は、中間層の生活の質がホームレスに無限に近づいているいまの社会を忠実に反映している。
言うまでもないがアベノミクスが「社会の繁栄」と呼んでいるのは、西洋型の「オカネがあまった人間の懐に更におおくのオカネがはいる社会」の繁栄のことで、分配の構造が変わらない以上、繁栄は直截生活の質の低下に結びついてゆく。

逆にアベノミクスが失敗すれば個々の日本人から借用した形になっているオカネは永遠にもどってこないままディーラーの手元におさまってしまうわけで、この場合は、いちど沈降した経済社会全体を元のGDPパーキャピタ25位あたりに戻すことも難しくて、あんまり使わないほうがよい指標であると言えなくもないが、日本語ツイッタで、円の実質実効貨幣価値は、 すでにプラザ合意以前の70円程度にさがっていると教えてくれた人がいて、確かめてみるとそのとおりで、うひゃあ、とおもったが、あんまり経済に興味ないもん、という人のために簡潔に述べると、何のことはない、日本はすでに中進国になっていて、「アベノミクスが、うまくいったら先進国にもどれるかんね」というところまで、名実ともに、通貨の価値もともに、ずるずるとアベノミクスのすべり台を滑り落ちてしまっている。

SNBの決定がマスメディアが伝えるより世界経済に対しておおきな影響を与えていることや、アベノミクスがすでに失敗としかいいようがない様相をみせて日本を一挙にビンボ地獄に送り込もうとしていることは、別に、ここに書いても仕方がない。
次回から、個々の人間、ケースバイケースで、このだんだん無茶苦茶になりつつある世界を生き延びてゆくには、どんな具体的な方法があるか、退屈でも、ひとつひとつ述べてゆこうと思います。

(画像は家の引っ越し。いらなくなった建物をちょうど自動車を買うように建物ヤードで買って、こうやって建物ごと使う場所まで移動させまする)

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One Response to 生活防衛講座 その1

  1. 星野 泰弘 says:

    日本の土地を、すべて同じ土地だと思うと、既に世界的に見ても割高なバブルの兆候を感じる
    日本で住宅を買うなど馬鹿げているように見える。
    しかし、実際には、日本の土地税制は複雑だ。
    確かに住宅地はすでに割高だ。
    しかし、農地は違う。
    農地は、住宅地に比べて数百分の一の固定資産税で、相続税も実質的にかからない。
    しかし、何かインフラ整備で用地買収が起きるとたちまち高値が付く。
    固定資産税を利益と見なして、収益還元法で測った農地の価格と、
    実際に用地買収で表面化する実勢価格はまったく異なる。
    住宅地はあまり乖離はないから、うまみもない。
    自民党が守っているのは、食糧安保、農業ではない。
    そういった農地を将来のドル箱として寝かしておきたい潜在的な地主、兼業農家の既得権だ。
    農地を収益還元法価格で買うことは難しいし、
    その含み益がいつ表面化できるか予測するのは難しい。
    ただ、政府が多額の税金を投入して巨大な再開発に乗り出そうとしている農地が周辺に多くあれば、
    そういった地域のハブ拠点の地価も、その恩恵を受けて値上がりしそうな気はする。

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