出てゆく

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もうそろそろ、お許しを願ってもよいのではないか、と思うだろう。
自分が日本に住んでいて、日本人ならば、政府には何の「借り」も感じないが、日本の暖かい綿の着物でくるまれて、なんとなく、茫漠で曖昧な、避港地がたくさんあるような日本文化のなかで育ったことには、幾ばくかの恩顧を感じなくもないような気がする。
日本にいて、自分には向いた科学の仕事をこなして、ルオーの絵のある喫茶店でカレーを食べて、あるいはフルーツパーラーで日本化されたパンケーキを食べて、乗り慣れた丸ノ内線に乗って帰る。

ずっとむかし何故丸ノ内線は年中地上に出るのですか?と訊いてみたら、ああ、これはね、日本が戦争に負けたとき、やっと戦後の虚脱から抜け出て、なんでもいいから仕事をしなければ、と考えたひとたちが大量に出たときに、受け入れ口がなくて、鶴嘴を握る非効率な工事でもいいから、なんとか給料を払えるようにしよう、ということで、日本人がみんなで知恵を持ち寄って、戦争で諦めていたものを、またつくることにした地下鉄だからなのさ。
お茶の水駅前の橋に行くと、開通したときには屋台船がたくさん出て陽気なお祝いの宴会が広がったという、川面の上を地下鉄が走っている鉄道橋があって、可笑しいような、切ないような、突然自分の社会に対して友愛を感じてくるような不思議な気持ちに子供の頃には、よくなった、と言って笑っていた。

日本は、絶対にやってはならなかった戦争をやって、ボロ負けに負けたせいで、アメリカの大きな援助があってもなお、たくさんのゆがみに我慢しなければならなかった。
地上を走る地下鉄は、その象徴だが、国営鉄道や日本通運のような組織は、いらないと判りきっている人達を何万人という単位で雇わねばならなかった。
「雇わねばならなかった?」
そう、日本はね、ほんとうに自由競争なわけではないのです。
言い訳はある。
健康な若者は、大酒を飲み、食べ過ぎるほど食べて、野放図に明け方まで遊んでも健康を損なうことはないけれどね、日本は、言ってみればひ弱な若者で、自分を律し、やりたいこともやらずに我慢して、判で押した早寝早起きで、まじめに暮らさなければ国際社会のなかで生きていけなかった。
自由はあることにはしたけれど、大事に押し入れのなかにしまいこんで、もっと健康になって、もっと豊かになったら使おうと決めていたのね。

ひとりでは立っていられない人を救うために、日本人は支え合うことを学んだ。
いつからそうなのか判らないし、詮索しても、たいした意味はない。
周りの人間の気持ちを忖度して、自分には言いたいことがあっても、周りの人間が不快がるようなことは言わない、独特の文化を身につけた。

周りの人間を不快にしない、というのは文明社会の普遍的条件におもえるが、目を近づけると、はっきりと異なっている。
イギリス人は、周りの空気を精密に読んで、その上で、冗談として、あるいは「サーカズム」として、自分の言いたいことをズバッと言うことに長けている。
タイミングと機知、がコツなので、フランス人のように同じ人間同士が、毎朝、まったく同じ「なぜおまえはテラスから花の水を傍若無人に捨てるのか」という事柄について、同じ調子の、同じ罵り言葉で、まるで録画を繰り返し再生するように喧嘩する、ということがないのは、数少ないイギリス人にはあって大陸人にはない「芸」なのであると思う。

「個人」を社会のために変形させてみせる、ということが英語人にはどうしても出来ないからで、良い悪いよりも、天性なのだと考える。
その反対に異口同音に同じことを述べ立てるのは、たとえ叫喚の内容が、この上なく正しくても、なにがなし、下品であると感じる。
これも、考えたうえで「下品である」と判定しているわけではなくて、やはり自動的な反応と言うほかはない。

いつか成田空港で降りたら、いくつかの便が同時に着いたのでしょう、たくさんの人が入国審査に並ぶところで、相変わらずマヌケな調子でのんびり歩いているぼくを押しのけるようにして、怒濤のように駈けて、たくさんの日本人が追い抜いていく。
日本の人はせっかちだが、嫌だというほどのことはなくて、
混んでるときはいつものことで、ああ日本に来たなあ、と思ったが、そのときは、ちょっとおもしろいことがあって、眼の前にいる60代くらいの男の人が、「たいへんだ!たいへんだ!」と叫んでいる。
のみならず、後ろを振り返って、「おおーい、みんな、えらいことだ。たいへんだぞ!」と伝えている。
目が血走っているので、「なにか、たいへんなんですか?」と訊いてみると、「なにか、って、あんた、見りゃわかるだろう、たいへんな人じゃないか」と吐き捨てるように言うと、ひとりごとのように「こりゃあ、たいへんだ」と言う。

失礼にも笑ってしまったので、見えないように横を向かなければならなかった。
血がわきたって、交感神経の電圧があがりまくって、アドレナリンが体中を駆け巡っている。

日本語インターネット名物で、口汚く罵りあいを繰り返すひとたちも、この「たいへんだオジサン」と同じで、実際には、ときどきのアドレナリン噴射を愉しんでいるだけなのではなかろーか、とよく考える。
議論だ、反論だ、安倍はけしからん、いやいや、あんたこそなんでもかんでも安倍に反対でけしからん、リフレです。
えっ?リフレインじゃないの?
デフレがサヨクなのは、どうかと思う。

ほんとうは、どうでもよくて、アドレナリンと交感神経が主題なので、あとのことは二の次なのかも知れません。

それで英語世界のほうが良いと思っているのかというと、そんなことはあるわけがなくて、生まれてこのかた、ずっと住んでいる英語世界に飽きているから日本語という魔術的な言語を習得したりしているので、こちらはこちらで、もうテキトーでいいや、というか、そんなにぼくの直ぐ側に立たんでくれ、というか、きみの魂の口臭はたまらんというかで、うんざりしているのだけど、英語圏での陰影を日本語で描いても仕方がないので、あるいは、日本語で英語の陰影を適切に述べられるわけはないので、ほっぽらかしにしてあるだけのことである。
こちらの計算では、だいたい26歳くらいまでに英語圏への借りは返したので、貸借表に異議があれば、あとでコンテストして欲しいが、もうお許しを願って、あとはまあ、勝手にやってください、と感じている。

その英語世界での成り行きに照合して、自分が日本人ならば、もうそろそろ社会におけるお役目を降りて、物入れからスーツケースをだして、大事なものだけを詰めて、コロコロと舗道をころがして、成田へ向かう潮時である。

2011年3月11日から一年くらいのあいだのどこかで、社会の奥の集団の闇のようなところで、鍵が開くような小さな硬い音がして、なにかが決定的に変わってしまったので、日本語世界全体が、なんだか軽躁なだけの場所になってしまった。
「たいへんだオジサン」の国になってしまったのだと思う。

さあー東京オリンピックだ。
さあああーアベノミクスだ。
後ろをふりかえって、皆の衆、われに続け、トラトラトラ!、はいいが、
よく見ると威勢のいい操縦士たちが操縦する急降下爆撃機の翼下には爆弾が懸架されていない。
空中を援護の姿勢で旋回する零戦は、目を凝らしてみると機銃が装備されていない。

虚しい空騒ぎで、アベノミクスと言っても実態は戦時中の
鉄の供出と変わらずオカネをもっていかれてしまっただけで、アンダーコントロールと高らかに謳いあげた福島第一の事故処理は、凍結壁はぜんぜん凍って固まってくれないので投げ出してしまい、汚染水はタンクにはいりきれなくなって垂れ流ししているだけで、メルトダウンした核燃料は行き先すら判らない。

上(かみ)が、そうなら下(しも)も下で、ISISの純粋武闘暴力が拡大して日本人が処刑されれば、いままでどこに隠れていたのかムスリムや中東情勢について「もっと勉強しろ」という「専門家はだし」が無数に現れて、
外国語の習得が話題になれば、数ヶ月でフランス語ロシア語ドイツ語に蘊蓄を傾けるにわか語学天才が何人も出でて、ブログを書き綴りツイッタで、「言語間の違い」について述べ立てる。

ひとが悪いぼくは、眺めながら、これは現実をすっかり切り離して意味を失った言語の影絵のようなものか、と考える。
あの調子なら二三冊本を読めば、神学も天文も素粒子物理も、すべてを論ずることが出来るだろう。
他人の言葉で。

低空からの成田の眺めは、暗い色の緑と、水を張る季節には鏡のように輝く水田とで、紛いようもなく日本で、きみはまるで母親のように鬱陶しく、過剰なやさしさで、絶対肯定で自分を育ててくれた日本のことを考えて、限りなく感傷的になるに違いない。

ずっと、この国にいたかったのに、と考えている。
移住なんて、したくなかったのに。

「時みちて」というが、いまは、 「時」が雪が地面から吹き上げてくるような冬の原野を、合わせたコートの襟を懸命に手で握りしめて横切ろうとする日本人の群れを巨大な足で踏みつぶしにやってくる。
現実を失った観念が政治と結びつけば、いかに恐ろしいことをやってのけられるかは、ヒトラーが余すところなく証明している。
安倍首相をヒトラーになぞらえるのは悪趣味な上に、誇張につきものの平板がついてまわるが、「ヒトラー同志を仔細に間近で観察すると、黒髪と見える髪もよく見れば実は金髪であり、一見鳶色に見える目も、紛いようのない碧眼である」とパンフレットに繰り返し書かれて、当時のドイツ人は目の前に立って絶叫する黒髪茶眼の中年男を金髪碧眼と信じていた。

ひとつだけ本質的に似ていることは言語と現実が乖離していることで、安倍首相というひとは、「言語が意味性を失った社会」の象徴なのである。
真実をどんなふうにでも設定できるコピーライターたちの便利な言葉のスロープを、日本は滑り落ちてゆく。
一歩一歩斜面をのぼるのはたいへんだが、逆に滑降してゆくのは常に快楽が伴う。
奈落の底にいきつくまでは。

サンフランシスコの空港に降りて、きみは寝不足のままBARTに乗り込む。
不本意だけど、やり直さなくちゃ。
もう社会の側に立って、なんだかいいかげんな政治や経済の話ばかりしたがるひとたちの話を聴いて時間を浪費しているわけにはいかないんだ。
きみは自分に言い聞かせている。
もう、時間がない。

やさしい国だった。
暖かくて、居心地がよい国でもあったんだけど。
ユニオンスクエアの、今夜ひと晩の宿をめざしながら、きみが、なんだか赤い眼をしているのは寝不足のせいばかりじゃないみたい。
感傷的になっている。
ひどくやわらかい気持ちがこみあげてくる。

さよならニッポン。
また、会える日が来るよね。

いったい、どうして、ぼくは泣き崩れないでいられるのだろう?

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5 Responses to 出てゆく

  1. そのような喫茶店の壁を塗った鏝の跡が、扇形の細かい溝で、首を動かすと影の具合で色味が変わって、机やカレーやコーヒーやと合って、すきでした。

    弥生の下宿で原子力発電所の事故と聞きあわてて溜めた水道水を、十日ほど居た京都から戻り、もう古い水と捨てたとき、釈然としないまま、なにか諦めて、軽挙妄動し、少し働き、計画を、ポンチ絵を作り、書類を積み上げるのが基本と聞き、この様子では時間がないとよくわかり、それならば話が早く動きの余地が広がるところへと、動き回ってみたら日本ではなくて、月曜の夕方にはペギーダのひとたちがいるのに職場から早めに帰り損ねて、言葉ができず話せない顔を伏せて足早に過ぎるようなとき、それでも、来たくなかったというようなことはおもわなくて、このひとたちとも話せるようにならなくては、力をつけなくては、とおもいます。あちらでもこちらでも借りっぱなしです。

  2. 星野 泰弘 says:

    広々とした草地で青空を見上げて昼寝を楽しめるような外国人が、
    わざわざ、狭いアパートに押し込められて声を潜め、
    どこへ行っても寺銭を請求される日本に興味を持つなど、
    酔狂だとは思う。

  3. こう says:

    こんにちは。いつからか以前、貴ブログに辿り着いてからというもの、たまにアクセスして読んでいる者です。
    卓越した日本語の能力に尊敬の念を抱き、またウィットに富んだ機智がちりばめられている文章をいつも面白く読まさせていただいています。
    かしこい人は悲観的な想像力をめぐらす力も高いように思えるので、どうかそんなに思いつめず・・楽にお過ごしになってください。

    自分は若い世代の人間に属するいわば若者ですが、物事をうすっぺらく皮相的にとらえずに、自分の頭ですこしはしっかり考えるように心がけているので、ご安心ください。

    テレビやマスメディアがいろいろ荒れようとも、街中の市民生活はそれでも普通のようにみえますので、
    大丈夫なような気がします。
    メディアはメディアで勝手に足の引っ張り合いをして自らつぶれてくれれば、悪がなくなってくれていいような気がします。今のメディアは(特にテレビとか)はそれほどまでにひどいように感じます。

    ガメールさん応援しています。お体にお気を付けください。ではまた、失礼します。

  4. umako says:

    日本がやさしい国だったかはわたしには思い出せないけれど、炬燵のような暖かさを私の住む小さな社会のなかで感じたことは覚えています。
    日本では居場所は「用意される」ものでしかなかったのだと思わされることが何度かあったことを最近の自分の生活の中の出来事から思い出すことがありました。これからは自分のいる地点を自分の体こそを居場所にするために、自分のなかに、世界のどこかにいる友達を見つけにいきたい。日本語でも韓国語でも中国語でも、英語でも何語でも誰かと肩を抱き合う為に出て行きたいと、この記事を何度か読み返して今、そう思えました。
    あなたがやさしいからか、日本語のなかにやさしさがまだ残っていたからか、それともあなたにやさしさを掬い上げることができる超能力があるのか、あなたの日本語はなんでか冬の日向のような暖かさです。その暖かさに何度か救われる思いがしたし、この記事もそうでした。ありがとう。

  5. naotake says:

    うまくは言えないけどかってに共感しました。
    なんだかんだあったけど私はここに帰ってきました。
    諦めたくはないから自分に出来ることをしてみたいと思ってます。
    いつも刺激的な記事をありがとうございます。

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