死についての三章

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闇のなかに消えてゆく、スペイン人特有の少し拍の遅れた手拍子や、テーブルのあいだをすりぬけてゆくフラメンコダンサーたちのかすかな体臭のことを突然おもいだす。
人間の大脳に張り巡らされた電気信号の宇宙は、空に広がる宇宙と変わらない規模がある。
「私」の脳のなかの信号は30年の時間を往来して、知識の無限の空間を飛び回り、より重大なことには遙か遠くの知識を結びつける。
薔薇と銃弾が美的邂逅によって結びつくのは、人間の知性が本来は真に創造的に出来ているからである。

より簡単な例を挙げれば、雲を見て、あれはライオンの顔なのだと確信する。
もっと手がこんでいれば、黒馬が忽然と中空にあらわれ、四本の足が駈けるように動きさえする。
知らないあいだに黒い馬と雲という「かけ離れたもの」を脳が結びつけている。

人間の存在は、なんだかびっくりするほど儚いものである。
結末は皆、善行をつんでも悪行にはしっても死んでしまうというのだから、笑うに笑えない。
いったい、これはなんだ、と思うのが常識のある人間の反応だろう。
きみは70年の悪戦苦闘を生きる。
虚栄を満足させ、妻子とともに、巨大な泥濘の流れに胸までつかり、ひとびとの悪意に傷つき、裏切りに怒り、死を悲しみ、やがては自分自身も「死」という泥濘のなかに力つきて沈んでゆく。

それを「人間の一生」と呼ぶが、ひょっとすると豚の一生のほうが考えが浅いだけ気楽なのではないか。

近代の哲学は、かつては脳のなかに意識という宇宙を持ったことに誇りを持て、という。
しかし、それは明然と誇れるほどのことだろうか。
人間は、というよりは「私」は自然の一部であった、というだけのほうがいいのではないだろうか。

死ぬ前に、そっと、フラメンコダンサーのあえかな匂いを思い出す、ただそのことだけを思い出して死ぬほうが、人間という存在にふさわしいような気がする。
ものものしくない、というただそのことだけでも、すくなくとも自分にはあっているようでもある。

年齢(とし)遙かに年長の友達の葬儀に行った。
葬儀の案内をもらって、さて、あの人はいくつだったろうと考えて、いくつか手がかりを組み合わせて、82歳だと計算が成り立った。
そうすると子供のときに、高い背の 姿にしたがって、ただその肩幅の広い背中に遅れまいとして懸命についていった頃は、もうその人は60歳を越えていたわけで、英語世界では伝説的なニュージーランド人の壮健さということをあらためて考える。
クロスタスマントラックやアルプスのそこここを、山歩きの基本を教わりながら、一週間、十日とテントを張ったり、山小屋で眠ったりしながらトランピングをして歩いたものだった。
ときどき立ち止まって振り返りながら、とは言っても子供の歩くスピードにあわせるということもなくて、どんどんどんどん、その頃の子供だった自分の感覚でいえば無慈悲な速度で丘をのぼって、必死に追いつくのを待って、にっこり笑うと、「よくやった」と短い言葉で褒めてくれた。

葬儀場にはいると、棺のうえに古びたブーツが一足おいてあって、その人らしかった。
たしか本を5冊くらい書いていたはずだが、本などはいっさいおかれていなくて、ただブーツだけ置いてくれ、と死ぬ前に奥さんに言い残していたそうだった。

英語の葬儀の一般にしたがって、子供のときから、年譜式に、一生が淡々と説明されて、若いときにはフィジーやオーストラリアで暮らしていたことや、空軍に勤めていたというような知らないことを聞かされて驚いたりした。

家族が立って、一緒に釣りにいった思い出や、自動車の運転を教わったときの笑い話を述べた。
いつもは感情がないのではないか、と冗談に言われる長男が声をつまらせて、涙がとまらなくなって、かすかな声で、「申し訳ない」と言う。
長女は、もう初めから話をすれば感情が高ぶってみっともないことになるに決まっているから、というので、録音したスピーチを流した。

葬儀が終わって、家じゅうに人が溢れるようになって、お茶を淹れて、参会者が持ち寄ったお菓子をソーサーの脇に載せて、思い思いにこの世界から去ってしまった人の思い出を話した。

生前の職業が大学教授だったので、死ぬ間際まで、なるべく誰にも俺が死んだのを教えるな、むかしの学生や同僚まで来たらえらいことになって収拾がつかなくなる、と、そればかり心配していた、というので、あの人らしい、と不謹慎にも笑ってしまった。
取り越し苦労ばかりする人だったのである。
ふと、あの取り越し苦労の名人は、死ぬ前に、あとにひとり残される難病の奥さんをどれだけ心配して死んだろう、と思いついたら、涙がとまらなくなった。
自分に対して意地悪に言えば、これも、フラメンコダンサーの残影のようなものなのかも知れないが。

英語人は何事によらず静かなのが好みなので、西側の窓から差し込みはじめた夕陽のなかで、この世を去った人を惜しむためのパーティはゆっくりと静かにすすんで静かに終わった。
別れの挨拶が交わされて、お互いの肩を抱いて、杖をついた、車いすに乗った、老人たちが、また会えるだろうか、と述べながら去ってゆく。
死の影が全体を覆っているのに、まぶしいのは老いた生命の輝きのほうである。

午後2時なのにカーテンが閉ざされ、紙が貼られ、目張りまでされた部屋で、きみは机の前に座り、茫然とPCのスクリーンを見つめている。
きみから来たメールには、さりげない調子で、座っているきみの周りには引き倒された本棚があり、叩き壊された椅子があると書いてある。
隣の部屋からは母親の泣く声が聞こえている。

もう、そのときが来たのに
(もう、そのときが来たのに)
意気地のないぼくには
(意気地のないぼくには)

死ぬ勇気がでない.
ぼくには自分を殺すという選択すらない。

ガメ、どう思う。
ほんとうは死ねなくて、こうやってきみにメールを書いているぼくは、あまえているだけなのではないか。
死ぬ気などなくて、誰かにかまってほしいだけなのではないか。

とても惨めな気持ちになる。
きみのメールは、ときにおどけた調子になり、唐突に英語になり、とりとめがなくなり、突然おわる。

死がいっさいの終わりだとは、なんて魅力的な考えだろう。
死は水のようで、いっさいを洗い流して、すべてのものを美しく変える。
だって、生きているということはただのムダだろう?
生まれて、苦しみを生きて、嘲笑するひとびとに取り巻かれて、ただ死んでゆくだけのことに、なぜぼくは自分自身を投げ込まなければいけないのだろう?
生きることの価値のなさは驚くほどのものなのに!

生きる努力は結局は死ぬ努力にすぎない。
ぼくには、到底やってみるに値することとは思えない。

メールを読みながら、ぼくは、どんなふうに返事を書けばいいか途方に暮れている。
生きることや死ぬことを、まだ考えてみたことがないからだと思う。

昨日、モニが小さな人たちのために、ふたつの小さな曲を書いてピアノで弾いたら、小さな人たちは、なんだかすっかり喜んで、疲れ果てて眠るまで、ずっと、飛び跳ねて、踊っていた。
小さい人たちは、ぼくをジャングルジムに見立ててのぼるのが好きだが、小さい人2号は頭から落っこちて、しばらく大泣きに泣いていた。

秋が来て、庭の椅子に座って空を見ていたら、こんな都会なのに人工衛星が見えた。
博物館の広場の花火大会に出かけたら、花火が空をおおって、電飾の服を着たひとびとの体からもいっせいに花火がふきだして、夜空に反映して、理屈もなにもなくて、ぼくはただ美しさに泣いていた。

少しだけどね。
理屈もなにもなくて、単純に美しいということが人間を泣かせることが出来るのだということを発見して、びっくりしました。
ぼくは多分、この「理屈が遮蔽しない世界」を生きてゆくだろうと思います。
危ないことばかり大好きなぼくは、明日死ぬかもしれないし、案外悪運強く生き残っていて、誰かが棺の上に、ブーツを載せてくれる日まで、訳のわからないことばかりやっているかも知れない。

生きてゆく方がいいのか、さっさと死んだほうがいいのか、ぼくには判りません。
酷いことを言う、それでは返事になっていない、と思うかも知れないが、ほんとうなのだから、仕方がない。
きみが生きていれば、いつかぼくはきみに会うだろう。
昨晩、夢にでてきて、なぜだか中軽井沢のヘンテコなホテルにいて、ガメ、携帯がなきゃ、この先どうにもならないじゃないか、もう、ガメは、ほんとうにしょうがないなあ、とみんなで責めた、josicoやナスやすべりひゆやネナガラにも会うに違いない。

生きていればそういうことがある。
でも、ぼくのヘンテコなところは、その一方で、死ねば、あの懐かしい曾祖父、たった10歳のぼくに「一杯、やらないかね」とウイスキーをすすめる奇妙な老人の曾祖父、だけど、ぼくにはなくてはならない、絶対に死んではならなかった友達に会えると考えてしまうところにある。
ぼくはいつだって死んだ人のほうが好きで、生きて、汚れた息を呼吸した人間が嫌いだった。

夢は死への出入り口で、夢のなかで、ぼくは曾祖父とチェス盤をはさんで、歴史の話をする。
ポンソンビーやサマセットの騎兵旅団の突撃や「La Garde meurt,elle ne se rend pas!」と叫ぶフランス人たちの様子を述べる曾祖父の言葉は叙事詩のようで、言葉がタペストリでありうるならば、曾祖父の言葉こそがそうで、うっとりと聞き入っていると、例の「一杯、やらないかね」がはいる。
そうして、曾祖父も、あの時間が楽しくて仕方がなかった証拠には、そのあといちどならず夢の入り口をくぐって、話をしにやってきたのだった。

でも、いまは死を遠ざけようと思っている。
きみは軽蔑するかもしれないが、理由は簡単で、ぼくはモニと小さな人々を愛していて、この小さな幸福が居心地がいいからです。

Sよ。

ダンサーたちが打ち鳴らすカスタネットの音がする。
生きているほうの世界から音が聞こえてくるのか、死の世界から聞こえてくるのか、ぼくにはもうよく判らなくなった。
乳色の霧のようなもののなかから死んだひとびとがあらわれて、口々に何事か述べているが、生の瘴気に遮られて、なにも聞こえてはこない。

生も死も、なだらかにつながった世界の言語で、ぼくはこの文章を書いている。
黄泉は死後の世界でなく、生の穢れである。

膿崩れてゆく生としての死。
腐臭に変わるフラメンコダンサーたちの匂い。
遅れてゆく手拍子。

倒立する夢。

玻璃。

まだ、しばらくは生きている、ぼく。

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